草神と行くテイワット   作:ぶれーくだうん

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7. 海灯祭

「ナヒーダお姉ちゃん、黒いお兄ちゃん、おきて! クレーとお祭り行こう!」

 声が聞こえ、身体が揺さぶられる。

「……わかった、わかったから支度して待っててくれ」

 

「おきた! じゃあ待ってるね!」

 赤い太陽がベッド脇から去っていく。

 ベッドが四つ備え付けてある大きな四人部屋だが、ナヒーダは俺の、クレーはアルベドのベッドに潜り込むので二つしか使わなかった。

 俺は一度毛布を頭まで被り、腕の中の頬に挨拶をしてから布団を出る。

 

 

 宿を出ると、まず先に往生堂へ寄らせて貰い、鍾離さんへ贈り物を届ける。

 昨日はすぐに出会えるとは思わず荷を持ち歩かなかったし、そもそも届けられるような雰囲気ではなかったからだ。

 鳥を散歩させてるとのことで本人には会えなかったが、堂主である胡桃さんが代わりに受け取ってくれた。

 

 荷を届け終えれば、そのまま出店を散策しつつの食べ歩きへ向かった。

 ナヒーダは俺にべったりではなく、クレーと一緒に先を歩いている。

 恐らく鍾離さんに注意されたことを守っているのだろう。

 

 ただ例えば気になる出店を覗くなど、俺が少しでも変な動きをすると、彼女は即座に振り返ってこちらの状態を確認する。

 どうやらチョーカーの位置情報を常に監視しているらしい。

 

 

 

 海灯祭は交易の要衝ゆえにモンドの祭りよりもずっと人出が多く、主要路を歩くだけでも苦労する。

 四人まとまって動くことはできず、人混みに揉まれるうちに自然と、男女でそれぞれ分断された。

 

「そういえば買い出しって何を買ったんだ?」

「おや、気になるのかい?」

「ああ。こっちの世界にも錬金術はあったから」

 

「ボクもきみの世界の錬金術については興味がある。あとで詳しく教えてくれないかな」

「まあ簡単にであれば」

 アルベドは購入した品について説明してくれた。

 璃月には様々な物品が集まるために、主に璃月以外の品を仕入れたらしい。

 そして彼の説明が終わると、次はこちらの話をする。

 

 

「俺の世界の錬金術は、自然世界に対する定性的研究だな。卑金属を貴金属へ変換することや永遠の命を目的に、例えば火-風-地-水の四元素や、硫黄-水銀-塩の三元素に基づいて物事を研究したんだ」

 特に四元素説は、アリストテレスの唱えた熱-冷・乾-湿と共に有名だろう。

「へぇ、こちらの世界と似通った部分もあるけど、基礎的な部分での大きな違いがみられるんだね」

 

「結局は定量的研究、つまりは数学的な自然科学に取って代わられて廃れていく訳だが、あらゆる物事を一定の理論的基礎に基づいて研究するという点では画期的だったらしい」

 ボイルやニュートンなど、科学に名を遺した錬金術士も数多い。

 ある意味では廃れたというよりも、変質しただけだと言うこともできる。

 

「うーん。きみの話を聞く限りだと、テイワットの錬金術はその中間に位置すると言えそうかな。ボクたちは計測された数値に意味を見出し、概念を精錬して価値を生み出すんだ」

「こっちの自然科学も似たようなものではある。しかし定量性すなわち数学的証明が絶対だから、その"中間的だ"という解釈も間違いではないだろうな」

 

 科学が厳密な数学的証明を求めるのに対し、ナヒーダから概要を習った限り、テイワットの錬金術は数学をあくまで探求のための補助として使う。

 元素反応という、まだ単純な数学では測り切ることの難しい法則が世界を支配している点が大きいのかもしれない。

 いやむしろ、神や仙人など、元素反応以外にも不可解なシステムが存在するからだろうか。

 

 

 

「あー、居たー! だめだよ迷子になっちゃ!」

 クレーが俺たちを探しに来た。

 立ち止まってアルベドと話し込んでいる間に、離れ離れとなっていたようだ。

 ナヒーダが先導していた様子なので、この人混みで合流できたのはチョーカーを目印にしたからだろう。

 

