FEトラキアから始まる転生物語   作:乾燥海藻類

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第08話 砂漠の先へ

ガネーシャ城を制圧したセリスたちは、南にあるイザーク城を目指して進軍した。このイザーク城を落とせば、王都リボーまでは一直線である。

だがオイフェにはひとつ懸念があった。それは西の草原に存在するソファラ城である。そこにはヨハルヴァ王子の軍が駐留している。イザーク城を攻めている時に、ヨハルヴァ軍に後背から攻められてはひとたまりもない。

 

ゆえにオイフェはひとつ罠を仕掛けた。

街道の分岐点を過ぎた地点で、解放軍は野営をした。奇襲を誘ったのである。しかし夜が明けてもヨハルヴァ軍は現れなかった。

 

(……見破られたか? いや、それにしては斥候の姿すら確認できないのはおかしい。もしやヨハルヴァ王子は、この戦いに積極的ではないのかもしれない)

 

オイフェの予想は当たっていた。ヨハンとヨハルヴァの母はイザーク人であり、彼らはイザーク人を同郷人のように思っていたのだ。そのため父であるダナンとは、決して仲が良いとは言えず、度々口論となっていた。大陸各地で行われている子供狩りも、彼らは拒み続けてきたのだ。

 

帝国が成立して間もない頃、アルヴィスの行った施政のひとつに、ロプト教団の名誉回復があった。民衆は消極的ながらもこれを受け入れた。だが最初のうちはおとなしくしていたロプト教団も、数年前からその本性を明らかにするようになった。幼子を暗黒神の生贄として捧げ始めたのである。

こうして、帝国の属国となった各地で子供狩りが行われるようになった。

粗暴ではあるが、決して卑劣とはいえない彼らにとって、それは受け入れられるものではなかったのだ。

 

オイフェは複雑な思いを抱きながらも陣容を整え、イザーク城に向けて軍を進めた。そして辿り着いたイザーク城で、彼らは信じられないものを目撃した。

 

「……門が開いている?」

 

オイフェがまず疑ったのは空城の計だった。あえて自分の陣地に敵を招き入れることで敵の警戒心を誘う計略のことだ。

だがこの策は自軍が不利な場合に行うことが多い策だ。イザーク城は防戦に徹すれば、ソファラ城の軍と挟撃することもできるし、リボーからの援軍を待つこともできる。

そしてオイフェが悩んでいるうちに、城門からひとりの騎士が飛び出して来た。

一騎駆けとあってセリス軍の警戒心も薄く、その騎士はすぐに目当ての人物の前まで駆け寄ってきた。

 

「ああ、ラクチェ……我が愛しの人よ。運命の日は来たり……」

 

騎士は下馬すると、黒髪の少女の前でひざまずいた。

 

「ヨハン? 何を言ってるの? 何か悪い物でも食べたのか?」

「ラクチェ、キミの言葉は小鳥のさえずり、キミの瞳は星のまたたき。ああ、もはやキミなしでは生きていけない」

 

ラクチェは全身に冷たいものが走るのを感じた。

 

「やめろ! 気持ちが悪い! ここは戦場だぞ! 正気とは思えん!」

「ならば私の心が偽りではない証拠を見せよう。愛は時に人を狂わせるものなのだ。指揮官はどなたかな?」

 

ヨハンが周囲を見渡す。兵たちの目がセリスへと向いた。セリスはシャナンへと目を向けるが、シャナンは小さく「指揮官はおまえだ」とつぶやいた。

 

「私が解放軍を指揮するセリス・フォン・レアル・シアルフィだ!」

 

セリスは前に出て堂々と名乗りを上げた。

 

「私はイザーク城の城主ヨハンと申す。これより我が軍は、解放軍に協力しましょう」

「――えっ!?」

 

セリスは思わず声を上げた。ヨハンは戦わずして降伏を宣言したのだ。

 

「ヨハン! あなた本気なの!?」

「もちろんだとも。今日から我らは愛と正義とラクチェのために戦うのだ! ああ、セリス殿、城に残っている者は私に賛同する者たちなのでご安心ください」

「あ、ああ」

 

大仰に臣下の礼を取るヨハンに対して、セリスはなんとも言えない表情を浮かべた。

とその時、後方から伝令の兵が走ってきた。

 

「――何事か!」

「後方よりソファラ軍が現れました!」

 

オイフェが問いかけると、兵が端的に告げる。

 

「ほう、ヨハルヴァの軍か。背後から奇襲とは小賢しい。セリス殿、協力の証しとしてヨハルヴァ軍は我らが相手をしましょう」

「そ、それがソファラ軍は白旗を上げております!」

「な、なにぃ!?」

 

颯爽と出陣しようとしたヨハンは肩透かしを食らった顔になった。

 

「はっはっー! 抜け駆けは許さねぇぜヨハン兄貴! ラクチェ! おまえに会いたくてここまで来ちまったぜ! もちろん俺はおまえの味方だ!」

 

