DR Dystopia March   作:黒木冴

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前編という名の「主人公の過去語り」でございます。
そういうのが苦手な方は後編からお読み頂いて下さい。


プロローグ(前編)

小さい頃―それも自分が赤ん坊だった時のことをハッキリと覚えている。それを覚えているとか、正直自分でも気持ち悪いとは思うが揺るぎない事実だ。

俺は看護師さんに抱きかかえられながら新生児室の自分のケースに入れられた。ふと首を向けると左隣にいる「あいつ」を見つけた。黒茶色の髪に赤い目をしたあいつを―紅羽を見つけた。

あの赤い目が忘れられない。すごく綺麗な目だった。母さんが持っていたルビーの指輪や、父さんの実家で育てられた苺よりも真っ赤で純粋で綺麗な目だった。

 

あいつに再会したのは小学生の時だった。家に帰ろうと下駄箱に向かっていた時、俺は何やら騒がしい物音が耳に入った。その音源を頼りに向かった俺が見たのは、中庭で男子が数人で一人の男子をいじめていた。否、あれはいじめなんて言葉すら生温いと思える行為―私刑であると。

 

 

「みおしま、気持ち悪いんだよ!」

 

「帰れ帰れ!化け物!」

 

「このことだれかに言ってみろ!もっといじめてやるからな!」

 

「……何さ。集団でしか行動出来ない弱虫の癖に」

 

「んだと!?」

 

 

『お前等止めろ!!』

 

 

「げっ!松永!?何で、いるんだよ……」

 

いじめッ子の一人が俺の姿を見れば、残りの奴等も俺を見る。数じゃこっちが有利だと、一人だけのお前なんて怖くないと言わんばかりに。

 

「何だよ松永、先生や親にチクるのかよ!」

 

「チクれるもんならチクってみろ!明日からお前もコイツみたいにいじめてやるからな!」

 

『ああ、お前等のやってること洗いざらい先生や親に言ってやる。だけどな、そうやって集団でしか行動出来ないお前等なんかより、一人で痛みや苦しみに耐えてるソイツの方がよっぽど強いから、お前等なんて怖くもねぇ』

 

「何だと!?」

 

『大体ソイツが何かしたのかよ!お前等の誰かがソイツに教科書や体操着隠されたか?悪口言われたのか?ただ気に入らないからいじめてるのか?自分が気に入らないからいじめるなんて、思いやりのない馬鹿がやることだ!!』

 

「な、何だよ…いい子ぶりやがって!」

 

「なあもう行こうぜ。コイツいじめるの止めよう、反応無くてつまんねーし」

 

「そうだな。どうせソイツに友達いないし、ずっと一人ぼっちだもんな!ぎゃははははっ!!」

 

「……言ってろよ。どうせお前等なんかにボクの気持ちなんて分かりっこない。そうしてぬるま湯に浸かってる、お前等なんかに

 

 

いじめっ子達はそそくさと中庭から去っていく。顔は覚えた、今度あいつ等の机にカエルのおもちゃ仕込んでやる。あいつ等が完全に去ったのを確認してからいじめられていた「ソイツ」に目をやる。そいつは―みおしまと呼ばれた男の子はゲホゲホと咳き込みながら起き上がる。

ランドセルや服は土や泥で汚れていて、体は擦り傷や痣だらけ。それらがいじめられて出来た傷なのは明白だった。

 

 

「何で……助けたの」

 

「何でって……いじめられてる奴がいたら、助けるのが普通だろ?俺、松永時雨!お前の名前は?」

 

「……………紅羽」

 

「?」

 

「……澪島、紅羽。それがボクの名前」

 

「紅羽か……いい名前だな!よろしくな、紅羽!」

 

 

紅羽のいじめを止めてから、あいつとの関係はただのクラスメイトから幼馴染みになった。何時からだろうか、あいつの―紅羽の異常な依存性と執着心に気づき始めたのは。

最初は小さな異変だった。俺が他のクラスメイトと話をしてれば紅羽が横槍を入れたり、帰りが遅くなりそうだから先に帰るよう促すと「時雨が来るまで待っている」と意固地になり、頼んでもいないのに俺の弁当を作ってきたりした。

そして俺が紅羽の異常な執着心にやっと気付いたのは、中学二年の時だった。

 

「なあ、松永!澪島なんて放っといて遊び行こうぜ!」

 

『えっ、でも…紅羽が何て言うか分からねえし…』

 

「いいから放っといて行こうぜ!あいつ根暗だし一緒に居てもつまんないだろ?」

 

『べ、別に…そんなことな―』

 

「いいから行こうよ松永君!行こ行こ!」

 

