夜の街の路地裏。そこから目覚めた狩人は自身が召喚されてしまったことによる弊害と、現状を知るために街の探索を開始する。
狩人の立つ少し広めの路地裏は、周囲を見渡せば家と呼ぶにはあまりにも小さすぎる屋根が点々とあり、その辺りには細々と暮らす彼らの痕跡があった。
「これが格差社会ってやつか。ヤーナムでも下と上の民って確か分かれてたよなぁ」
その家々は狩人が目覚めた灯りから広がり、それぞれの小道に続いているようだった。
これ以上更に路地裏の奥へ行っても仕方がない為、狩人は優しくも淡い光が差し込む、通りが見える道を選んだ。
裏路地を出ると光の正体は街灯の灯りで、同時に夜の静けさと冷たい風が狩人の肌を撫でる。
「さっっむ……! あぁ、なんてひさしぶりな感覚だろう」
狩人が生きてきていた世界は確かに夜の寒さはあれど、人間の匂いさえも掻き消すほどの鼻を曲げるような獣の匂いが支配しており、また何処に獣が潜んでいるのか分からない。
そんな狂気と異臭に慣れすぎていたため、自身に感じる風の涼しさに懐かしさを感じていた。
して、街の時間は夜。このままなにもせずに待てばいずれ夜明けは来るだろう。
ただやはり狩人が最も気になるのは、狩人の世界と異界の融合。狩人にとって夜明けを待つほどの気の余裕は無い。狩人は歩を早めることにした。
まずやるべきは情報収集。人の気配のない夜の街でどうすれば情報が集まるのか。狩人はまだ窓から灯りが漏れる民家のドアをノックした。
「はい、どちら様でしょうか?」
「あの〜怪しい物では無いんですが、実はわたしこの街に初めて来た者でして、同時に医者をしている者なんです。
それでですね、この街に何か変わったことや、いつもと違うとか違和感を感じたことはありますか?」
突然ノックをして、何か変わったことは? など、そんなことを聞いて素直に教えてくれる住人。お人好しなどこの世にはいないだろうと。狩人は自身を分かりやすく偽って、街の変化を聞き出す。
「は、はぁ……お医者様ですか? そうですね。特に変わった所は無かったですね。……、確かに地元民ではありますが、特におかしなところは……」
「あ〜そうですか。それなら心配は要りません。いやはや、わたしの地元にある流行病がですね。相当凶悪な物でして、もしかしたら広まっていないかなと」
「流行病ですか……それならすぐに気がつくと思います」
「そうですよね。えぇ、えぇ。それでは失礼しました。ありがとうございます」
これが最初の家屋から聞けた情報だった。そうして狩人は次の家や、次の次でも自らを医者と偽り、同じような情報を聞き出す。
なにか些細な変化でも良い。あの地獄が回避できるのなら、早めに気付いて対処すべきだからだ。
ヤーナムでも終わらない獣狩りをし、異界でも永遠の獣狩りなど決して御免でもあるからだ。
「はぁ〜……まぁ、今日融合したっぽいからなぁ。流石に今日中に変化なんて……ある訳ねぇか」
狩人は、そう半ば諦めの状態で夜の街を散策していると、一つ灯りのついた民家から咳き込む男の声が聞こえることに耳を澄ませる。
「ゴホゴホゴホッ! ゴッホ……コホコホ」
「だ、大丈夫ですか?」
「ん? あぁ、五月蝿かったでしょうか? 申し訳ありません。私は昔から体が弱くて……。ゴッホゴホゴホ!」
「いえ、苦しそうだなぁって思っただけなので。気は使わなくても良いですよ。少しでも良くなるようにしっかり休んで下さい。
そういえば聞きたいんですけど、何か街に変わったことってありませんでした?」
狩人はこの時、ヤーナムの街で最も最初に出会った第一村人であるギルバートの名を思い出していた。
そのギルバートも体が弱く、そしていち早く獣の病に気が付き、自分がもうすぐ獣になることを察していた一人。
そしてその特徴は特にこの男と一致しており、より心配そうに狩人は光の漏れる民家の窓を見つめていた。
「変わったことですか? うーん。申し訳ありません。どうやら私では貴方の力になれないようです。
私は常にこの家にいますので、何か変化が有ればお伝えしましょう。ずっと昔から私はこの街に住んでいます。些細な変化くらいはわかります」
「そうですか。ありがとうございます」
まだ特に街に変化はない。これ以上聞き出しても同じことしか此処らの住民は言わないだろう。
狩人はそろそろ聞き込みを諦めることにした。後情報を聞き出す方法なら、少し強引だがもう一度路地裏に戻って原住民を脅す他無いだろう。
