翌日、出発前に村の住人と情報交換を行う。
やはり先の大雨の被害は甚大で、あちらこちらで土砂崩れが起きたらしい。
あと鉱区に人が見当たらなかったのは、層岩巨淵の穴の下、地下鉱区で異常な鉱石が発掘されたせいとのことだ。
鉱夫たちが『願いの石』と呼ぶその鉱石が見つかると、黒い泥が湧き広がり、鉱夫の精神に異常をきたした。
そのような事件があったために鉱夫には七星という権力者から避難命令が出ていて、『近々には鉱山が封鎖されるかもしれない』という話まである。
村を出発して層岩巨淵出口への坂を登っていく途中、一休みして振り返ると見事な景色が目に入った。
妙に付き合いの長くなったこの風景とも今日でお別れだ。
「やっぱり自分の目で見てこそ、世界の美しさを感じられるわ」
ナヒーダは吹き抜ける風を浴び、手で髪を抑えつつ遠くを眺めた。
その横で俺は、たまには自撮り以外もいいかなと、普通に写真を撮る。
「わたくしも撮りなさい!」
すると、無理やりフレームに入り込んでくる。
しかし映りこむには身長が足りないので、猫が伸びをするかのように両手を伸ばして妨害してきた。
「はいはい」
少し下がってしゃがみ込み、嬉しそうにポーズを取る彼女を撮影する。
門構えがごとき巨岩の隙間を抜けて璃沙郊と呼ばれる区域へ入ると、まるで先ほどまでが嘘だったかのように多様な動植物が出迎えた。
「えいっ!」
ナヒーダの掛け声と共に植物が鳥を捉え、即座に締め上げる。
彼女は動植物の知識が深く、パっと周りを眺めるだけで食べることのできる動植物を直ぐに見つける。
それらを適当に鍋にするだけでもおいしい食事となるのでかなり助かった。
「自然の神というから動物にも優しいのかと思ったが、案外シビアなんだな」
「あら、自然というものは案外残酷なものよ。それにわたくしはあくまでも草の神。自然の神とはちょっと違うわ」
小休止がてら周りの生き物を観察して立ち止まりつつ、璃月港へ向けて歩いていく。
一度ナヒーダが立ち止まるとしばらく動こうとしないが、それがちょうどいい休憩時間となっている。
しゃがみ込んで花を眺める彼女の後方で、草原に座り周囲を見渡す。
「んっ?」
やや離れた場所に、黒い仮面を付け、赤いフードを被った人型のナニカが浮かんでいる。
目が合ったかと思えば次の瞬間には見失ってしまった。
「Hu hu hu hu hu」
気づけばそいつは背後に居た。
「下がりなさい!」
ナヒーダがツタで拘束するがすぐに燃やされる。
「ちょっと相性が悪いみたいね」
俺は素早く荷物を整えて彼女のそばに立つ。
黒い仮面、赤いローブ、謎の杖。それに加えて、そいつは赤いバリアを纏っている。
ツタが燃え上がったことから、あれに触れることは避けた方がよさそうだ。
これ見よがしに魔術師がその杖を振る。
まずい気がして身構えると、杖から炎が噴き出した。
「ナヒーダ!」
彼女を抱え上げて逃げる。
地面が燃える。耐え難い熱気の中を走る。
スマホからウサギもどきが現れたが、燃焼して消えていった。
背中に火を吹き付けられる。
彼女を抱きしめ、自分の背を盾にして炎から守りつつ走り続ける。
胸元に抱いた彼女は何かを叫んでいるが、全力で走っているために途切れ途切れに聞こえて聞き取れない。
背後からは地面から何かがせりあがるような音が聞こえ、そして遮られるかのように背後から熱さが消えた。
おそらくナヒーダが足止めをしてくれているのだろう。
ただ、それを確認するような余裕はなく、ひたすらに走り続ける。
「バカね。わたくしなら大丈夫なのに」
文句を言いつつも大人しく抱かれていた彼女を降ろす。
道に沿って走った結果、安全だと思う頃には、水場のある大きなトンネルに辿り着いていた。
「今日はここで野宿だな」
背中部分が焼け落ちた衣服を脱ぎ、元の衣服に着替えようとする。
「っ!?」
息をのむ声が聞こえた。
背中の火傷を直に目にして大きなショックを受けたらしい。
「……ごめんなさい。わたくしのせいだわ」
ナヒーダは涙をこぼし、服の裾を握りしめて立ち尽くす。
その頭を撫でると、彼女は顔を埋めるようにして身を寄せた。
