草神と行くテイワット   作:ぶれーくだうん

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[モンド二年目] 黒焔事件
1. 引っ越し


 

「へえ。ここがきみの新居なんだね」

「わーい! 前よりひろーい!」

 

 クレーとのキスに端を発した騒動から季節は巡り、今はもう夏となる。

 今日はアルベドとクレーに、僅かな空き時間を利用してだが、引っ越しの荷運びの手伝いをして貰っていた。

 特に彼は生まれのせいかテイワット人のせいか、俺よりも遥かに力が強いのでかなり助かる。

 

 新居はモンド北門からすぐの、大きな建物の一室。

 以前の、酒場街の端に位置していた元住居からはその裏手となり、手軽とまでは言えないが引っ越しも比較的に楽だ。

 

「ここ、クレーの部屋!」

「ふふっ。泊まる時は好きに使ってね」

 

 皆で寛ぐリビングと俺たちの寝室の他に、一つだけであるが客室を持つ間取りで、さらに決め手として浴室を備えている。

 なお、今クレーが自室と主張しているのは俺たちの寝室であるので、好きにされると困る。

 

 

 そして荷運びが一段落した頃合い、ナヒーダが希望を口にした。

「……引っ越しの記念に、みんなで写真を撮りたいの。いいかしら?」

 

 当然、その要望を断る言葉は誰からも出ない。

 引っ越しということで外の風景が分かるよう、開いた窓の前に背の低いナヒーダとクレー、その左右に俺とアルベドが立つ。

 

 赤い帽子が両隣と両手を繋いだ為に、緑色の彼女も俺の手を取り、四人横並びに手を繋いだ写真となった。

 

 

 

「じゃあお仕事行ってくるね! ばいばーい!」

 どうやら今は騎士団の賓客の関係で忙しいらしく、午前中だけ時間を作って手伝いに来てくれていて、昼食を共に食べると彼らは午後の仕事へと向かっていった。

 

 建物の表側である西窓を開け外を眺めれば、バドルドー祭をもうすぐに控えた夏のモンドの風は、日本とは違い、湿度の低いカラッとした心地良さだ。

 ここは北門のすぐそばの建物の北端の角部屋であり、廊下なしに階段からそれぞれの住戸へ繋がる贅沢な方式のため、建物の表と裏の両方の窓を自由に使える。

 

 次に反対側へ移動して東側の窓を開くと、丁度そのタイミングに上階でも窓が開く音がした。

 斜め上方へ目を向ければ、見慣れた赤いウサ耳が俺と同様に窓を開いていて、彼女は目が合うなりいい笑顔で窓を閉める。

 ……嫌な予感しかしない。

 

「うげ」

 しばらくしてドアが叩かれ、開くとやはりアンバーがそこにいた。

 先ほどのあれは見間違いではなかったらしい。

 

「おっじゃましまーす!」

「今は片付け中で邪魔だから帰れよ」

「あー、そんなこと言っちゃうんだー。ナヒーダちゃんに言いつけてやる」

 そんな騒ぎを聞きつけたナヒーダがやってくる。

 

「いらっしゃい、アンバー。ごめんなさい、今はまだ荷解きの途中でおもてなしは難しいの」

「いーの、いーの。おかまいなく!」

 手のひらを見せて元気に"お構いなく"と言い放つけども、流石にこいつを放って片付けに戻る訳にもいかない。

 

 

 テーブルも椅子も荷で埋もれているが、椅子が一つだけ空いていたのでナヒーダに座らせ、俺とアンバーは窓際にもたれて休憩を取りながら会話する。

「アンバーって意外と良いところに住んでたんだな。ここはそれなりにするだろ」

 

 モンドは崖状の防護壁によって街が三段に分割されていて、ここはその中層にある建物だ。

 上層は豪邸や大使館の占める区域であり一般市民が住むことはない。

 なので市民は残りの中層と下層に分かれて住まうわけだが、中層には比較的裕福な人々が住むことになり、物件の造りがいい。

 

「実はここの最上階は家賃が安いんだ! まあ登りは大変なんだけどね」

 安いのは階段の大変さと、特に水回りによるものだろう。

 手押しポンプではせいぜい10m程度の高さ、俺たちの階までしか揚水できないので、なにかと水瓶を運ぶことが必要となるはず。

 

 ふと脳裏に一つの推測が浮かんだ。

「登りはって。……まさか、降りは飛ぶのか?」

「そのっとーり!」

 気を良くしたアンバーは、乗り出すようにして顔を寄せる。

 

 関係ない話だが、彼女は運動好きであるためか胸元の開いた涼し気な服を着ていて、つまりは否が応でも良い景色が目に入る訳で。

 ……こういう警戒心に欠けた気安さもまた、彼女が人々に好かれる要因なのだろうか。

 

 

「だめよ。これはわたくしの」

 ナヒーダが腕に抱き着き、感情の抜け落ちた無表情で、俺を彼女から引き剥がす。

 

