草神と行くテイワット   作:ぶれーくだうん

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9. 二人の距離

 誰かが頬を撫でる。

 

「起きて、わたくしの騎士」

 続いて頬に落ちる、甘く柔らかい感触。

 それによって完全に目が覚めた。

「……恥ずかしいから騎士呼びはやめてくれ」

「ふふっ、ごめんなさい。でもそう呼んでしまいたいほどに、とても嬉しかったの」

 

 

 花神が祝った翌日、俺たちは家を出て図書館への道を歩く。

 どうやら昨日の会話の真意を確かめたいとのことだが、いつもに増してご機嫌な彼女は、俺の腕を抱きしめながら小さく鼻歌を歌う。

 

 昨日の誕生日プレゼントは、皆で撮った写真を飾るための、写真立てを購入した。

 日暮れ時までゴロゴロとしていたので閉店間際ギリギリとなったが、満足のいく品を買えたらしい。

 その後はふたりで街をぶらついて、目についた美味しそうなものをあれこれと持ち帰り、ワインと共にいただいた。

 そうして夜遅くまで飲むこととなったのが、今朝の寝坊の原因といえる。

 

 

「いらっしゃると思っていましたわ。クラクサナリデビ様」

 騎士団本部の図書館へ着くと、リサさんは開口一番にその名を呼んだ。

 やはり彼女はナヒーダの身分について気付いていたらしい。

 

「リサ、あなたはどこまで知っているのかしら?」

「ただの図書館司書であるわたくしが知っていることなど、ほんのわずかですわ」

 問い詰めるようなナヒーダを、ニコニコと口元で微笑みながらあしらう。

 

「……わたくしは今の平穏な生活を愛しているの。だから教令院には黙っていてほしい」

「安心してくださいませ。わたくしも教令院と関わり合う気などありませんから」

 

 昨日の表面的で含みの合った会話と違い、今日はわりと直接的にやり取りする彼女ら。

 しかし、いったいどこがナヒーダを神だと確証する根拠となったのだろうか。

 どこかの書籍に容姿が書いてあった? もしくは賢者たちの行いを知っていたとか? あとは……。

 

 

「ふ~ん。あなたが草神様の今の賢者?」

 思考に沈んでしばらく、気づけばリサさんに声を掛けられていた。

「へぇ、面白い首飾りね」

 ほぼ身長の変わらない彼女は、少しかがんで下から覗き込むように俺を見つめている。

 おっとりとした眠たげな顔つきと、妖艶で危険な雰囲気を持つ、女優にすら居ないほどの絶世の美女。

 さらには前かがみによって開いた豊満な胸元が間近から視界に入り、流石に顔の温度が急速に上がってしまう。

 

「この子はわたくしの騎士よ」

 ナヒーダに腕を引っ張られてリサさんとの距離が開く。

 そして彼女は、所有権を主張するかのように、両手で抱き着いてきた。

 横顔には張り付けたような笑みが浮かべられている。

 

「ねぇ騎士さん。神様に過ぎた奇跡を求めるならば、その代価を払えるかどうか、きちんと考えなければならないわよ」

 俺は顔を振り急いで頭を冷やすと、手で目元を覆いながら、リサさんの言葉を耳に入れる。

 代価か。俺は彼女に十分な代価を払えているのだろうか。

「余計なことは言わないでちょうだい。わたくしは、わたくし自身で納得して今の関係を築いているの」

 噛みつくナヒーダに対して、リサさんは『まあ、怒られてしまったわ』と呑気な言葉を漏らした。

 

 もう話し合いは良いらしく、『行きましょう』と、ナヒーダは踵を返して腕を引く。

「ああ、あとでアルベドが椅子を持ってくと思うから、よろしくね」

 そう言葉を背にかけられながら、図書館を後にした。

 

 

 

「ねえ」

「どうした?」

「わたくしは今、怒りと不安を感じているの」

「リサさんに一瞬、見入ったのは謝るよ」

「あら、認めるのね」

「きみは何故そこまで怒ってるんだ?」

 ある程度は理解できるが、過剰反応だとも思ってしまう。

 

「……そんなに大きな胸がいいの?」

「なぜその推論に至った」

「だってリサの胸部に目線が向いたし、わたくしの裸を見た時も胸へ目が行っていたもの」

「確かにそうだけど、往来でそういう話は止めてくれ」

 雑踏というほどには多くないが、人が居ないという訳ではないので、本気で勘弁してほしい。

 

 

「なら、こちらへ来なさい」

 ナヒーダに腕を引かれ、路地裏の、さらに物陰へと連れ込まれた。

 

「まずはキスをして」

「はいはい」

 髪をかき上げ、額に口付けをする。

「……いじわる」

「次のキスは、またちゃんとした機会にな」

「なら抱き締めて」

 要望通り抱き締める。

 

「わたくしは、あなたが他の女性と話していると不安になる。そして怒りが湧いてくるの」

「嫉妬したという訳か」

「ええ、きっとこれは嫉妬よ」

 とはいえリサさんには値踏みがてらに揶揄われてただけだし、ガイアの時の俺は単純に被害者だと思う訳で。

 今後も似たようなことが起きる可能性を考慮すれば、何かしら対処を考えないといけない。

 

 

「なら、きみは俺にどうして貰いたい?」

 まずはどのような解決策であれば納得できるのかを彼女自身に聞く。

 考えさせること自体が彼女の成長にも繋がるし、これは悪い選択ではないだろう。

 

