おそらくアグストリアの破滅は、黒騎士へズルの聖痕がノディオンの子に顕現した時に決まっていたのだ。
ノディオンはアグスティ王家に忠誠を誓うことで不和を回避したが、一番良い方法は聖痕の子をアグスティ王家の養子にすることだったと思う。
それが成されなかったのは、大人の事情とか政治的な思惑とか、まあ複雑な理由があったのだろう。
神器にはそれだけ人心を惹きつける力がある。ユングヴィもそれで割れた。行方不明となった聖痕を持つ長子ブリギッドの死を認められないリング卿は、長男のアンドレイに家督を譲らなかった。ブリギッドの死を証明するのはほぼ不可能で、リング卿の死を待つしかアンドレイが家督を得る方法はなかった。
それだけなら時間が解決するかもしれないが、もしブリギッドが生きていたら、あるいは姉エーディンが子を成し、その子に聖痕が現れたら、またややこしいことになるだろう。
だからアンドレイは焦った。
だからあんな凶行に手を貸してしまったのだと思う。
シャガールが死んだことでアグスティ王家直系の血は途絶えた。シグルドはシャガールを殺すつもりなどなかったが、玉座の間に踏み込んだ時、すでにシャガールは絶命していたらしい。
それもご丁寧に、剣によって斬り殺されていたそうだ。
間違いなくロプト教団の仕業であろうが、その証拠がない。またその混乱が治まる間もなく、シグルドはグランベルから奇襲を受けた。
行き掛けの駄賃とばかりにノディオンを攻め落とし、なんとか逃げ延びたラケシスにより、敵がドズル家当主ランゴバルトが指揮するグランベル部隊だと判明した。
ランゴバルトは形式だけの降伏勧告を行い、即座に攻撃を開始した。
シグルドは反逆の疑いではなく、明確な反逆者として扱われていた。シグルドは失意の中、なんとか北辺のシレジア王国へと亡命した。
「――というのが、ことの顛末ですね」
あまりの情報の多さに、エルトシャンも眉根を寄せていた。
「やはりシャガール陛下を扇動する者がいたか」
「そのようですね」
ロプト教団とは口にしない。口にするのも憚られる、というわけでもないが、ロプトはすでに終わった事件である。生き残りの残党はわずかにいるらしいが、表立って出てきていない以上、人々にとっての忌まわしき記憶には易々と触れるべきではない。
「しかしあの聡明なアズムール王が、弁明も許さずシグルドを反逆者と断定するとは……。いや、宰相のレプトールか」
さすがに鋭い。おそらくアズムール王までは話が届いていない。今はクルト王子がバイロン卿の手によって謀殺されたとの報告を受けている頃だろう。政務を取り仕切る余裕もなさそうだ。
「それで、エルトシャン殿には選んでいただかなければなりません。我々と共にトラキアへ来るか、シグルド公子を追ってシレジアへ行くか、この地に残るか。残る場合、エルトシャンとして姿を現すのか、仮面をかぶるなりして正体を隠すのか。私としては、
「…………」
エルトシャンが瞳を閉じて黙考を始めた。
この地に残ることを選べば、それは新たな戦乱を呼ぶことになる。エルトシャンとして姿を現すのは、シャガールによって幽閉されていたとでも言えばどうとでもなるだろう。生き残った騎士を纏めてグランベルと戦うこともできる。
身分を隠してレジスタンスを結成する手もある。だがそれだと人々を纏めるのに時間がかかるだろう。結果、戦乱は長引いてしまう。どちらにせよ、疲弊した国を更に疲弊させることになる。
シグルドを追ってシレジアへ行くのは、正直何しに行くの? って感じだ。今のシグルドは反逆者であり、友誼以外の理由はない。シグルドは生存を喜ぶだろうが、それだけだ。
「……来るべき時とはいつだ?」
やがて、短い呟きとともにエルトシャンは目蓋を開いた。
「明確にいつとは答えられませんが、シグルド公子の疑いが晴れれば、アグストリアにも便宜を図って下さるでしょう。直系は絶えてしまいましたが、係累の方はまだいらっしゃいます。ノディオンとて、かつてはアグスティから奥方を迎えたはず。ラケシス殿もシレジアへと逃げ延びたと聞いております」
