「黒いお兄ちゃん、目を覚ましてよ!!」
どこからか声が聞こえる。
夢に囚われてから幾日、眠りから覚めないといっても、周囲情報が入ってこない訳ではないらしい。
恐らく眠りには波があり、それが浅くなったタイミングであれば現実世界の音を聞けるみたいだ。
「クレー、お医者様も手を尽くしているわ。いつかきっと目覚めてくれる」
ナヒーダがクレーを慰めている。
だがこの状況を作っているのは彼女でもあるので、自作自演の類いだろう。
クレーが帰ると、ナヒーダが夢の世界へ戻ってきた。
「心が痛まないのか?」
「……聞こえていたのね」
彼女は言い訳すらしないまま、何も言わずに抱き着いてくる。
……これは結構、精神に来ているな。
「ごめん。無神経な言葉だった」
胸元の小さな頭をゆっくりと撫でる。
しばらくすると彼女は顔を離し、空間へ溶けるように消えていく。
そして装いを整えてから再度、目の前へ現れた。
「今はもう風花祭が始まっているの。まあ、あなたも花を用意してくれたのね!」
その言葉と共に周囲が、モンド城壁の上からの景色へと書き換わっていく。
更に、気づけば俺は手元に一本の薔薇を持っていた。
どうやら彼女が夢世界を改変したらしい。
彼女も同様に薔薇を持っていて、今ここには一本づつ、計二本の赤い薔薇が存在した。
「赤い薔薇の交換だなんて、素敵!」
両手で大事そうに一輪の花を抱える彼女と、半ば強制的に、それを贈り合う。
抗議の意を示すために手を離さないことも考えたが、彼女がへそを曲げて状況が悪化する危険がある。
それにこれは、彼女が大事にしている行事のはずなので、嘘は付きたくなかった。
だからむしろ逆に言葉を添える。
「ナヒーダ、愛してるよ」
薔薇の意味は、流石に知っていた。
「………」
彼女は言葉を失った。
もう彼女にとって、現実というものは、受け入れるには重すぎた。
都合の良し悪しに関係なく、それを直視するだけで彼女の心は音を立てずに崩れていく。
「……ごめん、なさい」
焦点の合わない目に涙を湛えて、彼女は消える。
そしてそれと共に夢の世界は消えていき、周囲は白に染まった。
俺はまた、何もない空間に閉じ込められる。
『なんだか面白いことになったね』
真っ白な空間に声が響いた。
これは現実での音声ではなく、夢の中で響く音だ。
「誰だ?」
『僕はウェンティ。しがない吟遊詩人さ』
そよ風になびくような不思議な声色で、姿の見えぬままにそれは語る。
『本当はもう少し寝ているつもりだったんだけど、君達が来たせいで目が覚めちゃって、ずっと眺めてたんだ』
話しぶりからして多分、こいつもまた人間ではないのだろう。
『僕からひとつ、アドバイスをあげる。彼女を心から驚かせれば、その夢の世界から出ることができるよ』
「夢から目覚めたところで、彼女に捕まればまた夢の中じゃないか?」
『うん、そうだよ。命がけの鬼ごっこだね!』
「……」
『冗談さ。彼女も、君が一度抜け出せば諦めが付くんじゃないかな。……おっと、そろそろ時間みたいだ』
「ただいま。いい子にしていたかしら?」
不思議な声が消え、気持ちを切り替えたらしい彼女が戻ってくる。
これが現実であれば目元に涙の跡が残っているのだろうが、この夢の世界では、彼女が望めば望む通りだ。
"驚かせる"……と、言われても思いつくものなど限られている。
そもそも単純な愛の告白は駄目だったし、大した用意もできない現状では頭脳戦で彼女を上回れるとも思えない。
ならば今までの経験からすると、……やはり耳だな。
ただそれだけだと足りないだろうから、もういくつか……。
眠り姫を起こすには少し過激かもしれないが。
「……この一年、随分と色々なことがあったな」
