ナヒーダと共に道なき道を進んでいく。
「あら、おかしいわね。もうそろそろ道に出てもいい頃合いなのだけど」
「つまり迷子ということだな。わりと洒落にならないのでは?」
「あっ、あそこにも暝彩鳥が居るわ。あの子はどんな言葉を知っているのかしら。はやく行きましょう!」
「待て! さっきもそうやって鳥を追いかけまわして同じところをグルグル回っただろ!」
「君たち、ちょっと待って」
聞き覚えのない声が聞こえた。
大きな獣耳をつけた男性が茂みから出てくる。
「碌な装備も無しにどうしたんだい? しかもこんな夜更けにだ。流石にそんな無茶は看過できない。早く街に戻るんだ」
ナヒーダへ目配せをすると、意を察して彼女が前に出た。
「わたくしたちは教令院の学生なのだけれど、論文の締め切りが近いから、急いで森の調査をして璃月へ辿りつかなければならないの」
「それは締め切り間近まで気を抜いていた君たちが悪い。準備も無しに森へ立ち入っていい理由にならないよ」
「ごめんなさい。でもわたくしたちは行かなければならないの。その理由、教令院に居たことのあるならばわかるわよね?」
獣耳の男性は彼女の眼差しを見て、考え込むように押し黙る。
「……どうしてもなのかい?」
「ええ、どうしてもよ」
「じゃあガンダルヴァー村までは僕について歩くこと。勝手にはぐれないように。いいね?」
教令院とやらが締め切りに命を掛ける必要があるほど厳しい場所なのか、それともその裏に別の理由があると察したのか。
そのどちらであるかは判断つかないが、どうにか切り抜けたようだ。
三人で森を行く。ときおり果物が成っているので、そのいくつかを収穫しながら。
さきほど出会った男性はティナリと言って、レンジャー長という森林管理を行う役職についているらしい。
彼は役職名が示すようにこの土地について詳しく、迷うことなく進んでいく。
「こうして眺めると、完全に異世界だな。なんだよキノコンって」
「あら、キノコンを知らなかったのかしら」
「基本的にキノコと呼ばれるような菌類に、動き回る種類は居ないはずだ」
「見識が狭いのね」
一言で、バッサリと切られた。
俺たち二人は、彼の後ろをあれこれと問答しながら歩いている。
大根の妖怪と思しき彼女との会話は案外面白く、新しいものを見つけると多彩な知識をひけらかしながら説明してくれる。
ただ惜しむべきは、彼女は異様に好奇心が強いために、新しいものを見つける度に詳しく観察しようと足を止めてしまうことだろう。
「まだまだ距離がある。今日はここで野宿しよう。火を起こすからちょっと待ってね」
ティナリは周囲から木枝を集めてそれを組み上げ、手早く焚火の準備をする。
「さすがにゆっくり過ぎたんじゃないか? ことあるごとに立ち止まって観察してるわけだし」
「民ひとりひとりが見識を深めることはその個人の人生のためだけでなく、社会全体のためにもなるの。だから決して無駄ではないわ」
「たしかに無駄ではない。無駄でないが、しかしそれは必ずしも必要であることを意味しないだろ。特に急を要する時節においては」
「だめよ。朝日が溶ける内に砂漠を渡ろうと急いだ者は、高く上がった日に焼かれるの。急いでいるときこそキノコンのごとく歩くことが大切よ」
彼女の言っていることは、時々よく分からない。
そしてしばらくすれば焚火の準備が終わり、火を見守るティナリに声を掛ける。
「そういえば、璃月まではあとどれくらいなんだ?」
「璃月港までなら普通に歩いて五日ほどだけど、今日のペースだと倍はかかるね」
「歩く場合のルートは何種類かあるのか?」
「大きく分けて考えるなら、層岩巨淵を通過するか、それとも迂回するかの二つだね。ただ迂回する場合は魔物が多く生息する地域を通ることになるからおすすめしない。一方で層岩巨淵を通過する場合も盗賊被害が多いから決して安全ではないよ」