そう考えて近くの路地裏へ侵入する。
原住民とはこの街を昔から裏から根城にしている輩を指す。
ただ彼らには家と呼べる住処は無く、表に出て来ることも少ない。故に秩序はほぼ皆無と言っても良く、狩人の多少乱暴な行動も容易に受け入れるのだ。
殺されても、殺しても誰も咎める者はおらず、仕方が無いことだと。
「さぁて、素直に答えてくれる人はいるかなぁ〜?」
そう路地裏で人を探していると、最初の灯りとはまた別の広場にぶつかる。丁度そこには探し求めていた輩はいた。
だが彼らは原住民ではあるものの、最も最初に出会った物とは少し様子が違った。
さらに、狩人の鼻にはあまりにも慣れ親しんだとある臭いが、その広場に充満していた。
「誰お前?」
「それが初対面の人に対する言葉かよ。まぁいいや。俺はこの街についさっき来たんだけどさ。ちょっと事情があってね。
この街に変わったことって無いかな?」
「は、んなこと聞くためにこの街に来たってか? んなもんある訳ねぇだろ。……いや」
やはり誰に聞いてもそんな事はもう少しの期間がなければ、その日の今日では分からないかと。狩人は今度こそ諦めた時、急な原住民の態度の変化を見逃さなかった。
「変わったといえは、俺はつい最近変わった力を得たんだよな。それは薬でも、魔法でもねえ。
へへ、あまりにも強大な力だから少し周りの奴じゃ役不足だったんだ。この力に目覚めてから血の匂いに敏感になってさぁ……。お前からはヤベェほどの血の匂いがするッ!
一体どれだけの血を浴びて来たんだ!? つーことはてめぇはそれほどに強えって事なんだよなぁ!?」
原住民は鼻から一気に空気を吸い込む仕草をすると、変にかの狂気に触れた時かのように、ゲラゲラと笑い出すと次に自分の身体を抑えて苦しみ始める。
「もう……俺に逆らえる奴はいねぇ……。俺に敵意を向けるクソ野郎共は、俺が全部喰らってやる! ウウゥ……グガアアァァ!!」
「あらあら。そういうことですか。いやはや、これは面倒なことになりましたねえ。お前らを狩ることなんてこちとらもう日常なんだよ……」
苦しみ捥がく男はそれから自らの肉を引きちぎり、筋肉を膨張させると、体は人以上の大きさとなり、弾け飛んだ肉は当たりに飛び散る。
正にその姿は狩人が今までに何千体も倒してきた獣だった。
これが異界に目覚めた狩人の最初の邂逅となった。
「見てくれよこの身体ァ……これでテメェを引き裂いて、潰して、肉塊にしてやる! ヒヒヒヒャヒャハハハ!」
「なんならこっちも見せてやるよ。てめぇらのような屑共を燃やすのに最も適した武器をなぁ」
狩人は獣となった男にすかさず油壺を片手で投げ、壺は獣の頭で割れて、全身油塗れになる。
「くそっ! なんだこれ? 汚ねぇなぁ! このやろう!! ウガアアア!」
男は最早慣れた動きで四足を使って狩人に攻め入ると、直近に近づいてから左腕を大きく振り下ろす。
そこを狩人は空いた左脇の間を前転で潜り抜け、巨大な杭を突出させた状態の武器を大きく振りかぶり、ガラ空きの背中に勢いよく叩き込む。
それだけで獣の背中は一気に切り裂かれ、あまりの痛みに獣はぐったりと地面にうつ伏せに倒れる。
「ぎゃああっ! くそっ、こんなので。この俺が……!」
「さぁ、見せてやるよ俺が持つ圧倒的火力の、ヒートパイルハンマーを!!」
狩人はニヤリと口角を上げると、次は決めると思いながら突出した武器の杭を中に引っ込ませ、大袈裟な程に肩を後方に引き上げると、武器はまるで準備が整ったことを狩人に知らせるように唸り声を上げれば、狩人の合図ともに強く鉄杭を射出する。
そうあり得ない反動から繰り出されるは、爆発的な炎と多量のガスの噴射。まるで建物が崩壊するような轟音と共に獣は壁まで吹き飛ぶ。
「ぎゃあッ!! う、う、うわああああ!! 熱いッ! 熱い熱い熱い!!」
直後、獣に塗りたくられた油にその炎は引火し、獣はたちまち激しい火に包まれる。
助けて助けてと懇願するも、狩人は冷たい瞳で燃え上がる獣を見下ろす。
そうして狩人はおもむろに獣に対して背を向き、金色の懐中時計を取り出すと、また視界が白く霞んでいく。
この獣の出現は病の類ではなく、何者かが街の人々を獣に変えているということが分かった。
しかしそれは、意図的に病を広めているとも取れ、正体は全くもって不明だが、これは最悪の予想の的中。
狩人の獣狩りが始まる合図だった。