草神と行くテイワット   作:ぶれーくだうん

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7. ガイアとの交流

 コレイを連れ去るガイアの、その後をつける。

 

 そして会場を離れ、人寂しい路地裏を抜け、少し広さがあるが誰も居ない通りへと至った頃合い。

 長身の彼は氷の刃を小さな肩へと突き刺した。

 

「何で……?」

 突如攻撃されたコレイは、状況が分からない様子で疑問を口にする。

 だがガイアは何も答えずに追加の刃を投げつける。

「クソっ!」

 氷を避けた彼女は悪態を吐いて走って逃げるが、しかしその先には既に氷の壁が聳え立って道を塞いでいた。

 

「おい、まだ本性を隠し通すつもりか? 逃げても無駄だぜ?」

 ガイアは追い詰めた獲物を狩るがごとく、ゆっくりと追撃を用意する。

 

 

 それを見てナヒーダが飛び出そうとするが、咄嗟に捕まえて引き寄せた。

「(コレイの危機よ! どうして止めるの!)」

「(ガイアは致命部位には当てようとしていない。いたぶって遊んでいるだけだ)」

「(猶更に酷いじゃない!)」

 

 もし本当に殺す気なら初手で致命傷を狙っているはずであることを考えれば、彼の意図は追い詰めて本性を暴き出したいということだろう。

 コレイが本当に人を殺害しているとすればガイアが事を急くのも分かるし、それに何よりも下手に庇い立てすれば追及の矛先がこちらへ向く可能性がある。

 だから俺としては、できれば介入せずに済んで欲しい。

 

 そう言い争っている内に、追い詰められたコレイの身からは黒焔が噴出し、蛇の形を取った。

「ふん。やっと姿を現したか。失望させないでくれよっ!」

 黒焔とやらは人外染みた身体能力を与えるようで、彼女は余裕ぶった言葉を吐くガイアの背後へと一瞬で回り込み、その台詞を中断させる。

 

 先ほどまでは彼も手加減をしていたが、今はそれが見られない。

 こうなれば本気で命を奪う可能性があるので流石に見過ごすこともできず、最悪の場合に備えて介入できるよう近くへと寄る。

 

 

 

「今のお前をお友達が見たら、どんな顔をするんだろうなあ」

 一進一退の攻防の合間に、ガイアはコレイに揺さぶりの言葉を投げた。

 

 コレイは暴走した様子であり、もはや彼女の意思とは関係なく周囲へ黒焔を振るって破壊を振り撒いている。

 もうすでに物理的な攻撃性を引き出したが、しかし彼は、より深く本性を暴くために精神面での攻撃性まで証明したいらしい。

 

 隣のナヒーダは今にも飛び込みそうな様子であり、落ち着かせるために繋いだ手から頻りに緊張が伝わってくる。

 ガイアの挑発にコレイが乗るにしろ乗らないにしろ、この状況が"はいそうですか"で穏便に収まることはない。

 なれば後は、介入のタイミングをどうするかの問題でしかないのだろう。

 

 

 暗がりから状況を見守る俺たちだが、その向かい側の路地からアンバーがやってきた。

 それと時を同じくして、ガイアがコレイの黒焔に捕まり、彼は首を掴まれてその体が宙へと浮く。

 

 ガイアは首を絞められ苦悶の表情を見せ、アンバーは心構えもなしに殺し合いの状況を目撃し、目を見開いて呆然と立ち尽くしている。

 そろそろ潮時だろうか。

 

「違う……これはあたしじゃない……。人を殺したくなんてない。……あたしの意志を蔑ろにするなら、お前らなど必要ない!!」

 

 その言葉と共に、彼女は黒焔の制御を取り戻し、ガイアを解放した。

 だがそれは彼にとっては不都合であったらしい。

 

