ある日の昼下がり、扉を叩く音が響いた。
「はーい」
珍しい来客に、ナヒーダが嬉しそうに駆けていく。
「あら」
「こんにちは。ボクのことは覚えているかな」
「やっほー! クレーはクレーだよ!」
来客はドラゴンスパインにて遭遇したアルベドと、赤い服装の見知らぬ女の子。
……アルベドは俺を問い詰めにやってきたな。
「あっ、黒いおにいちゃんだ! これあげる!」
ポイっと、ぬいぐるみのような何かを投げ付けられる。放物線を描くそれは受け取る直前に……。
閃光、そして耳鳴り。平衡感覚の喪失。
気付けば横になっていて、ナヒーダに介抱されていた。
「……だってアルベドお兄ちゃんが、人間ではないって言ってたから」
「普通の人間ではないとは言ったけれども、人ではないだなんて言った覚えはないよ」
言い争いの喧騒が聞こえる。
「もう少し横になっていなさい」
そう言って、小さく暖かい手が額を撫でる。
俺はナヒーダの膝に頭を載せてベッドに横たわっていて、目線を横へ向ければ赤い小悪魔がアルベドに説教されている。
その説教を聞き流しながら、目眩が抜けるまで、しばらく体を休めた。
「この子はクレー。ボクの妹のようなものだ。……ほらっ、彼に謝りなさい」
「うぅ、ごめんなさい。でも、しつないだから威力をおさえたんだよ?」
威力を抑えたものですら余裕で気絶させられたということは、つまりこれがもし室内でなければ、俺は普通に死んでいた気がする。
その後は自然と二組に分かれた。
ナヒーダがクレーの面倒を見ていて、それを保護者組である俺とアルベドが見守る。
「本当にすまない。見ての通り、彼女は問題児でね」
「ああ。身をもって理解した」
「あんなことの後で頼みづらいんだが、もし見かけたときは彼女の面倒を看て欲しいんだ。彼女は日頃からトラブルを起こしがちで、ボクも常に付きっ切りになれる訳じゃないから、あらゆる方面へ迷惑を掛けてしまっていて」
ソファに座る俺たちは、ベッドの上に座り込む彼女たちへと目を向けた。
子守りには慣れているらしいナヒーダ。
彼女は落ち着いた雰囲気で旅の経験を語り聞かせている。
『……それでナヒーダおねえちゃんはどうしたの?』
『その時、わたくしは……』
「……さて本題に入ろう。ボクがキミに会いに来た理由はひとつ。キミが『別の世界』からやってきたからだ」
「いや、それは間違いだ。俺はカーンルイアに系譜しているだけで……」
「それはない。キミは確かに別の世界からの来訪者だ。キミの提供した血液がそれを裏付けている」
ナヒーダへ目配せをすると、彼女は黙って顔を振った。
俺は念のために、逃走経路として扉、そして三階にある窓を確認する。
「そう警戒しないでくれないかな。別にキミたちに危害を与えようという訳ではない。……いや、本当にそのつもりだったんだ」
アルベドは俯いて手で額を覆った。
赤い小悪魔へ目を向けると、彼女たちは何やら盛り上がっている。
『……彼はわたくしに「きみのことを仲間だと思ってる。仲間を置いて逃げるなんてできない」と言ってくれて』
『それでそれで!』
「ナヒーダ……」
赤裸々に思い出を語る彼女をみて、俺も思わず手で顔を覆ってしまう。
「クレーを連れてきたのは失敗だったと思ったけれど、意外と正解だったのかもしれないね」
楽しそうに会話するナヒーダとクレー、彼女たちを眺めながら彼は言った。
「被害者からすれば、そこは失敗だと思っていて欲しいけどな」
「そういわないでくれ。ボクも本当に彼女には手を焼いているんだ。わずかでも面倒を看て欲しいというのは心からの言葉だよ」
「道連れを増やしたいだけじゃないか?」
「ははっ、そうかもしれないね」
笑いごとじゃない気がするんだが。
「ねえ」
「どうした?」
ナヒーダが声を掛けてきた。
「情報端末を貸してくれない?」
「スマホを?」
端末を受け取ったナヒーダは、ベッドへと戻ると、写真をクレーに見せながら旅の話の続きを語り聞かせる。
