「みんなで記念写真を撮りたいの」
璃月へ向けての出発日、朝食を四人で取ってからモンドの門前へと向かうと、彼女がそう言いだした。
なので、ナヒーダとクレーが前、俺とアルベドがその後ろに立つ形で写真を撮る。
アルベドはジッとしていないクレーの肩を抑え、俺もそれに合わせてナヒーダの肩を持ったので、家族写真のような不思議なものとなった。
「よーし、しゅっぱーつ!」
クレーが元気な声をあげて先陣を切る。
「待つんだ。走ってはいけないよ、クレー」
そのすぐ後ろにはアルベドが何かあれば制止できる距離で付き従い。
「わたくしたちも行きましょ!」
「ああ、そうだな」
俺たち二人は最後尾。
楽し気なナヒーダに手を引かれて歩き出した。
今回は冬の旅なので、毛布も分厚く温かいものをロール状にまとめてバッグの下に吊るしている。
あと俺は厚めのロングコートを着た。これは毛布代わりに体に掛けたり、床が冷たい時に下に敷いたりと、色々と雑に使えて便利だ。
ただしコートの前を閉めると膝が布地を蹴ってしまって歩きづらいので、長時間の歩行では前を開けておく。
ナヒーダは先日に買ったパーカーを、短めのスカートと組み合わせて着用した。
荷物は俺がまとめて持っているが、彼女も小さめのバッグを背負い、水筒や携帯食などを運ぶ。
また、こういった特別な日にはサイドテールにするのが流儀であるようだ。
歩き始めてしばらくするとクレーが飽きたらしく、ナヒーダが先頭へ連れていかれた。
結局は子供組であるナヒーダとクレーの後ろを、保護者組である俺とアルベドが歩く形で落ち着く。
「なあ、あれって体力持つのか?」
「うーん、クレーは持久力があるけれども、きっと昼前までには疲れ果ててしまうんじゃないかな」
「アルベドお兄ちゃん、黒いお兄ちゃん、はやくー!」
少し遠くから俺たちを呼ぶ声がする。
大きく手を挙げて振るクレーと、それに合わせて胸の前で小さく手を振るナヒーダが、俺たちを待っていた。
クレーはナヒーダと似た長い耳を持っているが、性格ゆえか、ナヒーダよりも上向きに耳を伸ばしている。
太陽のように騒がしいクレーと、月のように御淑やかなナヒーダの対比は見ていて面白い。
「つーかーれーたー! アルベドおにいちゃん、肩車して!」
「……わたくしも!」
アルベドの予想通りしばらくしてクレーは体力が尽きた。
しかしそれを聞いたナヒーダまで肩車をせがみだす。
要求に答えるために、俺とアルベドは道端にしゃがみ込んだ。
俺の首にナヒーダがしっかりと跨ったのを確認し、左右に揺れる足首を掴んで支えながら立ち上がる。
立ち上がる時の揺れに対し、彼女は反射的に太ももで首を挟んで耐えようとしたために、首元を左右から柔らかいものが襲った。
肩車というものは重心の高さゆえに想像以上に不安定で、僅かに歩くだけでも彼女が前後左右に大きく傾いてしまう。
そのため彼女は頭にしがみつこうとしたが、頭部は位置が低くて掴みづらく、結局は両ももで首に巻きついてバランスを取ることを選んだ。
どうやら思ったよりも恥ずかしかったらしく、肩の上でモジモジと何度も腰を動かし、時折ピクリと、豊満な太ももに力を込める。
その度に、今日の彼女が履く裾長なドロワーズは首筋をくすぐる。
アルベドはクレーを担いだまま、体幹がぶれることなく歩いていく。
彼は線の細いように見えて身体能力が俺の比ではない。
「黒いお兄ちゃん、おそーい」
俺はややふらつきながらも、一歩一歩しっかりと踏み出して彼らを追った。
肩車を続けるアルベドの横を、俺と、肩から降りたナヒーダが歩く。
赤い小悪魔は、俺とアルベドを馬に見立ててレースをさせたりし、またアルベドは遊びに関しては案外ノリが良いのもあり、あっという間に俺の体力が尽きた。
