アカツキワイナリーと石門の中間地点で一泊することとなった。
盗賊の被害が多い地点らしいので、ナヒーダを抱きしめながら、木にもたれるようにして就寝の準備をする。
彼女を抱きしめていると心が落ち着く。
そのおかげか昨夜の苦しみはただの夢だったかのように、すんなりと眠りに落ちることができた。
この、目鼻立ちの整ったぷにぷにの丸顔は、今の俺の拠り所だ。
翌日、ナヒーダもろとも爆破されるようなこともなく、無事に目が覚める。
「おはよう、ナヒーダ」
目を覚ました彼女は、半分寝ぼけながらも唇を突き出した。
どうやらアルベドたちが居て触れ合う時間が取れないために、人恋しいのかもしれない。
とりあえず、唇を避けて頬に軽くキスをする。
彼女はこちらの頬に返答してから、それだけでは物足りなかったらしく、そのまま犬猫のように顔を擦り付けてくる。
甘えてくる彼女の後頭部を撫でれば、細く柔らかい癖毛が指を包む。
「あー! ナヒーダお姉ちゃんだけズルい!」
不運にも、騒々しい輩に見つかってしまった。
「クレーも! クレーも!」
「クレー、これはわたくしだけの権利なの」
「えー!」
「どうしたんだい?」
「ほらクレー、アルベドに撫でてもらえ」
ちょうどアルベドが寄ってきたので、彼女たちに横やりを入れて彼に矛先を向けさせた。
赤い爆弾はアルベドの腹に飛びついて、グリグリと額を押し付ける。
彼はすこし困った顔をしつつも、手慣れた様子でその頭を撫でた。
昨日の惨事を通して、クレーについて多少は理解ができてきた。
彼女の長い耳が真横を向いている時は機嫌がよく、斜め下を向いている時は悩んでいるかリラックスしている。
そして、その耳が斜め上を向いている時は、機嫌が良すぎるのですぐに逃げ出すべきだ、と。
これがナヒーダであれば、耳は常にやや斜め下を維持していて、たまに上がり下がりすることはあれど、上向きになった場面は見たことがない。
耳を支える筋肉量の違いによるものなのだろうか。
いや、耳を介した感情表現をすることに慣れているかどうかかもしれない。
「黒いお兄ちゃんはふくすうの元素をつかえるから、とくべつな爆弾をつくれるよ! たとえばね……」
ピコピコと横向きに耳が揺れる。
赤い小悪魔は、具体例と妙な擬音を交えながら、元素を利用した爆弾について説明してくれた。
「……つまり爆轟による衝撃波を利用した元素反応の過剰促進というわけか。障害物の破砕などに利用できるかもしれないな」
彼女の講釈は想像に反して理知的であり、爆破という一点においては非常に参考となる。
「……ねえ、あなたたちの会話を聞いていると、わたくしはとても不安になるのだけれど」
服の裾を引かれて振り返れば、呆れを含んだ形容しがたい表情のナヒーダがそこに居た。
でもナヒーダもどちらかといえば、必要なら破壊行為を行う側だと思う。
「ナヒーダお姉ちゃんもドカーンしたい?」
「ごめんなさい、クレー。わたくしは遠慮しておくわね」
「えー! じゃあいいもん、黒いお兄ちゃん、ドカーンしに行こ!」
クレーが手を握ってくる。
さらにそれを見たナヒーダが反対の手を握った為に、左右に腕を伸ばすような綱引き状態のまま走らされた。
そして石門の露店街に到着し、皆で少し早めの夕食を取る。
酔漢峡ほどではないものの、交易の通過地点なので、それなりにお店が出ている。
「クレー、これとこれが食べたい!」
「そんなに食べきれないだろう? 一つにしておこうよ」
「なら、選ばなかった方はわたくしが頼むわ」
「残りそうだし、俺は軽めでいいや」
赤い小悪魔を中心に、残り三人が味見をしたり消費を手伝ったり、わいわいしながら食事を取る。
クレーは限界まで大きく口を開くような笑い方をするのに、不思議とそれが下品ではなかった。
釣られて笑うナヒーダは、クツクツと、喉からの動きで頭を小刻みに揺らす。
食後は以前と同じように、ウッドデッキの行き止まりに陣取って寝泊りの準備をする。
ここは床が木であるので底冷えがあまりせず、背中に刺さるような小石も埋まっていないので快適に過ごせる。
海灯祭に合わせてモンドから旅をする人達はそれなりに多いようで、あちらこちらに俺たちと同じようなグループが座り込んでいた。
日課のお祈りを見届けてから、俺は今夜の物語を語り始める。
「注文の多い料理店というものがあるらしい……」
石門のすぐ上には幽霊の出るとされる丘がある。
以前にここへ来たときも怪談話をしたのだし、今夜の話は歩いている途中で既に決めていた。
「……怖くなって彼らは扉をよく眺めました。そしたら、大きな二つの鍵穴からは、二つの青い目玉が覗いていて……」
『うわぁ!』『いやぁ!』
クレーとナヒーダが合いの手を入れた。
「いらっしゃい。いらっしゃい。我々はもう、ナイフを持ち舌なめずりをして待っているのです……」
