アンバー達は忙しそう、というか必要以上に走り回ってバタバタしていたが、それを尻目に俺たちは休暇を貰った。
俺らは以前からアルベド達と湖水浴を予定していて、今を逃せば祭りが開始してしばらく都合が悪い。
リサさんもそこまで切羽詰まった状況ではないし、呼び寄せた専門家達の到着までまだ時間があるということで予定通りに湖へ向かうことにした。
なおナヒーダとクレーはこちらで着替えてから行くらしく、寝室は彼女らに占領されている。
「じゃっじゃーん! どう? どう?」
真っ先に出てきたクレーは、シンプルなスカート付きの真っ赤なワンピース水着だ。ただしその胸元ははっきりと盛り上がっているが。
運動によって鍛えられた健康な体つきからして、人間基準であと五年か十年ほど、いや精神面での落ち着きを考慮して二十年ほど経てば確実に美人に育つと思われる。
「どうかしら?」
続けてきたナヒーダは……、何故かビキニ姿だった。
パレオ付きの紐ビキニであり、その胸元に膨らみはほぼ無い。
引っ掛かりが無いから、この種の水着だけは有り得ないと思っていたので意表を突かれた。
また、その色合いは白のトップと緑のボトムに白いパレオの大根カラーだが、よく見ると上下で紐の種類と飾りが違う。
彼女は小学生並みの上半身に中高生の下半身を備えているので、サイズの合うものが無かったのだろう。
「ナヒーダお姉ちゃんてば自分だけずるいんだよ! クレーも同じのが良かった!」
「すこし大人なものを選んでみたの。気に入ってくれるといいのだけど」
彼女たちは二人で水着を買いに出たが、ナヒーダはクレーに内緒で自分のものを購入したらしい。
もしバレていたらクレーまで同じ種類の水着を選んでいたのだろうからその点では有難い。
「とても可愛いよ。きみに似合った色合いで良いんじゃないか」
「ふふっ。ありがとう」
大胆に腹を見せているのにも関わらず、別段に恥ずかしがらずいつも通りの表情であり。
そういった自らの恰好に無自覚な辺りが彼女らしくて本当に可愛らしい。
「クレーは?」
「可愛い可愛い」
「やったー!」
こいつはこいつで、雑に褒めても喜ぶので扱いやすくて嫌いではなかった。
ただ見かけに寄らず周囲への観察力は鋭く賢いので、あまり雑に扱い過ぎると後が怖いが。
もう既に美女の片鱗が見られるその身体は、ナヒーダほどではないが下半身も健康的で、ムチムチとした女性的な身体を小さな水着に押し込んだようなチグハグさを感じる。
というか大き目の膨らみのせいで胸の谷間が見えていて、それが彼女の大きな身振り手振りのせいでグニグニと動くので目のやり場がない。
水着を見せびらかしたあとはその上に服を着てシードル湖湖畔へと向かい、人気のない小さな湖水浴場へ着けば、彼女達は服を脱ぎ捨て水着姿になる。
「クレー。泳ぐときの約束は覚えているね」
「はい! 爆弾は持ち込まない!」
「よし。行っていいよ」
「わーい!」
「……あれでいいのか?」
「良くはないけど、クレーに細かく言っても無駄だからね。キミも分かるだろ?」
まあ一番して欲しくないのは、水中で起爆して自他が魚の如くプカプカ気絶することだ。
準備運動不足で脚が攣って溺れる分には、俺やアルベドが助けに入れるから比較的マシといえる。
『みんなもはやくー!』
クレーが水面からこちらを呼ぶ。
「それじゃあ、先に行ってるよ」
危険物の監視のために、アルベドは格好よく飛び込んで泳いでいった。
「わたくしをクレーの所まで連れて行って欲しいのだけど」
「浅いところで練習しなくていいのか?」
「ええ。じゃあ行きましょ?」
そう口にして両腕を開いた彼女を抱え上げ、俺たちも彼女らの後を追う。
とりあえずクレー達近くの、やや深さのある場所まで抱いて連れて行って、ゆっくりと手を離してみた。
すると彼女は頭まで水に沈み込み、微動だにしないまま水中から無言で見上げてくる。
どうやら溺れているようなので引き揚げる。
「ナヒーダお姉ちゃん、泳げないの?」
バシャバシャと無駄なほどに水飛沫を上げながら近づいてきたクレーが、俺に抱えられた彼女を見て言った。
「……おかしい。比重的には浮かぶはずなのに」
呼吸のタイミングを考えず、吐いた瞬間に息を止めたのだろう。
そう俺の指摘を受けて彼女は再チャレンジをしたが、今度は浮かびはしたものの、まるで壊れた玩具のようにグルグルと腕を回して転覆した。
