私の使い魔は最後の人類   作:[ysk]a

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 ……待たせたな。

 以前、4月末に投稿すると言ったな?
 すまん、ありゃ嘘だ。
 


三節

 ステラがハルケギニアにやってきて、また、ルイズの使い魔というよりも侍従としての仕事を多くこなし始めてから、およそ二週間が経過した。

 この頃にもなると、ステラの存在は学院内のあちこち―――より正確に伝えるなら、"知らぬものはモグリ"と言われるまでに知れわたっていた。

 その特異なミニスカメイド服姿もそうだが、なにより一番の宣伝力に結びついたのは、その常識外の仕事振りだ。

 というのも、ステラは基本的に、先述した基本的なルイズの身の回りの世話の他に、ちょこちょことシエスタの仕事を恩返しという名目で手伝っていたからだ。

 シエスタは言うまでもなく学院に雇われた使用人であり、その仕事はほぼ学院中に転がっている。仕事の量はどれだけ片付けてもなくなることはないくらいで、そんなシエスタを手伝っている内に、有名になったのだ。

 

 学院における使用人達の仕事は、大きく二つに分けられる。

 給仕と家政がそれであり、料理は使用人達ではなく専任のコック達の仕事だ。

 ただ、ここは普通の貴族の屋敷ではなく、魔法学院という特殊な場所でも在る。

 そのため、仕事の割合としては家政が圧倒的に多く、所属するメイドも主にハウスキーピングを経験している者達が数多く集められていた。

 

 給仕―――つまり学院内における運営その他は、主に上級使用人達の仕事であり、彼ら彼女らの多くは貴族出身の者達で占められている。

 このハルケギニアにおいても家督相続権は基本的に長男長女であり、その下――つまり次男次女以下は家ごとに扱いは異なれど、基本的に自分の食い扶持は自分でどうにかしなければならない立場の者が多い。

 そういう者達にとって、ここトリステイン魔法学院の使用人、それも上級ともなる地位というのは、決して侮れるようなものではなかった。

 基本的に給金が良く、仕事としての地位も一定以上に位置している。ソレは無論、ハルケギニア全土において名の知られた学院であり、数多くの貴族が集うことから、うまくすれば繋がりを持つこともできなくはないという意味も含まれている。

 一番手っ取り早いのが、相続権を持つ貴族と結婚することである以上、そのチャンスを作れる可能性がある学院は、他の職業に比べれば圧倒的にアドバンテージが有るといえるだろう。

 そして学院にとっても、貴族の子息女を生徒として預かる立場にあっては、下手な使用人を雇うにはリスクが高過ぎる。

 その点、貴族出身の者達であれば、教養や作法にある程度精通していることから、生徒達への対応にも粗相を犯す可能性を可能な限り排除できる。

 つまり、互いにとってメリットが多いのだ。

 ましてや、トリステインにおける貴族は、殊更階級意識が強く、下手な平民を宛てがおうものなら面倒極まりないトラブルが起きるのは明白である。そのリスクは、下手をすれば内戦すら引き起こしかねないのだ。慎重にもなろうというものであり、またオールド・オスマンの悩みの種の一つでもあった。

 そういった背景もあって、学院における給仕を司る使用人達は、貴族の次男次女以下の者達から構成され、言うまでもなく、彼ら彼女らは学院の使用人として一定の立場を得ていた。

 無論、仕事は苛烈を極める。

 なにせ相手にするのは、道理を弁えた大人――中には、そうは言えない者達もいるのだが――ではなく、まだケツの青い我儘三昧反抗期真っ盛りの子供達だ。

 加えて、中には大貴族の子供までいるのだから、下手な粗相をすれば文字通り首が落とされかねない。

 その心労は壮絶を極め、また仕事内容も決して楽なものではないため、基本的に長くとどまれて三年と言われており、ソレを超えれば軍の古参兵じみた扱いを受けることになる。

 救いなのは、少なくとも一年は務めた事があれば、よそにおいても概ね"優秀な人間"と受け取られる事が多いことと、一年という短い間でも貴族の誰かに顔を覚えられ、取り立てられる可能性が決して少なくないことだろう。

 その弊害として、一定数は必ず一年という短い間でいなくなるものがいて、かつ三年も続くような"物好き"は本当に極稀という下地が出来上がってしまったことか。

 当然、そういった"古強者"は給金も待遇もよく、学院長からの信頼も得られるとあって、そんじょそこらの木っ端貴族よりは裕福な生活ができる。ただし、彼ら彼女らに共通する悩みは、悲しい事に"金があっても使う隙がない"ということなのであった……。