「アルベドお兄ちゃん、クレーお腹すいたー」
「ここら辺でお昼にしようか。きみたちもいいかい?」
俺たちもそれを了承し、手頃な場所で足を止めて食事の準備をする。
「甘くておいしー!」
「ふふっ。あまり急いで喉に詰まらせないようにね」
クレーたちが、ナヒーダ手作りのナツメヤシキャンディを齧っている。
ナツメヤシの実、いわゆるデーツ、はドライ状態であればモンドでも手に入る。
そのため事あるごとに彼女はこれを自作していた。
ゴマダレやバターを加えてローズウォーターで香りづけしたこれは、デーツの栄養価の高さもあり、携帯食としての適性が高い。
とはいえ甘い食事は少し辛いので、俺は水筒からアイスコーヒーをカップへ注ぐ。これは出発前に淹れて丸ごと冷やしておいたものだ。
「わたくしにもちょうだい」
「ほい」
彼女の差し出した、お揃いの木製カップへ注いで渡す。
「なんだか遠足みたいだね」
「実際、食事はほぼ買い食いに近い予定だから荷物も軽いし、遠足みたいなものだろ」
満足そうにキャンディを齧るアルベドに、そう言葉を返した。
今日は酔漢峡に入って少し進んだ場所で野宿することになった。
近くの屋台で夕食を買い、人目を避けるため岩陰へと道を外れて野営の準備をする。
基本的に、旅人というものはあまり夜道を歩かない。
異物を踏んで足を挫いたり、足を踏み外して転落したりする可能性があるし、明るいうちでなければ安全な寝床が選べないからだ。
崩れかけの崖や倒木の近くなどを寝床にしてしまえば命の危険があり、周囲が暗いと案外そういった危険に気づけなかったりする。
そのために日暮れよりずっと前には野宿地を定めて脚を休めるものであり、副次的にそれなりの自由時間を持つことができる。
「トランプでもしようか」
夜明けとともに出発するとは言え、眠るまではまだ時間がある。
「あそぶの!? クレー、あそぶの大好き!」
クレーにも理解できるような簡単なルールでカード遊びをして過ごした。
軽く遊んだ後は、シャツや下着を着替え、ついでに濡れタオルで体を拭う。
荷物が限られているために、特に重量のかさむアウターやボトムスなど、一部の衣服には替えが無い。
なのでそれらを極力汚さないようにするには、身体の清潔性はとても重要だ。
「ねえ、わたくしの体を拭いてちょうだい」
「……アルベドたちも居るんだけど」
少し離れているが、小声で会話しなければ内容が伝わる程度には近い距離に彼らは居る。
「背中だけでもお願い」
衣服を脱いで、抱えたシャツで胸元を隠しながら、小さな背中を曝け出す。
かと思えば、彼女はこちらへと体を向けた。
そのまま膝の上に乗り、抱きつくように腕の中へ入ってくる。
「背中を拭くんじゃなかったのか?」
「寒いのだもの。このまま拭いて」
溜息を一つ吐き、寒くないように抱き寄せた。
そのまま彼女の肩越しに背中を見渡して、濡れタオルで拭っていく。
軽く開いた両手ほどしかない肩幅は、腕の中にすっぽりと収まるので、清掃に支障は出なかった。
「次はあなたの番よ?」
体を拭き終えて寝間着のシャツを着た彼女が寄ってくる。
拒否したところで彼女がごねるのが見えているので、さっさと上裸になる。
「ナヒーダ? きみの体格じゃ、正面から拭くのは無理じゃないか?」
「いいの! お腹を冷やして風邪をひいては困るでしょう?」
膝の上に乗ったまま、全身で抱き着くようにして必死に背中へ手を伸ばす。
シャツ一枚越しに胸元同士が触れ合い、彼女のわずかばかりの柔らかさを伝えた。
寝る前の語り聞かせには、クレーとアルベドも参加した。
俺の語る物語に興味があるらしい。
「むかしむかしあるところに、浦島太郎という漁師がいました……」
柔らかく微笑むナヒーダ、意外と大人しく聞き入っているクレー、一番真面目に聞いているアルベド。