仕方がないので後ろから抱きしめて抱えたまま、ラッコのように背泳ぎをする。
「これなら楽しめるか?」
「ええ。ありがとう」
視界に映るのは夏の空色と、真っすぐな水面。そして水にぬれた白い髪。
流れゆく冷ややかな湖水の中に感じる、暖かな彼女の体温と柔らかさが心地よい。
彼女も同じ気持ちなのか、体の力を抜いた自然な動きで水の流れに身を任せている。
「クレーも乗せて!」
だがそんな平穏を見逃すはずもなく、赤い火薬が俺たちの上に飛び乗ってきて三人は沈む。
ナヒーダの泳ぎの練習という名目で二人きりになった。
盛大に水飛沫を上げて遊ぶクレーらを横目に、先ほどと同じ体勢で、軽くバタ足をする彼女を抱えて背泳ぎをする。
「あなたはどうやって泳げるようになったの?」
「俺は元から泳げたから分からないな」
「……どうして嘘をつくのかしら」
「嘘ではなく、運動神経が悪くなかったから適当に泳げたんだよ。だから泳げなかった記憶がない」
犬だって、その大半は生まれつき"犬かき"という泳ぎ方ができる。
むしろ彼女のように何の動作もせず静かに沈む方が珍しい。
「むぅ……。泳ぎ方の計算はできるのに、体を計算通りに動かせないのが歯がゆいわ。まるで自分の身体が借り物であるみたい」
「まあ、もしきみが計算通りに体を動かせるならば、その情報処理能力のおかげでどんな剣豪も叶わないレベルに戦いをこなせただろうな」
彼女は人工知能の妖精のような部分があるが、少なくとも物理的には、精密無比なロボットとは真逆の存在だった。
恐らくは他者の経験を自分に合わせて噛み砕けず、彼女の体や姿勢にあっていない動作を無理やりに見様見真似で再現し、結果として上手く行っていない様子だ。
以前から彼女が『戦闘は得意ではない』と主張するのも、そこら辺の事情が絡むと思われる。
「……キスがしたい」
泳ぎが上手くいかなくて機嫌を損ねた彼女は、その精神的な補填として口づけを要求する。
しかし水上には視線を遮るものがなく、今も水飛沫を立てている輩から丸見えだ。
そう伝えたところ、彼女は解決策を提示した。
「潜水の練習も必要ではないかしら?」
息を吐いてから水に潜り、しばらくして底を蹴り水面に上がる。
だが一度では気が済まなかったようで、何度も水面下に姿を隠し、冷ややかな湖水の中で暖かさを味わった。
そうこうしてしばらく湖面を漂った後は、泳げない彼女に配慮して浅瀬で遊ぶ。
「黒いお兄ちゃん、もう一回!」
「へいへい」
クレーの脇に手を通して、体を捻り遠心力で軽く放り投げた。
「きゃあー!!」
「わたくしも」
両手を広げて待つナヒーダを同様に投げ込む。
少しずれた水着を直す彼女は、クレーと見間違うような満面の笑みであり、心から楽しんでいる様子だ。
「じゃあ次は黒いお兄ちゃんの番だね! アルベドお兄ちゃん!」
「は?」
疑念を口にしたところで誰かに背後から脇腹を掴まれ、俺は子供のように持ち上げられた。
背中越しに振り向けば、アルベドが実験動物を眺める時の目でそこに立っていて、さらに不穏な言葉を口にする。
「本能的な危機を感じれば、何か新しい能力に目覚めるかもしれない」
その意味を読み解くならば『危険を感じ取る程の投げ方をする』という宣言だ。
だが対応をする間もなく、次の瞬間には意識を持ってかれそうなほどの強烈な加速度を感じ、気づけば無重力状態で空を飛んでいた。
俺は泣きそうになりながらも着水に備えた姿勢制御に勤しむ。
モンドは比較的冷夏であり湖は水温も低いため、日が傾いて気温が下がる前には泳ぎ終えて街へと戻る。
水着を服の下に着て行ったために替えの下着がないという輩が二名居たが、元素反応で水着を乾かし中に着ることで事なきを得た。
なお水面に腹を打ち付ければ怪我をするような馬鹿げた高さまで投げ上げられたものの、当然ながら、俺が危機に応じて特殊能力に目覚めるようなことはなく。
実行犯のアルベドはナヒーダの植物によって吹き飛ばされ、加えてクレーがどこかに隠し持っていた爆弾により追撃されていた。
「まずはこのビーコンを送って欲しい」
そして今はアルベドの工房で、以前の約束通りに俺の能力を使った実験を行っている。
クレーの唇を奪った対価だということもありナヒーダには非常に渋られたが、彼女は約束事といった社会的概念を重視するので、既に結ばれた約束だということで尊重してくれた。
能力の制御のためにナヒーダと片手を繋ぎ、もう片手でビーコンへ触れる。