 

 次に家政だが――――言うまでもなくその大半の仕事が学院内の掃除及び洗濯である。

 故に、総合的な仕事量で見れば給仕のソレとは比べ物にならず、また過酷度は肉体的な意味で軽く上回る。

 重労働に長時間の作業は当然、住む環境や待遇こそ都の家政メイドなぞ比べ物にならないほど良いとはいえ、それでもかなり過酷な労働環境は、半年で使用人の半数が入れ替わると言われているほどだ。

 そのため学院の家政メイド枠は常に人員を募集しており、防犯やその他の問題含めて、学院人事も担当している教師たちの毛根を日々死滅させ続けている。

 そして、対外に向けて発表されている基本的な採用条件は、至ってシンプルだ。

 

 どんなことでもくじけない鋼の精神と、強靭かつ健康な肉体を以って、貴族に奉仕する事を誇りに思える者。

 

 無論、後半は取ってつけたようないいわけである。本音はその前文全てだ。

 なにせ、掃除と一言で片付けるには、ここトリステイン魔法学院における仕事量は膨大にすぎる。それこそ、下手をすれば王都の軍隊の基礎教練のほうが鼻歌交じりにこなせるくらいに。

 各種施設が集中する本塔は言うに及ばず、その周囲を囲む五つの塔での清掃量は、とてもではないが筆舌には尽くしがたいものがある。

 無論、それら全てを一日でこなすなどあらゆる意味で不可能であり、当然のごとく家政メイドらの間でローテーションが組まれているのだが、万年人手不足ということもあって、これが中々に過酷であった。

 特に、家政メイド達のこなす仕事の中でも最も重労働であり、かつ作業量が膨大と成るのが洗濯である。影では家事手伝いで有名な妖精に倣って"ブラウニー"などと呼ばれ、主に学院内における女性使用人の大半がこれに属していた。

 在籍する生徒達の衣類を含む洗濯物は、稀に実家から連れてきた使用人に任せるものがいるものの、基本的には学院側で行っている。

 言うまでもないことだが、洗濯するのは生徒達の衣類等のみではない。

 学院内で大量に使われるシーツやリネン類は言うに及ばず、食堂で多く使われるクロス類はその量も相まって数多くの使用人達の筋肉を痛めつける。

 中でも汚れの酷いモノは毛嫌いされており、高価な魔法薬――以前ステラがシエスタから貰った魔法薬等。もちろん自腹――を使わなければ落ちないような汚れは、それを提出した者に対して凄まじい悪評が吹き荒れ、酷い時には陰湿な嫌がらせという報復まであるのだ。

 過去、それで何度かトラブルが起きたものだが、使用人側で解雇された者はもちろん、中には逆に退学に追い込まれた学生がいる等と実しやかにささやかれる噂によって、"酷い汚れ物を洗濯に出すときは、必ず心づけを供にすること"と生徒間で暗黙の了解が広がることになったという裏話もある。

 

 そして話は冒頭の、ステラが学院中によく知られるように成った理由が、そこ/洗濯につながるのだった。

 

 

 朝、日が昇る前に起きたステラは、いつも通り朝のスキンシップをこなし、しかし全く起きる気配がないルイズに一応の準備だけ整えておいた。

 そして、手早く、もはやトレードマークとなっているミニスカメイド姿に着替えると、シエスタの仕事を手伝うべく、ステラが起きた頃には既に戦場となっていたであろう水の塔へと向かった。

 

 この日、虚無の曜日の朝は、この一週間において最も洗濯物が集中する日であり、その作業量は膨大だ。

 学院の家政メイドの過半数がこの作業にかかりっきりになり、残りは出来うる限り学院内の清掃にとりかかる。そして、午後はシフトに入っている全員で徹底的に掃除をこなすのだ。トリステイン魔法学院の家政に休みはないのである。

 そんな文字通り週に一度の修羅場にステラがやって来ることになったきっかけは、些細な事だ。

 シエスタの仕事を少しでも手伝えれば、それだけでも恩を返せるのではないか。そんなシンプルな考えを口にして、少しだけ申し訳無さそうな顔をしたシエスタに釣れられてきた。それだけである。

 そして、先週初めて、学院中から集まった洗濯物の山を見た際には、文字通り目を大きく見開いて驚いたものだった。

 

 入り口に入った瞬間、ステラの顔は非常にねっとりとした熱風にあおられ、そこに交じる洗剤や様々な汚れの綯い交ぜに成ったなんとも言えない匂いに、一瞬とはいえ目眩を覚えた。