「っ! おいっ、逃げるつもりか!」

 首を放されたガイアはそれを逃げる事前準備だと解釈し、コレイを追い詰めるためにさらなる追撃を繰り出す。

 しかし攻撃を受ける彼女は、自らに迫りくる氷の刃を見ても棒立ちのままだ。

 

「殺せ」

 コレイは自らの死を受け入れた表情で、そう言い放った。

 

 

 その様子にガイアは一瞬だが驚愕の表情を見せ、そしてナヒーダも抑えが利かなくなる。

「蔓延りなさい!」

 植物が彼の体に巻き付いて動きを封じ、氷の刃も取り上げて無力化した。

 

「スメールの民をこれ以上傷つけさせる訳にはいかない」

 コレイを背に守るように、ガイアの前へとナヒーダは立ち塞がる。

 

「おまえ……、どうしてあたしなんかを……」

「ウサギ伯爵!」

 緑頭は自嘲の言葉を吐くが、それを介入の機会とみたアンバーが兎を模した爆弾を投げ込み、爆発と閃光が視界を奪った。

 

 煙が晴れて視界が戻った時には、既にアンバーとコレイの姿はどこにも見えない。

 とにかくコレイを安全な、ガイアから遠い場所へと退避させることを優先したらしい。

 

 

「はぁ……。もっと面白い答えを期待してたんだが、期待外れだったな」

 コレイらが去ったことで蔦から解放されたガイアは、吐き捨てるように独り言を口にした。

「でっ、お前らの正体は何だ? 今度こそ言い逃れはさせないぜ」

 

 こうしてこちらへ飛び火するのが嫌で介入を渋っていたのだが、なってしまっては仕方がない。

 彼女の前に一歩出た俺は、少し昂っている様子の彼に冷や水を浴びせる。

 

「自分の思い通りに行かなかったからって、今度は俺たちに八つ当たりかよ? 少し子供っぽ過ぎるだろ」

「それに関してはごもっとも。だが、あれに関わっている以上はちょいとばかし見逃せないなあ」

 彼はお道化た様子で語るけども、命のやり取りの熱が残っているのか、まだ目付きは煌々として鋭い。

 

『観客が居ては話ができないか? なら場所を変えよう』

 

 

 

 ガイアの一声により、俺たちはエンジェルズシェアという酒場へと移動した。

 

「それで、だ。いい加減に、お前たちの事情は教えてもらうぞ? 今までは害がないと判断して泳がせていたが、今回の件は見逃せない」

 歩く内に頭が冷えたのだろう、バーのカウンター席に着くや否や、少し疲れたという風に気を抜いた彼が本題を切り出す。

 それを受けて俺は、店内で唯一の部外者である赤毛のバーテンダーへと目線を向ける。

 

「安心しろ。あいつは俺の身内みたいなものだ」

 俺の目線を受けて、ガイアは赤い店員の守秘性を保証した。

「口は堅い。頭も固いがな」

 

 そう余計な言葉を付け足した彼に、バーテンは溜息を吐き、そして三人前のワインを提供する。

 ……と思ったが、口を付けたらブドウジュースだった。

 ナヒーダへ目を向けると美味しそうに飲んでいるが、ガイアは渋い顔をしているのでやはり彼もジュースだったらしい。

 

「わたくしはスメールの神よ」

 ジュースを堪能した彼女は結論から切り出した。

 

「へぇ。草神サマが一体何の用でモンドに来た? 人体実験かなにかの一環か?」

「いいえ。ただの逃避行」

 そして今までの経緯を語る。

 

 

「ふむ……。分かった、信じよう」

 顎に握り拳を当てながら話を聞いていたガイアは、目線を横に向けて、何やら打算を組む様子を見せながら承諾した。

 そして騎士団員としての立場から言葉を続ける。

 