このテイワットに迷い込んだのは去年の春先であり、もう一年と少しとなる。
思い返せば、日本で生きていた頃と比べて、ずいぶんと濃い日々を過ごしてきた。
ナヒーダはこちらの言葉を素直に聞いている。
恐らくは『何を言い出すのだろう?』という好奇心によるものだ。
こんな状況でも、彼女は彼女だった。
「スメールできみを見つけた時は、こんな可愛らしい人が居るのかって驚いたよ」
まあ妖怪か何かかと思ったし、実際には神という、妖怪よりもとんでもない存在だったが。
「璃月を経由してモンドへの旅路では、本当にきみに助けられた。きみが居なければ、きっと俺は実験動物にされるか、盗賊に捕まって殺されていただろうな」
彼女の話を聞く限り、俺の能力が賢者達にバレれば、異界の知識を組み上げるための装置にされていてもおかしくはない。
「モンドに来た当初は何も勝手が分からなかったが、きみがあれこれと頑張って生活を整えてくれたから、さほど苦労せずに居場所を得られた」
異国で生活基盤を整えるなど想像するだけでも大変であるが、それを彼女はすんなりと整えてくれた。
「きみの誕生日には、初めてきみとキスをした。俺は、きみが俺を選んでくれたことが、とても嬉しかった」
あの時にはまだ彼女を異性として受け入れてなかったが、まあ時間の問題だったのだろう。
「俺がこうしてここに居るのは全て、きみのおかげだ」
ホームシックから彼女を傷つけることになってしまったが、海灯祭での触れ合いもまた、忘れがたい大切な思い出だ。
……もう四人で旅行に行くことは難しいのかもしれないけれども。
「なあ、そろそろ夢から出してくれないか?」
「……嫌よ。だって、ここから出してしまったら、あなたはわたくしの元を去ってしまうもの」
「俺はきみと一緒に居るよ。それだけは守る」
「いいえ」
否定の声が聞こえた。
曇りのない、吹っ切れた笑顔で彼女は言う。
「わたくしは、わたくしがとても酷いことをしていると理解しているの。だからわたくし達は、もうお終い。でもそんなのは嫌」
もはや見ていられないほどの、痛々しい姿だった。
「あなたがこの夢の世界で苦しんでいることも、クレーがわたくしのせいで泣いていることも知っている。知っていて何もしていないのよ」
「……それについても、外へ出てからゆっくりと話そう」
「嫌! 絶対に、嫌!!」
彼女は白い髪の毛を振り回して叫び、拒絶の意を示す。
「少なくともクレーの生きている内には、絶対にあなたを外へは出さない! だって、あんなものを見せられてっ、あなたを信用できる訳がないでしょう……!」
あの場面を思い出したのか、両手を握りしめて、ポロポロと涙を溢し始める。
旅館での件、今回の件。
それらの事件は完全に彼女からの信頼を破壊した。
だが彼女の様子からして、タイムリミットも迫っている。
ここから出ないことにはどの道、俺たちに先はない。
俺は彼女の肩と腰に手を回し、ゆっくりとその身体を床へと押し倒す。
そして両肘を突いて彼女の腕の付け根を抑え、肩回りの自由を奪って上半身の動きを封じ込めた。
彼女はこの夢の世界での支配に絶対の自信があるのか、抵抗せずにされるがままだった。
肘をついたまま、片手で彼女の顎をそっと掴む。
「俺はきみのその強情な所も好きだよ」
「……そんなことを言っても、出してあげはしないわ」
わずかに困惑を混ぜながらも、目を合わせないままに、不機嫌そうな仏頂面で彼女は言う。
「これは布石だ。どうせきみはまた、今回のことを悔やむだろうから」
顎を掴んだまま親指を伸ばして、なぞるように唇へ触れる。
軽く指先に力を入れれば、その花弁のようにしっとりとして柔らかいものが、形を変えた。
