草神と行くテイワット   作:ぶれーくだうん

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3. ガイアと飲み

「飲みにいかないか? ただし、二人きりで、だ」

 

 時刻は夕方少し前、もうすぐ暗くなり始める頃。場所は自宅前。

 そこで俺は長身眼帯の男、ガイアに肩を組まれていた。

 

「これでも俺は西風騎士団に属している。やろうと思えば、権力を盾に拘束してもいいんだぜ? ……別に取って食おうという訳じゃない。ただ、ちょいと貸してくれれば、彼を無事に帰そう」

 そう、俺ではなく、ナヒーダに向けて語る彼。

 完全に力関係を把握されている。

 

 ナヒーダはしばし考え込んだ後、ひとつのキーホルダーを差し出した。

「……これを持っていきなさい」

 俺はそのキーホルダーを受け取るとポケットへ入れる。

 

「よし、交渉成立だな。じゃあ行こうか」

 そういう間も彼は俺の肩を抱いている。

 流石にこれは馴れ馴れしいというよりも、むさ苦しい。

 

 

 

「お前さん、強い酒も行ける口だったよな」

 ナヒーダの視界から俺たちが消えると、俺はようやく解放された。

「ああ。だが今回はいったいどういう理由で俺を拉致ったんだ?」

「まあ待て。それは着いてからのお楽しみだ」

 

 彼について歩けば、一軒の居酒屋に案内される。

「これキャバクラってやつじゃないか?」

「なんだ、怖気づいたのか?」

「そうではないけどさ。なぜキャバクラなんだ?」

 

「何故だって? そりゃ、面白そうだからだ」

 ガイアは俺を、というよりは俺の奥に誰かを、見つめるかのように笑いかけてきた。

 

 

 席に着くと彼は店員に幾つかの指示を出す。

 

「慣れてるんだな」

「個人的な仕事で使うからな。酒と女が揃えば大抵のことは聞き出せる」

 完全にロックオンされている。

 しかもそれを隠さないというのは、俺がプレッシャーなどに弱いただの一般人だと看破されているのだろう。

 ……酒を飲む前から胃が痛い。

 

 そしてすぐに女性と酒がやってくる。

 そこには今となっては懐かしいような膨らみがあった。

 ナヒーダの持つ唯一の欠点と言っていいだろう。いや、持っていないが。

 

 俺は適当に笑って合わせながら、酒を飲む。

 しかし彼女たちはガイアと申し合わせているようで、俺個人の話をあれこれと喋らせようとする。

 仕方なくできる限り当たり障りのない話をするが、酒を入れながら頭を使い続けるので精神力が削られていく。

 

「おっと、グラスが空じゃないか。これはいかん。俺のおごりなんだ、どんどん飲め」

 そういって酒を継ぎ足すガイア。

 ふと見れば、彼は先程から全く酒に手を付けていない。

 起死回生の一手があるとしたらここだな。

「おいおい、誘ってくれたあんたが酒を飲まないでどうする。……仕方ないから飲み比べでもしないか?」

 

「……いいぜ? ただもし俺が勝ったら分かっているよな?」

 恐らく互いの飲んだ酒の量を勘案したのだろう。

 また、さっさと喋れないレベルにまで酔いつぶれてしまおうという俺の考えも読まれている。

 だがここで退いたところでどうしようもない。

「ああ」

 

 

 そして互いに同量の蒸留酒を飲んだ訳だが。

「なんだ? まさか俺に同情してくれるのか? お前さんはいいやつだな!」

 ガイアが潰れた。というか壊れた。

 

 女性たちには彼と二人きりで飲みたいと伝えて退いて貰っている。

 なお俺は飲みすぎで気持ち悪い。

 

「よし友よ、俺たちの出会いに今一度、乾杯をしよう!」

 そういいながら、無理やり肩を組んでくる。

「もうそろそろ帰らないと……」

「おお、それは悪かった! じゃあ、お開きとしようじゃあないか」

 念のために水を貰い、水で乾杯して彼にも飲ませておく。

 

 

「そういえば前回はありがとうな。お陰で一応、ナヒーダと仲直りできたよ」

「別に礼はいい。ただ……」

 そこで彼は突如、素面に戻った。

「そろそろ話してくれないか。彼女の正体について」

 