白旗を掲げて駆けて来る青年を見ながら、ラクチェは恥ずかしそうに頭を抱えた。

こうして、解放軍はヨハン、ヨハルヴァ兄弟の協力を得ることとなった。

軍勢は倍近い数にまで膨れ上がったが、実戦経験の少ないセリス軍にとって、王都リボーでの戦いは激戦を極めるものだった。

リボーには帝国軍の精鋭が駐屯していたのである。

 

「反乱軍どもめ! グランベル帝国を甘く見るな!」

 

ダナン王は自らの親衛隊である斧騎士隊(グラオリッター)をも前線に投入し、王城を堅守する。

そんな攻城戦で最前線に立ったのは、ヨハンとヨハルヴァである。城門まで辿り着いた彼らは城兵たちに投降を呼びかけた。リボー城には彼らが自ら鍛えた兵たちも多い。それに期待したのだ。

そしてそれは、本人たちの予想を大きく上回った。

彼らを討とうとした帝国兵たちと、彼らを慕っていた兵たちとで同士討ちが起こったのだ。

この混乱に乗じて、セリス軍の本隊は玉座の間まで一気に走った。

そこには憤怒の形相となったダナンがいた。

 

「ヨハン! ヨハルヴァ! 親に楯突くとはどういうつもりだ!」

「……親父、後生だ。降伏してくれ。セリス殿も、そうすれば命までは取らないと言ってくれた」

 

隣にいたセリスが小さく頷く。

 

「……くっくっくっ、子が親に命令するなど……思い上がるな!」

 

ダナンが愛用の勇者の斧を握り、ヨハンとの距離を詰める。

 

「結局こうなるのか……」

 

ヨハンは覚悟を決めてそれを迎え撃つ。さすがに聖戦士であるダナンの技量はたいしたもので、ヨハンはじわりじわりと追い詰められていく。

だがこれは単純な力量差ではなく、ヨハンに躊躇が見られたからだ。それを瞬時に見抜いたのは、シャナンだった。

振り下ろされた勇者の斧を、神剣で受け止める。

 

「父殺しの罪を、わざわざかぶる必要はあるまい」

「…………」

 

シャナンの気遣いに、ヨハンの心がチクリと痛む。

 

「僭王ダナン! 私の玉座を返してもらうぞ!」

「貴様ッ!」

 

ダナンは一旦引いた斧を、剛腕によって水平に薙ぐ。だがそこには、すでにシャナンの影すらなかった。

 

「流星剣!」

 

五つの星が煌めく。全身五カ所の深手を負ったダナンは、ほどなくして絶息した。

こうして、イザーク王国におけるグランベル帝国最後の拠点、偽りの王城リボーは陥落した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

解放軍は王都リボーを制圧し、イザークから帝国軍の勢力を駆逐することに成功した。

そして、今は亡きマリクル王の遺児シャナンは、イザーク王国の王位につくことを宣言した。さらに解放軍の盟主はセリスであることを正式に発表したのである。

 

「セリス様、我らはこれよりイード砂漠を踏破し、トラキア王国のメルゲン城を目指します。ですが、その際にひとつ懸念材料がございます」

「うん、イード神殿だね」

 

イード砂漠の西方にあるロプト教団の神殿である。

 

「いい機会だ。このユグドラル大陸の置かれている状況を語っておこう」

 

この十数年、大陸中を旅してきたレヴィンがセリスに語り始めた。

 

「グランベル帝国が生まれて十五年。初めの頃は、その治世に問題はなかった。アルヴィス卿は絶対的な法治主義をもって君臨し、少々窮屈ではあったが、平和で穏やかな時が流れていた。それが一変したのは、ここ数年のことだ」

 

レヴィンの言葉に、セリスは表情を曇らせた。最初の頃はまだ良かったのだ。隠れ住む窮屈さはあったが、村人たちも協力的で、同じ年頃の仲間たちがいた。

両親はいなかったが、母代わり、父代わりの大人たちもいた。

 

「ロプト教団が、その本性を現してからだ。力による支配、民への弾圧、そして……邪神の復活。大陸中で暗黒神に捧げるための子供狩りが行われている。それに反抗した者は捕らえられ、奴隷か処刑かの二者択一が待っている。まさに、あの忌まわしきロプト暗黒帝国が再建されようとしているのだ」

 

レヴィンの語る真実に、みな言葉を失った。

 

「イザークはまだ良い方だったからな。ヨハン王子もヨハルヴァ王子も子供狩りだけは承知しなかった。この大陸で平和と言える場所は、トラキア王国くらいだろう。だがトラキアだけでは帝国を打倒することはできない。分かるな、セリス」

 

セリスはコクンと頷いた。国力が違い過ぎるからだ。

 

