翌日、朝早くから出発して星拾いの崖へと向かい、見晴らしのいい崖の上に到着する。
メンバーはアンバーとコレイ、ティナリとセノ、そして俺たちの計六名だ。
そして魔神の力が弱まるという正午頃、セノがコレイに封印を施した。
『うぅっ……。ああぁぁぁぁ!?』
コレイはしばらく叫びを上げ続け、ぱったりと気絶する。
「これで封印作業は終わりだ」
そのセノの宣言を合図に、倒れたコレイをアンバーが助け起こし、目が覚めた彼女のその包帯を解いて綺麗な肌を晒している。
魔神というとんでもない存在を扱う割には、終えてしまえば存外にあっけないものだ。
喜ぶアンバーたちを見て、セノとティナリが踵を返す。
「俺は先にモンドへ戻る」
「僕も戻ろうかな。邪魔しちゃ悪いしね」
「俺らも戻ろうか」
「そうね」
ナヒーダは今一度コレイたちを愛おしそうな目で見つめてから、手をつないでその場を後にした。
なだらかな草原を、二人減った四人で歩く。
なお『アンバーが居るから』と言われ、今日も俺はサングラスを掛けさせられていた。
やはり昨日の視線はアウトであったらしい。
「ナヒーダと言ったな」
「ええ」
草神を呼び捨てにしたセノに対し、事情を知るティナリがギョッとした目を向ける。
「きみが大根の妖精だというのは本当か?」
発言内容の酷さに、ティナリは両手で顔を覆った。
「ふふっ。妖精だとしても、大根の妖精ではないわ。一体誰がそのような事を言ったのかしらね」
「そいつだ」
セノは俺を指差し、指差された俺はティナリから信じられないものを見るような眼差しを受ける。
「あまり詮索しないでくれないか。彼女にも事情がある」
「……そうだね。セノ、あまり詮索してはいけないよ」
言い逃れのための俺の言葉に、顔を引き攣らせたままのティナリが追随した。
彼は教令院へ情報が漏れることを考えれば本当のことを教える訳にはいかないと理解している。
「ふむ。そうか」
セノはさほど追究する気は無かったようであっさりと退いた。
言いようのない沈黙が広がる。
ティナリが気を張っているのもあり、沈黙には少し緊張感が残っている。
だから気を利かせたのか、セノが俺に会話を振った。
「あるスメール人が壮絶な旅の果てに終の住処を見つけた。その時、なんと言ったと思う?」
「何かの遺言を残したとか?」
「"ここに住めーる"だ」
「………」
「面白くなかったか?」
「……そのギャグは、少し滑ったスメルがするが」
「スメールだけに」
"ハッハッハッ"と、俺とセノは軽く笑い合う。
「……地獄だ……」
生真面目なティナリには俺たちの会話が受け入れられなかったようで、げんなりとした顔を見せていた。
『コレイたちに危機が迫っているよ』
突然、サングラスに通信が入った。いつも通りの例の人物によるものだ。
『ただし相手は魔神に詳しいみたいだから、その子は表に出さない方が君たちの為だね』
確かナヒーダも魔神の一種であるので、これは下手すれば相手方に素性がバレる危険があるということを意味する。
「……やっぱりコレイ達を待とう」
「いいけれど……、どうしたの?」
「なんとなく嫌な予感がするんだよ」
今回は隠せと言われていないが、今まで通りに考えれば隠しておいた方が無難だろう。
判断根拠は伝えずに要望を押し通すことにした。
「ティナリ、セノ。できれば付いてきてくれないか?」
「ああ、俺の力でよければ貸そう」
「今更になって危険があるとは思えないけれど、僕もついていくよ」
どうせ俺たち二人は戦闘要員ではないので対処は彼らに頼ることになる。
最悪はティナリだけでもと思ったが、二人とも来てくれるならありがたい。
そこからしばらく歩くと、ナヒーダが何かに気づいた様子で顔を上げた。
「どうした?」
「凄い速さで走ってる人物がいる。どうやらコレイを狙っているみたい」
その台詞を聞いたセノがこちらへ目を向けてくる。
しかし先ほどの『詮索しないで欲しい』という言葉を尊重したらしく、彼は目線を戻した。
不用意ではあったが説得に都合の良い情報であったので、俺は声を落として隣の彼女と密談をする。
「(それは魔神の力を察知できるということか?)」
「(……そうかもしれない)」
「(ならきみは隠れていてくれよ?)」
「(……わかったわ)」
自らが関われないことに不服そうながらも、しぶしぶと承諾した。
一方のセノは恐らく、彼女が目視できない位置にいる人物を認識できていること、そして俺がそのような状況を予知したことに疑念を抱いていることだろう。