「キミは気づいているのかな。テイワットにはテイワットの"法則"があるんだ」
「元素反応というやつか?」
「ああ、元素力もそうだね。だがテイワットの法則はそれだけに収まらない」
法則ね。……そういえば言葉が通じるのもその一つだろうか。
「ボクは、テイワットという世界は余所者に対して拒絶反応を起こすと考えている」
「拒絶反応?」
「そう。キミはテイワットの法則に影響されて、成長することすらできないかもしれない。こうやって会話してることすら奇跡である可能性があるんだ」
「そうなのか」
物理法則によって営まれているはずの生命活動が、謎の法則によって制限されるとは思い難い。
だが、元素反応も物理法則を一部上書きしているように思えるし、あり得なくはないのかもしれない。
「ところで、キミはこの世界にない特別な力をもってはいないかな?」
唐突すぎて心構えができず、思わず顔を背けてしまう。
「あるんだね?」
「仮にその子が特別な能力を持っていたとしても、それは部外者が深入りしていいものではないわよ」
ナヒーダが横から口を挟む。
『今日はここまでね』
『えー! クレー、もっとお話ききたい!』
『ふふっ、また今度いらっしゃい。歓迎するわ』
『絶対だからね!』
「……少し長居してしまったみたいだね。今日のところは切り上げるとするよ」
そしてアルベドとクレーは帰っていった。
「そんな不安そうな顔をしなくても大丈夫よ。わたくしが観察した限り、彼らは悪意を持っていた訳ではないわ」
「悪意はなくとも、実害はあったのでは」
「でもわたくしの渡した自動防御はきちんと動作したでしょう?」
「動作してあれか……」
爆弾が炸裂する瞬間、緑色のバリアが爆弾の周囲を覆う様子が僅かに見えた。
俺と部屋の両方が無事なのは恐らく、ある程度爆風が軽減されていたからだろう。
気づかぬうちに気疲れしていたらしく、ドッと疲れが込み上げてくる。
「なんだかつかれた。頭痛い」
「ほら、おいでなさい」
ソファに横になり、ナヒーダの膝へ頭を乗せる。
彼女の脚は肉付きが良く柔らかい。
「……眼帯の男の件もあるし、モンドから移動した方がいいのだろうか」
「小雨すらを恐れた炎スライムは、やがて海へ飛び込んでしまうの。あまり怖がってばかりいても良い結果は得られないものよ」
そういって、また小さな手が額を撫でる。
目を優し気に細め、子をあやすかのように薄く微笑む彼女。
その落ち着き具合は、あれこれ不安に感じている俺とは比べ物にもならない。
これが年上の包容力というやつか。
「そういえば、ナヒーダが居なくてスメールは問題ないのか?」
「わたくしはあくまでもアーカーシャ端末を動かすだけの存在だったわ。そしてわたくしがわたくしのダミーを作る際に、神の心と呼ばれるものを埋め込んだの。その神の心が置いてある限り、アーカーシャ端末は正常に動作する」
「その神の心を誰かが持ち出す可能性は?」
「わたくしが居たあの鳥籠は、わたくし以外には開くことが出来ないように権限を書き換えた。だから、わたくしを外に出そうとでもしない限り、誰もわたくしの不在に気が付くことすらしないでしょうね」
「……きみはスメールへ帰りたいと思ってる?」
「帰りたくないと言えば嘘になってしまうけれども、でもそれを嘘とするならば、帰りたいと言うのもまた嘘になってしまうわ」
彼女は思い悩みながら言葉を続ける。
「スメールには沢山の問題がある。わたくしは神としてそれを放っておきたくはない。……でもモンドは神が不在でも十分にやっていけているもの」
胸の上に置いていた手を、誰かが握った。
「なによりも、わたくしにとって今の生活はとても掛け替えのないものなの。絶対に手放したくないと思えるほどにね」
それが誰であるかはいうまでもない。
「俺もきみに会えてよかったと思ってるよ」
握られていない方の手を、彼女の顔に伸ばす。
その柔らかい頬を撫でればくすぐったそうに笑った。
そうして今日も、何気ない時間が過ぎていく。