草神と行くテイワット   作:ぶれーくだうん

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9. 帰り道

 祭りも終わり、モンドへの帰路に着いた。

 アルベドは購入した荷物を宅配で送り、クレーは抱えきれないほどのお菓子を持って璃月港を出発した。

 当然ながら、両手いっぱいのお菓子を持ったまま旅をするなど無謀なので、今は皆のバッグへ分配して収納している。

 だが小休止の度にクレーとナヒーダがお菓子パーティーを開いていて、モンドに到着する頃には食べつくしていそうだ。

 

 

 目が覚めると、腕の中に白くふわふわとした頭がある。

 互いに横向きで向かい合い、彼女は俺の腕を枕にしつつ胸元にしがみ付いて眠っていた。

 空はまだ暗いものの、ひっきりなしに響く鳥の鳴き声からしてもうすぐ夜が明ける。

 

 アルベドはもう起きているようなので俺たちも起きることにした。

「……おはようのキスをしてちょうだい」

 一度毛布を頭まで被り、唇同士を触れ合わせてから、唇でハグをするように何度か軽く食み合う。

 くぐもった鼻声が、彼女の喉から漏れ出した。

 

 

 帰離原を出発して、夕刻頃には望舒旅館へ到着し、降魔大聖に詫びの品を渡しに行く。

 これは鍾離さんに相談して決めた、それなりに日持ちする贈答用の杏仁豆腐だ。

 大聖は品を受け取ると、小さく礼を言って去っていった。

 

「この旅館には貸し切り風呂があるのよ。だからその予約をしたの」

 ナヒーダの要望で、今回は二人部屋を二つ取った。

 以前のような二部屋の繋がったタイプではなく、アルベドたちとは完全に別室である。

 

「……俺は一緒には入らないからな?」

「ふーん。わたくしを置いていこうとしたのは誰だったかしら。このまま何の補填もなくては、わたくしは心的外傷により、この旅館に泊まれなくなってしまうわ」

 彼女は一度そっぽを向いてから、こちらへ向き直り、真っ直ぐに問うような目線で見つめてくる。

 

「はぁ……」

 いつも以上に強情なのは、関係を一歩進めようという打算と、その奥に隠された本心によるものだろう。

 よく観察すると、彼女の瞳は小さく揺れていて、精神的な不安が見て取れる。

 心的なトラウマを抱えているというのも嘘ではないらしい。

 

「ナヒーダ、手を出して」

 指を軽く開いて手を差し出すと、彼女は意図を理解したようで、指を絡めて握り返してくる。

「きみがこの旅館に対して心に傷を抱えているというのは本当だな?」

 彼女は問いかけに肩を震わせ、こくりと頷く。

 その震えはしっかりと手を介して伝わってきた。

 

「……俺がきみの願い事を聞き入れるのは、きみが大切だからだ。俺はきみを置いていこうとは思っていない。そのことを覚えておいてくれ」

 返事のないその白い頭を、ゆっくりと撫でる。

 

 

 

 普段から一緒の部屋で着替えているので、服を脱ぐこと自体に躊躇いは無い。

 躊躇いは無いが……。

「そんなに見られてると服を脱げないんだけど」

 彼女は衣服を脱ごうとする自らの手を止め、こちらをガン見していた。

 

「……わたくし、まだあなたの裸を見たことがないの」

「以前に寝ている俺の服を剥いだじゃねえか。能力を使ってまで強行しやがったの覚えてるからな?」

 千夜一夜の真似事をしたあの日の驚きはまだ忘れていない。

 あれほど頭の混乱する事態は、今後の人生で体験することはないだろう。

 

「でも、それは上半身だけでしょう?」

 彼女は特に悪びれるでもなく平然と言った。

 俺はもう、掛ける言葉が思いつかない。

 

 ナヒーダは服を脱ぐ際にも一つ一つの動作が丁重であり、着替えが遅い。

 何時もならば多少手伝ったりもするが、今日は無視してさっさと先に行く。

 

 

 浴室で身体を洗っていると、彼女がやってくる。

 クレーに教えられたのか、小タオルを体の前に垂らして最低限は隠していた。

 