記憶では確か、俺が紅羽に内緒でクラスメイトと遊びに行った時だと思う。

クラスメイトは紅羽を敬遠してて、逆に俺はクラスメイトから好かれていた。

なされるがままに遊びに行っても、頭では紅羽のことがちらついて集中出来なかった。でも周りにはそれを悟られないように、なるべく自然な笑顔を作った。

幸い誰もそれに気付くことはなかった。

 

その翌日クラスメイトと談話していた時、紅羽がいきなり俺を殴った。殴られた拍子に椅子から落ちて床に倒れた俺に、紅羽は馬乗りになって胸倉を掴みながら何かを喚き、殴っていた。あの時紅羽が何を言っているのか…思い出しても尚、意味は分からなかった。いや、理解したくなかった。

 

「時雨、何でボクを置いてくの?ボクなんかよりこいつらと一緒の方が楽しいの?そんなことないよね。ボクが苦るしんでいるの放置して楽しい?ボクのこと捨てるの?あいつ等みたいに……赤目を嫌ったボクの親や、赤目を気味悪がった施設の奴等みたいにボクを捨てるの?ねえ捨てないでよ、捨てないで。置いてかないでよ時雨」

 

『紅羽…俺は、ただ』

 

「言わないでいいよ、時雨。どうせボクの気を引きたくて態とやったんでしょ?そうに決まってる。時雨がボクのこと捨てるわけない、時雨は優しいもの。ゴミクズだと蔑まれ続けたボクを助けてくれた、愛してくれた、友達だって言ってくれた、見捨てないでいてくれた。だから時雨がボクを捨てる訳ない」

 

首に手をかけられ、最悪の事態が頭を過ぎる。このまま、俺は死ぬんじゃないかと思い始めた。

 

「ちょ、ちょっと澪島君!いい加減松永君から離れなさいよ!松永君死んじゃう!」

 

「止めなよ澪島!松永嫌がってんじゃん!離れろよ!!」

 

「ねえ、ど、どうしよう!澪島君が、松永君の首を絞めてる!!」

 

「きゃああああ!!」

 

「み、見たくない、目の前で殺人なんて嫌!」

 

「お、おい待てよ!」

 

「ごめん、ちょっとあの子追いかける!」

 

「お、おいやべーぞ!松永の顔青褪めてきた!」

 

「俺先生呼んでくる!後、誰か救急車呼んでくれ!」

 

「いやぁぁぁぁぁ!は、離れてよぉぉぉ!」

 

「止めろ澪島!!」

 

「澪島君落ち着いて!!」

 

クラスの女子達(男子も彼女達を手伝っていた。)が必死に俺から紅羽を引き剥がそうとするが、あいつはそれすら耳に入れていない。寧ろ俺の声以外をシャットアウトしている様子だった。

頭がボーッとする。視界も朧気になっていく。俺はこのまま死ぬのだろうか。幼馴染みに首を絞められて、そのままあの世に行くのだろうか。

 

 

『死に……たく………ない』

 

 

 

気を失った後の事はあまり覚えていない。気が付いた時には病院のベッドの上にいた。俺の両親が紅羽の両親と言い争う声が聞こえた気がするけど、一人でお見舞いに来た「アイツ」から何も考えなくて良いと促されたので深く考えないことにした。

 

数日の入院生活を余儀なくされ、漸く退院した俺を待っていたのは、腫れ物に触るように余所余所しくなったクラスメートの視線。担任の教師ですら、俺を危険物のように見ていた。

 

クラスメートは誰も俺に自分から近付かない、俺から近付こうとすれば罵声を浴びせられた。その頃の紅羽は自宅謹慎を言い渡され、俺の直接的な接触を禁止されていた。唯一許されたのは手紙でのやり取りだったが、それも週に1度だけと厳しく制限されていた。

 

 

『なあ、明日の授業って―』

 

「ひっ!来るな!お前がいたら、俺達も変な目で見られるんだよ!」

「コッチ来んな!!」

「ケッ、胸糞悪い……なんだよ、さっさとどっかいけよ!!」

『…………』

 

 

「あと、それでソイツがさー」

 

「えー、それホントなの?」

 

『来週の校外実習って、軍手持ってくるんだっけ?』

 

「ちょッ、ちょっと!こっち来ないでよ、この疫病神!」

 

『疫病、神?』

 

「あんたがこっち来たら、あたし達まで不幸になるんだよ!」

 

『何だよそれ!そんなわけ―』

 

「そ、それ以上来ないで!お願い近寄らないで!変な噂……立てられたくないの!」

 

「早くどっか行けよ!あんたなんて消えちまえばいい!」

 

『…………………』

 

 

