草神と行くテイワット   作:ぶれーくだうん

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[モンド二年目] 赤い爆弾
1. 赤い不発弾


 

 小柄な体が腕の中に潜り込んでくる。

 顔を近づけてきたのでキスの催促だと判断し、寝ぼけたまま唇を奪う。

 

 後頭部に手を回せば、いつもはフワフワとしているのに、今日はサラサラとした髪質。

 もう片手で引き寄せた腰は太陽のように暖かく、その唇は柔らかいようで弾力の強い、ゼリーのような感触だった。

 その違和感が気になり唇同士を絡めてみれば、たどたどしい口遣いで唇を絡め返してくる。

 

 最近は、気温はまだあまり上がらないものの、日差しが温かくなりすっかりと春の陽気だ。

 そして春が来たということは、俺たちがモンドに来てからもう一年を越えたということでもある。

 

 ここに定住してから、時折の問題はあれど、ナヒーダも楽しそうに日々を過ごせていた。

 キスにも慣れたらしく、初めは興味津々に目を開けたまま唇を重ねることが多かったが、最近は目を閉じて雰囲気を味わうことも多い。

 見つめ合いながらするのもいいが、目を瞑っていると口先の感覚に集中できるため、俺もこうして彼女に倣っている。

 

 

 キスとキスの合間には、ハッハッとした早く短い、やけに初々しい息遣いが耳に届く。

「はぁっ、んっ」

 熱い吐息を吐くその口にまた唇を重ねれば、彼女は先ほどよりもさらに積極的に求め返してくる。

 触れ合った胸元はいつもよりも柔らかくクッション性があり、逆に腰は少し小さくなったように思えた。

 

 こんなに胸があるはずがないし、少し太ったのだろうか?

「ぷはぁ。……黒いお兄ちゃん、クレーだよ?」

 

 背筋を走る悪寒に目を開く。

 腕の中では、赤い小悪魔が困った顔でこちらを見つめていた。

「……ごめん」

 状況が理解できず、やっと捻り出した言葉は一言の謝罪だ。

 

「ううん、クレーは大丈夫。……でも気を付けてね。ナヒーダお姉ちゃんが怒っちゃうから」

 暖かさは布団の中から去っていく。

 日常が崩壊する音が聞こえた気がした。

 

 

 しばらく呆然と現実逃避していると、ナヒーダが呼びにくる。

「もう。クレーが起こしてくれたはずなのに、また寝てしまったのね」

 彼女はスリッパを脱ぎ、もそもそと布団の中へ入ってきた。

「おはよう。目は覚めた? 目覚めたのなら、お寝坊の罰としてキスをしてちょうだい」

 

「……ごめん、今はそういう気分じゃない」

 罪悪感に押しつぶされそうになりながら、そう言葉を口にした。

 強いストレスによって吐き気がする。

 

「どうしたの? 気分が優れないのかしら?」

 オロオロとしながら心配そうに俺の顔色を伺う彼女の姿を見て、より一層……。

 飛び起きて手洗いへ走る。

 

 

 

 その後、ナヒーダ達に心配されながらも、何とか朝食を食べた。

「だいじょうぶー?」

「ごめんなさい。わたくしがもう少し早く気づければ、もっと食べやすいものを用意できたのだけど」

「……きみのせいではない」

 改めて状況を認識し、しかし頭はそれを現実だったと受け入れることを拒み、軽い吐き気と頭痛に見舞われる。

 

 幸いにして被害者のクレーはあまり気にしていないようだったが、あれは明確にナヒーダへの裏切りだった。

 しかもその相手は彼女の一番の友達であるクレーな訳であるし、もはやその意味を考えるだけでも精神が削られる。

 自分で為したことでありながら、自分自身がそれを事実だと信じられない。

 

 

「黒いお兄ちゃん、また後で来るね。むりしちゃだめだよ?」

 食事を終え、クレーは心配そうな顔をしながらも、騎士団の仕事へと向かう。

 

「体調が悪いときは何もせず休みなさい。大丈夫よ、わたくしがついているわ」

 ナヒーダが看病の準備をして、否が応でも俺はベッドで横にさせられる。

 彼女はそのフチに腰かけて額を優しく撫でた。

「……あなたの体調が悪いというのに、少し嬉しいわたくしがいるの」

 

 自己嫌悪を含む微笑みを湛えて、自白するように彼女は言う。

 罪悪感を抱えている様だが、謝るべきは俺の方だ。

 

 彼女の頬へ手を伸ばす。

「……すまない」

「なぜあなたが謝るの?」

 その問いには答えられず、互いの間にしばしの沈黙が落ちる。

 

「……病で気が弱っているのね。あなたはただ、元気になることだけを考えればいいのよ。よしよし」

 彼女は沈黙の意味を、病気からくる不安だと解釈した。

 病人を安心させるためか、伸ばされた手を取り、小さな身体に明るい笑顔を浮かべる。

 その無垢な信頼が今の俺には辛かった。

 

 

 

 夕方ごろ、様子を見にクレーと、追加でアルベドが訪ねてきた。

 ナヒーダはいくつか買いたいものがあるらしく、看病係をアルベドに交代し、クレーと買い物へ向かう準備をする。

 

「少しクレーと一緒に買い物に出てくるわね。アルベド、彼が眠りそうになっていたら起こしてあげて?」

「ああ。任せてくれ」

「じゃあ行ってくるね! 黒いお兄ちゃん、アルベドお兄ちゃん!」

 ナヒーダとクレーは買い物へ出て、俺とアルベドが取り残される。

 

 病人扱いといえども、能力の暴発の危険から、彼女無しにベッドで横になることは許可されなかった。

 テーブルに着いた俺たちの前には、コーヒーが計二つ。

 

