草神と行くテイワット   作:ぶれーくだうん

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2. 新居とガイア

 夕方、荷物を宿へ置きに戻る。

 あんなにあっさりと住居が決まるとは思っていなかったため二泊分の宿を取ったが、一泊でもよかったな。

 だがこれは無駄ではなく、持つべき余裕だろう。『泊まるところが確保してある』というのはわりと精神的に大きい。

 

 荷物を降ろしたあとは食事のために酒場へ。

 酒場は料理が美味しいわりに、昼間は営業していない場所も多い。

 ここもその一つだ。

 

「何にしようかしら。メニューがまるで雨の日のキノコンみたいで困ってしまうわ」

「たしかに料理の品数が多いな。たしか、ここは風神ヒュッツポットってのが美味しいらしいからそれにしようぜ」

「そうね、そうしましょう。あと、デザートも頼みたいの。パンケーキもいいかしら?」

 

 取り皿二つで料理を分け合いながら、活気ある喧騒に混じって、俺たちもあれこれと話し合う。

 パンケーキに合うコーヒーの種類だとか、酒は諦めようだとか。

 

「このパンケーキもとても美味しいわ。頬を落としてしまいそう。もしかしてこれに合うお酒もあるのかしら」

「コーヒーリキュールを使ったカクテルは合うかもな。少し甘いけど、俺もあれは嫌いじゃない」

「……これね。頼んでみましょう?」

「交渉をきみがするならな」

 

 

 メインを食べ終えてデザートを味わっている頃合いに。

 長身で紺色の髪をした、眼帯の男がニコニコとしながら話しかけてきた。

 

「よう、俺はガイアだ。ここいいか?」

 まるで友人だと言うかのように気さくに話しかけてきた彼は、返事も待たず席に座る。

「ここの酒場の奴は大体が俺の知り合いなんだが、ちょいと見知らぬ顔を見かけてな」

 

「俺たちはつい先日、モンドへ来たばかりだからな。スメールから遥々歩いてきたんだ」

「へぇ、何しにモンドへ来たんだ?」

 目つきが変わったように思えた。

 

「移住よ。わたくしたちは学芸の自由のないスメールに嫌気が差して、自由の国であるモンドへ逃げてきたの」

「ほう。お前さんも同じか?」

 俺を見つめてくる。

「ああ」

 

 わざわざナヒーダが口を挟んだということは、何か裏があるということだろう。

 それならばと、俺は余計なことを言わないように口をつぐんでおく。

 

「……ありがとう、面白い話が聞けたぜ。じゃあ、邪魔したな」

 そう言って眼帯の男は去っていく。

 にこやかだが、どこか俺たちに対して警戒したような雰囲気があり、そして俺たちが警戒した様子を見せた途端に退いていった。

 

「かなり警戒されていたわね」

「なんだったんだ、あれ」

「わからないわ。ただ、街の裏に潜むような人たちと関係を持っていそうだった」

「裏の人間に警戒されるような理由ねぇ」

 

「……きっとわたくしね。でもなぜ? まさか檻を抜け出したことがバレたのかしら。神の心は置いてきたからアーカーシャ端末は問題なく動作するはず。だとしたら、籠を開く権限が無くなっていることに気が付いた?」

「たしか元素力を扱う人間は貴重だったと思うが、それじゃないか?」

「そうかもしれないわね。ただ、あまり楽観視はするべきではない」

 

 実は彼はただのお節介焼きで、変な二人組が来たから心配した、みたいな話だと嬉しいんだけどな。

 

 

 

 食事を終えると、宿へ戻る。

 なお、酒は出して貰えなかった。

 

 背後、ベッドの上では、彼女が衣服を着替えている。

 買い物の際、俺がTシャツを購入した時になぜか、ナヒーダも同サイズの白いTシャツを購入していた。

 明らかにブカブカだけれども、ワンピース代わりに部屋着として使うらしい。

 

 そしてさっそくその購入したTシャツをワンピースとして着ると、彼女は指カメラをしながら「どうかしら?」と感想を聞いてくる。

 

「ラフな格好で可愛いよ」

 オーバーサイズで裾がひらひらとしているので、ケープコートに似た洋風でお洒落っぽい可愛さ。

 彼女の神秘的な雰囲気が欧州の民族衣装っぽい着こなし感をみせつつも、結局はただのTシャツに変わりないという面白さを伴って、気さくな印象を与えてくれる。

 ……問題があるとすれば履いてないように見えることだろう。

 

 彼女は突如目を丸くして、意外そうな顔をした。

「気になるの?」

 そう言って裾をゆっくりと持ち上げる。

「やめい」

 頭にチョップして止める。

 

 

 ナヒーダはベッドの上でうつぶせとなり、ナツメヤシキャンディの瓶を眺めながら、ゆっくりと足をパタパタさせる。

 Tシャツ一枚でくつろぐ彼女は神々しさよりも親しみやすさが溢れている。

 可愛いので一枚写真を撮っておく。

 

「? どうしたのかしら」

 シャッター音に気づいた彼女がこちらを見る。

 

