草神と行くテイワット   作:ぶれーくだうん

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9. 綿毛の行き場

 少し関係が変わった。

 

 理由もなく抱き合って寝るようなことは無くなり、ベッドの上では距離を取るようになった。

 ただ、朝には必ず、彼女は俺の服を掴みながら眠っている。

 

 勝手に能力を使ったことを悔いているので、彼女は反省を示すため自主的に距離を取る。

 でも俺が勝手に元の世界へ帰ってしまうのも怖い。

 だから置いて行かれないように、俺が眠ると服を掴む。

 

 

 こんなことをするぐらいなら『不安だから一緒に寝たい』と言えばいいのに何故。

 いや、俺も同じだ。

 請われずともこちらから許可を与えればいいのに、何故。

 

 真実を告白すれば罰を免除されるというのに、沈黙を貫いてしまう人もいる。

 しかしそれもまた、他者との触れ合いや摩擦があってこそ生まれる"人間性"そのものなのだろう。

 これは"人の持つ愚かさ"とも言い換えられるが。

 

「はぁ…」

 ひとつ溜息を吐き、服を掴む彼女の手を解くと、うっかり二度寝しても解けぬよう、指を絡めて握ってやる。

 彼女はこれを見るたびに『許されてる』と理解しているはず。

 

 あの時は泣き叫ぶ彼女の余りにも子供っぽい様子や、今まで彼女に抱いていた"頼れる年上"という印象の崩壊にショックを受けて思わず許してしまった。

 俺はそのこと自体を後悔している訳ではないが、安易に許して有耶無耶にしたところで、結局はこうして関係が拗れているので、もう少し対話を重ねるべきだったとは思う。

 

 

「はぁ……」

 もう一度溜息を吐き、彼女の寝顔を見つめる。

 こんなにも可愛らしいのに、中に詰まっているのは可愛らしさ以外の何かだ。

 大人っぽいという印象が壊れても、相変わらず見た目と中身が一致しない。

 

 ふと今は何時ごろかと周りを見渡せば、蒲公英とアスターの押し花が目に留まった。

 

 

 

「ねぇ、デートがしたいわ」

 二度寝から目が覚めると、彼女が久々に我儘を言い出した。

 なので昼食を兼ねて街を散歩することにした。

 

 部屋を出る際は必ず、彼女が先に出て扉を抑え、そして彼女が扉を閉める。

 その理由は何となく察している。

 扉を支える彼女は薄く微笑んでいるが、やはり目元には硬さがあった。

 

 

 街へと出ると、彼女は腕にしがみ付いてくる。

 

 歩きながら、俺は口に出した。

 ガイアにも語ったように、一度距離を取る必要があると思ったから。

「なあ、俺たちはここで別れた方がいいんじゃないか?」

「分かれても同じ部屋へ戻るのだから意味が無いわ」

 離さないと言わんばかりに、腕を抱く力が強くなる。

 

 聡明な彼女はその意味が違うことを理解している。だが理解してない振りをした。

 その目は焦点の合わないままに虚空を見つめている。

 おそらく必死に考えを巡らせ、俺の言葉の意図や、対処法を探っているのだろう。

 

「言い方が悪かった。きみがもう俺のお守り役を嫌になってるんじゃないかと思っただけだ」

「わたくしがあなたを嫌いになるわけがない」

 やや早口気味かつ平坦に彼女は言い切った。

 

 

 わざわざ理解できない振りをしたことも加味すれば、"別れ"というのも地雷であるようだ。

 知恵の神を自称する彼女が、助言や要望すら口にできず、ただ理解を拒んで問題から逃げる様子を見せる。

 これはとんでもなく深いトラウマがある証左であるわけで。

 

「それならいいんだ。……俺だって、きみに嫌われているなら、さっさと消えてしまいたいんだからな」

 その言葉に、彼女は小さく驚いた表情をして見上げてくる。

 

「なんだよその顔は。俺もきみと一緒に居たいし、きみに嫌われたくないとは思ってるんだ」

「……そう、なの」

 現実を受け止め切れていない、夢心地な様子で生返事をした。

 彼女は変に他人の感情に疎い部分があるので、自分を慕われているだなんて考えもしなかったのだろう。

 

 ……俺は地雷から足を放せたことに内心で安堵する。

 問題の先送りであることは自覚している。

 

 

 

 ナヒーダを腕にぶら下げたまま街を歩けば、食事処のテラス席に見覚えのある姿が見えた。

 優雅に茶を飲む彼はこちらに気が付くと、"こっちへ来い"と手を招く。

 

「なにやら覚えのある奴らが喧嘩したと耳にしてな」

 呼ばれた俺たちが席に着くと、鍾離さんはここに居る理由を語った。

 璃月にまで知られる俺たちの喧嘩っていったい何なのか。

「だが、俺がすべきことはなさそうだ」

 腕を抱かれたままの姿を見られたからだろうか。少し恥ずかしいが仕方もない。

 

 食事を終えて彼は立ち上がる。

「一つ言うならば。……お前たちは喧嘩できるほどに仲が良いのだ。この俺が羨むほどに」

 そして、若者を見守るかのように柔らかく微笑んだ。

 荘厳な雰囲気からは想像もできない優しい笑み。

 

「何か相談事があるなら、いつでも俺を訪ねて来るといい」

 そう言い残して去っていく。

 

 なお鍾離さんの食事代は俺たちが払った。

 最初は手間を取らせた駄賃として奢らせたのかと考えたが、あれは単純に支払い忘れたんじゃないかと思っている。

 ……ただその、頼りになるのか頼りにならないのか分からない微妙なラインが、彼の定めた彼の在り方なのかもしれない。

 

 

 食後は、行く当てもなく街を歩いた。

 