スマホ端末を頼りに、分かりやすく噛み砕きながら話を読み聞かせる。
「……お爺さんになってしまっていたのです。お終い」
「これはきみの世界の童話なのかい?」
「ああ。確か500年以上前に作られた話だったかな。本来は助けた亀と結婚するらしいよ」
「結婚! クレーも結婚したい!」
爆弾娘に変なところで点火した。
まあ被害を受けるのはアルベドだろう。
「ナヒーダお姉ちゃん、クレーと結婚しよ?」
「ええと……」
ナヒーダが助けて欲しそうにこちらへ目配せをする。
下手なことを言えばクレーはそれを吹聴して回りそうなので、無難な言葉を選んで声を掛けた。
「クレー、あまりナヒーダを困らせないでやってくれ」
「お姉ちゃん、クレー迷惑だった?」
「いいえ、でもわたくしには心に決めた人がいるの」
「えー! それって誰なの!?」
「ふふっ、誰かしらね?」
目線を向けたりはされなかったが、何となく無言の圧を感じる。
眠る準備をしていると、クレーが『ナヒーダお姉ちゃんと寝たい』と言って、俺たちの間に割り込んできた。
ナヒーダは『ここはわたくし専用なの』とあしらう。
「やあだ! やあだ! クレーと一緒に寝るの!」
しかし、うるさくクレーが騒ぐので、折衷案として川の字で寝ることとなった。
俺、ナヒーダ、クレー、アルベド。四人での横並びだ。
クレーは疲れたのか早々に寝息を立て始めたらしく、"くかーくかー"と可愛らしくも荒々しいイビキが聞こえる。
手はつないでいるものの、ナヒーダの体温をあまり感じずに寝るというのは久々だ。
更には、こうして四人で並んで眠るというのが不思議で仕方ない。
ふと、自分を見下ろしているかのような、妙な感覚に頭が囚われた。
自分の状況を冷静に眺めてしまい、『テイワットという世界にたった一人で放り出された』という事実が重くのしかかる。
走り出したいような寂しさ、今すぐに帰り道を探したい焦燥感が、じりじりと身を焦がす。
助けを求めるように彼女の顔を眺めるが、彼女もまた疲れたのか、小さく口元を開いて心地よさそうに眠っている。
睡眠中もこちらの能力を制御し続けているらしいので、この手を離せば気が付くのだろうが、情けなくて流石にそこまではできない。
熱でうなされているような苦しみに耐えながら、どうにか一人、眠りにつく。
賑やかな声が聞こえる。
「黒いおにいちゃん、まだ寝てる!」
「どうやら疲れていたみたいね」
「あっ、そうだ! 新しい目覚ましを開発したんだった!」
「っ! クレー、待ってちょうだ……」
耳鳴りが響くほどの炸裂音、それに伴う吐き気。
一度はふらふらと起き上がるが、しかし両肘と頭を地に付けるように、俺はうつ伏せで崩れ落ちた。
クレーを説教してから酔漢峡を発ち、アカツキワイナリーを越えると、落ち着いた雰囲気の大きな湖畔へと出る。
湖畔沿いに進めば二つの崖が張り出した石門へと続く道となっていて、また水面越しに遠くを見れば、ドラゴンスパインがちょうど見通せる。
思い返せばずっとモンドに引きこもっていたので、ここへ来るのはスメールからモンドを目指したあの時以来だ。
赤い小悪魔はここでもやらかした。
どうやら彼女はこの辺の監視が緩いことを知っていたらしい。
水中爆発によって巻き上げられた水飛沫は、一時的な降雨となってサアサアと降り注ぐ。
俺はドン引きし、アルベドは額に手をやる。
クレーは耳を上向きにして誇らしげな笑みを浮かべていた。
「お昼ごはんはお魚にしよ!」
「クレー、お昼はお弁当を買っただろう?」
「わっ、そうだった! どうしよう……」
酔漢峡で昼飯と保存食を購入しているので、既に食料は十分ある。
仕方がないのでお昼は魚にして、弁当は氷元素で冷やし夜へ回した。