1. モンド生活始め
モンドでの生活が始まる。
昨晩は予約した宿で一晩過ごし、その際にワインを飲んだが、前回のような騒乱は生じなかった。
そして宿で一泊して朝食を食べたあと、雑貨屋でメモ帳とペンを買い、今に至る。
「さて、今日から職探しだが。……考えるべきことが多すぎて気が滅入るな」
ただただモンドへ向かって歩けばよかったこれまでと違い、これからはもっと忙しくなる。
「大丈夫よ、わたくしに任せなさい」
「不安しかないんだよなぁ……」
自信ありげに先導する彼女の背を眺める。
ナヒーダは意外と肉付きがいい。ただ残念ながら、これは胸があるという意味ではない。
他者と見比べると彼女は下半身がしっかりとしていて、そのお陰で身長のわりに貫禄を有している。
またその肉付きの良さは腰から太ももにかけて顕著であり、一言でいえば、彼女は大根足だ。
ドワーフ体形と言ってもいい。
「ここよ」
思考へと現実逃避しながら歩けば、冒険者協会、そのモンド支部とやらに辿り着いた。
「おー、これが。でもなんでわざわざ冒険者を選ぶんだ?」
「稲妻の書籍によれば、あなたのような人は冒険者になるのが礼儀なの」
「礼儀ってなんだよ」
冒険者道入門、みたいな本でもあるのだろうか。
でも知識はあっても社会性に欠ける彼女のことだから、もっと禄でもない理由な気がする。
「なにより、モンドを見て回るなら冒険者が最適よ」
「仕事と観光は分けて考えないか? 今からでもいいから」
「ダメ、かしら」
「それズルくないか?」
悲し気に溜をつくっておねだりをしてきた。
恐らくは、伝え聞く"冒険者"という職業にずっと憧れていて、モンドに着く前からそれにすると決めていたのだろう。
だからあれこれ言うだけ無駄だ。
冒険者協会の建物前で俺たちは歓迎された。
「よぉ、冒険者協会へようこそ! 君たちは入会志望かな? ただ、入会には試験がある。お嬢さんにはちょっと難しいかもしれないな」
その言葉を受け、ナヒーダは植物のツルで彼の脚を拘束する。
「これでもかしら?」
「おおっ、合格としよう! どうやら見かけで侮ってしまっていたようだ」
それでいいのか。わりと試験というのは適当らしい。
彼はサイリュスさんと名乗り、そしてナヒーダだけでなく、同行者の俺も簡単な試験を受けるように指示される。
「俺は戦力外なんだけどな」
「僅かでも身を守り、時間を稼げるなら入会を許可しよう。身も守れず足を引っ張るようであれば彼女を危険に晒すことになるから止めておけ。……では、いくぞ!」
その声を聴いてスマホ端末を構える。
俺が取れる戦闘手段はナヒーダがスマホ端末に追加した、ウサギモドキと元素保持の二つのみ。
ただしウサギモドキは寸止め相手には碌に動作しないので、使えるのは実質一つ。
サイリュスさんが剣を片手に走り寄ってくる。
水元素と氷元素を吹きかけて凍結させようと思っていたが、彼は想像以上に素早い。なので過負荷で吹き飛ばす。
端末を二回振るう。最初に噴き出した炎元素、それを追いかける雷元素は、空中で混ざりあうと元素反応を生じさせ、その爆風によりサイリュスさんは宙を舞った。
「ほぅ、驚いた。だが甘い」
彼は着地した瞬間、そのまま落下するごとく姿勢を下げ、地面すれすれを突っ込んでくる。
戦いなどまったくの素人である俺は、その古武術じみた動きに意表を突かれて反応がワンテンポ遅れた。
防御しようと腕を動かすが、その速度すらを越えて剣が向かってくるのが見える。
「……まあいいだろう。合格だ」
目前に突き付けられていた剣を納めると、彼は冒険者について説明をしてくれる。
そして説明を聞き終わると、俺たちは支部内部へと進んだ。
「もう二度と対人戦はしたくねぇ。そもそもあれ、見た目が派手なだけで殺傷能力が一切ないし」
俺の使う元素保持機能は彼女によって威力を最小限に抑えられていて、爆発させようが直接的な被害はほぼない。
熟知性が低いだのという理由で、せいぜいが転んで頭を打つなどの二次被害のみだ。
「だって、怪我でもしたら困るでしょう? 赤鷲は雛に聖骸を与えないのよ」
「やっぱ弓かボウガンぐらいは持つべきだったかなぁ」
過負荷で吹き飛ばして、射撃で削る。それぐらいしか勝ち筋が見えない。
「あなたはわたくしに守られていればいいの」
まるで反抗期の子供を宥めるかのように、ナヒーダはそう言い放つ。
支部内部に入ると、カウンターで仕事の相談を行った。
今日はあくまでも具体的にどのような依頼があるのか内容を確認し、その報酬と推定所要時間から収支を概算することが目的だ。
「雪山に行きたいわ」
「は?」
ナヒーダの一声によって、急遽、雪山に関連する依頼を受けることとなった。
冒険者支部を出てから、カフェを探して入る。
少し早めの昼食。
依頼の報酬、所要時間、消耗品の類、実際の収支バランスの例。
冒険者協会で取ったメモを眺めながら、今後の生活を考える。
「装備は買い物すればどうにかなるとして、住居はどうしたい?」
「賃貸は宿暮らしよりも安く済むのでしょう? ならそれでいいんじゃないかしら」