「……わたくしはあなたに求めてもらいたい」

「追われる恋がしたいと?」

「いいえ。わたくしはあなたが欲しい。だからこそ、あなたにもわたくしを求めて欲しいのよ」

「既に、かなり頼り切りだと思うけどな」

「それはあくまでもわたくしとの人間関係を求めたものでしょう? わたくしは、わたくし自身を求めて欲しいの」

「つまり?」

「ふふっ。あなたは賢い人よ」

 

 俺は彼女に家族としての関係を求めているが、それは別に、彼女自身を求めていないという訳ではない。

 むしろ、恋心には欠けていると思うものの、愛情に関しては互いに共通認識であるはずだ。

 しかし彼女はそれでは納得できないらしい。

 

 

「そうはいっても、まだ俺は、きみに恋を抱いている等とは自信をもって言えない。だから次はまたしばらくお預けだ」

「どうしてかしら。あなたはわたくしが好きなはずよ。要件は満たしているのではなくて?」

 さも当然というように言われると、それはそれで恥ずかしい。

「やはり、まだ心の整理がつかないんだよ」

 

「キスもしたのに?」

 恥ずかしがる様子もなく彼女は言う。

「ああ、そうだ」

「あなたは意地っ張りね」

 不満と呆れの混じった声色だった。

 

「これは俺なりの、きみとの向き合い方なんだ」

 彼女と一緒に過ごしていく覚悟はしているが、しかしだからこそ丁重に、大切に扱いたいとも思ってしまう。

 まあつまるところは、関係が変わる可能性に尻込みしているだけであるのだろうが。

「俺はきちんときみを見るよ。だからもう少し時間をくれ」

 

 これは先延ばしだが、今の関係に満足している俺にとっては、最善の選択だと思えた。

 

 

「ええ、わたくしは待つわ。だって愛の誓いはもう貰ったもの」

 俺を真っすぐに見つめ、自らの唇に指先で触れながら、白い蒲公英のように柔らかく微笑む彼女。

 何かを守るようなあの眼差しとは異なるが、これもまた見惚れるような。

 ……いや、もう既に、気づけば俺はこの眼差しに見惚れていた。

 

 そして、こんな子とキスを交わしたという事実に、今更ながら、恥ずかしいような、嬉しいような、言語化できない感情が湧いてくる。

 

 『帰るぞ』と、目を合わせずに彼女の手を引く。

 ドクンドクンと煩い鼓動。

 熱が籠る、絶対に見せられない顔。

 今この瞬間だけは、彼女が心の機微に疎いことに感謝した。

 

 

 

 家に戻りしばらくすると、アルベドがやってきた。

「今日はクレーは居ないんだな」

「そうだね。彼女はまた少し問題を起こしてしまって、反省室にいるんだ」

 俺はその言葉を聞いて、怪我人が居ないことを静かに祈る。

 

 彼は昨日使った、花車を模した椅子を分解して運んできた。

 どうやら、この椅子はアルベドがリサさんの助言のもとに設計したものらしい。

 分解、運搬、組み立て。さらには使用時の強度もしっかりと考慮して作られていて、家具として常用可能とのことだ。

 ……ただそれなりに重量があるので、俺一人で運ぶとなると少し苦労するだろうが。

 

「わざわざ、すまないな」

「ボクもきみの能力にはお世話になっているからね。異世界の情報に対する報酬さ」

「そういう話ならこっちとしても助かる」

 

「……本当なら、この程度の報酬では済まない。だから、他にもボクにできることがあるなら依頼してくれていい」

「異世界から来たせいで知り合いも少ないから、こうして構ってくれてるだけでも何だかんだ有り難いよ」

 俺に関する事情をある程度知っている人となると、彼ぐらいしか居ない。

 気兼ねなく話せる同性という点では貴重な存在だった。

 

 

 

 アルベドが素直に帰ってから、ナヒーダに乞われ、ふたりでその椅子に座る。

 

 椅子の脚は車輪を模していて、背もたれはチューリップのような形の大きな囲いと一体化した、面白い造り。

 彼女が丸まれば寝られる程度の大きさのそれは、二人並んで座れるソファのようなサイズ感だ。

 

「手を繋いで欲しいの」

 小さくて柔らかい手が、指を絡めてくる。

 その、指と指を組む時の僅かな肌の擦れ合いすらが、何故か心地よくて。

「……あら、あなたは緊張しているのかしら。珍しい」

「うるせえ」

 今まで出来ていたようなことすら、ぎこちなくなっている。

 

 隣に座るその横顔を眺めれば、ふるふると震えるような、瑞々しい唇が目に入る。

 頭では理解できても、心では現実を受け止められていない、ふわふわとした感覚。

 "こんなにも近かったのか"と、改めて二人の距離を意識させられた。

 

「わたくしはあなたに会えてよかったわ」

「俺もきみに会えてよかったよ」

 テイワットに来てから半年以上。いくつかの問題はあったものの、平穏な日々を送れている。

 

 できることなら、今のままの、彼女との関係であり続けたい。

 

 

 

『今夜はどんなお話を聞かせて貰えるのかしら』

『じゃあ、この前の不思議なランプの話の続きをしようか』

 

 






次章は、一年の締めくくりとしての海灯祭と、アルベドとクレーを加えた4人旅を扱う予定

感想ありがとうございます
自分では気づけない事柄も多く、非常に参考と励みになります
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