「ふん。ただの僧ではないと睨んでいたが、まさかトラキアの者だとはな。いいだろう。貴様の思惑に乗ってやろう」
てっきり恨み言くらい言われると思っていたが、意外にもエルトシャンはあっさりと了承した。
たぶん投獄された時点で、ある程度は見切りをつけていたのだろう。この愚王ではアグストリアの未来は暗いと。
生きていれば面倒で、死んでもまた面倒で、全ては先王イムカの教育が悪かったんだよ。一人息子だと思って甘やかしすぎたね。
当然エルトシャンはレンスター王国が滅びたことを知っている。親友の母国が滅びたことに対して思うことはあるようだが、彼らや民たちが虐げられていないことに安堵もしていた。
非情なトラバントらしくないとは思っていたようだが。
キュアンを処刑とかしてたら、トラキアのイメージは最悪だっただろうな。
ていうか、この時代それが普通なんだ。亡国の王族は族滅まで追いやられる。イザークのマリクル王子もそれを避けるために妹アイラと息子シャナンを国外に逃がしたんだ。
だからトラバントの行動がいかに異質で、賞賛されるのかが分かるだろう。あれだよ、周囲に恐れられている不良が雨に濡れている子猫を助けるようなモンだよ。
別にそんな良い人ってわけじゃないのに、聖人に見える的な。ギャップ効果っていうやつな。
いやぁ、説得するのはホント苦労した。マジでキュアンだけは殺したがってたからな。まあさんざん苦汁をなめさせられたのだから分からんでもないが。
「話は終わったかい?」
と、タイミングを見計らったようにレイミアが姿を見せる。
「帰還する。三人でな」
「ふ~ん。ま、予想通りだね。で、飛べるのかい?」
「この旅で魔力もかなり上がったからな。三人ならいけるさ」
「……ワープか」
懐から取り出した聖杖を見てエルトシャンがつぶやく。俺が転移の準備をしている間に、レイミアが懐から取り出した白い仮面をエルトシャンに投げ渡していた。
エルトシャンは訝し気にキャッチした仮面に目を落としている。その疑問には俺が答えた。
「あなたの顔は有名すぎるのでね。それで隠してほしい。名前も変えてもらいます。シリウスというのはどうでしょう?」
「……構わん」
一瞬表情が険しくなったように見えたが、エルトシャンは素直に仮面を着けた。
転移の準備が整い、杖に魔力を込める。
杖の先から放出された魔力が陣を描き、転移は一瞬で終わった。
◇
エルトシャンはキュアンのところに送った。キュアンなら吹聴するようなことはしないだろう。今頃はふたりでワインでも飲み交わしているんじゃないかな。
俺は自室で、自分の不甲斐なさを噛みしめているところだ。
正直、マンフロイがあそこまで強いとは思わなかった。勝てないまでも、ディアドラを奪還できる目算はあったのだ。だがそれは、完全に見込み違いだった。
ワープをキャンセルされたということは、確実に俺の倍以上の魔力を有している。
ゲームみたいに数値は見れないが、俺って結構魔力高めだと思ってたのに……。
マンフロイが本気で俺を仕留めるつもりだったなら、確実に殺されていた。
「……ちょっと調子に乗ってたかもな」
聖戦士クラスに勝てると驕っていたつもりはない。だがそこらのネームドキャラには勝てるだろうと思っていた。
マンフロイは腐ってもラスボス級ということだろう。よくよく思い出してみれば、マンフロイはいくつかの指輪をはめていた。
あれらがすべて魔力を増幅するマジックリングだったなら、勝てないのも道理だな。原作でフォルセティ装備のレヴィンを圧倒しただけのことはある。
「鍛え直すと同時に、アイテム探しもしなくちゃな」
ああいったレアアイテムはそうそう見つかるものではないし、金よりもコネがものを言う場合も多い。まあトラバントにでも相談してみるか。
そういえば同種のリング効果は重複するのだろうか?
そこも試してみないとな。