 二度目でも、これは慣れない。

 ステラは渋い顔で中に踏み入り、軽くあたりを見回してシエスタの姿を探す。

 

 水の塔の一階と、さらに外側に拡張された洗濯場は、誰もが口をそろえて"鉄火場"と評する。

 入ってしばらくすると、人間が十人近く入れそうな大釜がいくつも並び、その下には大量の薪が火にくべられ、燃え盛る炎によってぐつぐつと大釜の中の水が沸いていた。  その大釜の口元、さながらステラの世界における工事現場でよく見られたキャットウォークのような足場の上で、必死の表情でもって大釜を櫂のような長い木の棒でかき混ぜるメイドの腰には、誤って沸騰する大釜に落ちないように命綱が結んである。傍らには、杖を持ったメイジのメイドも待機しており、いざという時に備えて誰もが万全を期していた。

 落ちれば大火傷じゃすまないのだから当然の処置であり、しかし、たとえ保険があっても怖いものは怖い。よって、かき混ぜるメイド達は誰も彼もが必死の形相で滝のような汗を流していた。

 やや離れた場所には、学院中から集められた洗濯物が詰まった籠が山のように積み上がっており、それぞれどの持ち主のものか、あるいはどこの部署、どこの場所、はたまたどんな目的で使用されるものかなど様々な条件で分類され、トラブルがないように対策が取られている。

 軽く見渡しただけでもこの有様なのだから、ステラは人間の生命力の発露を直に見たような気がして、嬉しいやら恐ろしいやら、非常に複雑な心境に至るのだった。

 なお、不幸にもこの日のシフトを任ぜられた彼女らは、揃って、丸一日がこの布の山によって潰されるという事に怨嗟をあげ、時には呪いの言葉を口にして世界を罵りながら洗濯をこなしている。それもまた、ステラに畏怖を覚えさせる要因にもなっていた。

 働く女の人、怖い。素直にそう思ってしまっても、無理はない。

 

 虚無の曜日は基本的に誰もが休息を取る日と認識されてはいるものの、それは自営業を営む庶民や貴族に限った話であって、屋敷勤めはもちろん、ここトリステイン魔法学院の使用人達には虚無の曜日は働く日である。

 そのため、使用人達の間ではローテーション制が敷かれ、最低でも隔週に一度は虚無の曜日に休日を取れるように調整される。

 今日、この日集まっている彼女たちは、運悪くシフトに配置されてしまった者たちであり、裏返せばその大半は翌週に休みが取れることを約束されていた。

 それでも、目の前の憂鬱の山はなくならないのである。例え翌週に休みが約束されていようと、目の前の厄介事への恨みつらみはどうしても吐き出さずに入られない。

 

 

 

「まったく、今週もまた随分とたまったものね」

「本当に。これみて、ひどい汚れ」

「ひとまず、汚れが酷いものをより分け―――キャァ!?」

 

 

 

 洗濯物をより分けようと、一人のメイドが手にとった衣服が、べっとりと紅い何かで染まっている。

 

 

 

「まさか血? って、これマクドネル様の籠じゃない」

「そういえば、上級生のマクドネル様とジロッド様が殴り合いをされたとか聞いたわね……」

「またぁ? 原因も?」

「ミス・ツェルプストーの取り合い」

「罪作りというべきか、魔性というか……」

「尻軽でしょ」

「……アンタ、実家たしかヴァリエール領だっけ」

「そうよ! もう! 灰汁薬(*)高いのに!」*灰汁薬:ステラがシエスタに貰った、大抵の汚れが落ちる魔法の液体

「仕方ないわよ。ほら、ぶつくさ言わないで手を動かす」

 

 

 

 山となった洗濯物があつまる洗濯室は、鉄火場であり戦場だ。

 集まった洗濯物をよりわけながら、その汚れの酷さを嘆くものもいれば、ただ黙々と手を動かすもの、対極的に働く様があちこちに見て取れる。

 共通しているのは誰も彼もが必死であること。

 そんな中で、黙々と汚れが酷いものとそうでないものをよりわけているメイドがいる。

 ショートのブルネットに、うっすらと残るそばかす、そして生地の厚い使用人服の上からでもわかる豊満な体が特徴的な少女―――シエスタだ。

 

 

 

「シエスタ、おはよう」

「まぁ、ステラ! 本当に来てくれたのね!」

「約束したから。手伝いにきた」

 

 

 

 シエスタは、作業の手を止めると、感極まった様子でステラに抱きついた。

 その豊満な体を余すこと無く押し付けられ、ステラは少しだけ気恥ずかしい気持ちになる。

  

 

 