 アルベドはコーヒーに口を付けながら、世間話として話題を切り出した。

「今日のきみはやけに顔色が悪いけど、なにかあったのかい?」

「………実は寝ぼけてクレーの唇を奪った」

 

 

「ぶふっ、ごほっ、ごほっ。……それは本当かい?」

 彼は衣服の袖で口元を拭いながら、疑念の眼差しでこちらを見る。

 

「ああ、本当だ」

 直視できないので、俺は目線を下げつつ言葉を続けた。

「きみの家族に酷いことをした。謝って済むものではないが謝らせてほしい」

 

 口元に手の甲を当てながら、彼はしばし考えこむ。

 そして彼としての見解が定まったらしく、立場を述べた。

「クレーが許したのなら、ボクも許すよ。でも、どうしてそんなことに?」

「端的に言えば、寝起きに腕の中にいたからナヒーダだと思ったんだ」

 

「うーん。それに関しては、クレーにも悪いところがあったみたいだね。後で叱っておく。ただ……」

 真剣な、あまりアルベドから向けられることのない、眼差しで彼は続ける。

「きみのその行いは、クレーとナヒーダさんの両方を傷つける行為だ。そのことはよく考えておいて」

 

「……ああ。すまない」

 テーブルに額が着くほど、深く頭を下げた。

 もう顔を上げる気力もないので、そのままテーブルへ突っ伏して倒れこむ。

 

 

「ところで、許しはするけれど、貸し一つでいいかな? きみの能力を使った実験をしてみたいから、ナヒーダさんを説得して欲しいのだけど」

「……その申し出はありがたいけど、それは俺を気遣ってなのか?」

「気遣い? 何のことだい?」

 アルベドは全く理解できないという表情で問い返してくる。

 

「…まあ分かった。借り一つだ」

「うん、良かった。こんな風に機会が訪れるなんて思っていなかったよ」

 どうやら俺の罪悪感を気遣って、といった意図はないらしい。

 ましてや"良かった"とまで口にしていいのかと疑念に思うが、彼は割とこういうやつでもあった。

 

 しばらくアルベドと雑談しながら待っていると、部屋の外から騒々しい声が聞こえてくる。

「黒いお兄ちゃん、アルベドお兄ちゃん、早く食べよう!」

 クレーは騒々しく扉を開くなり、そう言って、テーブルの上で紙箱を開いた。

 どうやらタルトケーキを幾つか買ってきたらしい。

 

「おいしそうでしょ? さいきん開いたばかりのお店のデザートなんだよ。アンバーお姉ちゃんに教えてもらったの!」

「果物のタルトなら食べられるかしら? クレーと一緒にあなたの食べやすそうなものを選んでみたのだけれど」

 荷を下ろしたナヒーダが、俺を挟み込むようにしてクレーの反対側から声を出す。

 こうして両側を囲まれていると本当に賑やかで姦しいが、精神的には少しありがたかった。

 

 

 

 ケーキを食べ終えて、クレーたちは帰宅した。

 そして俺は再びベッドへ寝かされそうになったが、どうにか交渉によりソファへ座る権利を得て、そこで時間を過ごす。

 

「このお酒を飲んでみてちょうだい。アルイクシルというのだけど、手作りしてみたの」

 座っている間に、ナヒーダが小さなショットグラスに入った液体を持ってきた。

「薬酒というやつか」

「ええ。まだまだ試作だけれど、体調不良を癒す効果はあるはずよ」

 

 試作で調子が戻るならば完成したら怪我すら治りそうだ。

 ……無理に怪我を治すと、代償として寿命が縮まりそうで怖い。そう考えつつ、液体を飲み干した。

 

 彼女は飲み終わったカップを洗い場へ置くと、ソファの隣に座って俺の腕を抱く。

「そういえば、そろそろ引っ越しを考えないかしら?」

「引っ越し?」

 個室が欲しくなったのだろうか。

 

「ええ。今はクレーたちが泊まるようになったのだし、あなたとわたくしの寝室が欲しいと思ったの」

 今は俺たちがベッド、アルベドとクレーはソファで寝ている。

 たまにクレーがベッドで寝入ってしまい、代わりに俺たちがソファで眠ることもあるが、基本的にはクレーも俺たちの睡眠事情を尊重してくれていた。

 だが別に寝室や客室があれば、その方がより快適に過ごせるだろうことは確かだ。

 

 

「あと、お風呂が欲しいわ」

「……以前のあれは、あくまでも君への贖罪を兼ねてのものだ。だからもう一緒には入らないからな?」

 その言葉はある種の嘘のようで、口にしていて自分に嫌気が差した。

 嘘ではなくとも、朝の事を踏まえれば、それは明確に詐欺を働くものであるから。

 

「いいえ、一緒に入って貰いたいの。……わたくしと入るのは嫌?」

「うん、嫌だな。流石に一人で入りたい」

「たまにでもいいの。お願い」

 彼女は頭一つ分低い目線でこちらを見上げながら、まっすぐな眼差しで懇願する。

 

「あなたにはもう罰はない。だからお願いになるのだけれど、わたくしはできれば、あなたと入浴を共にしたい」

 嘘を指摘されているかのようなその言葉に心臓が痛む。

 これ以上の誤魔化しはもう、精神的に無理だ。

「……分かった。きみの望む通りでいい」

 

「えっ、いいの? なら、毎日一緒に入りましょ? わたくしそのための入浴剤も研究しているの。あとあなたのためのシャンプーも作ってみたいわ。わたくしのお勧めの香りでよければ……」

 彼女はタガが外れたように願望を語りだすが、俺にそれを止めることなど到底できなかった。

 

 

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