FEトラキアから始まる転生物語   作:乾燥海藻類

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第13話 赫灼の帝王

セリスは闇の中を彷徨っていた。心の中に大きな穴が開いたような、半身を喪ったような喪失感が、時間とともに強まっていく。

文字の書き方、剣の握り方、騎士としての在り方、戦士としての戦い方、教えてくれたのはすべてオイフェだった。セリスにとっての、もう一人の父なる存在。だが彼はもういない。

 

ベッドに横たわる遺体は、人の形をした炭と言われても過言ではないくらいに変わり果てたオイフェの姿だった。

セリスの涙は涸れ果てもせず、未だに流れ続けていた。

だが悲嘆に暮れている時間はない。戦いはまだ終わっていないのだ。立ち上がらなければならない。兵たちを鼓舞しなければならない。指揮をとらねばならない。

だというのに、セリスはまだ暗中を抜け出せずにいた。

 

扉が叩かれる音にも気付かない。

本来ならば、主の了承なく立ち入るなど許されないことだが、セリスは叱責することなく、入室してきた少年を茫洋と眺めた。

 

「……コープル殿か」

 

その金髪の少年はトラキア軍から解放軍に参加した少年だった。バーハラの悲劇を越えて、彼の母はシレジアへと逃れ、その後コープルを出産した。

それからしばらくはシレジアで過ごし、その後、母の友人たちと共にトラキアへと亡命してきたのだ。

 

トラキアに渡った後、魔導の才能があった彼は軍へと入隊した。解放軍に志願したのは、彼の両親がシグルド軍にいたことが大きい。とりわけ杖の扱いに長けた彼は、後方で多くの兵たちを助けていた。

セリスは、彼が見慣れぬ杖を手にしていることに気づく。

 

「セリス様、聖杖バルキリーなるものをご存知でしょうか」

「……十二聖戦士の一人、大司祭ブラギ様の使用した神器。死者を蘇らせる力を……まさかっ!?」

 

コープルがコクンと頷く。それは母から託された父の形見だった。最初は強大な魔力が込められた杖だとしか分からなかったが、成長するにつれて強まっていく聖痕との共鳴により、この杖が神器であると知った。

解放軍に同行する際に、城主ハンニバルは言った。

 

――おまえが使うべきだと感じた時に使うがよい

 

そして、上官であったブラックはこう言った。

 

――万が一、セリス殿が落命した際に使ってほしい

 

それは取りも直さず、セリス以外には使ってほしくないということだ。コープルとて、命の価値が平等だなどと言うつもりはない。だがもし、この聖杖バルキリーが己の魔力だけで使用できるのなら、コープルは命を削ってでも人々を救い続けただろう。

 

「セリス様のおっしゃる通り、この聖杖バルキリーには死者を蘇らせる力があります。ですが、無制限に使用できるわけではありません。一度使用すれば、杖に蓄えられた魔力は失われ、再度使用するまでには数ヵ月、あるいは数年かかることもあります。また、蘇生する者の運命力(エーギル)が残っていなければ、蘇生は叶いません」

 

コープルは語った。聖杖バルキリーで蘇生できる者は、本来ならその時点で死ぬべき運命になかった者に限られると。そしてそれは、試してみなければ分からないとも。

 

セリスの心中に葛藤が生まれる。多くの者が、この戦いで命を落とした。だというのに、オイフェだけを特別扱いしてもいいものか。

苦悩の時間は一瞬とも永劫とも思われた。

 

「それでも……それでも僕は……オイフェを喪いたくは……ない」

 

小さく、呟くような声音で、セリスは本心を吐露した。コープルは何も言わず、オイフェの遺体の横に膝をつく。

コープルが厳かに聖句を唱え始める。彼の身体を包んだブラギの聖光に応えるように、紅き竜玉(オーブ)が神々しい光を放った。

 

獄炎によって炭化していた四肢が躍動を取り戻し、惨たらしく焼かれた顔に赤みがさした。

セリスはその奇跡に涙を零した。

 

「セリス様、命は戻りましたが、失った運命力(エーギル)は戻りません。しばらくは前線で剣を振るうのは難しいでしょう」

「かまわない。生きてさえいれば……ありがとう、ありがとう、コープル殿」

 

セリスはコープルの手を強く握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アルヴィスは玉座に座したまま、解放軍がミレトス海峡を越えたという報告を受け取った。ほどなくして解放軍はシアルフィに到達するだろう。

瞑目するアルヴィスの脳裏に、激動の二十年が甦ってくる。

 

(どこで間違ったのだろうか……)

 

もはやユリウスの横暴を止めることなどできない。この世界は、アルヴィスの望んだ世界ではない。彼は差別のない、誰もが住みやすい世界を作るために帝国を興したのだ。

だが守るべきロプト教団は、アルヴィスの予想を超えて世界を害し始めた。

 