「じゃぁ、一緒に仕分けしてもらえるかしら。やり方は大体覚えてる?」

「うん。大丈夫。間違ってたら教えて」

「ふふ、ステラは優秀だもの。きっと大丈夫よ」

 

 

 

 根拠の無い信頼だなぁ、とは思うものの、そう思ってもらえることに悪い気はしなかった。

 誰かに信頼されて、そして頼りにされるというのは―――とても、暖かい気持ちになれた。

 そして、しばらくステラはシエスタとともに、果てなど無いのではと思わせる仕分け作業に従事した。

 主に二人が行うのは、衣類の仕分けだ。

 その種類は、いくらこの世界の文明レベルが中世ヨーロッパ程度とはいえ多様極まる。

 その生涯において数える程度の服しかきてこなかったステラにとっては、まさにカルチャーショックとも呼べる種類で、またしても人類の凄さというか欲求のとどまらなさというか、自身が想像していたよりも遥かに"深い"存在なのだな、と今更ながらに痛感する。

 

 

 

「あ、ダメよステラ。ネッカチーフとハンカチは違うものだからきちんとわけないと」

「これは?」

「同じタイツだけど、ウールはこっち。綿はこっちの籠よ」

「……同じじゃないの?」

「見た目は同じでも材質が違うから気をつけないと」

「わかった」

 

 

 

 シエスタの指示に素直に従いつつ、凄まじい速度で次々に洗濯物を選り分けるステラ。無論、隣のシエスタも負けてはいない。

 傍から見れば仲睦まじい姉妹とも言えるその姿だが、それは本来"あり得ない"光景だ。

 そもそもシエスタは学院に雇われた家政メイドであり――時折給仕の仕事も任されはするが――、この場にいることに何らおかしい点はない。

 だが、ステラは違う。

 ステラはあくまでルイズの使い魔であり、その割り振られた仕事も、基本的にルイズの身の回りの世話であって、間違っても学院の家政メイド達に混じって洗濯をすることではないのだ。

 たとえそれがステラの好意故のボランティアであったとしても、本来であれば許されない。

 その大きな理由としては、それぞれの仕事には領分というものがあり、それを侵すというのは侵された側の仕事を奪うに等しいからである。

 この時代、働くだけでも大変なのだ。ましてや大抵がその仕事振りに対して報酬をもらうのであり、楽して働いてる姿を見られようものなら容赦なく減給をくらってしまう。

 故に、大抵の人々は自身の仕事に手を出されるのを嫌う。

 だが、何度も繰り返すが、ここは特異極まりないトリステイン魔法学院である。人手は万年不足し、本音を言うのであれば、使えるならば生徒達の使い魔どころか本人達すらも動員してしまいたいくらいなのだ。

 そんな彼ら彼女らからして、善意でこのアホみたいな仕事量を減らしてくれるボランティアの存在は、まさにイーヴァルディの勇者のようなものなのである。

 ただ、理由としてはそれ以上に、ステラがとんでもなさすぎたのもある。

 もう下手な装飾をするより、ただただ一言、その仕事振りがすごいとだけ言えばいいくらいに、この水の塔においてステラの手伝う姿を見た者たちの心を鷲掴みにしてしまっていた。 

 

 

 

「おー、今週も手伝いに来たの、ステラ!」

「さすがステラ。仕事覚えるのが早いわねぇ」

「ありがたやありがたや……」

「ちゃーんと仕事したら、おだちんのスコーンあげるから頑張ってねー♪」

「シエスタもがんばんな!」

 

 

 

 通り過ぎるメイド達が、ステラとシエスタに次々と声をかけていく。

 全員ステラに友好的で、むしろその存在に感謝を捧げるほどだ。

 そして、その中に交じる"餌"に、ステラは時折ぴくぴくとそのツインテールで持って反応してみせるのだが――――まぁつまるところ、先週ただ一度の手伝いで、ステラはこの水の塔で従事している家政メイドらほぼ全員に顔を覚えられていた。

 なにせ、ステラがいるといないとでは、作業効率にとんでもない差がでるのだ。この学院におけるアホみたいな仕事量を体験した人間からしてみれば、歓迎する以外に選択肢がないほどに。

 

 

 

「よっし、仕分け終わり! みんな、大鍋準備出来てる―!?」

「「「「「ばっちりー!」」」」」

「じゃ、ステラよろしく!」

「うん」

 

 

 

 途中で合流した、シエスタよりも数歳年上のメイドに言われて、ステラは山になっている洗濯物が入った籠を、文字通り軽々と持ち上げる。

 通常、一人の使用人なら二つ、頑張って三つ、ガタイの良い使用人がどんなに頑張っても五つしか持てないのに対し、ステラは片手で十、両手を使えばその間にさらに十を挟んで三十もの籠を一気に運ぶことができた。