 今度はアルベドがクレーに連れていかれ、あっという間に雑踏に紛れて消えた。

 なのでナヒーダと二人っきりだ。

 すぐさま繋がれた手は、不安を表すかのように、しっかりと指が絡められる。

 

「クレーと居ても楽しくなかった?」

「そんなことはないわ。とても楽しいもの」

「でも俺には、いつもほど笑ってないように見えたけれど」

 微笑んではいるが、どこか物憂げに影が差している。

 口元の表情筋が硬直した、硬い愛想笑いであり、表情変化に乏しい張り付けた笑みだった。

 

「俺はきみの、楽しそうにしているところが好きだよ」

 人との関わり合い一つ一つを大事に、一喜一憂している姿こそが彼女らしいと思う。

 神さまとは思えないほど人間染みていて、でも同時にそれは、神さまだからこそ向き合い続けられるものなのだろう。

 普通の人間であれば年を重ねるにつれ、人に向き合うような気力を失っていくものであるし。

 

 

「……わたくしは、笑い方を忘れてしまったみたい。どうやって笑っていたかを思い出せないの」

 彼女は愛想笑いをやめて、憂いに染めた表情をした。

 

 口元は無表情に引き締められ、目元は細く遠くを見る。

「まるで、飛べない小鳥になってしまったかのようね」

 片手を宙へ伸ばし、手のひらに緑光で鳥籠を作り出す。

 

「昨日の夜にはきみは笑えてたと思ったけどな」

 ここ数日はずっと不安気で憮然とした表情だったが、昨夜に夕食を食べ歩いてからは、柔らかい笑みが戻っていた。

 ……やはりきちんと問題と向き合わなくては、誤魔化すことはできても根本的には改善しないということだろう。

 

 そもそも俺たちの関係には歪な部分も多い。

 これは人と神の差に起因するものだけではなく、むしろ社会人格、言わば同じ"人同士"としての部分に起因するものの方が顕著だ。

 今回の旅行だけで解決するとは思えないが、今後も彼女と共に居るならば、その部分とも向かい合う必要がある。

 

 

「ええ、そうね。きっとこれは一時的なものよ。……でも、池に落ちた野兎が濡れた壁面を登れないように、他者の助けなしでは抜け出せないの」

 彼女は俺を見た。

「だから、頭を撫でてちょうだい。前にあなたはそうやって励ましてくれたわ」

 微笑んだ口元と、悲しげな目元。

 先ほどの笑顔に似ているが、それよりも弱さを表に出した表情だった。

 

 ぐしゃぐしゃと、だがあの時よりも優しくゆったりと、彼女の頭を捏ねまわす。

「層岩巨淵を訪れた時のことは覚えているかしら。あのときも、あなたは元気づけるように頭を撫でてくれたわね」

「ああ、覚えてる」

 巨淵の風に、白い髪を揺られながら物憂げに笑う彼女の姿は、人ならざるモノが人のように思い悩む、不思議で幻想的なものだった。

 初めて見惚れてしまったのもあの光景だったかもしれない。

 

 

「きみは随分と変わったな」

「そうかしら? 具体的にはどのように?」

 

「目元が優しく、相手に応じた柔らかいものになった。最初のきみは物腰が丁重なだけで、相手を無視した一方的な態度だったから」

 出会った頃の彼女は、神さまらしく超然とした、ある意味でロボット染みたような部分があったと思う。

 恐らくそれは、ずっと囚われていて、相手から認識されるということが無かった故のものだろう。

 

「だが、重要な物事ほど、黙って自分一人で抱え込むところは変わってないな」

 必要な情報は話してくれるが、基本的には秘密主義者なところがある。

 問題が生じると、まるで鳥籠の中の鳥のように、他者には話さずに抱え込んでしまう。

 

「……そうよね。もうひとりではないのだから、相談しなくては駄目よね」

「別に話したくないことは話さなくていいよ。俺だって一々話す性格ではないし」

「いいえ、話さなくてはならないと、わたくし自身が思っているの。……ただごめんなさい、すぐには言葉がまとまらなくて」

 

「無理に今すぐ語る必要はない。今回が済めば終わりというものではないから、きみが自分のペースで話すようにしてくれればいい」

 これはむしろ、俺自身のための言葉だ。

「それに、俺も帰還未遂を起こしたことについては、まだ個人的な整理がついてない」

 置き去りに対するトラウマを抱えた原因は俺であるし、トラウマを刺激したのも俺であるのに、未だ謝りすらできずにいたから。

 