「そういえば、雪山の報告書は出来上がった?」

「ええ、大体の出来事は書き出してある。でもまだまだ書き直したい部分が多いわ」

「そこまで出来てるなら受理してくれると思うけど」

「これはわたくし達の冒険を綴った最初の本となるから、完璧に仕上げたいの」

「ああ、たしかにそうだな」

 実感はないが、ドラゴンスパインの謎の一つを解いたあれは、人に語れるような大冒険だったのだろう。

 

「あの後、他の冒険者も頂上へ到達したのかな」

「それはわたくしも気になるわね」

「冒険者を待つまでもなく玉霞さん本人が登っていそうだなぁ」

 あの人は支部長の姉だし。しかも冒険者で居たいからと役員職を蹴るレベルの。

 

「そうね。今度、聞きに行ってみましょうか」

「だな。あぁ、あと預けた宝物もこっちまで持ってきてくれると言ってたけど、もうそろそろかね」

「一通り目を通したけれど、詳しく見れば何か新しい発見があるかもしれないわね。楽しみだわ」

 

 お金が入っている方が換金する手間もなくて楽ではある。

 でもきちんとしたお宝が入っているならそれはそれで心躍るし、金銭的価値がなくとも、冒険で得た証としての価値は消えることはない。

 

 

 

 夕方ごろに城壁の上へ登る。

 この前のウィンドブルーム祭では賑わっていたここも、今は人影がなく寂しい場所だ。

 ボーっと、風を浴びながら、眼下に広がる景色を眺める。

 

 ふと視線を感じて横を見れば、彼女は俺を眺めていた。

「どうした?」

 声を掛けるが、すぐには返事が返ってこない。

 

「……手をつなぎましょう?」

 低い位置でハイタッチするかのごとく片手をかざす彼女。

 それに合わせて手を挙げると、指と指を絡めて握りしめてくる。

 

「この手には感謝しているの」

 すり寄せるように、彼女は頬に俺の手を持っていく。

 そして微睡む子猫のような微笑みを浮かべた。

「毎朝、あなたが握ってくれているこの手を見るたびに、わたくしは心が休まるの。まるで深海に沈んだわたくしを、引き上げてくれるよう」

 

 繋いだ彼女の手が、震え始める。

 

「……ごめんなさい。あなたに負担を掛けてるだなんて思っていなかった」

 彼女は顔を伏せた。

「あなたを裏切ってしまっているだなんて、認めたくなかった」

 俺の手に縋りつくように。

「ごめんなさい。……全てはわたくしが悪いのに、あなたに気を使わせてしまってごめんなさい」

 その手に雨を降らせながら。

「あなたの気遣いに甘えて罪を有耶無耶にするだなんて、知恵の神失格よね。でも、ダメだったの。口に出そうとすると、震えが止まらなくなるの」

 ポツリポツリと独白する。

 

 

「気遣いじゃなく、ただ問題を先送りしたかっただけだ。……俺も、どうすればいいのか分からないんだよ」

 彼女の震えは止まらない。

「確かに、きみの行いに気づいた当初は怒った」

 手を握る彼女の力が強まる。

「だが、納得もした。そうやって周りが見えなくなるのも、きみだから」

 旅の最初、好奇心のまま走り回って遭難したことを思い出す。

「俺はきみの変に社会性に欠けるところを含めて気に入ってるんだ」

 

 手のかかる妹、みたいな部分がある。……それは彼女の号泣を見て強まった。

 今の彼女は俺にとっていったい、何なのだろうか。

 

 

「きみは反省しているんだよな」

「でも、どうすればいいのか分からないの。ごめんなさい……」

 手の震えは収まったが、彼女の顔は見えないまま。

 

「なら、約束をしよう。きみはもう、勝手に俺の能力を使わない、と」

「約束するわ。わたくしはもう、あなたを裏切ったりはしない」

 

 彼女はやっと顔を上げた。縋るような、後悔に満ちた目だった。

 そこには、俺が見惚れたあの、どこまでも真っすぐな眼差しは見いだせなかった。

 

 

「……じゃあこの話はこれでお終い」

「いえ、だめよ。まだわたくしは何の償いもしていないもの」

 償いと言われても、どうしたらいいものか。

 

「なら、俺がきみを裏切っても、一度だけ、それを受け入れてほしい」

 彼女の手が震えだす。

「ただし! これはきみを置き去りにするようなことには使わない」

「……ええ。分かったわ。わたくしは、あなたの裏切りを一度だけ許す」

 彼女は神の立場を捨てきれていない。

 だから、この手札が必要となる時が来るかもしれない。

 

 

 手を繋いだまま、もう片手で、頭二つ分ほど低いその身体を抱き寄せる。

 化けの皮が剥がれた、最初から纏ってなどいなかったそれは、あまりにも小さい。

 

 そういえば、ここで花束を交換したんだったな。

 

 ……俺が彼女を怒れないのは、彼女をきちんと見ていないからだ。

 怒るだけ無駄な子供、人知を超えた大根の化け物。そういう思いもまだきっと、残っている。

 

 

「俺は、もう少しきみを見つめるよ」

「……わたくしは、もっと成長するわ」

 誓いとして、言葉を交わす。

 

 互いの間にある問題を帳消しにできた訳ではない。

 

 所詮は口約束でしかない、吹かれれば消える白い綿毛のような関係。

 だが、風向きの許す限りは寄り添っていたいと思う。

 

 

 

『今夜は一緒に眠らせてほしいの』

『いいよ、おいで』

 

 






次章は"[モンド一年目] 二人の距離"。遅れなければ4月初旬ぐらい
何気ない日常メインで進めつつ、花神誕日を取り扱う予定
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