俺は続きを語る。
「……犬に追われて化け物が逃げた後には、もうレストランの姿などどこにもありませんでした、と。以上だ」
「お話の選択に悪意を感じるのだけれど」
ナヒーダはクレーと抱き合って、口元をへの字に曲げながら不満を漏らした。
「これはきみの好きな"銀河鉄道の夜"と同じ作者だぞ?」
「え? まさか、そんな……」
「というわけで、今日の語り聞かせはこれでお終い」
眠るにはまだ早いが、睡眠の準備を終えて毛布を纏い横になる。
しばらくすると小さな身体が潜り込んできた。……ふたつも。
「クレー、きみはアルベドのとこに潜り込んでこい」
「いや! ナヒーダお姉ちゃんと寝るの!」
「わたくしもクレーが居てくれたほうがいいわ。今日のあなたは少し信用ならないもの」
結果として、クレーと抱き合うナヒーダを、俺がその更に背後から抱きしめる形で眠ることとなった。
女子二人は毛布の中でずっと喋り続け、アルベドは我関せずといった風に一人で本を読んでいる。
彼が本を閉じる頃には、二人分の寝息が腕の中から響いていた。
なお、クレーは寝返りを打つ際に毛布を引っ張るので、反対側の俺は何度も寒さに起こされた。
翌日、石門の出店で朝食を取って出発し、望舒旅館への道を歩く。
「ここら辺で洗濯をしようか」
「じゃあ、クレーの出番だね!」
湖畔で衣服を洗い、その後には火元素を利用して乾かす。
本来ならロープを張って乾くまで待つ必要があるが、ここでは元素反応を利用できるので手早く済む。
とはいえ日干しにも消毒消臭などの利点があって、完全に置き換えられるものでもないが。
「これもお願いね」
渡された下着を、革製の折り畳みバケツへ入れまとめて洗濯する。
彼女は裾の長いドロワーズと普通のショーツを使っていて、そのどちらもレースに彩られたものばかりだ。
少し婆臭いところが彼女らしいとも言えた。
「あー、ずるしてる! クレーのも一緒に洗って!」
「えぇ……」
バケツにクレーの下着が放り込まれた。
アルベドたちはバケツなどを持たずに一枚づつ手洗いしていたが、効率的にまとめ洗いするこちらに気づいたらしい。
旅に持っていく荷物というものは人それぞれの個性が出る。
最小限の荷物でやり繰りする人も居れば、俺のように重量を増やしてでも利便性を取る人も居る。
ちなみにアルベドは最小限の荷物と大きな画材を持ち運び、休憩しながら絵を描いていた。
クレーは自分の分の毛布すら持って来ていない。
「ねえ、いいでしょ?」
「おまえ、一応女子だよな。恥じらいとかないのか? ないだろうな」
恥じらい以前に、街中で爆弾を使うような輩だし。
「ナヒーダお姉ちゃんよりはあるもん!」
クレーの言葉を聞いてナヒーダへ目線を向けると、彼女は顔を逸らした。
いったい何をやらかした?
「なんでナヒーダお姉ちゃんのパンツはいいの?」
「いやそれは……」
気付いてしまった。言い訳のしようがないということに。
困り果ててナヒーダに目をやると、彼女は人差し指を口元に当てて考え込む。
「……わたくしが洗いましょうか?」
「ああ、頼んだ」
ナヒーダの申し出に乗り洗濯を代わって貰った。
俺はアルベドの元へと逃げ去る。
「きみたちは本当に仲が良いよね」
「一年ほどとは言え、四六時中を一緒に暮らしているからな」
「……異世界人であるきみと一緒に暮らすほどの仲になった。その点で、彼女の出自にも興味があるんだけど」
「俺から明かすようなことではないから、それはナヒーダに聞いてくれ」
手早く洗い終えたらしいアルベドと、軽く雑談をする。
「火元素が必要なら、俺が出そうか?」
クレーたちはバケツの周りでわいわい騒いでいて、しばらくは声を掛けてもダメだろう。
普段は俺が洗濯後の乾燥を担っているので加減は分かるし、こちらはこちらで終わらせてしまうことにした。
「じゃあお願いするよ」
俺たちは望舒旅館へたどり着き、部屋を取った。
四人部屋だが、内部が二人部屋二つに分かれている間取りだ。
荷物を置いてから男女に分かれてさっそく風呂へ向かう。
アルベドは無駄に喋るタイプでもないので、互いに無言で思い思いにくつろぐ。
そして風呂から上がって部屋に戻ると、しばらくしてナヒーダたちも帰ってくる。
クレーの髪を梳かすアルベドの横で、俺もナヒーダの髪を梳かして整えた。
二部屋の内の片方は、両部屋が集まって食事を取るために大きな間取りとなっていた。
運ばれてきた食事を堪能し、食後はそのままそこで物語を語り聞かせる。
だが語り終えて就寝の時間を迎えたところ、一つの問題が発生した。
「やだ! お姉ちゃんとクレーで寝るの! お兄ちゃんたちは向こうの部屋!」
結局、ぐずるクレーに耐えかねて、ナヒーダが折れた。
大きな部屋でナヒーダとクレー、もう一つの部屋で俺とアルベドがそれぞれ眠りにつく。