 ぽっこりとまでではないが、腹の筋肉が弱く内臓の位置が下がっていて、腰の前傾も加わり前へと出たお腹。

 しかし尻が大きく太腿も太いため、お腹の張り出しがあまり目立たずに調和している。

 小柄で左右幅が狭いが前後に肉厚で、くびれが薄いわりに、意外にムチムチとした体つきだ。

 

 彼女は洗い場の椅子に座り、何かを考えこむように静止した。

「……ねぇ」

「なんだ?」

 特に理由がないが、理由がないからこそ嫌な予感がした。

 こういった場合、彼女はなにか突拍子のないことを始める。

 

「洗って貰えないかしら?」

「えぇ……」

「これもわたくしを置いていこうとした罰よ」

 

 先ほど願いを聞き入れるという趣旨で発言した手前、それは断り難いものだった。

 仕方なく背後へ回り、太く安定感のある尻から行儀よく伸びる、不安になるほど小さな背中を眺める。

 軽く開いた両手分ぐらいの肩幅しかないので、下手なことをすれば簡単に折れてしまいそうで怖い。

 

 背中を洗い終えて『あとは自分でやれ』と声を掛けると、それは妥協点として彼女に受け入れられた。

 先に浴槽に浸かり、そのふちにもたれ掛るように座る。

 

 

 

 しばらくして洗い終えた彼女もこちらへ向かってくる。

 だが彼女は、なぜか向かい合ったまま、膝の上へと乗ってきた。

 

 そして広く薄い胸が目前に差し出されると、彼女は俺の手を取ってそこへ押し当て、そのまま俯いて静止する。

「……早くして」

 硬直していると文句を言われたので、これはどうやら揉めということらしい。

 予想以上に、強引に関係を進める気だ。

 

 しかし、目ではハッキリと胸の膨らみが見えるものの、体の曲面との相乗作用によって、手で触ると膨らみが分からない。

 寄せ上げるように触れれば存在がわかるが、普通に揉む場合は胸板と区別が付かない。

 ……これは虚乳というものなのだろう。なんというか男の胸を揉む感覚に近い。

 

 ギュッと目を瞑り、息を震わせながら吐息を吐いて顔を紅潮させる彼女。

 やけに反応が良いことから、混浴に際して色々と想像と覚悟を重ねて来たのかもしれない。

 対して俺は、揉めば揉むほど落ち着いていく。

 指先へのフィードバックが足りていない。

 

 

「ナヒーダ」

 目を開けてこちらを見た顔の、小さな唇を奪う。

 視界の端では赤く染まった耳が揺れている。

 

 軽く口を開き、見つめ合ったまま唇を求めあう。

 はふはふと互いの唇を食むと、口の開け閉めがフイゴのごとく働き、自然と互いの吐息が口内を行き来した。

 相手の吐息がこちらの頬を軽く膨らませる感覚が、まるで口移しをしているかのようだった。

 

 彼女は目を潤めて、焦点の合わない様子で遠くを見ながら、口先の感覚に意識を集中している。

 力の抜けて自然に下がった瞼が、その丸く大きい蕩けた瞳に彩りを与える。

 

 反るようにして腰が逃げていくので、それをギュッと引き寄せる。

 逃げ場を失った彼女は、お腹とお腹を密着させながら、行き場なく腰をくねらせた。

 しばらくすると肌が触れ合う気持ちよさを理解したようで、抱き寄せずとも、押し付けるようにお腹を擦り付けてくる。

 ぷにぷにとした肉付きのよいお腹の柔らかさと、膝に乗る太ももの感触はほんとうに心地よい。

 

 

 しばらく唇を絡め合うと、彼女は口を離して下を向く。

「満足したか?」

「いいえ、その……続きをして?」

 彼女はお腹を押し付けて、熱い吐息を吐きながら言う。

 

「……ナヒーダ、俺は普段の触れあいで満足しているんだけど。きみは不満だった?」

 指の背で彼女の頬を撫でると、くすぐったいのか僅かに体を揺らす。

 だが真面目な表情を作って、彼女は淡々と理由を語り始めた。

 