「俺が勝手にやったことだから気にするな」
そう、無理を承知で声を掛け、軽く抱きとめて落ち着くのを待つ。
食料の入っていたバッグは落としてしまった。
周辺で見つけたわずかな材料で軽く食事を取ると、傷を癒すためにも早めに横になる。
「早く寝なさい」
心配げに寄ってきた彼女がそう言って頭を撫でると、急に眠気が襲ってくる。
今日はノイズ掛かった夢を見ることはなかった。
翌日、目が覚めると、珍しくナヒーダが先に起きていた。
「目が覚めたのね。痛みは大丈夫? 無理をしては駄目よ? 辛かったら言いなさい?」
背中には何やら葉が貼ってあり、その下には薬が塗ってある。
流石に火傷を負うなどとは思っておらずガンダルヴァー村では薬を買っていなかったはずだ。
ペタペタと背中を確認していたら彼女に手を掴まれた。
「あまり触ってはだめ。それはわたくしが調合した薬よ。……長年使われている物だもの、効果は確かなはず。忘れず毎晩貼り替えて」
どうやら看病してくれていたらしい。予備の薬を渡される。
もしかしたら早起きなのではなく、ずっと眠らずに居たのかもしれない。
「あの、聞いてもいいかしら」
用意されていた朝飯を食べていると、おずおずとした様子でナヒーダが声を掛けてくる。
彼女はなぜか、カメラの構図を決めるかのように両手を使って"指カメラ"のポーズをしていた。
「なぜわたくしを置いて逃げなかったの?」
理由は幾つか浮かぶが、一番しっくりとくる答えは。
「俺はきみのことを仲間だと思ってる。仲間を置いて逃げるなんて流石にできないだろ」
「……わたくしのことは嫌いになった?」
「嫌いになるわけない」
この質問には即答できる。
その言葉を聞いて、安堵したかのように指カメラを解く。
何らかの攻撃準備であるかのようにもみえたが、もし回答を間違えたら一体なにをされていたのだろうか。
身支度をして歩き出した。
ナヒーダが観察のために立ち止まることが無くなったためにスイスイと進む。
しばらくすると道の脇にある池でスライムが繁殖していた。
それを見つけた彼女は「丁度いいわ」と言うと、スマホを取り出すように指示してきた。
「端末を起動して、あの水スライムを倒してみて」
「わかった」
とりあえずあのウサギもどきを使って戦えということなのだろう。
スライムへ向けて歩み寄る。
「待ちなさい! わたくしから離れてはだめ」
しかし、手を掴んで引き留められた。
小さく柔らかい手が、離さないと言わんばかりに強く握りしめてくる。
「へいへい」
この距離で届くのか不安に思いつつも、スマホ画面に映るウサギもどきのアイコンをタップする。
するとウサギもどきが飛び出し、勝手にスライムへと跳ね寄っていき、マシンガンの如く緑色の光弾を吐き出して敵を倒す。
思った以上に強かった。
「これで水元素を取得できたわ。次は水が出ることをイメージしながら、その情報端末を振ってみて」
言われるがままスマホを振るうと、バケツをひっくり返したかのようにバシャリと水が飛んでいく。
「わずかな量だけれど、元素を保持できるようにしたの」
「おお、つまりは俺にも魔法を扱えるようにしたってことか。すごいじゃないか」
「戦闘力があるわけではないから無茶はしないで。あくまでもこれは元素から身を守るためのものよ」
さらっと流してるけどこれ、精神感応で動作してる点もとんでもない技術だと思う。科学技術で再現しようとしたらどれだけの手間が掛かることやら。
ただし、イメージがあやふやだったり混乱している際にもこいつがまともに動作するかは疑問だが。
その後は歩きながら使い方の詳しい説明、というかもはや注意事項、を聞く。
一通りの説明が終わったあとは、無言で歩く。
昨日までと違って見知らぬ動植物に見向きもしないので、明らかに異様な雰囲気だった。
『あれはなんだ?』と話を振れば答えてくれるものの、好奇心が鳴りを潜めている。
俺は心の中で溜息を吐き、時間が解決してくれなかったらどうしようかと悩みつつ道を進む。
由来の気になる廃墟、廃村や、二体の巨像。
さらには宙に浮かんだ城。
本来であればもう少し楽しい旅路だったんだが、仕方もない。