しかし理由を説明するわけにもいかないので、そちらの問題は放置して、ただただ早歩きで足を進める。
近くにまで到着すれば、大きな化け物がアンバーたちに襲い掛かっている姿が見えた。
「ティナリ! 援護射撃を頼むぞ!」
「いわれずとも!」
即座に全力で走り出したセノをティナリが追いかける。
巨大な獅子のような化け物は腕を振るう度に黒焔の斬撃を飛ばす。
それに対しアンバーも応戦するが、コレイを抱えていて動き辛そうだ。
「コレイを回収してくる!」
「待ちなさい! 危険なことはしないで!」
「大丈夫、戦いには参加しない!」
大きな岩陰に彼女を残し、俺は赤ウサ耳たちへと向けて走る。
「アンバー、コレイ! 怪我は!?」
「全然平気! コレイを任せたよ!」
俺が緑頭を受け取るや否や、彼女は弓を構えて戦闘に飛び込んでいく。
化け物の周りを駆けて翻弄するセノ、僅かな隙を見逃さず着実に射撃を当てるティナリ。
そこにアンバーが加わり、安定して追い込んでいく。
不意に、化け物の振るった斬撃がこちらへ飛んできた。
『避けなさい!』
サングラスからはナヒーダの声が響く。
「っ!?」
コレイを連れている関係で下手に避ける訳にもいかず、身を盾にした結果としてその流れ弾を食らう。
流石にあの強大な一撃を受け止めきるにはエネルギー不足で、ナヒーダの力を借り受けていたバリアは割れ、貫通した衝撃波が掠めて腹を切り裂いている。
「おまえ、大丈夫か!?」
「あぁ。それよりも早く下がるぞ!」
通信機からの悲痛な叫びを聞きながら、俺は安全圏へと下がろうとした。
だが恐らく俺の負傷を見て事態を重く捉えたのだろう。
それよりも早く、ティナリとセノがその巨大な両手を弾き飛ばして化け物を追い込む。
「馬鹿な! ……なんだと!?」
無防備な姿勢となった化け物はティナリ達の強さに驚きを言葉にする。
しかしそこへ更に追い打ちをかけるように、仮面を付けた赤毛の男が乱入し、化け物の手足を黒い鎖で射貫いてもう一度驚愕させた。
そして最後に放たれたアンバーの一撃が決め手となり、力を失った化け物はヒト型へと戻るかの如く小さく縮んでいく。
「お前は……、いやその道具か……」
ティナリとアンバーがその男に困惑を見せる中で、セノは即座に乱入者の男性に対して立ちはだかり、男が身に着ける宝石付きの手袋を睨みつけた。
どうやら先ほどの黒い鎖は黒焔に関連するものであるらしい。
「奴だ! あいつが黒焔の犯人だ!」
騎士団を引き連れたガイアが到着してそう叫ぶ。
ガイアが指さしたのは、赤い乱入者。
昨夜の件からしても、黒焔事件の犯人はコレイのはずだ。
そう思ったのは俺だけではなかったようだが、ガイアが臨戦態勢のセノへと目配せをし、セノもそれを受け入れて下がったので、ここは素直に引いておく。
態々騎士団まで率いてパフォーマンスをしている辺り、どうせお上から指示が出ている等の政治的な事情によるだろうから、俺の関わる領分ではない。
重症ではないものの軽いとも言えず、ウサギ耳に怪我の重さを気取られると絶対に煩いので、極力平然とした風を装ってアンバーにコレイを返しナヒーダの元へと向かう。
岩陰へと戻れば不機嫌な顔に歓迎される。
「見せなさい」
「そこまで深い怪我では……」
「早く、傷を見せなさい」
彼女は感情を殺した冷静な態度を見せ、そこにはありありとした激情を抑え込んでいることが読み取れた。
岩を背にして地べたに座らされ手当を受ける。
「……危険なことはしないでと言った」
応急処置をするナヒーダが呟く。
「わたくしは危険なことはしないでと言ったのに。でもあなたには聞こえていなかったみたいね」
聞こえるか聞こえないかの声量で、まるで独り言を呟くかのようにぶつくさと文句を言う。
彼女は感情が高まると引き籠る習性があり、今見せているこの態度もまた、精神的な引き籠り癖によるものなのだろう。
「すまない。不用意だった」
「どうしてあなたは、危険だと分かっていてそこへ飛び込むのかしら」
「そりゃあ適度な危険さはスリルであって……」
「危険に適度なんて、あるわけがないでしょう?」
ニッコリと微笑む彼女だが、彼女は不思議と言外のニュアンスを表すのが得意なので、先ほどからその怒りがひしひしと伝わってくる。
しかも叱るだけなら怒り顔でいいのにわざわざ微笑んでいるということは、『叱るだけでは済ませない』という言外の意であろう。