「いいえ、わたくしも不満はないわ。でも今回の件で、あなたを繋ぎ止めるためには、肉体的繋がりも必要だと判断したの」

 やはりこれは彼女なりの"解決策"であったらしい。

「あと責任を取らせることの他に、あなたの心を癒すことも目的よ。帰りたいというあなたの気持ちは、わたくしの努力不足を意味するのだから」

 彼女と居ればそう感じないものの、わずかに離れるだけで故郷へ帰りたいと思ってしまったのは事実だった。

 ただ、ホームシックは心身共に充実していても発症してしまうものであるから、必ずしも努力不足は意味しない。

 

「肉体関係を持つのが嫌だというのなら、わたくしを不安にさせるようなことはしないでちょうだい」

「それに関しては悪かったよ」

 その点だけは反論できなかった。

 

 

 

 有無は言わせず、くるりと肩を回して背後を向かせ、後ろから抱くようにして二人で湯に浸かる。

 両膝の間に彼女のバスケットボールサイズの腰を落とせば、顔一つ分の座高の違いもあり非常に抱きやすい。

 

「……わたくしって魅力がないのかしら」

 恐らくあれは、何らかの物語を参考にした筋書だった。

 その筋書通りに行かなかったからか、彼女は不満げに言葉を漏らす。

 

「別に魅力がない訳ではないけどな。体つきで言えばリサさんには敵わないだろうけれど、抱き締めたいのはきみだけだし」

「そんなことを思っていたのね」

 藪蛇だったので、取り繕うために言葉を続ける。

「きみは何時だって可愛いから、いちいち興奮してたら身が持たない」

 

「本当に?」

 疑うように彼女は言った。

「本当、本当」

「…………」

 確認のために、彼女は上体を捻りながら指カメラを構えようとする。

 しかしその途中で停止し、しばらくしてポーズを取りやめた。

 俺は何も言わずにその頭を撫でる。

 

 

「……正直に言えば、もう少し成長したほうが好みではある。だけど俺が好きになったのは、きみだから」

 好みから外れているのに好み、という不思議な感覚だった。

 

「俺はもう、きみを好きになってしまった。替えが効かない、きみじゃないとダメなんだよ」

 気づいたら心の真ん中を占領されていたような、そんな感じだ。

 好きだから選んだのではなく、選んだから好きになった。

 掛け替えのない相棒に特別な感情を感じてしまうのは、ごく自然なことだと思う。

 

「わたくしがキノコンになったとしても?」

「それはそれで、愛嬌があって好きだな」

 実際に成れたりするのだろうか?

 

 

 

「ところで罰だ罰だと言っていたが、罰を受けるべきなのはきみだって同じだよな?」

「……ええ、そうね」

 話の流れから自分が罰せられると気づいたようで、彼女は肩を竦めて小さくする。

 だが腹部は無防備に曝け出されたままだった。

 湯の中で手を伸ばす。

 

「ふっ、くふっ、あはははは! やめてちょうだい!」

「異性の前で裸を晒しているんだから、このくらいの覚悟はあるだろ?」

「いいえ、こんな覚悟などっ、していないものっ。あっ、あははは!」

 

 指先でお腹をくすぐると、いつものすまし顔からかけ離れ、ケラケラとした笑い声をあげる。

 その知的でありながら子供っぽさも併せ持つ彼女の姿が、本当に愛おしかった。

 

 

「お前らはいったい何をしているのだ……」

 風呂を出ると困惑顔の降魔大聖が待ち構えていて、いくつか説教をされた。

 

 軽率に風紀を乱すような行為はしないでほしいとか、仮にも神なのだからその威厳を考えてほしいだとか。

 大聖が懇々と説教をする姿は珍しいものであるらしく、通りかかった従業員はみな驚きの顔をしていた。

 

 そして翌日、石門へ向けて俺たちは出発する。

 相変わらずクレーが問題を起こし、それを三人でフォローするという旅路だったが、それは決して苦に感じるものではなかった。

 機会があればまた、この四人で旅に出てもいいかもしれない。

 

 

 

『今晩の読み聞かせは"皿屋敷"という物語にしよう』

『お皿のお屋敷?』

『ふむ。興味深いね』

『ドカーンしてみたい!』

 

 





次章「赤い爆弾」。軽く人間関係を破壊し、不発弾を抱えた生活を送る予定
それが終わったらようやく黒焔事件
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