「問題は部屋の数や大きさと、設備なんだよな。俺とナヒーダの部屋を分けるなら、自然とそれなりの設備も付くけど」
「あら、あなたは自身の能力のことを忘れてしまったの?」
「夜は一緒に眠るにしたって、個人の部屋まで同じにする必要はないんじゃないか?」
「だめよ。昼寝してしまうかもしれないもの」
昼寝中にワープ能力が発動して壁の中、というのはたしかに怖い。
……ふと、風呂で寝かけた記憶が思い浮かぶが、口に出せば碌な結果にならないのは明白なので黙っておく。
「じゃあ、ひもすがら監視のため共に居るというなら、ワンルームでもいいか」
「キッチンが欲しいわ」
「えっ? 要らなくね? 料理は嫌いじゃないけど、きみの好奇心を満たせるような料理を作れる気はしないし」
彼女にとって食事は必須ではないので完全な娯楽だ。
ここまでの旅路でも共に食事を取っていたが、それはあくまでも知的好奇心を満たすために近かった。
「わたくしが作りたいの。食べてくれるわよね?」
「食べ物の定義を満たしているならな」
わりと科学よりな考え方もできる彼女なら、レシピがある限り、そう変なものにはならないだろうが。
その後は、浴室も欲しいというナヒーダを、金銭的利点を説くことでなんとか説得した。
ワンルームを探すならモンド下層部だが、下層部では風呂のない部屋も多いため、それに従って銭湯も多い。
どうせ冒険で外出が多いなら風呂を備え付ける必要が薄いし、狭い風呂に浸かるよりは広い浴場の方が気分も休まる。
なにより彼女が入浴に興味を持つ可能性を考えれば、男女としての関係に一線を引くためにも浴室は無いほうがいいだろう。
奴ならば下手すると、一緒に入ると言い出しかねない。
そんなことになれば流石に正気を保って居られる気はしない。
混み始める頃合いに店を出ると、そのまま不動産を訪ねる。
とは言っても"不動産屋"というものがあるのではなく、冒険者協会で貰った情報を元に直接オーナーを訪ねるのだが。
「ここでいいか」
「ええ。わたくしはいいわ」
何件かの住居を内見した結果として、街北東やや中央寄りにある三階建ての、最上階の一部屋を借りることとした。
近くには街の外へと繋がる小門があり、建物入口はそのまま酒場街へ接する賑やかな場所。
正面から見るとすごく高さのある建物に見えるが、実際はすぐ裏手の崖の上にある四階建ての建物が重なって見えるだけだったりする。
立地が良いので家賃も比較的高めだが、許容範囲だ。
内装は予定通りワンルームで、暖炉を兼ねた竈がある。
部屋の中で焚火をする造りというのは俺にとって非常に物珍しさを感じるものだが、中世に近い文化を持つテイワットでは一般的なものらしい。
家具はベッドがひとつと三人掛け程度のソファがひとつ備え付けられていた。
場合によっては俺がソファ、彼女がベッドという使い方もできる。
住居を決め終えたあとは、衣服を買い揃えるために街を二人で歩き回る。
ナヒーダが実装した元素保持機能を使えば簡単に衣服を洗濯乾燥できるとはいえ、流石にそろそろ十分な着替えが欲しい。
それにまとめ洗いできれば、元素保持用素材としてのスライムを狩る頻度も下がり、手間暇が楽になる。
ただまずは仕事の都合で優先度の高い雪山装備から購入する。
「そんなに必要なのかしら?」
コート、フード、アウターミドル、インナーミドルに手袋、マフラー、ゲイター。
氷点下10度を下回ると想定して装備を固める。
「雪山へ行くなら必要だ。……ほら、これも着てみろ」
ナヒーダの分も選んでおく。
「モジャモジャ駄獣みたい。ちょっと暑いわね」
「暑いなら寒いだろ」
その謎かけじみた言葉に、ナヒーダは小首をかしげた。
「これを着てみて」
「自分の服を選べばよくないか?」
ナヒーダの着せ替え人形となっていた。
彼女は、ナチュラル系のゆったりとしたものに、ゴテゴテしい装飾アクセサリを追加した独特な感性の衣服を選ぶ傾向にある。
「迷惑だった?」
「いや迷惑ではないけど」
流石に長々と着せ替え人形にされると少し疲れる。
「じゃあ、わたくしに着せてみたい服はない? なんでも着るわ」
"なんでも"という言葉に心を揺さぶられるが、平常心を保つ。
メイド服は定番として、大人な魅力を出すならタイトスカートにジャケットのクールなOL風、むしろジャケットならワイシャツリボンで首元をしっかり閉じて学生コーデか、いややはりブカブカの着ぐるみ系で順当に可愛さを……。
ふと気づけば、ナヒーダが指カメラをして待っている。
「あら、もういいのかしら」
「なんのことだ?」
「ふふっ。全部お見通しよ」
指カメラを解いて後ろ手に回すと、前傾したポーズで、楽し気かつ悪戯気に笑った。
「……そういえば、首の痣ってもう消えてるか? 自分では見えないので確認を」
「それを蒸し返すのはズルくないかしら!」
拗ねた様子を見せて、店内を少し先へと早歩きで進むナヒーダ。
「悪かったよ」
「もう、流石に怒るわよ」
追いついて、二人並んで歩く。