「出会った相手が、きみで良かった」
半分は自分自身に言い聞かせるため、そしてもう半分は彼女を宥めるための台詞だった。
だが、決して嘘ではない。
こうして必死になっているのも全て、大切だと思えるものに出会えたおかげだ。
意図を測るように大人しくこちらの言葉を聞いていた彼女の、そのモチモチとした丸い両頬に手を添える。
そうすると自然と指先が両耳へ触れるので、親指と人差し指を使って軽く揉み込む。
瞳が軽く揺れだしたことから、彼女は耳の刺激に動揺しているようだ。
付け根を揉んでいた指を耳へ入れ、顔色を観察しながら、耳の中をスリスリと一定リズムで攻めていく。
時折、僅かに羽根が触れるようにゆっくりと勿体付けて擦り上げれば、彼女は震えながら長い吐息を吐いた。
不機嫌顔に混じる困惑の比率が随分と増え、口元が開いている。
そろそろ、頃合いだろう。
「……ごめんな」
目が見開かれた。
俺はわずかに開いていた唇のその隙間へと、舌先を捻じ込んだ。
床へと押し倒して両頬を掴んでいるので彼女に逃げ場は無い。
さらに彼女の下腹部の上へ体を乗せ、下半身を拘束するように圧迫する。
地に挟まれた小さな身体は、既に腕を封じているのもあり、それだけで簡単に動きを封じられてしまう。
普段は目を開けたままのキスも好む彼女だが、刺激過多なのか、一度は見開いた目を今はぎゅっと閉じていた。
「んっ、ふっ!」
小さな口に捻じ込んだ舌先を抜き差しして、往復時には唇の内側を摺り上げる。
その度に彼女の腹部がビクリと収縮し、押し出されるような鼻息が漏れた。
僅かにまた眼差しが開かれ、そこには涙が浮かんでいる。
さらに大きく口を開き、深く差し込んで彼女の舌へと触れる。
そのまま舌先で、彼女の舌の腹をくすぐれば、驚いたかのようにビクリと大きく体が跳ねる。
「んんんっ、んんんっ!」
彼女は必死に何かを叫ぶが、舌を入れられている状態では発声できない。
意識から忘れられているであろう、耳への刺激も再開した。
舌の動きとタイミングを合わせ、彼女の頭を両耳と口元の三方向から攻め立てる。
小さな瞼が閉じられて、涙が零れ落ちる。
口と耳から与えられる過多な刺激によって、身体の制御が利かなくなってきているのだろう。
"あっあっ"と鼻声気味の音が混じり、力の入りすぎた腹部によって彼女の腰が震え出した。
突如、彼女の身体が緑光を纏う。
だがそれに驚いて不意に口と耳に込める力を強めると、光はかき消されて霧散した。
恐らく何らかの能力を行使しようとしたが、刺激によって邪魔されて失敗したらしい。
目を向ければ、右側には後ろ髪のほとんどを束ねたサイドポニー、左側には編み込みの先から伸びる一房の髪束が、地に散らばり広がっている。
そしてその中心を埋めるのは、精巧な人形と見紛うような可愛らしく美しい顔が晒す、荘厳ながらも情けない表情。
それは夢の世界の制御を手放すまいとしているのか、舌の動きに合わせて表情筋を多彩に動かし、ボロボロと涙を零しつつ快楽との闘いを表現していた。
されるがままの彼女の小さな舌へ、アイスを舌先で舐めとるかのように、舌面を擦り付ける。
ゾリゾリとなぞるに従い、ビクビクビクと、止まることなく腰が蠢く。
彼女は動かさずに居られないという様子で腰を前後左右に振って逃れようとするが、それに合わせて体重を強く掛けて、改めて彼女に全身の自由が無いことを自覚させた。
その結果、行き場のない過度な力みからブルブルとしばらく身体を震えさせ、やがて大きく腰が跳ねる。
周囲では、崩れ落ちるように夢の世界が消えていく。
……これ本当に安全なんだろうな?
崩壊に巻き込まれて五感が認識できなくなる。
その直前、微かにハープの音色と、笑い声が響いた。