 それをアンバーは嫉妬だと解釈したらしい。

「かわいいー! お兄ちゃんは取らないから安心してね!」

 彼女は未だに俺たちを兄妹の部類だと思っていた。

 アンバーはナヒーダを抱きしめながら、こちらへ険しい目線を向ける。

 

「いくら可愛いからって手を出しちゃダメだからね!」

 アンバーは顔を突き付けるように寄せ、至近距離から睨みつけてきた。

「だから彼女のほうが年上だと言ってるだろうが!」

 俺は後ろに下がりながらも、どうにか睨み返す。

 

「はぁ!? あんた、まだそんなこと言ってるの!?」

「……アンバー、いいのよ」

 ナヒーダが笑みを浮かべながら口を挟んだ。

 

「でもナヒーダちゃん……っ!」

「いいの」

 彼女の真っすぐな……、真っすぐ過ぎる眼差しを受けてアンバーは少したじろぐ。

 

 その有無を言わせぬ雰囲気に、僅かな怒りが隠されていると気づいたようだ。

 リサさんに口出しされた時もそうだが、ナヒーダは他者から俺たちの関係に口出しされることを嫌っている。

 

「なら…いいけど……」

 赤いうさ耳はシュンと気落ちした態度で、逃げ去るように帰っていった。

 

 

 

「こっちへ来なさい」

 

 彼女の言葉に従うと、花車を模した大き目の椅子へと誘導された。

 幾つかクッションを買い足したこれは、リクライニング状に寝転がれるので、寛ぎたいときには重宝している。

 

 そこに寝そべった彼女は、両手を開いて俺を誘う。

 誘いに乗ってその身に覆いかぶさると、彼女は首に両手を回して、ぶら下がるように俺の顔を引き寄せた。

 

「わたくしの居ないときには、アンバーを室内へ入れてはだめよ。当然、あなたが外へ出てもだめ」

「……それは少し過保護なんじゃないか?」

「あなたの女性関係に対する信頼はもう存在しないの」

 あの事件の後、彼女は言い難いことでもハッキリと言うようになった。

 

「あなたは雰囲気だけは格好いいから、きっと騙されてしまう人が居る」

「雰囲気だけ……」

「中身がだらしないのは事実でしょう?」

 何か言い返そうとはしたが、何も言い返せない。

 

 なので俺は、誤魔化しと取られても仕方のない言葉を吐いた。

「何度も言っているが、俺が好きなのはきみだけだ」

「……その証拠をちょうだい。ただし、キスでは駄目」

 

 まだ起きていない物事を"将来的な事実"だと思い込みやすい彼女には、先行きを安心させるものがとても重要だ。

 以前であればキスがその役目を果たしていたが、あんな事があった手前、もうそれは機能しない。

「分かった。何かあれば、全てを捨ててきみと二人で旅に出よう」

 

 その"証拠"というのは、なにも物理的なものである必要はない。

 むしろ人と人の間に生じる力学を元に世界を眺める彼女には、"約束"というものが向いている。

 

「旅中であればきみ以外との人間関係は気にしなくていい。それにきみも、まだ見ぬ国へ行ってみたいだろ?」

 冒険者協会を通せば、論文などを旅先でもやり取りできる。

 金銭の蓄えはそれなりにあるし、俺たちであれば旅をしながら働くことも十分できるので、無茶な提案という訳でもなかった。

 

「絶対よ? わたくしが旅に出ると言ったら絶対に旅へ出るのだからね?」

「それでいいよ。その時はまた、二人きりで旅をしよう」

「引き摺って連れていくからね」

 恐らくこれは比喩ではなく、その際には本当に引き摺られる。

 

 

 

 引っ越し作業の続きに取り掛かり、一通り荷解きをすれば夜になる。

 夕食後はしばらくソファで二人寄り添って過ごしつつ、部屋備え付けの浴槽にお湯を張った。

 

「風呂の準備ができた」

「ええ、入りましょうか」

「ああ。お先にどうぞ」

「あなたもよ?」

 その言葉に耳を疑うが、そういえば安請け負いしていたことを思い出して顔を逸らす。

 

 だが彼女はにっこりと微笑んで、次のように言い放った。

「心が痛まないのかしら?」

 

「……痛みます。分かりました」

「えらいわ。よしよし」

 

 クレーとの件をまったく許していない彼女は、時折こうして俺の失言を弄る。

 その後に態々褒めることを鑑みるに、これも一種の飴と鞭であり、つまりは俺に対する躾なのだろう。

 

 

 そして脱衣所はないので、浴室の片隅へと移動して着替えるが。

「服を脱がせてちょうだい」

 

「……流石にそれは勘弁してくれないか?」

「勘弁しない」

 

 小さく溜息を吐いて心を落ち着かせる。

 万歳をして待ち構えている彼女に手をかけて、ワンピース代わりに着ているそのTシャツを脱がせた。

 さすれば、なだらかな起伏の胸と小さな桜色が見えて、白いレースの下着を一枚履いただけの姿となる。

 