 俺はその温度差についていけずフリーズする。

 

「悪いようにはしない。守るためにも事情は知りたいのさ」

 そう真剣な眼差しで見つめている。

 

 俺はしばし悩んで、ここまでなら話していいだろうというラインを定めた。

「彼女は貴い身分にある人で、牢獄に閉じ込められて生活していた。だから身分を捨てて逃げてきたんだ」

「ほう、そうか」

 真剣な眼差しで相手を見つめ続けるガイア。……ただしその目線の先に俺は居ない。

 

 これは話すだけ無駄かもしれないが、せっかくナヒーダと離れたのだから、彼女が居るとできない頼みごとをしておく。

「ああそうだ。覚えていたらでいいんだが、ひとつ、手配を頼みたい。誕生日会を開きたくてな……」

 

 

 

 

 ガイアは店員に任せて俺は店を出た。

 強い酒で火照った体に夜風が気持ちいい。

 

 自宅へと戻り扉を開けると、灯りも付けずに、扉の先で佇む彼女が迎え入れてくれた。

 

「……おかえりなさい。楽しめたかしら?」

 真っ暗な闇に浮かぶ真っ白な髪。

 俺は一瞬、それが幽霊かと思ってしまって言葉を失う。

 暗いので表情が良く見えない。

 

「こっちへきて」

 まるで怪談話のような言い草で、彼女は俺を呼ぶ。

「ここへ座って」

 灯りも付けないままに、ベッドのふちに腰かけるよう指示された。

 疑念を抱きつつも素直に座る。

 

 突如、ベッドへ押し倒される。

 彼女の体重は軽いが、それでも大型犬と同程度だ。

 伸し掛かるようにすれば俺を倒すことぐらいはできた。

 

 

「あなたはわたくしの思いを踏みにじるような行為をしたのよ。……罰を受けても仕方ないのではないかしら?」

 

 彼女が首筋に吸い付いてくる。

「痛っ! ナヒーダ、痛い!」

 内出血痕を残すための、強いキス。

 

「ふふっ。またスカーフが必要ね」

 首筋から僅かに唇を離し、吐息の掛かる距離からそう言った。

 嫉妬よりも単純な歓喜を感じさせる声色だが、むしろそのせいで怖さがにじみ出ている。

 

 首筋に感じていた彼女の吐息が、顔の前へ移動する。

 重力に従って垂れた柔らかな髪の毛は、まるで俺を食べようというかのように、肩や頬を撫でまわす。

「キスをして、わたくしを好きだと言ってくれればやめるわ。当然、手ではダメよ。スピノクロコが小鳥で満足することはないの」

 

 息が掛かるほどの間近な距離で、俺を見下ろして、首筋を撫でながらそう言う彼女。

 その表情はよく見えないが、声色からして微笑んでいるだろうことは分かった。

 

 

 

 その姿に、反骨心が浮かんでくる。

 別に、飲みに連れていかれたこと自体は彼女への裏切りではないはずだ。

 少なくとも俺の意思であのような店を選んだわけではない。

 

「えっ、やだよ」

「えっ?」

 衝撃的な事柄があると、彼女は身体制御を放棄して硬直する癖がある。

 ショックを受けたその隙を突き、彼女を抱くようにして横に転がると、体勢を入れ替えた。

 今度は俺が上、彼女が下。

 

 ナヒーダの服の首元を開いて露出させ、彼女の首に吸い付く。

「あっ、やっ!」

 首元というのは生物的な急所でありパーソナルスペースの最たるものだ。

 絶対に眼で見えない部分であるために、いやでも想像力を掻き立てられる。

 あれこれと好奇心が強い彼女は想像力も強いだろうし、それも相まって首元は彼女の弱点のひとつかもしれない。

 

 流石に内出血を起こすほど強く吸おうとは思えなかったが、唇が触れるたびに彼女の腰は浮き上がった。

 

 

「ナヒーダ?」

 首筋を責め立てること幾度か。

 気付けば彼女は体温を高くして、"ふっ!ふっ!"と、ひきつけを起こすように短く鋭い呼吸を繰り返している。

 暗くて見えないが、体温の高さが血流に起因するなら、その顔は真っ赤だと推測できる。

 