彼女にガイドをしてもらいながら意識を流せば、その流れに乗るように対象物は消え失せる。
「うーん、やはり追跡は無理だね。回収はできるかな?」
「やってみる」
先ほどの意識の流れゆく先を探ると何やら反応があった。
それを引き寄せると、逆回しするような感触と共に手元へビーコンが現れる。
「じゃあ次はこのカメラを頼むよ」
渡されたカメラを送り飛ばすとアルベドはタイマーで時間を測り始める。
そして一定時間後にもう一度取り寄せるよう指示された。
「これを見てくれ」
アルベドが差し出した写真には、日本風景のどこかの路地裏が写っている。
どうやら先ほどのものはタイマー式のカメラだったようだ。
「そこ写っている物を取り寄せられるかい?」
「ああ。とりあえず落ちてるゴミで試してみる」
若干クラつく頭を無視して、先ほど利用したパスを通して異界へ繋ぎ、そのさらに向こう側で写真通りの物品を探る。
取り寄せるのは地面に落ちていた空き缶だ。
「こいつか?」
手探りに似た感覚で対象物を見つけて引き寄せた。
「ふむ成功したね。……じゃあ次は」
興味深そうに空き缶を眺めるアルベドの、その声が遠くなっていく……。
いつの間にか閉じていた目を開けば、床に崩れ落ちた姿勢でナヒーダに抱きしめられていた。
「……大丈夫かい?」
「どれくらい気絶していた?」
「数分だね。どうやらきみの能力は短時間での連続行使が難しいようだ」
身を案じるアルベドと会話して状況を把握する。
どうやら俺は能力のエネルギー消費は負荷が大きく、連続で使用すると身体のほうがダウンするらしい。
小さい物品でこの負荷なのだから、これはもしかしたら、人間サイズの物を送ると数日間は能力が使えないかもしれない。
「じゃあ実験の続きを……」
「させると思っているのかしら? 頭の空っぽなキノシシですら、そのような蛮行には及ぼうとしないでしょうね」
続きに取り掛かろうとしたアルベドに、ナヒーダが抗議をした。
しかし彼は諦めることなく、実験の意図と有意義さを説いて反論する。
「だいじょうぶー?」
クレーの温かい手に額を撫でられながら、まだ頭がクラクラするために、俺はしばらくその喧噪を聞き流す。
しばらくして、俺の看病に必要なものを買うと言って、ナヒーダとクレーは買い物へ出かけた。
俺達二人は『実験の続きは駄目だ』と散々に言い聞かされ、赤帽子からは『万が一にも行った場合は二人とも爆破する』という脅迫まで頂いている。
とはいえアルベドも既に得られた実験結果だけでも大きな収穫があったらしく今は大人しい。
テーブルに着いてゆっくりとコーヒーに口を付ける俺の顔を、ふと研究レポートから目を上げたアルベドが、思い詰めたかのように見つめてくる。
それを不思議に思って見つめ返したタイミングで、彼は真顔で爆弾を投下した。
「きみの子供が欲しい」
「ごふっ」
あまり聞きたくは無い言葉だった。
「能力が子に遺伝するかを確認したいんだ。ああ、同性同士で子を作るには……」
「……いやそれは聞かないでも分かる。遺伝子的には不可能ではない」
確か男のiPS細胞からでも卵子を作ることは可能であり、ホムンクルス技術であれば似たようなことはできるだろう。
だが問題はそこではない。
「なら、体細胞の提供をお願いしてもいいかな」
「ナヒーダに『これが俺達の子供だ』とか言ってその子供を見せてみろ。きっと俺は二度と日の光を見れなくなる」
そして人当たりが良いだけで配慮や気配りに欠ける部分があるこいつは、高確率でそういった部類のことをやらかす。
「じゃあナヒーダさんはクレーに気を許しているようだから、クレーとの子供ならどうだろう」
「それは全力で地雷を踏みに行く行為だから止めてくれ……」
あんな事件があって子供まで作るとか、それこそ本気で幽閉されかねない。
特に彼女との子が居ない内にクレーとの子が生まれた場合などは可能性ですら考えたくない。
「ならばきみとナヒーダさんの子供に期待するしかないけども、やっぱりテストケースとしてはきみと僕の子供も欲しいかな。できればクレーやスクロース、ティマイオスとも……」
独り言を始めた彼を尻目に、俺はサングラスを使って通話を掛ける。
「ナヒーダ」
『あらっ、どうしたの?』
「アルベドに求愛されて困ってるから早く帰ってきて」
『……すぐに戻るわね』
その結果アルベドは、ナヒーダと、加えてクレーにまでこっ酷く叱られる羽目になった。