「となると、比較的マシな層岩巨淵を通過するものと考えておいた方がいいか」
「いや、君たち二人だとそれも現実的ではないと思う。少し時間とお金はかかるけどオルモス港から船に乗るのが一番安全だ」
「あら。この子はともかく、わたくしは盗賊程度に後れを取るほどには弱くはないわよ?」
「俺は戦力外だから完全にこいつ頼りだな」
ティナリは少し考え込んで。
「ふむ、じゃあテストをしようか。明日この付近にいる宝盗団を倒してみて、もし危ういと判断したら君たちだけでの璃月行きは諦めて貰うよ」
焚火を囲むようにして皆で夕飯を取った。
「夕食はこの果実だけか」
「あら、それ以外に何か収穫したかしら?」
「確かにしてないけど、飯が甘いものだけというのはちょっと拒否感が……」
「なぜ? 空腹を満たせればそれで十分ではないのかしら」
「甘味だけでは栄養素が足りないし、味気ない」
「そうね。栄養素と呼ばれるものは生物に重要とされているわ。でも一日二日偏った生活をした程度で影響がでるわけではないでしょ?」
今日歩いてきた中で知ったことの一つが、ナヒーダは見かけに反して知識があるので、下手なことを言えばこのように反論されるということだ。
「運動をする場合には肉や魚などのタンパク質を取らなければ筋肉が衰えるはず。日夜歩き通そうとしてる今は偏った食事は避けた方が無難だろ?」
「それもそうね。じゃあ明日は少し動物を獲りましょうか」
とっさの口先で連日甘味という地獄は回避したが、今日の食事が果物オンリーであることには変わりない。
甘さに負けて若干食欲が失せつつも、明日何があるか分からないので少しでも動けるようにと果実を腹に押し込む。
「君たちはモラは十分にある? 層岩巨淵は動植物が少ないから、今日みたいに食事の現地調達は難しいよ。万が一に備えてガンダルヴァー村で携帯食を買えないのなら、しばらく村にとどまって食糧費くらいは稼いでおくべきだ」
「モラ? お金のことか?」
ナヒーダに目線を向けると顔を横に振り、それをみたティナリが「ダメみたいだね」とこぼした。
「君たちは装備もお金も持ってないんだね。レンジャー長としては説教をしたいのだけれど、何か事情がありそうだ。やめておくよ」
食後は焚火の周りで横になる。
ティナリは弓を抱え、耳をピコピコと動かして周囲を警戒しながら目を閉じていて、ナヒーダは両手を組み瞑想している。
「ふぅ。こんなところかしら」
「何してたんだ?」
「ふふっ。スメール中をみていたのよ」
こういう不思議ちゃん系の発言が、本当にそういう能力を持っていそうでちょっと怖い。
「じゃあ寝ましょ」
先に目を閉じていたらナヒーダが腕の中に入ってきた。
「場所は十分にあるんだから寄り添って寝る必要はないだろ!」
「あら。今あなたの能力を制御できるのはわたくしだけよ? 目覚めが土の下でも気にしないというのであれば構わないけれど」
そう言われるともう反論できない。
すまし顔のナヒーダが腕の中で猫のように丸くなり、『暖かいわ』と小さく言う。
「おやすみなさい。いい夢を見ましょうね」
しばらく眠れないでいたが、眠れないことを察したナヒーダが能力をつかったらしく強烈な睡魔で眠りに落ちる。
ノイズが走る。
日本語、英語、中国語、スペイン語。
無数の情報が駆け抜けていく。
誰かがそれを驚愕しながら眺めている。
小さな手はそれらに触れ……。
翌日、目が覚めると既に日は登っていて、既に起きたらしいティナリが弓の点検をしていた。
ナヒーダはまだ寝ていたが、軽く揺さぶるとすぐに目を開ける。
「知らなかったわ、わたくしがこんなにお寝坊さんだなんて。これも自分の身体でなければ分からないことね」
彼女も起きたので皆で朝食の果物を食べ、支度をして出発する。