流石に居た堪れなくなり目線を外す。
あの場でコレイを保護するのは必要なことだったと思っている。
だが、彼女の言うところの『スメールの民を救うためだ』と口にすれば、彼女のせいで俺が怪我をしたと受け取られかねない。
そうなれば彼女はまた自分を責めるだろうから、それを避けるために馬鹿を演じるべきだ。
唇を、奪われた。
彼女の今の気持ちを伝える、荒々しく、押し倒さんばかりのキス。
俺は背中を岩肌に押し付けられ、それでもなお彼女は全身の体重を掛けてくる。
その目は獲物を逃さないとばかりに開かれていて、至近距離で睨まれながら唇を絡めた。
しばらくして口が離れるが、彼女は不機嫌な顔で黙り続ける。
その沈黙に読み取れるのは"許さない"の一言だ。
許しを請うため、今度はこちらから顔を近づけた。
ヒト型へと戻った化け物はファデュイの高官であったらしく、手当の為に直ぐに街へと戻っていった。
なのでナヒーダと共に現場へ戻り、騎士団の事情聴取を受けてから皆と合流する。
「おまえ、怪我は本当に大丈夫だったのか?」
「あんた怪我したの? 見せなさい!」
傷を案じたコレイの言葉を受け、アンバーが俺の服を断りもなしに捲り上げる。
「深くない傷だから大丈夫だって。もう処置もして貰った」
「うわー、本当に怪我したんだ。これに懲りたら無茶しちゃダメなんだからね!」
「お前も怪我してただろうに」
「わたしはいいの! 偵察騎士なんだから!」
身体のあちらこちらに傷を作った彼女は、しかし何ら気にしてない様子で笑った。
アンバーはコレイと会話を始めたので、ナヒーダの様子を見れば、彼女はセノと熱心に言葉を交わしている。
どうやら先ほどの高官の正体と乱入者の持っていた道具について議論をしているらしい。
専門外の内容についていけず手持ち無沙汰なティナリが、丁度良かったという風に歩み寄って話しかけてきた。
「……セノが草神様に無礼を働かないか不安なんだけど、どうしたらいいと思う?」
「ナヒーダはむしろフランクに接してもらう方が好きだから、あのままでいいだろうな。むしろ敬って距離を取られる方が悲しむ」
「それでも胃が痛くて仕方がないよ」
「まあ慣れるしかないんじゃないか?」
「……きみもその一端なんだけど。なんだよ大根の妖精って」
両耳を揃えてこちらへと向け、まるで今にも射抜きそうな表情で非難してくる。
「セノが彼女の異常性に感づいたんだよ。だから適当なカバーストーリーをでっち上げて、その時に出てきた設定がそれだ」
「はぁ……。まあ草神様が納得しているなら僕がとやかく言うことでもないか」
「その草神さまにも怒られたけどな」
「……きみは馬鹿なのかい?」
テンションを表すかのように、彼の頭上の耳がへにょりと垂れた。
「帰りましょう、って伝えるよう言われたわ」
セノとの会話は終わったらしく、そしてまたコレイが狙われても困るため、今度は念のために皆で帰る。
彼女はその両手を俺へ向けて広げた。
「あなたは目を離すとすぐ危ないことをしてしまう。だから離れることのないよう、帰り道はだっこをしなさい」
仕方なく彼女を抱き上げれば、強く首元に腕を回してくる。
「……なあ、おまえその歳で抱っことか、恥ずかしくないのか?」
ナヒーダとあまり背丈の変わらないコレイが、俺たちのやり取りを見て嫌そうな顔をしながら苦言を呈した。
コレイは身長的には思春期に入る年頃と考えられ、やはり子供っぽさというものが気に掛かるようだ。
なお口の利き方ゆえに、ティナリが凄い顔をしているのは言うまでもない。
「わたくしの見た目なら普通のことではないかしら」
「いや、まあそうかもしれないけどさ……」
何ら動じない彼女の様子に、押しの弱いコレイはたじろぐ。
「こいつは親の温もりを知らずに育ったんだよ。なんならお前も抱えてやるが?」
そう、ナヒーダの背を撫でながら俺は声を掛けた。
すぐさま反発されるかと思ったが、しかし彼女はナヒーダの境遇に共感したらしく、落ち着いた様子で答える。
「そうか、おまえも……。……あたしにはちゃんと親が居た。だからいい」
家族のことを思い出しているのだろう。
泣きそうな、でもそれを過去として乗り越えたような、強さを知った表情だった。
「コレイー! 寂しかったねぇー!!」
会話を半分しか聞いていない赤ウサ耳が横から突撃してくる。
緑頭はアンバーに抱きしめられたが、心の壁が取り払われたのか、嫌そうな顔はせず朗らかに笑った。