 一般的なのを基準に考えて、ステラ一人で単純計算すれば一五人分の労働力である。しかも体力無限。食べ物さえしっかり与えれば、どんな重労働でも鼻歌交じりにこなしてくれる。

 これで、家政メイド達の間で歓迎されないわけがない。

 

 籠を持ったステラが、あちこちに運んでは中身を大釜にぶちまける。

 そして魔法を使える使用人が水魔法でお湯を足し、櫂でかき混ぜ、温度を保つために火の番をする。

 手が空けば、その都度洗い終わった洗濯物も運び、八面六臂の大活躍をしてみせる。

 もはや誰も、ステラがルイズの使い魔だとか出身の知れぬ不思議な少女だとか思わない。ただ、仕事のできる超有能な救世主。それが、水の塔で働く使用人達にとってのステラなのだった。

 

 

 

 

 

   

 

 

 

 日が登り、気温は徐々に高くなる。

 朝露は既にどこにも見られず、わずかに靄に烟っていた朝は終わり、あと数時間もすれば昼食時となるであろう頃、水の塔の前の広場では、干された洗濯物が海のように広がっていた。

 数十名もの使用人が忙しなく、しかし決して土埃を立てぬように動きまわり、次々に洗い終わった洗濯物を干していく。

 ステラは、シエスタととともに並んで塔のそばにある石段に腰掛け、そんな風景を眺めていた。

 二人共、担当していた洗濯が終わったため、こうして水の塔の傍らで、他のメイド達が働くのを眺めながら休憩しているのだった。

 

 

 

 

「ありがとうステラ。今日も本当に助かったわ」

「気にしなくていいよ? 大したこと無いから。はぐ」

「普通なら、ここは謙遜なのだろうけれど……」

 

 

 

 事も無げにそう言ってのけるステラに、シエスタは苦笑するしか無い。

 なにせ、あの仕事量は大したこと無いではすまないのだが、事実、ステラは汗一つ掻くどころか、息一つ乱すこと無くこなしてみせたのだから、"大したこと無い"のだろう。

 そんなステラは、幸せそうにほんのりと眦を下げ、熱心にスコーンを貪っている。

 本日のステラの報酬であり、先ほど同じく働いていた同僚メイド達から差し入れで貰ったものだった。

 傍らにはバスケットに山のようにつめ込まれたスコーンと、十にも届くジャムの瓶。そして、小樽に波々と注がれたミルク。

 見ているだけでお腹が膨れそうな光景である。

 

 

 

「……あれだけ動けば、そんなに食べても太らないのも納得ね」

「ほぉ?」

「もう、食べながら喋らないの。ほら、ほっぺに付いちゃってるじゃない」

 

 

 

 甲斐甲斐しくステラの世話をするシエスタだが、影ではステラの養育係として認知されているのは、さすがに本人も知らない事実だったりする。

 結構な重労働でも、まるで朝飯前の日課のような気軽さでこなすステラの頼もしさは、尋常ではない。

 通り過ぎるメイドの多くが、ステラに対し手を振り、「また来週もお願いねー」と言葉を残して去っていく。

 ステラもまた、そうやって声をかけられるたびに手を振り返すが、言うまでもなく食べるのはやめなかった。

 そうしてしばらく。

 

 

 

「ごちそうさま」

「……あんなにあったのに、本当に食べちゃった」

「朝飯前」

「お、お昼、食べられる?」

「もちろん」

「そう……羨ましいわ」

 

 

 

 ある意味、淑女の理想的な体質ともいうべきステラの燃費の良さ(?)に、思わずシエスタの本音が漏れた。

 実際のところは、シエスタの想像するような燃費の良さとは真逆なのだが、無論当人は知らない。シエスタのみならず、ステラの食べっぷりとスタイルを良く良く目にする淑女の皆々にとって、"たくさん食べてもスレンダー"なステラの体質は、何を置いても欲しいくらいだ。

 シエスタとてソレは例外ではないし、ましてやほんの少しの油断が直ぐ様無駄な贅肉となって現れる身からすれば、いっそステラの体質は理不尽とすら言える。

 それはともかくとして。

 いつまでも、ステラはシエスタと一緒に仕事をしているわけには行かなかった。

 本来の役目は、あくまでもルイズの使い魔である。本分はご主人様の身の回りの世話―――というともはや使い魔というより侍女だが、とりあえず現在はそういうことになっているため、一日中学院の仕事ばかりをしている=ご主人様を放置するのはよろしくないのだ。主にステラの食事事情的な意味で。