(マンフロイに踊らされただけの愚か者か……)

 

マンフロイは、ただロプト教団が差別されない世界だけを望んでいた。アルヴィスもそれを信じた。ロプト教団が迫害されることとなったのは、一部の狂信者が暴走したからだ。アルヴィスはロプト教団の存在を公に認めさせ、彼らが迫害されない世界を作ろうと奔走した。

だがマンフロイの真の狙いは、ロプトの血が流れるアルヴィスを利用し、ロプト直系の子を作らせることだった。そして、その子に暗黒神を降臨させることだったのだ。

 

(私も老いたということか……)

 

未だ四十代の半ばであるアルヴィスは、皇帝としても男としても最盛期にあると言っていいはずだが、その容貌は老境に入ったと言っても過言ではないほどに老いて見えた。

 

「皇帝陛下……」

 

耳馴染んだ言葉がアルヴィスを現実に引き戻す。

 

「パルマークよ。これまで、よく私に仕えてくれた」

 

パルマークはかつてのシアルフィ公爵、バイロン卿の腹心であり執政官でもあった。だがアルヴィスが帝国皇帝となった後、シアルフィ公国を戦場としないため、そして領民の生活を守るために、いち早く恭順の意を示した。

バイロンやシグルドを慕う同僚たちからは売国奴の誹りを受けたが、パルマークはこれが国を守る唯一の方法だと信じたのだ。

近年ではこのシアルフィを居城と定めたアルヴィスこそが、彼の最大の理解者となっていた。短い付き合いだが、パルマークも気づいていたのだ。アルヴィスはただの悪逆の徒ではないと。

 

「解放軍が迫っている。街は戦場となるであろう。おまえは城下の民間人を避難させるのだ」

 

それはパルマークも望むところだった。彼は無言で低頭した。

 

「それと、これを持っていけ」

 

アルヴィスは玉座の傍らに置いてあった細長い布包みをパルマークへと渡した。ずっしりとした重みがパルマークの両手に加わる。そして、布の隙間から見えた装飾に、パルマークは驚愕した。それはバイロンに長く仕えていた彼にとっては、決して見紛うことないのないものだったからだ。

 

「それを然るべき者のところへと届けてほしい。だが、私の名を出すことは決して許さぬ!」

 

その時、パルマークは悟った。このお方は死ぬつもりなのだと。

 

「陛下……私は二君に仕えた不忠者でございます。ですがアルヴィス陛下のお傍にいることを勅許(ちょっきょ)いただいたこの数年、私は……」

「よい、もう何も言うな。ゆけ」

 

感極まった風情で、パルマークは退出していった。その背を見送り、アルヴィスはもうひとつの仕事を終えるために、玉座から立ち上がった。

向かうはシアルフィ城の一室。そこでアルヴィスは娘ユリアと再会した。

 

「……お父さま」

「すまないユリア。私を憎んでいるであろうな」

「そんな! お父さまを憎んだことなど一度としてありません。お父さまはお優しい方です」

 

涙ぐむユリアを、アルヴィスはひしと抱きしめた。

 

「私が愚かだった。マンフロイのいいように利用され……気づいた時には、世界は私の手に負えない事態になっていた。ユリウスは暗黒神ロプトウスの再来だ。我が最愛の妻を殺し、おまえまで……」

「お母さまは、最後の力で私を逃がしてくださいました。その時の衝撃で記憶を失ってしまいましたが、そのままの方が良かったのかもしれません。今でも、思い出すのは辛いです」

「……ユリア、これを持っていけ」

 

アルヴィスは妻ディアドラの形見であるサークレットをユリアに渡した。

 

「ユリウスはおまえを殺そうとするだろう。だが何の狙いがあるかは知らぬが、マンフロイはそうではないようだ。いずれにせよ、このサークレットがおまえを護ってくれる」

 

アルヴィスにできることは、もはやその程度しかなかった。これが今生の別れであることを理解していたのだ。アルヴィスは再度、力を込めてユリアを抱きしめた。

 

「アルヴィス陛下、別れの挨拶はそれくらいにしていただきましょう」

「……マンフロイか」

 

突如として現れたマンフロイがふたりの間に割って入る。

 

「マンフロイ。約定を違えること、決して許さぬ!」

「心しておきましょう」

 

アルヴィスの眼光が炎のように揺らめく。だがマンフロイはそれを涼やかに受け流した。

マンフロイの転移術が発動し、ふたりの姿が消失する。

そして、アルヴィスのもとに急報がもたらされた。解放軍のシアルフィ攻めが開始されたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

解放軍が危惧していたことは、市民を盾にされることだった。シアルフィの民は帝国の民でもあるのだから、その可能性は低いのだが、暗黒教団の横行する現状では油断できない。