「本当に可愛いから写真を残そうと思ったんだけど、嫌だった?」

 そう問うと、彼女は指カメラを突きつけてくる。

 ブカブカ系も本当に似合っているので、特に理由もなく素直に可愛いと言ってしまう。

「んー。……いえ、嬉しいわ!」

 そういって破顔した。

 この笑顔こそ写真に残したかったが、無粋なのでやめておいた。

 

 

「そういえばモンドに到着してから食べると言ってたけど、食べてないよな」

 彼女は酔漢峡からずっとキャンディの瓶を抱えて運んでいたが、到着してから食べると言って未だ口にしていない。

 

「だって、絶対に感動してしまうと分かっているのだもの。もったいなくて食べられないわ」

「それこそ、結果を得なければ過程が無意味なんじゃ?」

 石門で彼女と行った問答をもじり、その矛盾を問う。

 

「ええ、そうね。もし食べることなくナツメヤシキャンディを腐らせてしまったのならば、わたくしのこの期待は全て泡となって消えてしまうの。あぁ、可哀そうなわたくし」

 街で見かけた吟遊詩人を真似て、悲劇ぶった演技をするナヒーダ。

 

「だからそうならないよう、あなたが食べさせてちょうだい?」

 あー、と。小さな口を大きく開き、雛鳥のように餌を待つ。

 勿体ないと言っていたのに、それでいいのだろうか。

 

「はぁ……」

 俺は溜息を一つ吐くと、瓶を開きキャンディを一つ取る。

 芳ばしいごま油の香りが広がり、異国情緒を感じさせた。

「ほれ」

「んっ」

 クッキーよりも分厚く大きいそれを口に咥えさせてやると、ザクリともサクリとも言えぬような不思議な音を立てて彼女は齧る。

 視覚ではなく味覚に集中しているらしく、その眼は遠くを見るかのように焦点が失われた。

 そして欠片が小さくなると、その最後の欠片を人の指ごと口に含む。

 

 甘く柔らかい彼女の口から指を抜くと、唾液が弧を描いた。

 感動を反芻するかのように、焦点の合わないまま、ボーっと遠くを見るナヒーダ。

「……まるで夢のようだったわ」

「残念ながら現実だ」

 

 彼女はのそのそと動き、ゆっくりと抱き着いてきた。

 

「どうした?」

「……幸せすぎて怖いわ。まるで全てが消えてしまいそうで」

「それはきみの心の問題だろうな。夢の中に居過ぎたんだ、現実感がズレてしまうのも仕方がない」

「怖い、怖いの。一緒に居てちょうだい」

「はいはい、俺でよろしければここにいるよ」

 

 しばらく抱きしめて宥め、彼女が落ち着いた後は、そのまま共に眠りへ落ちる。

 

 

 

 ノイズが走る。

 日本の風景が、服装が、見慣れた景色が見えた気がした。

 頭痛が襲う。

 

 

 

 

 

 翌日、宿を出た俺たちは、昨日買い集めた荷物を担いで新居へと向かった。

 街の北東三階のその部屋は、目前が賑やかな飲み屋街で、窓から街を眺めればのんびりとしつつも賑やかな喧騒が目と耳に届く。

 

「今日からここがわたくし達のおうちなのね。記念撮影しましょう!」

「わざわざ撮るほどか?」

「ダメ、かしら?」

 おねだりを覚えたナヒーダは、両手を組んでジッと見つめてきた。

「あーもう! ダメではねぇよ」

 

 そこまで長い期間ではないはずなのに、日々を重ねるごとに彼女は、より感情豊かになっていくように感じる。

 ただそれは恐らく、彼女が旅の経験を積んだこと以上に、彼女が心を開いてくれたことによるものなのだろう。

 何気ない物事に感動し、楽しむことができるのは、きっと彼女本来の才能のはずだ。

 だから感情豊かとなったように感じるのは、彼女が彼女自身を取り戻したという証左なのだと思う。

 

 

 部屋はベッドが一つにソファが一つ、さらに料理用の竈が付いた、ワンルームとしては結構広めのもの。

 もし知り合いができたなら、二~三人ぐらいは呼んでもくつろぐことができるだろう。

 

「ベッドはあるけれども棚がないわね。ナツメヤシキャンディに合う最高の棚を見つけなければならないわ」

「キャンディ用の棚、というのは初めて聞いたな」

「ええ、色彩やデザインは味覚に影響を与えるものだもの。だから、"これだ"と思えるような棚を探しにいきましょ?」

 

「なら俺が選ぶなら、きっとそれは唐辛子柄だな。甘さが中和される」

「イジワルはいやよ」

「唐辛子は極論なだけで、実際、甘みを感じさせないようなシックな色合いも合うんじゃないか? 例えばコーヒー色とか」

「……たしかにそうかもしれないわ。じゃあ、一緒に選びに行きましょう」

 

 借り物とはいえ、帰るべき家を得られたというのはとても大きなものだ。

 この生活が長く安泰に続くことを願ってしまう。

 

 

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