地下水道から地上へ。街へ出れば、当初では感じられなかった街の活気が溢れ、快晴の空に色鮮やかな花火が散り、街中はお祭り騒ぎとなっていた。
その理由はこの街で百年に一度起こると言われる『勇者の儀』であり、別の名を『聖剣祭』とも呼ばれる。
聖剣祭は街の中央広場を中心に行われ、教会が用意した台座に突き刺さった聖剣を引き抜くことで、勇者になる者が正式に勇者になるという。
またその聖剣自体は本物ではなく、あくまでも祭り用であり、勇者は真の聖剣を引き抜くために旅へ出るのだ。
聖剣祭の中央には勇者らしき青年が。祭りを楽しむ人々に囲まれている。今からその聖剣を引き抜くのだろう。そうすれば祭りはさらに盛り上がることだろう。
しかし狩人はその偽物の聖剣に只ならぬ嫌な予感を抱いていた。その予感は最早呪いに等しく、引き抜いたら最後。あの青年には気の毒だが、普通ではない何かが起こると。
狩人に眠る啓蒙の瞳が邪悪な何かが聖剣に纏っているのを捉えていた。それはなにか懐かしさを感じるもので、決して良いものでは無いと分かりきっていても、青年が聖剣に手を触れることに止めようとする気は一つも無かった。
宇宙が。神秘が見える。
そして、勇者は聖剣を台座から引き抜いた。直後狩人の目に映るのは、その邪悪が青年に乗り移る瞬間。
そのあとすぐだった。青年は急に頭痛を訴え始める。
「ぐ……あっ……! な、なんだこれ……声が聞こえる……?」
(あぁ、あぁ、あんたか……。お願いだ。助けてくれ……おぞましい、あいつが……。醜い獣が、呪われたルドウイークがやってくる……)
「る、ルドウイーク……? 誰なんだそれは……? クソ……やめろ、今すぐその声をやめてくれ……! あ、頭がかち割れそうだぁ……ッ!」
(赦してくれ……赦して、くれ……)
そうすれば急に青年に纏う何かは増幅し、それはかつての醜い獣を形成する。まだ完全には具現化せずとも、人の目に見えなくとも、その苦しみの共有は青年を発狂させる。
「ぐううぅ……あああああぁぁ!?」
青年は祭りの中央で叫び、苦しみ、その場で倒れ伏せる。すぐに駆けつける白いロープの者たちと、心配で駆けつけるその青年の仲間だろう者たち。
しかし青年の苦しみは収まることは無く、地面に硬い音を立てて落ちる聖剣は、青年の苦しみなど知らずに、青く白く光り輝いていた。
まるでその光は月光を宿し、持ち手に導きを。よすがを与えんとしていた。それに名を付けるなら『月光の聖剣』
だがその光など最早苦しみ続ける青年には届いておらず、聖剣を持つその意味を自ら無くしていた。
辺りは騒然となり、聖剣祭はすぐに中止される。落ちた聖剣は白いロープの彼らが拾い上げ、倒れ込む勇者を抱き上げて街の奥へ消えていった。
ただ彼らの行動の速さは嫌に落ち着き、まるでこれらが起こることを知っていたようだった。
この光景に狩人は一つの目的を決定する。最初に調べるべきは、恐らく聖剣を用意した教会だと。
狩人の知る教会もまた、今までの信頼を打ち壊さんとする狂気の景色があったことから、世界が融合したこの異界こそ教会を強く疑うことにした。
して、狩人の最初のやるべきことは情報収集となる。異界でもヤーナムでも最初は右も左も分からない物だ。
しかし、ヤーナムでは獣を狩りながら情報を集めていた分、異界ではいかばかりか穏やかな調査になるだろう。だからこそ狩人の道行く先に必ず敵がいる訳ではない環境という訳だ。
狩る対象がいなければ、武力ではなくここでは聞き込みをしなくてはならない。
だがしかし、やはり異界の勝手さえも知らない。大人しく情報が集まる冒険者ギルドに行くことが、懸命な判断だろう。
それから狩人はカインと聖歌の狩人と別れ、三人のアレン、ミリア、ガレスとはそのまま同行することに。ギルドの扉を開けた。
この異界での教会とはどのような扱いなのか。狩人は最初に三人に聞き、次にギルドの彼らに。そして最後はギルドの依頼書に目を通す。
そこで分かったことは、"教会にはなにも怪しいことは無い"。
否、誰にも怪しまれていないようだ。
件の聖剣祭も同じく、狩人が見た獣の幻影を見た者は誰一人として居らず、教会はあくまでも『エマ』と呼ばれる神を信仰する者たちであり、冒険者にも儀式関連の依頼を出してくることがあるようで。
冒険者の中では高い金を払ってくれる良い人たち。という認識のようだ。
ならば、勇者が聖剣で苦しんだり、それを知っていたかのように介抱した彼らの行動は、教会の儀式の一部とでも言うのだろうか?
これがひとまず、狩人が得た情報だった。
それならば狩人は更なる情報を。より教会の内部に近づくために教会からの依頼を漁る。
そこで狩人の行動の終始を見ていた冒険者の一人であるアレンが声を掛けた。
「どうしてそんなに躍起になって教会を探っているんですか? ウェナトールさんがみた獣の幻影も、もしかしたら疲れからの眩暈かもしれませんし」
「それはあり得ないな。なんせこれまでに疲れなんて感じたこと無いし……。ってそうじゃなくて。俺が見た幻影は確かだ。俺は何つーか。他の人には見えない物が見えることがあるんだよ。
要は、霊視みたいな?」
「霊視……。もしかしてその幻影が神エマの姿だったり」
「それもねえだろ。なんで聖剣握っただけで勇者として育ってきた奴が急に苦しみ出すんだ。もし神がやったことなら興醒めにも程があるだろ。祭であんなに盛り上がってたってのに」
「それは……そうですね……」
「で、ついて来るか? 俺は戦闘なら一人でも構わないけど」
アレンは背後に立つミリアとガレスの顔を一瞥すると、頷く。
「じゃあ、ついて行こうかな……。どうせなにも無いでしょうけど。教会に立ち入ること自体は禁止もされていませんし」
教会へは誰でも入れる。それを聞く狩人は願わくばと祭りの際に教会が回収したであろう聖剣も見れたらと考える。
あの時みた幻影が本当にただの幻ならば、聖剣を間近でもう一度見ればいい話。
月光の聖剣を目に掛かれるかは分からないが、アレンのいうただの気のせいも一理あると見て、教会にさらに興味を抱いた。
「んじゃ、いくか」
そうして狩人は三人の冒険者を連れて教会からの一つの依頼書を引き受けた。
その依頼とは……。墓所カビ六つと死地花の芽生えを三つ拾ってきてほしいとのこと。
これはどう考えても狩人がかつて潜った地下遺跡に入るための儀式素材。古きヤーナムの文明がそこにあり、遺跡に住まう者達は地上とは全く別物存在。
それらは獣狩りとは無関係であるものの、古き血が宿る晶石は多くの狩人を魅了し、狩人らに新たな派閥を与えたのだとか。
墓所カビは腐った血肉に苔むす菌の類。死血花は死血に芽吹く青白い植物。どちらも普通ではあり得ない場所にあるものだが……。まさか地下遺跡さえも教会の下にあるとでも言うのだろうか。
異界はヤーナムと融合し、徐々に染まっていく。狩人が奔走した死腐臭漂う暗闇が異界を覆うのも時間の問題なのだろう。