草神と行くテイワット   作:ぶれーくだうん

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3. ガンダルヴァー村を通過

 ここまでの道程でティナリが持つ弓で仕留めた鶏肉を十分に食べることができた。

 そして彼の案内により、夕方前にはガンダルヴァー村へとたどり着く。

 

 崖の上から巨大な木と一体化したツリーハウス群を見下ろした。

「これが村なのか」

 古代遺跡と言われても信じてしまいそうなほどに、建築と樹木が調和して溶け込んでいる。

 というかもはや文明崩壊後の世界と言われても違和感がない。

 

「じゃあ僕はここまでだ。君たちなら大丈夫だとは思うけど、決して気を抜かないでね」

 

 彼は急ぎ早に去っていく。

 恐らく無理してでも俺たちのために時間を割いてくれていたのだろう。

 その姿を見送ってから、俺たちは崖沿いを迂回して村へと降りる。

 

「とりあえず体を洗いたいな。汗でベトベトだ」

 この土地は温度も湿度も高いため、少し動くだけでも汗ばんでしまう。

「人は不自由ね」

「妖怪には分からんだろうな、この悩みは」

 

 

 村へ入る前に、まずは村の近くの川で適当に体を洗うことにした。

 上半身を脱ぎ捨てて軽く水でゆすぎつつ身体を拭う。

 

「あら。どうしたのかしら?」

「……流石にガン見されてると不愉快なんだけど」

 ナヒーダが川辺に座り込み、両手を頬に当てた姿でジッとこちらを観察している。

 まるで珍獣でも眺めるような表情だった。

 

「でも面白いもの。続けてちょうだい」

「続けてちょうだい、じゃねーよ!」

 小柄な彼女を抱え上げ、川へと投げ込んだ。

 驚いた顔をして綺麗に飛んでいく。

 

 背中から水に落ちた彼女は、全身をずぶ濡れにして立ち上がる。

「ふふっ。水遊びね。覚悟はいいかしら?」

 水中から大きな葉が現れて水を跳ね上げ、大量の水が降り注ぐ。

「ちょっまて、それはズルくね!」

「ズルくないわ!」

 

 逃げるナヒーダを捕まえて、もう一度放り投げる。

 今度は驚きではなく楽し気な顔で水面へと落ちていった。

 

 

 

 しばらく二人で遊んだ結果、村に着くときにはすでに傾いていた日が、今度は完全に沈み始めている。

「もう日が落ちるし、これ絶対乾かないよな」

「そうね。なら炎元素を探しましょ。……ただ、その前に」

 

 ナヒーダに乞われるがままツーショット写真を撮ると、そこには夕日に照らされて、ずぶ濡れの二人が楽し気に笑う姿が映っていた。

「ふふっ。また大切な記録が増えたわ!」

 

 

 ずぶ濡れのまま二人で村の道を登っていく。

 明かりの灯った家々は幻想的で、昼間は樹木に飲み込まれてしまいそうなほどか細い印象だったそれらが、夜間には文明の営みと人の強さを主張する。

 それは寒村などではなく、確かな温かみを持つ場所だった。

 

 村の中腹で焚火を借りて近寄ると、異様と言えるほどの速さでみるみるうちに服が乾いていく。

 これを例えるならば『チリ紙に火が付いたかのように水が抜けていく』とでも言うべき現象だろう。

 

「おー、面白いけど不思議だ」

「蒸発反応よ。これは相手が悪いと命を落とすから気を付けてね」

「は? そんなもの試させるな!」

 服が乾いたことを確認しつつ、体に異変が無いかを確かめた。

 

「ボーっと眺めてるけどそっちは乾かさなくていいのか?」

「わたくしは炎元素と相性が悪いもの。うっかりすると燃え上がってしまうわ」

「大根属性というやつ?」

 

「あら、あなたを燃やすこともできるわよ?」

 にっこりと笑いかけてくる。これが目が笑っていないというやつだな。

 

 

 服を乾かしたあとは、そのまま村はずれへ降りて一泊。

 他にも同じように寝転んでいる人々が居て、聞けば商人やら冒険者やらをやっているらしい。

 

 やはり今日もナヒーダは祈りを捧げ、それが終わると腕の中に潜り込んでくる。

「あれ、湿ってない」

「草元素を使えば水元素を消費できるもの。安心した?」

「それはつまり、俺は無駄に命を危険に晒したってことでは」

「でも学びは大切よ」

 

 ここは少し水場に近いために気温が低く肌寒い。

 仕方なくナヒーダを暖房代わりに抱きしめて眠る。

 

 

 

 頭の中にノイズが走る。

 無数の情報が駆けていく。

 

 

 

 

 翌日、ティナリの言に従って必要なものを買い、層岩巨淵へ向けて出発した。

 携帯食、飲み水、それらを容れる鞄に、あとは消毒用のちょっとした薬など雑貨類。

 この携帯食料は保存が効くというよりも、むしろ軽量で嵩張らないのが特徴だ。

 

 左右に目を向ければ人よりも大きな花が咲き、崖の合間で薄暗い道を植物性の街灯が照らす。

 そして、やがて道は小川と合流し、そのふちに沿って歩けば洞窟へと至る。

 

「これは、木なのか。すごい大きさだな」

 洞窟の入口は巨木の樹洞によって出来ていた。

 この木は横向きに伸びていることから、これは恐らくとてつもなく大きな樹木の根が腐り、中が空洞となったのだろう。

 

 樹洞を抜けると洞窟は広くなった。

 巨木の根と岩盤を苔が覆い、抱えるほどの木の実でできた街灯がそれらを照らしている。

 