「だが問題事を持ち込んだ時には、必ずしもモンドが味方になるとは限らないと理解しておくことだ。もし万が一、君とモンドを秤に掛けるならば、俺はモンドを取る」

「ええ、分かっているわ。わたくしはただ、この国の片隅で普通の生活ができればいいの」

「殊勝な心掛けだな。……おいおいそんな怖い顔をするなよ」

 彼はナヒーダから目線を外し、こちらへと話しかけてきた。

 

「別に俺個人としてはお前らに協力しても構わない。むしろ、積極的に恩を売ってモンドの危機の際には助けて貰おうと考えているくらいだ。何やら近頃はきな臭いからな」

 そう語るガイアであるが、彼には以前の恩もあるし信用できない訳ではない。

 しかしコレイでの対応もそうだが、時々苛烈なので心から信頼できる相手とも言えない。

 

 とは言えど何か代案があるわけでもないから、俺にできるのは釘をさしておく程度か。

「……はぁ。彼女のことは言いふらさないでくれよ?」

「当然だ。七神の一人が知り合いに居るだなんて大層なアドバンテージ、そう易々と捨てはしないさ」

 

 まあこいつはこいつで詰まらないことをするタイプではないので、それが"面白いこと"にならない限りは安全なはずだ。

 むしろ単純な逆境であれば、喜んで劣勢側に加勢するような輩だろうし。

 

 

「で、お前はなんだ?」

「なんだ、と言われても困るが」

「神をも閉じ込める檻の中に入り込んだなら、それは普通の人間じゃない。ならば、お前は何なんだ?」

 蛇か、さもなくば竜のような目つきで見つめてくる。

 

 ナヒーダは彼女自身についてを語ったが、俺に関しては詳しく語らなかった。

 そのために俺にも秘密が眠っていると踏んだようだ。

 

「俺は世界を飛び越えられるらしい。それで異界からこちらへ来た時の位置が檻の中だったんだよ」

「ほぅ。それは興味深い話だ」

 続けろと、彼は目線と沈黙で示す。しかしこちらとしては、それ以上の話は無い。

 

「それだけだ。それを含めて全ては偶然の産物」

「偶然にしてはあまりにも出来過ぎじゃあないか? 運命によって出会い、奇跡的な脱出を繰り広げる。それはそれは素晴らしいお話だが、ここで披露するにはちと安すぎる」

 

 確かにそうではあるが、少なくとも俺が何らかの意図を持っていた訳ではない。

 とはいえ一部を説明する仮説が無いわけでもない。

 

「俺の能力は転移先の情報を必要としていて、また彼女は出られない代わりに草神の能力で世界を観察していたらしい。だから俺がこちらの世界の座標を観測する際に混線したんじゃないかと考えている」

 

「それはつまり、お前が行き先を探している時に、彼女が"ここへ来て"と招いたということか?」

「結果的にはそういうことだな」

 

 

 俺たちの問答を聞いていた彼女が、不満げな顔で言葉を挟む。

 

「わたくし、その仮説を初めて聞いたのだけど」

「きみならこの程度は考えればすぐ思いつくだろうし、わざわざ口にするほどではないだろ」

「あなたの考えに貴賤などないの。考えついたのならきちんとわたくしに語りなさい」

 

 パンパンと、ガイアが手を叩いて意識を引き、話を元に戻した。

「それで、お前は神をも超えた力を持つわけだが、そこにはお前のような存在がわんさかいるのか?」

「いいや。むしろ特殊能力どころか、神や精霊すら存在が否定されるほどに神秘の存在しない世界だな」

 

 少なくとも科学の発達した現代において超能力者の存在はほぼ否定されている。

 俺自身が例外になったとはいえども、情報ネットワークの仕組みからして隠蔽は難しい。

 なので、『実は闇夜に超人が跋扈している』等の、考えるだけでも頭の痛くなるような世界ではないはず。

 

「ふむ。お前の来た異界もそれはそれで非常に興味深いようだ」

「あとはアルベドに聞いてくれ。俺の能力に対する実験結果を含め、モンド人で一番俺の事情や性質に詳しいのは彼だ」

 道徳には欠けているが、あいつはあいつなりに倫理観を持っているので情報の取り扱いは任せていい。

 