「さあ行きましょう。この世界にあるほとんどのものは待ってはくれないの」
「寝坊して言うな」
意気揚々としていた姿は、恥ずかしそうに萎びていった。
ティナリの案内でしばらく歩くと、数人のゴロツキがたむろしている場所へと辿り着いた。
「さあ、あれが昨日言ったテストの内容だ。彼らを簡単に蹴散らせるようでなければ層岩巨淵は越えられないよ」
「腕の見せ所ね」
ゴロツキへ向かって歩くナヒーダを見送って、俺はティナリの横で待っていようとしていたが、彼女はそれを見咎めるように振り返った。
「あら。女性を矢面にだして、自分は草スライムのごとく隠れているのかしら」
「俺、死ぬ。あれボウガンじゃん。俺、普通に死ぬ」
「仕方ないわね」
ナヒーダがウサギのようなぬいぐるみを投げよこしてくる。
「それは周囲の状況を自動で認識し、致死的攻撃に対して防御をしてくれる端末。命の心配はしなくてもいいわ」
「こいつがねぇ……」
そうこうする間に、ナヒーダは無造作にゴロツキたちへと歩み寄っていく。
俺は前に突き出したぬいぐるみを盾にしながら、万が一のときに彼女を守れるように横に並び立つ。
そしてナヒーダが腕を振るうと、一瞬でゴロツキたち全員がツルに覆われて吹き飛んだ。
「えぇ……。俺、要らなかったじゃん」
「ふふっ。わたくしはあなたの勇気を試したのよ」
楽しそうに笑う姿は可愛らしくも恐ろしい。
「うん。そのくらいの強さがあれば大丈夫だね。合格だよ」
弓を構え見守っていたティナリは盗賊たちの後始末を始める。
武装解除された盗賊たちは彼の説教を受けた後、足早に逃げていった。
拠点に残されていた物資は戦利品として確保してしまう。
「このぬいぐるみはどうすればいいんだ? まさか抱えて歩く必要があるとは言わないよな」
「あなたのポケットには高度な情報端末が入っているわよね。それをかしなさい」
スマホをナヒーダへ渡すと、ぬいぐるみがスマホへと吸い込まれていった。
「はい。これでいいでしょ?」
返されたスマホの画面にはウサギもどきのマークが映っている。
「ちなみに元あったデータは全部消えたからね」
「はぁ!? なにしてくれてんだ!」
起動ボタンを押してもなんの反応もない。
項垂れる俺を見てナヒーダは楽し気に笑っていた。
「大丈夫よ。データはまた集めればいいわ。左上にあるカメラアイコンを押してみて」
言われるがままにアイコンをタップすると、カメラモードが起動した。
「ちょっと恥ずかしいけれど。はい!」
カメラの前でナヒーダがポーズを取る。写真を取れということらしい。
俺は画角を調整して、美しい森林を背景に入れて彼女を撮影した。
「次はみんなで取りましょ!」
スマホを石に立て掛けて三人でポーズを取る。
写真を確認すると、一人楽し気なナヒーダと、やや仏頂面な二人が映っていた。
「完璧ね!」
それを見て満足した彼女からスマホを受け取ると、ナヒーダは満足げな様子で見当違いの方向へと歩き出し、すぐさまティナリに止められた。
「方向感覚というのは想像以上に大切なのね。これも記憶すべき発見だわ」
何も懲りてない彼女を連れて先を進む。
「今日中には村に着くと思うけど、層岩巨淵へと進む前にきちんと食糧は準備して貰うからね。当然、無料ではない」
「層岩巨淵にはさっきみたいな盗賊が居るんだろ? 多少は食料を持ってたし、ああいったやつらを狩りながら進むのはどうだ」
「そんな野蛮な計画は許可できないよ。都合よく襲ってくる訳ではないし、必ず食料を持っている訳でもない」
ティナリは今一度、真剣な表情で問いかけてくる。
「あの宝盗団から奪ったモラで最低限の食料は買えると思うけど、本当に最低限だからね。本格的に迷ったらアウトだと考えた方がいい。それでも行くのかい?」
「ああ。どうしても、行かなくてはならないらしいからな」