「帝国を倒すためには、大陸中の反勢力がまとまらねばならないのだ。それができるのは、セリスよ。おまえしかいないのだ!」

「……それが私の運命なんだね」

「そうだ。おまえの中には聖者ヘイムと聖剣士バルドの血が流れている。聖剣ティルフィングは、必ずやおまえのもとへと還ってくる。その時こそ、おまえの力は天にも届くだろう」

 

レヴィンの力強い言葉に、セリスは震えた。

 

「それが私の運命ならば、行きます。運命神の御心のままに……。オイフェ、シャナン、これからも私を支えてくれるかい?」

「無論です。非才の身ではありますが、このオイフェ、命尽きるまでセリス様をお支え致します」

「セリス、シグルドは多くのものをおまえに残した。その最たるものが、友だ。私たちがおまえと共にあるのも、そのひとつだ」

 

シャナンは優しい笑みでセリスを見つめた。

 

「セリスよ。イード神殿には少なくない数の暗黒司祭がいる。バルムンクを奪還した時にあらかた片付けたはずだが、またぞろ集まっているようだ。やつらの横やりを防ぐためにも、私が少数の精鋭を率いてイード神殿を制圧する。その後に、おまえが率いる本隊が進むのだ」

「えっ!? それはさすがにシャナンでも危険ではないか?」

「いや、暗黒魔法は確かに強力だが、普通の魔法よりも発動するまでに時間がかかるのだ。その隙に間合いを詰めれば、我らの敵ではない。砂漠に紛れて神殿に近づき、内部に潜入さえできれば、首魁を仕留めるなど容易いことだ」

 

腰のバルムンクをコツンと叩き、シャナンは不敵に笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セリス様、シャナンは上手くやってくれたようです」

 

伝令から報告を受け取ったオイフェは、すぐさま主君であるセリスにそれを告げた。

 

「そうか。さすがはシャナンだな。では出陣する!」

「ハッ!」

 

セリスたち解放軍は王都リボーを出立した。砂漠に入る直前でシャナンたちと合流し、そのままイード砂漠に足を踏み入れる。

しかし解放軍の進軍、イード神殿陥落の報は、イード砂漠の南端にあるダーナ砦まで届いていた。

 

かつて、十二聖戦士に神の力が降臨したこの伝説の地も、今ではグランベル帝国の一拠点にすぎない。

ダーナ砦の司令官ブラムセルは、元々はミレトス地方の自由都市を牛耳る豪商であったが、帝国の侵攻の際に自ら恭順を申し出て、富と市民権の保証を得た人物である。

 

南にメルゲン城を眺めるこのダーナ砦は、トラキア王国との最前線ではあるが、帝国がトラキア侵攻を中断して以降は、平穏が保たれていた。

トラキアが帝国に侵攻してくる可能性も低く、またブラムセルは商人らしく、メルゲン城に付け届けを欠かさず行っていたのだ。

だがさすがのブラムセルも、解放軍とトラキア王国が繋がっているとは予想できなかった。

 

「クククッ、あの小僧の首を献上すれば、アルヴィス皇帝はさぞかしお喜びになるだろう。多額の賞金、いや私もついに貴族に……クククッ、ジャバローに準備を怠るなと言っておけ!」

 

ブラムセルは私費で雇った傭兵隊の長に指令を伝えさせた。贅を尽くした食卓から、瑞々しい大きな果実を口に放り込む。

そして濡れた手を拭いもせずに、侍らせた踊り子たちを引き寄せる。上機嫌で踊り子たちと戯れていたブラムセルのもとに、伝令に出した近侍が戻ってきた。

 

「ブラムセル様。ジャバロー隊長が出発の挨拶をしたいと申しております」

「おおっ、もう準備が整ったのか! うむ、中に()れよ」

「承知しました」

 

程なくして、猛禽類のような瞳の傭兵が入ってきた。

 

「ジャバローよ、お主の手にかかれば反乱軍の小僧など……」

 

ジャバローは小さくため息をおとした。このでっぷりとした肥満体を見るたびに、ジャバローは陰鬱な気分になる。しかし金払いが良いので渋々従っていたのだ。

この仕事(・・・・)も、上手くいけば楽して二重取りできる美味(おいし)い契約だったのだ。

 

「……欲をかかねば死なずにすんだのになぁ。悪く思うなよ。元々はこっちが先約でね」

 

誰もジャバローが剣を抜いたことに気づかなかった。気づいた時には、ブラムセルの首が床に転がっていた。

踊り子たちの悲鳴が上がる。

 

「き、貴様ッ!」

「やめておけ」

 

近侍たちが腰の剣に手をかけるが、すぐさまジャバローが制止する。

 

「俺の力は知っているはずだな。抜かば斬る。おまえたちとて、こんなヤツのために死ぬのはバカらしいだろう。もっと賢く生きることだ」

 

そう言ってジャバローは踵を返す。彼を追いかける者は、誰もいなかった。

 

 

 




セリスのフルネームはセリス・フォン・レアル・シアルフィの他に、セリス・バルドス・シアルフィというのもありますが、本作では前者を採用しています。
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