 なので、虚無の曜日は午前中はシエスタの手伝いをして、用意された報酬をすべて平らげたらルイズの元へ戻ることになっている。

 今現在の時刻は、正午には届かないものの、それでも起床には十分寝坊といえる時間だ。そろそろ寝坊助のご主人様を起こさねば、昼食を食いっぱぐれる事になりかねない。

 ステラとしては、それは絶対に避けたい未来であった。

 

 

 

「それじゃ、行くね」

「ええ、今週も本当に助かったわ」

「また手伝いに来るから」

「いいの? ステラも忙しいでしょう」

「大丈夫。シエスタと一緒に働くの、すごく楽しいし」

「……ありがとう、それじゃ、次もお願いするわね」

「うん。またね」

 

 

 

 にっこり微笑むシエスタに手を振り、ステラはその短いスカートを翻して走りだした。

 ひらひらと、まるで尻尾のように揺れる二房の黒髪と後ろ姿を見やりながら、シエスタも小さく手を振る。

 元は、右も左も分からないステラを助けたことへの恩返しというのが始まりだったが、ステラの言葉ではないが、ステラと共に働くのが楽しくなっている事にシエスタは気づいている。

 大貴族の使い魔となれば、シエスタのような平民には雲上の存在だ。

 世話係にもなれば別だが、それとて貴族でなくともメイジの使用人が任される。

 正真正銘の平民であるシエスタには土台無理な話で有るし、そもそも遠くから眺めるくらいしか、その存在を認知できないような存在なのだ。

 それでも、ステラはこんな自分と同じ目線、同じ立ち位置で接してくれる。その事実が、シエスタの胸の奥をほんのりと暖かくしてくれる。

 シエスタの脳裏に、ステラの微かな、しかし無邪気な微笑みや、初めての体験に驚く姿が思い浮かぶ。

 まるで、手のかかる妹がもう一人、できたみたいだった。

 

 叶うならば、このままずっと―――ううん。いつか、友達になれたらいいな。

 

 今はまだ、お互いに壁があるような気がする。

 ……いや、それを作っているのは自分だ。本能的に、互いの立ち位置を意識してしまうからだ。

 うすうすと気付いているけれども、まだ確証が持てない。故に、シエスタは予防線を張ってしまっている。それが、とても失礼な事だとわかっていても、せざるをえないのだ。

 それは、この世界の根幹に根付く、どうしようもない"階級"という名の壁だ。

 シエスタはただ、臆病な自分を内心で叱咤し、祈る他ない。

 いつか、胸を張ってステラに言えるように。

 密かな夢を胸に抱いて、シエスタもまた、仕事に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 洗濯場である南東の水の塔から、北の寮塔へ向かうには、反時計回りに向かうのが最も早い。

 それ故にステラはジョギング程度の軽い走りで、ヴェストリの広場を横切るところだった。

 

 

 

「……あれって」

 

 

 

 その途中でふとステラの目に入ったのは、六体の甲冑姿の騎士――――いや、ゴーレムが、忙しなく動きまわる様子だった。

 動きに人間臭さが欠片もないことや、どことなくぎこちない仕草からそれがゴーレムであると确信したのだが、ソレ以上にその鎧の造形に、ステラは見覚えがあった。

 視線をめぐらして、その操り主を探す。

 

 

 

「ギーシュ」

「おや、ステラじゃないか」

 

 

 

 はたしてそれは、此度は胸元こそ普通なものの、代わりに襟周りに動物の鬣のごとくフリルがあしらわれ、なんだか見ているだけで首周りが重くなりそうなシャツを着た少年であった。

 ギーシュ・ド・グラモン。

 ステラがこの世界ではじめて、直接的暴力を振るった人類/決闘をした相手である。

 ステラとの決闘騒ぎ以降、二股が噂されてたり、下級生に頬をひっぱたかれてる姿を目撃されてたりと、女に関するなんやかんやで話題が絶えない彼だが、紆余曲折を経てステラとは親しく接するほどの仲になっていた。

 もちろん、決闘の結果としてギーシュはルイズへの無礼を謝罪したし、ルイズもそれを恥ずかしそうにしながらも受け入れたが故だ。潔いことは嫌いではないし、なにより真っ直ぐな心持ちのギーシュが、なんとなくステラは気に入っている。

 それから幾度か、ギーシュのゴーレム操作の訓練を手伝ったりもしていたので、こうして外で訓練中に出会うのはさして珍しいことではなかった。

 

 

 