 おそらく過度な精神的興奮や緊張が自律神経を崩したのだろう。

 不慣れで制御の効きにくい身体と、過度で過敏な想像力の組み合わせは相性が悪いらしい。

 

「ナヒーダ、ゆっくりと息を吐け。ゆっくりとだ。……ああ、泣くな!」

 "ひっくひっく"と、声を漏らしはじめた彼女をしばらく宥める。

 

 

 

「……キスをして」

「はいはい」

 恐らく首元という意味ではないし、手ではダメとも言っていたので、彼女の髪をかき上げて額にキスをする。

 

「いじわる」

「ごめんな」

 彼女が関係を急くのは、やはり、置いて行かれないか不安なのだろう。

 かき上げた髪を戻すように、額を軽く撫でた。

 

 いっそ、彼女に求められるままに溺れてしまおうかと考える。

 きっとそれは蕩けるほどに甘い夢を得られるものだ。

 しかしまあ、長続きするものでもないと思うが。

 

 

 ベッドから立ち上がり部屋の灯りを燈す。

 そこでふと、ポケットに入っているものを思い出した。

「これ返すよ」

 髪を散らばせる彼女の手に、飲みに行く前に渡されたキーホルダーを返却する。

 

「それ、なんだったんだ? やっぱり盗聴器かなにかだったり?」

「だって、心配だったのだもの。なのに……」

 どうやら当たりだったらしい。

 

「ちなみにどこまで聞いてた?」

「途中から聞いていないわ。わたくしが辛いだけで、聞くだけ無駄だった」

 つまり最後の辺りは聞いていないのだろう。

 都合よくもあり、都合悪くもあり。

 

「きみは、俺がきみの思いを踏みにじったと言ったな。それについては謝る。ごめん」

「…………」

 謝罪は受け入れる気は無いと、彼女にしては珍しい怒り顔で、態度を示した。

 

「でもあれは俺の本意ではなかったことをきみは知っているだろう?」

「嘘よ。とても楽しそうに女性と話していたもの」

「ガイアの顔を立てるため、仕方なく喋っていただけだ。きみと話す方がずっと楽しいよ」

 実際、あれは精神を削る会話だった。

 冗談抜きにもう勘弁してほしい。

 

「……わたくしはあんな風にあなたの口を軽くできない」

「きみは俺と居るとき、必ずしも口が軽いわけではないけど、俺と居てつまらなかった?」

「……いいえ」

「それと同じだ。俺はきみと居る方がずっと楽しい」

 これは本当の話だ。

 

 

 まだ不満の残る顔で、彼女はボーっと天井を見つめる。

 少し冷静になった頭であれこれと思慮を巡らせているのだろう。

 

「恋ではないが、俺はきみが好きだよ」

 さきほど彼女は、"好きだと言え"と、要望を述べていた。

 だから家族としての立場から、その言葉を贈った。

 

「……恋ではない、という言葉が余計なの」

「"愛であることは否定しない"という意味もある。が、分かった」

 彼女は目を向けてくれないので、その目線に割り込むように目を合わせる。

 

「俺はきみが好きだよ」

「わたくしは、あなたが好きなの」

 苦しそうに彼女は自らの胸を手で抑える。

 

 正直に言って俺はまだ、彼女との距離を測りかねている。

 子供じみた言動と、大人びた言動。

 その温度差が、俺の気持ちをかき乱してしまった。

 

 

 

 

 翌日、二人で手を繋いで街を歩く。……手を放すことが許可されていないため。

 半ば命令を下すように彼女は『手を繋ぎなさい』と言ったが、恐らくそれは、それで昨日のことをチャラにするという意味も含まれるのだろう。含まれて欲しい。

 

「よう、奇遇だな。……スカーフが似合ってるじゃないか」

 偶然出会ったという風にガイアがやってくると、俺の首元をみて目つきを鋭くした。

 

「あら、昨日はありがとう。お陰でこの子も楽しめたみたいよ」

「そりゃあよかった。俺としても奮発した甲斐がある」

 ニコニコと微笑みながら言葉を交わす二人に、俺は傍観を決め込む。

 口を挟むと絶対に碌なことにならない。

 

 

「ああ、そうだ」

 彼は俺の耳元へ口を寄せると、そこから先は小声で続けた。

「…手配は承った…」

 そう一言を残して去って行く。

 

 

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