「ふふっ。ありがとう」

「服を脱がせて礼を言われるのは変な気分だ」

「あら、でもこれからはそれが日常になるのよ?」

 なんてことないように、とんでもないことを言い重ねた。

 

「……拒否権や交渉の余地は?」

「心が……」

「はい、分かりました」

 余地はないらしい。

 

 強いて言えば、下着まで脱がさせないのが良心か。

 いや、恐らくは羞恥との兼ね合いであり、それ以上は本人も恥ずかしいのだと思われる。

 

 

 

 先に浴槽へ入った俺が横へと寄り、さらに半身になることでスペースを空け、そこへ彼女がうつ伏せで体を滑り込ませた。

 寝そべった脇腹に半ば抱き着いて寄り添うような形で、窮屈ではあるが二人で湯船に浸かる。

 

 この湯舟は猫足タイプのもので、四本の足が床から底面を持ち上げていて、浴槽下を掃除しやすくなっている。

 また薪ストーブと煙突によるボイラーが付属していて湯沸かしや追い炊きができる一方で、シャワーなどの設備はない。

 なので浴槽の湯を汲み出して体を洗ってから湯につかる必要があり、俺らもそうした。

 

「もう少し広いお風呂にするべきだったかしら」

「確かに二人で使うならちょっと狭いなあ」

「でも添い寝をしているみたいで、これもわたくしは好きよ」

 

 問題があるとすれば、彼女の子供らしさに欠けた大きな尻が、浴槽の中で大きく場所を占めていることだ。

 一抱えのバスケットボールほどあるそれは、しっかりとした厚みがあって、うつ伏せなのもありとんでもない存在感を放っている。

 

「……どうしたの?」

「なんでもない」

「ねえ、何かあるのなら言ってちょうだい」

 

 俺の言葉に彼女は不安気な様子を示し、両頬を抑えて顔を逸らせないようにして問い詰めてくる。

 これは俺の逃げ癖への不信によるものだ。

 

「きみの魅力に見とれていただけだって」

「……本当に?」

「今回は本当」

「………」

 

 

 彼女は顔から手を放し、代わりに指を広げて差し出した。

 本音で話し合いたいというサインだろう。

 

「もうわたくしは、あんな事は嫌」

 指を絡め返すと直ぐに、彼女は心内を吐露する。

 だが以前のように躊躇いがちな態度ではなく、ジィっとこちらの目を見つめるその姿には、精神的な成長が見て取れた。

 

「なんだかきみは前より強くなった気がするな」

「あら、色々なものが壊れてしまっただけなのだけど? ……どれほど苦しんだのか教えてあげましょうか?」

「失言だ。俺が悪かった」

 威嚇するような満開の笑顔で睨む彼女に対して、降参を示す。

 

「……きみは怒るかもしれないけど、俺は今のきみが好きだ。以前は顔色を伺うような言い方が多かったから、真っすぐに言ってくれることが増えて俺は嬉しい」

「………」

 彼女は黙り込む。

 心的な文脈としては、素直に喜べるようなものではないから当然だろう。

 

 こうして言葉を選びながら伝えたいことを伝える瞬間が、彼女と暮らす中で一番頭を使う。

 何を言っていいか、言ってはだめか、だめでも言うべきか。

 

「悪いのは俺だ。だから少しづつでも、俺にきみの苦しみを受け止めさせてくれないか?」

「……そうね。わたくしも、あなたに苦しみを分かって貰いたい。……でもそれは、あなたに見せたくないような醜い部分でもあるの」

「俺の醜い部分を見せてばかりだから、偶にはきみのそういう部分も知りたいな」

「まあ、酷い人ね」

 嬉しそうに彼女は言った。

 

 手を繋いだままに、もう片方の腕でその、小さな肩を抱き寄せる。

「本当にごめんな。俺はきみを苦しませたい訳じゃなかった」

「ええ、知っているわ。でももう、逃げることだけはダメよ?」

 

 きっとこの"逃げること"には複数の意味が込められている。

 彼女は首筋に顔を摺り寄せ、それにより首輪代わりのチョーカーが揺れた。

 

 

 

 風呂から上がった彼女に、クレーと色違いのお揃いだという寝巻を着せる。

 自分でボタンを留める気もない様子なので、そのなだらかな胸板を指先に擦りつつ、一つ一つ止めていく。

 

「ご苦労様。明日の朝もお願いね」

「……分かりました、オジョウサマ」

「お嬢様……。そうだわ! 今夜の読み聞かせは令嬢と執事の恋愛ものにしてもらえないかしら。あなたのその端末なら、そういったお話も見れるのでしょう?」

 

 両手を合わせ、楽し気に思い付きを語る。

 彼女はそうと決めたら考えを変えないので、俺は恋愛小説の朗読という苦行へ立ち向かう羽目になった。

 

 

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