「今日も特訓?」

「無論のこと。いつまでも君に負けっぱなしでは、婦女子を守護する騎士としてあるまじき姿だからね。いつか、君に参ったと言わせてみせるよ」

「うん、頑張って」

「……君はもう少しアレだな、相手に張り合いをもたせる会話というものを学ぶべきだね」

「張り合い……えっと……」

 

 

 

 しばらくうーんうーんと頭を捻りながら悩んでいたステラだが、唐突に手のひらに拳をポンと落とし、おもむろにギーシュに人差し指を突きつけて言った。

 

 

 

「そのていどのじつりょくでわれにいどもうなど、せんねんはやいわ」

 

 

 

 まるで感情のこもってない煽り文句に、ギーシュは思わず項垂れてしまう。

 

 

 

「……間違ってはいない。間違ってはいないけど……ステラ、やっぱり君は無理せずそのままでいてくれたまえ」

「? うん、そういうならそうする」

 

 

 

 ステラは内心で、やはりコミュニケーションというのは難しいと思うのだった。

 それから、ステラは二つ三つ、いましがたのギーシュの訓練を見て思った事、つまりアドバイスのようなものを告げ、ギーシュはそれを神妙に聞きつつ直ぐに試してみたりする。

 やがて三十分程経ってそれなりに納得がいったのか、ギーシュは流れる汗をキザに拭いながら、ふと思い出したようにステラへと尋ねた。

  

 

 

「そういえばステラ。君は武器を持たないのかい?」

「武器?」

「あれだけ腕が立つんだ。槍捌きも素晴らしいが、剣の腕前も相当だろう?」

「うん。剣のほうが得意」

「なら、剣の一振りでも佩くといい」

「……考えたことなかった」

「僕が言えた義理じゃないが、まだ君たちは好奇の目で見られることも多いだろう? 今後、僕とやりあったみたいなことがないとも言えないからね。武器は持っておくに越したことはないと思うよ」

 

 

 

 ギーシュの言うことには一理がある。

 現状、ギーシュとの決闘を見ていて、かつ賢明な者達は、ステラという存在が文字通りルイズの守護者となっていることに気付いており、およそちょっかいを出そうなどという浅はかな事は露ほども思っていない。

 そして、賢明でなくとも、ステラの戦いぶりを間近に見て、どう足掻いても敵わないだろうと悟っているものも、静観を続けている。

 問題は、賢明でなく、それでいてステラの戦いぶりを間近に見ていても理解できない愚か者、あるいはそれを伝聞でしか聞いていない上で侮っているお調子者達だ。

 彼ら彼女らは、何一つとしてステラの恐ろしさを理解していない。ギーシュは溜め息混じりにそう思う。

 ギーシュがこうしてステラに助言をするのは、そうした愚か者たちへの間接的な牽制のためでもあった。

 学院で唯一、ステラと真正面から対峙したからこそ、ギーシュにわかることがある。

 今目の前で、のんきにギーシュの作ったゴーレムをぺたぺたと触って回る黒髪の少女は、"格"の異なる存在であると。

 たかだか実家での訓練と授業での"ごっこ"しか経験していないギーシュにとって、ステラという存在は、文字通りの常識外れだ。

 あの凄まじき体裁き、その華奢な体躯からは到底想像できない、恐ろしき力。

 そして何より、視線が絡まった瞬間に背筋から脳天を貫いた――――絶望的な恐怖。

 思い出すだけでギーシュは体が震える。そら、視線を落とせば、杖を持つその手が震え、バラの花弁が小刻みに揺れているではないか。

 ……一度頭を振って、ギーシュはだからこそ、と思い直す。

 この学院内で、彼女の恐ろしさを理解できている人間は、両手の手で数えて足りるだろう。あるいは、手を出すのが非常によろしくないことだとわかっている連中も、多くいるだろう。

 それはいい。彼ら彼女らは決してステラとその主であるルイズに悪意を伸ばさないであろうし、ましてやステラが激発するような馬鹿馬鹿しき事態を引き起こすなど決してあり得ない。

 だが、問題はその他だった。

 思い返すだけでも呆れ返ってしまう。今週だけでも、阿呆な事を考えている輩が幾人もいて、そういった阿呆共に蔑まれ嗤われ、挙句の果てには得意気に自分が仇を討ってやる等とのたまわれた時には、ギーシュはもう匙を投げ出したくなった。