 ペチペチとした裸足に近い足音と、グラスハープのような不思議な音が反響する。

 ナヒーダは小走りという程ではないものの、足早に先へと進んでいて、鼻歌を歌いながらひとり楽しそうにしていた。

 その姿はまるで初めての遠足にでも出かけているかのようだ。

 

 

 そこからさらにしばらく進むと風景が変わり、壁を這う根が減って人工の柱が天井を支えるようになる。

 ところどころでは天井から漏れ出した地下水が地面に溜まり、非常に歩きづらい。

 

「この橋って落ちかけてないか?」

「ええ、そうね。長くは持たないと思うわ。まるで風を吸い込んだ風スライムね」

 床を踏み抜かぬよう橋の梁を注意して渡り、さらに先へと進む。

 するとようやく出口が見えてきた。

 

 

 洞窟を超えると、高層ビルと見間違うような巨岩が視界の限りそびえ立っていた。

 それだけ聞くと殺風景のようであり、実際に見ても殺風景に近いと言ってよいのだろうが、しかし岩々に負けぬよう育つ桃色の樹木が彩りを添えている。

 一言でいえば、水墨画のような、寂しくも落ち着いた美しさを持つ景色だ。

 

 風景に感動しているらしいナヒーダを後ろから眺める。

 高所特有の絶え間ない風が、白地に緑色の入った髪を揺らす。

「わたくしがこの足で外の地を踏む時が来るなんて、信じられなかったわ」

 

 彼女は振り返って笑った。

「今日はわたくしにとって記念すべき日よ。……いえ、今日もというべきね」

 彼女の身長はせいぜいがこちらの胸元程度の高さであり、目線を下げなければその頭の上を素通りしてしまうほどである。

 しかしそのどこか愁いを帯びた姿は、その小さな身体に収まりきらないほどの大きなものを感じさせた。

 

「……そうか、なら記録しておかないとな」

 スマホを足元の岩に立て掛けて彼女の横に立つと、風で乱れたその頭をグシャグシャと撫でる。

 そうして撮れた写真には、愁いなど忘れたかのように、驚きで間抜け面を晒すナヒーダが映っていた。

 

 

 

 さて、ここからが層岩巨淵の本命だ。

 ここはとんでもない大きさと高低差を誇るとされていて、璃月港までの道のりの内で唯一かつ最大の難所。

 ティナリによれば、ここを越えられるかどうかが俺たちの旅の可否を決めるらしい。

 

 まずは洞窟の目の前に張ってある吊り橋を渡る。

 

「この橋も落ちそうだけど、さっきの洞窟内の橋より遥かに高いから怖さも段違いだ」

「怖がりね」

「まあ高所恐怖症なのかもな。とはいえ、一般人がこういった高所をまったく怖がらないかと言えば違うと思うけど」

「ふふっ、そうね」

 見るものすべてが面白い、とでもいうような彼女は相変わらず楽し気に突き進んでいく。

 

 

 木でできたウッドデッキ状の道を進むと、視界が開けてその全貌が見える。

 ビル群がごとき無数の巨岩に囲まれた風景も絶景だったが、いま見ている景色の壮大さの前では霞むだろう。

 

「この地形は数千年前に天星が落ちたことによってできたものなの」

「これ丸々がひとつのクレーターってことか。すごいな」

「またここはモラクスと若陀龍王が戦いを繰り広げた地でもあるの。みて、あそこは岩壁が大きく崩れて無くなっているでしょ? あれは戦いの痕跡よ」

「規模がデカすぎて怪獣が歩いたみたいな有り様だなあ」

 

「見えている範囲だけではないわ。地下にも広い空間が広がっているわよ」

「へぇ、そうなのか。ちょっと見てみたいな」

「ええ、できればいつか探検してみたいわ」

「広大な地下空間は浪漫があるよな。今は余裕があるわけじゃないけど、次の機会があれば行ってみようぜ」

 

 

 改めて目前の風景を眺めた。

「しっかし、ここからどう進むんだろう?」

 目の前には貨物用にロープウェイの様なものが渡されているが、それ以外は何もなく、ここは断崖絶壁の行き止まりとなっている。

 

「そこにある荷車を使って向こうへ渡るのよ」

「うええ。やはりこれで渡るのか……」

 どうやらこのロープウェイを使って、もはや下を覗きたくないレベルの高さを崖から崖へ渡るらしい。

 

「大丈夫よ。落ちたら助けてあげるから」

「例え助けられるとしてもバンジージャンプは勘弁して欲しい」

 

 

 百メートルは優に超えるだろう高さを風に煽られながら荷車で渡り、北崖側へと迂回する。

 何故北へ迂回するかと言えば、眼下に見える谷底は到底通ろうと思えないほどに深いためだ。

 もし谷底を通って直進しようとするならば、迂回によって増える距離以上を昇り降りすることになるだろう。

 当然、登るのも降りるのも歩くより時間が掛かる。

 

 崖を渡ったあと、さらに崖沿いを歩いて数時間。

 このとてつもなくデカいクレーターはまだまだ先が続くにもかかわらず、徐々に天候が悪くなってくる。

「これは少し急がないとやばい」

 もし雨が降ったら足を踏み外す自信がある。その場合、この高さから転げ落ちればもはや死体が原型を留めすらしないだろう。

 

「もうそろそろ鉱区のはずなのだけれど、おかしいわね。人が見当たらないわ」

「そういえばさっきの荷車の近辺にも人影が無かったな」

 

 そしてついに、予定には組み込まれてない雨が降り出した。

 

 

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