何時からだろう。学校に行くのが、クラスに溶け込もうと努力するのが拷問のようになってきた。

校則を守りながら学校で過ごしても、勉強や運動をどんなに努力しても、人が嫌がる事も進んでしても、俺の周りには必ず「悪意」が付き纏ってきた。

 

「いい人ぶるな」

 

「消えろよ偽善者」

 

「今更何しても変わんないでしょ?」

 

「あいつなんていなくなればいい」

 

「寧ろ死ねば良かったのに」

 

「何で生きてるのあいつ?」

 

「いっそこの手で消しちゃおうよ!」

 

「つーか消す価値も無くない?」

 

 

もう嫌だ、何もかもを捨てたくなる。その時の俺は、感情すら出すことを嫌うようになっていた。

 

 

「みんなひどいよ!松永君は悪くないのに、仲間外れにするなんてひどい!松永君待ってて!私が何とかするから!私は学級委員だから何とかするよ!絶対に前みたいにみんなと仲良くなれるって!」

 

『……いいんだよもう。俺に関わるなよ。疫病神なんだよ俺は』

 

「そんなことない!…私、諦めないから!絶対に諦めないから!」

 

 

何もかもどうでも良くなって機械的に学校生活をしていたある日、俺は男子のクラスメート4人組に校舎裏に呼び出された。カツアゲかリンチか、それとも俺を憂さ晴らしの玩具にしようと考えているのだろうか。そんなことしたら、お前等五体満足でこの先生きていられるか分かんねぇぞ。

 

そう思っていたがあいつ等は……俺に土下座をして懇願した。紅羽を学校から追い出す為の作戦を俺に手伝ってほしいと。

 

『はっ?お前等、何言って……』

 

「なあ頼むよ!松永だって澪島の被害者だろ?だったらあいつが転校するように手伝ってくれよ!!」

 

『そんなこと、出来る訳無いだろ!要は濡れ衣を着せるってことじゃねーか!!誰がそんなこと手伝うかよ!?』

 

「お、お前にも責任があるんだぞ松永!澪島があんな風に凶暴になるって何で教えてくれなかったんだよ!?幼馴染みの癖に何も知らねーのかよ、この役立たず!」

 

『ッ…幼馴染みだからって一から十まで分かるかよ!俺だってあんな風になるなんて、今まで知らなかったんだ!』

 

「そんなの言い訳だろ!いきなり人を殺そうとするようなあんな化け物、この世からいなくなればいいんだ!」

 

『…はっ?化け、物?』

 

「そ、そうだ!澪島は化け物なんだ!人間じゃないから、追い出すのは悪いことじゃない!寧ろ善行だろ!」

 

「化け物は化け物らしく消えればいい!あんな奴が人間の世界にいること自体が悪だ!」

 

「お前だって、家に入ってきた蚊や蝿とかの害虫は殺すだろ!?害悪モンスターは狩っても罪にはなんないんだよ!」

 

「人間のいる所に化け物なんか居ちゃいけないんだ!澪島をここから追い出すのは正しいことで、俺達がやろうとしていることは……紛れも無く正義なんだよ!!!」

 

 

何を言っているんだ。コイツ等……嗚呼、醜い。汚らわしい。気持ち悪い。黙れ、黙れよ。何にも聞きたくない!煩い、五月蝿い!黙れッ!!

 

『…ふざけるな、ふざけるなよ!!あいつは、紅羽は、化け物なんかじゃない!化け物、なんかじゃ……あああああああああああ!!!』

 

「ひっ!」

 

「うわああぁぁぁ!!助けてくれぇぇぇぇ!!」

 

「殺される!殺される!嫌だぁぁぁぁ!!!」

 

 

もう耐えられなかった。気付けば俺は紅羽を陥れようとした奴等に襲い掛かっていた。幸い誰も怪我をしなかったが、俺が危害を与えようとしたことは変わらない。

 

翌日の放課後、俺は担任の教師に呼び出された。

 

 

「松永…お前何をしたのか自分で分かっているのか?」

 

『すいません……』

 

「まったく…!頼むからこれ以上問題を大きくさせないでくれ。澪島の件でこっちだって迷惑しているんだ」

 

 

『…じゃあどうすればいいんですか』

 

「はあっ?どうすればいいかだと?そんなの自分で考えろ。全く最近の学生ときたら、何でも聞けば教えてくれると思っている節がー」

 

 

『嗚呼、そうか。

 

 

 

今ここで死ねばいいんだ』

 

 

何もかもを終わらせよう。俺は……疲れたんだ。何にも考えたくない。何も欲しくない。何もかもから、解放されたいんだ。

 

 