 

 言葉が途切れ、無言のままに街を歩く。

 しばらくすると、ドーンと、大きな炸裂音がした。

 思わず頭を抱えたくなるが、まずは現場へ向かうべきだろう。

 

 

 

 現場へ着くと、アルベドが必死に謝っていた。

 やはり想像通りの悲劇が起きていたらしい。

 

「あっ、ナヒーダお姉ちゃんたちだ!」

 アルベドに無理やり頭を下げさせられていた赤い爆弾魔が、あまり反省を伺わせない笑顔を見せる。

 その目の前では紫髪を猫耳状に巻いた女性が、子供に対応するような微笑みを浮かべながら、目元をピクピクとさせていた。

 

「荷物を確認させてもらってもいいかしら?」

 紫髪の女性は、俺とナヒーダをクレーの一味と判断し、そう声を掛けてくる。

 特に変なものは持っていなかったが、野放しとはいかずクレーと一緒にしばらく時間を拘束された。

 

 

 ようやく解放されたときには日が暮れていて、怒られて少しいじけたクレーを連れて夕食へと向かう。

 入ったのは街の中央の大通りに面する食事処で、高層のテラス席から通りを見下ろせるようになっていた。

 クレーは手摺にしがみつくようにして、祭りに彩られた街明りを眺めている。

 

 それを見ながら、アルベドが真面目な口調で口火を切った。

「楽しい祭りに水を差すようだけど、できればもうそろそろ、きみたちの本当の関係について教えてほしい」

「俺からは言えないな。ナヒーダに聞いてくれ」

 これは以前の会話の焼き増しだ。

 

「わたくしはスメールの神よ」

 ナヒーダはあっけなく身分を明かした。

 彼は比較的信頼できる人柄ではあるので、問題ないと判断したのだろう。

「神……。だからか」

 アルベドは何やら納得する節があったらしい。

 

 そして次は俺へと目を向けた。

「それで、きみについても聞いていいかい?」

「俺は鳥籠に囚われていた彼女を偶然助け出しただけだ。世界を渡る能力があるらしいが、他は何もないよ」

「……きみは世界を行き来できるのかな?」

 彼は真面目な表情と少し楽し気な声色で、研究対象を前にしたかのように質問をしてくる。

 

「可能ではあるが、制御できるわけじゃない。だから普段は彼女に能力を抑えて貰ってる」

「実際に試してもらっても?」

 

 

「ダメよ」

 控えていたナヒーダが、即座に口を挟んだ。

 

「別にいきなり人体実験をする訳ではない。まずは物体を送ったり、取り寄せたりできないかを探るだけだ」

「嫌」

「ナヒーダさんが決めることではないだろう? ボクは彼に協力を求めているんだけど」

「ダメ! 彼はわたくしのものなの!」

 彼女は敵を見るように目元を険しくして、声を荒げた。

 

「ナヒーダ」

 俺は彼女らの口論に言葉を挟む。

 所有物化は許さないというスタンスを示すためだ。

「……ごめんなさい」

「はぁ…。おいで」

 両手を開いて彼女へ向ければ、彼女は腕に入ってくる。

 

「それで、どうかな? 十分な報酬は出すつもりだよ」

 腕の中のナヒーダがその言葉に反論を挟もうと身を捩るので、余計な事を言わせないために後頭部を掴んで抱き寄せる。

「すまないが、彼女が嫌がっているから無理だな」

 俺の返答を聞いて一先ずは落ち着いたらしく、抵抗を止めて大人しく抱かれた。

 

 

「まあ、仕方ないね」

 アルベドもその返答は予測していたようで、すんなりと引き下がった。

 それと入れ替わるように、口論に気づいてこちらを見守っていたクレーが、心配そうに近づいてくる。

 

「ナヒーダお姉ちゃん、大丈夫?」

「ええ、大丈夫よ。ありがとう、クレー」

 腕に抱かれたままではあるが、彼女はしっかり優しい声と笑顔で接する。

 先ほど声を荒げていたとは思えない変わり様だった。

 

 

 その後、宿へ戻ると鍾離さんから手紙が届いていた。

 どうやら茶会の礼として、わりと高級な食事処の予約を取ってくれたらしい。

 

 

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