だが街には人気はなく、市民たちは避難しているように見えた。

その中から、ひとりの司祭が現れ、セリスに面会を求めた。荘厳な雰囲気を纏う彼が一廉の人物であることは兵たちもすぐに察した。

 

「セリス様、これをお受け取りください。シアルフィ家の家宝、聖剣ティルフィングです」

 

そんな彼が恭しく差し出した包みに、セリスは目を見開いた。

 

「これを、なぜあなたが……?」

 

パルマークを知る者は、解放軍ではオイフェしかいない。だが彼は本陣の天幕で静養中だった。

 

「それを申し上げることはできないのです」

 

パルマークは申し訳なさそうに頭を垂れる。そして言葉を続けた。

 

「セリス様、シアルフィをお取り戻し下さい。街の者たちはみな、セリス様がご帰還される日を、長い間心待ちにしていたのです」

 

パルマークとの会談を終えた後、セリスは慌ただしく攻城戦に入った。正面からの戦いの指揮はセティに任せ、セリスはシャナンと共に、オイフェから知らされた隠し通路より城内へと突入した。

 

城内は閑散としていた。守備兵力が寡兵であることには気づいていたが、これほどまでに人気がないのは予想外だった。

だがセリスたちにとっては好都合である。一息に玉座の間まで駆け上がろうとしたセリスだったが、その途中でセリスは立ち止まり、進路を変えた。

シャナンは黙したままセリスの後を追った。

果たして辿り着いたのは、中庭だった。そこにはグランベル帝国皇帝、アルヴィスがただひとり佇んでいた。

 

父子(おやこ)揃って、私に焼かれに来たか」

「――ッ!? あなたが、アルヴィス皇帝……」

「そうだ。この私こそが、グランベル帝国皇帝アルヴィスだ」

 

赫灼の髪を靡かせ、アルヴィスが傲然と告げる。

 

「ふふっ、そのティルフィングがなくとも、瞳を見るだけで分かったぞ。父の仇を取りにきたか!」

「……いや、違う。私は解放軍の盟主として、そしてユグドラル大陸の人々に自由と平和を与えるために、アルヴィス皇帝! あなたを倒す!」

「ふっ、良い目だ。だが想いだけでは勝利を得ることはできぬ! そのような大言壮語は、我が炎が打ち破ってやろう!」

「……シャナン、ここは私に任せてほしい」

 

アルヴィスの背後に回り込み、挟撃しようとしていたシャナンをセリスは制止した。シャナンは反論せずに、構えを緩めた。

セリスとアルヴィスの視線が激しく交錯する。

どちらも一撃必殺の神器を手にしている以上、勝負は一撃で決まるだろう。だがセリスは臆せずに一歩踏み出した。

 

「……参る!」

 

セリスはティルフィングを腰だめに構えたまま突進した。アルヴィスがファラフレイムの詠唱を終える前に決着を狙うつもりだったのだ。だが、その思惑はあっさりと覆される。

 

「私を甘く見るな!」

 

空間を歪ませるほどの苛烈な炎がセリスを包み込む。ファラフレイムの炎は、十二ある神器の中でも最大の威力を誇る。力負けすることなどあり得ない。その自負がアルヴィスにはあった。

事実、ティルフィングを持つシグルドですら、ファラフレイムの炎には抗えなかったのだ。

 

(この程度か……ならばおまえはシグルド以下だ)

 

輝きと炎が天を衝く。その光景をアルヴィスは半眼で眺めていた。その瞬間、炎の中から剣の輝きが見えた。炎の壁を斬り裂いてセリスが飛び出して来たのだ。

にわかには信じられないことではあったが、アルヴィスは自分でも驚くほど冷静に、その事実を受け止めていた。

 

(父を超えたか……セリスよ!)

 

聖剣の切先がアルヴィスの胸を捉えた。

 

(……ディアドラ……ユリア……アイーダ……サイアス……アゼル……)

 

薄れゆく意識の中で、アルヴィスの脳裏に様々な情景が思い浮かぶ。

 

(……シグルド……おまえには詫びねばならぬな……)

 

自らの手で焼殺した男の顔すらも思い出された。

最初からシグルドの妻だと知っていれば、アルヴィスも自制できた。だがマンフロイの奸計によりそれは伏せられていた。真実を知った時にはもう遅かった。アルヴィスは深くディアドラを愛してしまっていたのだ。

 

(それでも……私は……天上で……きみと……)

 

光が失われていくアルヴィスの瞳を見下ろしながら、セリスは得も言われぬ感情を抱いていた。

 

「……ディアドラ」

 

アルヴィスが最期に吐き出した言葉を、セリスはただ静かに聞いていた。

 

 

 

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