「ま、松永待てっ!冷静になれ!そんなところで死んだら」

 

『あはははははは!!お前等全員、地獄に堕ちろ!!』

 

 

俺は開きっぱなしの窓から身を乗り出し、強く目を閉じてそのまま墜ちた。このまま死ねればいいな―そんな淡い期待を絶対だと信じて墜ちた。

 

 

けど俺は死ななかった。運良く外に出されていた高跳び用のクッションが俺を生かした。死なせてもくれないのかよ……不公平だなぁ、この世って。死ぬタイミングが今だってのに、それすら自由にさせてくれないのか。

 

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんさなさい!松永君、ごめんなさい!あのね…澪島君を唆して松永君のことを排除しようとしたの、私の友達だったの!それだけじゃなくて、あなたに対する音も葉もない噂を流したせいでこんなことに…こうやって謝ったところで、何もかも遅いかもしれない。お願いします、私に償わせて下さい!お金が必要なら稼ぎます!世話をして欲しいなら尽くします!居場所が欲しいなら作ります!だから私に…罪滅ぼしをさせて下さい!!」

 

『…………………』

 

唯一俺を爪弾きにしなかったアイツが目の前で土下座している。あの時のアイツは、ただ純粋に償いたかっただけなのかもしれない。損得勘定とかの打算や邪な感情なんて一切無く、アレはアイツの本心からの言葉だったのかもしれない。

 

それでも…アイツの言葉を拒絶したのは紛れもなく俺だ。

 

 

俺は…俺の家族と紅羽さえいればいい。他の人間が何を言おうとそれでいい。

 

 

 

人間なんて、所詮自分勝手な生き物だ。

 

 

 

 

各分野で一流の才能を持つ高校生が入学出来る私立希望ヶ峰学園。入学条件は2つ、現役の高校生であること。そしてもう1つは、「その分野に於いて超一流である」ことだ。

だがこの場合俺は何の一流なのだろうか…「幼馴染み」という概念に一流も二流もあるのだろうか?正直な話、学園側の手違いなんじゃないかと未だに思っている。

そのことを紅羽に話したら呪詛や洗脳に近い言葉を言われ続けていた。恐怖だよ、純粋なる恐怖。目が赤いのも禍して恐怖しかなかった。赤目怖い。

 

「時雨何してんの。早く行こうよ」

 

紅羽に呼ばれて早足になる。あの呪詛と洗脳は許した覚えはないが、仕返しされるのは御免だ。風の噂だが、俺にちょっかいを出した不良とかが行方不明らしい。今頃ゴミ掃除かカニ漁でもしているのかな?

 

 

『デッケェなぁ……さすが一等地に佇む私立だな』

 

 

ここから始まるんだな。俺達の新しい学園生活が。卒業したら成功が約束されるらしいが興味はない。俺はあいつと、紅羽と一緒にいるのが一番好きなんだ。

新しい生活に期待と希望を持って一歩踏み出した瞬間だった。

 

 

 

 

ぐにゃり、今まで見ていた景色が歪んだ。

 

 

「時雨!?逃げよう!今すぐ―」

 

目の前の景色が歪んでいく。紅羽の姿も、校舎も、花壇も、青空も、雲も、意識まで歪んでいく。

歪んでいく―全てが歪む。まるで存在自体を嘲笑うように、自分の才能を小馬鹿にされているような気分になった。

何故だろうか―何故意識まで歪むのだろうか。

催眠ガスやそれに似た類いのものが噴射された音もしないし、何かが見えた覚えもないのに……意識が切り離される刹那、紅羽の声がした。

 

 

 

「時雨…一人にしないで!!」

 

 

そうだったな……お前は一人になるのが嫌いなんだよな。嗚呼、違うか。紅羽は俺が、「松永時雨」がいなくなるのが嫌なんだ。

俺しかあいつを分かってやれない、あいつもそういう風に思い込んでいる。本当は俺に依存する必要性はないんだ。今更俺に依存する必要性なんて無いのにな。

 

 

≪ボクは時雨しかいらない。時雨しかボクを分かってくれない、理解しない、受け入れてくれない、許してくれない。ボクは時雨がいるから生きていられる、息が吸える、こうして存在出来る。もしも先に死んだりしたら―≫

 

 

時雨が死ぬ原因になったモノを全て消し去ってボクも後を追うからさ!!

 

 

『…ハハッ。切り離せるとか考えるなんて今更無駄だよな。そんなたらればに、藁よりも細い希望に縋るのなんざ』

 

俺達は互いを、幼馴染みという付加価値で呪い縛っているというのに

 

 

 

ブツリと-ブラウン管のテレビの電源が切れるような音と共に意識を失った。

 

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