「件の主席錬金術師様か、……いいだろう。お前からも、資料を開示するよう言っておいてくれよ?」

「ああ、分かった」

 

 彼の反応からして、俺を信用したというよりは、アルベドの資料を読むまで保留にされたという感じだ。

 だがその研究でも転移以上の能力は認められていないし、問題はないだろう。

 

 

 

 酒場でガイアと別れてから、コレイ達の行方を訪ねに図書館へと寄る。

 しかし、コレイは疲れたのかもう既に寝入っていた。

 アンバーもそこに寄り添って寝ていて、だが意外に寝相の良いコレイと違い、そいつは大股開きでへそ丸出しの豪快な姿だ。

 とりあえず余っていた毛布を二人に掛けておく。

 

 リサさんに現状に関する話を聞けば、黒焔を暴走させたことを鑑みて、明日の日中には封印の儀式を行うことになったらしい。

 なおそれなりの強行軍なので、運動嫌いのリサさんは同行せずにティナリとセノが監督者として参加する。

 

 

 祭りの時刻を過ぎ、自宅へと向け、途端に静かになった街を歩く。

 そんな最中、ナヒーダが隣から腰へ抱きついてきた。

 

「どうした?」

「……賑やかさが終わって、少し不安になってしまったの。まるで世界とお別れしてしまったみたい」

「祭り後の寂しさは俺も分かるよ」

 

 日常へ戻るだけなのに祭りの後というのは、何か大切なものを失ってしまったような焦燥感があるものだ。

 とはいえそう感じたのは子供の頃であり、流石に今はそこまでのものは感じないが。

 

「じゃあもう少し、祭りの余韻に浸ろうか」

 

 そう声を掛け、街の中の小さな広場で椅子に座り、何をするでもなく、ただただ二人で寄り添って過ごす。

 小さかった頃は俺も友人達と、こうしてよく祭りの後に公園でたむろしていた。

 祭りの後とは得てして悲しいものだが、その悲しみの中で過ごす"まだ家には帰らない"という楽しみは、忘れがたい記憶として残っている。

 

 暗い公園で無為に時を送るだけの中身のない行動であるものの、彼女とのひと時もやはり、特別なものとなるだろう。

 

 

 

 家に戻ると雑踏の埃を落とすために風呂へと入り、軽食を取ってから、明日の準備をして早めに眠ることとした。

 

 相も変わらず、彼女は就寝前に祈りを捧げる。

 普段の可愛らしい表情とも、勉学時の知的で見惚れる表情とも違う、荘厳で侵し難い、神殿に飾られる女神像のように美しい姿。

 微動だにしない彼女を眺めるのは、美術館に来たかのような不思議な感覚だ。

 

 

 祈りを終えれば布団に入ってくる。

「今日のお話は?」

「ドストエフスキーという作家の作品にしようか」

「どのような作家さんなのかしら」

 

「この前に読んだ"ドン・キホーテ"を強く称賛した人物であり、個々の登場人物の自主性を重んじつつ一つの高度な物語を構成するという点では、その文学性の後継者。そして非常に大きな影響を残した小説家の一人でもある」

 これは芸術ではなくただの心理学だ、と言われる場合もあるが、何にせよその心理描写に関しては価値の疑いようはない。

 

「……わたくしは、あれがわたくしへの皮肉を意図したものなのか、今でも真意を測りかねているのだけど?」

「批判する意図はないな。純粋な悪戯心によるものだ」

 

 キホーテ卿を尊敬しているのは事実だし、文学的価値から彼女に読ませたかったのもあるが、決め手となったのは単なる悪戯心だった。

「あまり意地悪は嫌よ?」

 "気を付ける"と答えたところで意味は薄いので、誤魔化すためにその頬へ口づけをする。

 

 

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