 無論その全員が全員、ステラとルイズに悪意を叩きつけるわけではないだろう。だが、仮に一部でも、そういった空気の読めない輩が現れる可能性は、高い。

 だからこそ、ギーシュはステラに武装することを薦めた。

 帯剣していれば、覚悟の低いお調子者はビビって手を引くだろう。

 それでもつっかかるようなバカは、自分と同じように洗礼を受ければいいさ。

 ギーシュにそこまで考えてやる義理はないし、彼が守り、愛でるべき少女達にそのような愚か者はいない。極論、むさ苦しい野郎なぞ、どうなろうが知ったこっちゃないのだ。

  

 

 

「この後、寮棟に戻るんだろう? ルイズにでもねだってみるといいよ」

「たぶん、ルイズはまだ寝てる。昨日は徹夜してたから」

「そうか。まぁ、時間に余裕があれば、王都までいって買い物でもしてくればいいと思ったのだけれど……今からじゃ難しいから、来週になるだろうね」

「どのくらい遠いの?」

「そうだな……馬なら二時間から三時間、徒歩なら二日ほどの距離だね」

 

 

 

 既に正午近い今から王都に向かっても、帰ってくる頃は夕方だ。そして、日が沈むのは本当に直ぐのことなので、結果的に夜駆けで戻ることになる。

 いくら学院から王都までの治安は確保されているとはいえ、夜駆けは危険だ。

 ステラの実力は知っているが、どうにも不安が残るため、ギーシュとしてはあまり今日でかける事はおすすめしないと忠告をする。

 だが、しばらく何かを考えていた様子のステラからは、そんなギーシュの忠告を「大丈夫。たぶん」と実に不安を掻き立てる返事。

 不安感というか心配というか、そんなもやもやした感情がギーシュの中でまるで肺腑を満たすように広がる。また、変なトラブルを起こさなければよいのだけれども。

 

 

 

「ま、まぁ無理はしないように。別にいますぐ剣を持てという話ではないからね」

「ありがとう。お礼に今度シエスタのお手製ガレットあげるね」

「はは、期待しておくよ」

 

 

 

 そして、ステラは来た時と同じように、黒い旋風のごとく去っていく。

 その後姿を見送りながら、ギーシュはやれやれ、と嘆息するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ステラとギーシュが別れた頃。

 それを遠方から眺めている人影があった。

 キュルケとその使い魔、サラマンダー/フレイムである。

 相方のちっこい方/タバサは現在、自室で【サイレント】の魔法をかけてまで読書にふけっている。ああなっては、ちょっとやそっとの事では外に関心を示さないことを経験上理解しているキュルケは、学院寮から離れたここで、カワイイ相棒とともに気怠い時間を過ごしていた。

 というのも、暇すぎて死にそうになっていたところを、予想外の珍しい光景に出くわしたからである。

 言うまでもなくギーシュの特訓風景だ。

 常日頃からセンスのベクトルがどこかいびつな方向へと曲がりくねっているナルシストが、汗水たらしてゴーレムを操り、それでいて中々様になった訓練をしていたのである。

 普段からは想像もつかないその姿に、キュルケは望外の暇つぶしができて、少しだけ上機嫌になれた。

 そこへやってきたのがステラである。

 時間にしては三十分程度の短い間だったが、なにやらギーシュにアドバイスのようなものを与えていたらしい。

 その後のギーシュの特訓は、さらに洗練さが増し、時折キュルケですら声を漏らすような動きをするようになった。

 特に、それまでぎこちなかったゴーレム間の連携が、かなり厄介かつ洗練されたものへと変化するさまは、思わず柳眉を顰めてしまうくらいである。

 アレと対峙することになったら、と自分の身に置き換えて考えてみて、中々に手こずりそうだと舌なめずりする。

 ツェルプストーの血を引くが故に、その根底に髪の色が表すように好戦的な獰猛さを秘めているキュルケにとって、ギーシュの成長にはドキドキしてしまう。

 だが、ギーシュをそうさせたのは、あのペチャパイ爆発娘の使い魔/ステラだ。

 先日のギーシュとの決闘での戦いぶりもそうだが、なんとも、普段の眠たそうな顔からは想像もつかない、戦人のような気配を感じる。

 

 

 

「何者なのかしらね、あの子」

「キュル?」

 

 

 

 誰にともなくつぶやく主の言葉に、傍らに侍るフレイムが首を傾げる。

 それに微笑みながら軽く頭をなで、ステラの走り去った方を見やるキュルケ。

 その表情は、まるで楽しいおもちゃを見つけた子供のようであった。

 

 

 




 話が一ミリも進んでないのは気のせいでしょう。
 続きはまた近いうちに。
 とりあえず現在5千文字程度までは進んでます。
 今度こそ、今度こそアヤツを出してやる……!

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