日暮れ時。大きな橋を渡ると、ついに璃月港へと到着した。
広大で発展した都市。
スメールシティも見事だったが、人間の営み、人の造る建築様式としてはこちらの方が上かもしれない。
『今後どうするか?』と、彼女に問いかける。
ここまでの旅路はこの璃月港を目的地としていたので、ここから先の予定を俺は知らない。
「万が一、賢者たちに見つかることを考えるなら、念のためにモンドまで進みましょう」
考え込みながらそういった彼女は、しかし真剣な様子から不安げな様子へと表情を変え、こちらを見た。
「いえ、正直に言うわ。モンドまで行ってみたいの。……一緒に行きましょ?」
小さなワガママを口に出せる程度には気分が回復してきたらしい。
それを嬉しく思い、快諾する。
「あれは」
橋の先の広場、その目の前の開けた食事処に差し掛かると、ナヒーダが声を上げる。
テラス席では背の高く、整った身なりをした男性が食事をしていた。
「おや、聡明そうなお嬢さんだ」
「初めまして、といったほうがいいわね」
二人で歩み寄ると向こうから声を掛けてきた。
「共に食事でもどうだ? モラは気にしなくていい」
彼は空いた席を手で示して俺たちに着席を促す。
特に警戒するでもなく席に着いた彼女に続いて、俺も腰を降ろした。
鍾離と名乗った彼とナヒーダの会話を聞く限り、彼もまた神のひと柱であるらしい。
神同士の会話になんて口を挟む気にもなれなかったので、俺は聞き役に徹する。
「……それは稀有なことだな。少し聞いてみたいことができた」
ナヒーダがここまでの旅路を語り、それを聞いた鍾離さんは、その重厚な眼差しをこちらへ向けた。
「人であるお前に問おう」
俺を見据えて。
「お前にとって彼女はどのような存在だ?」
「親友であり、悪友」
遊び友達のような、でも命を預けあっているような。
そんな不思議な関係を例えるなら親友や悪友だろうと思う。
納得したのか、それともしないのかは分からないが、彼は次の質問を述べた。
「人でないお前に問おう」
今度はナヒーダを見据えて。
「お前にとって彼はどのような存在だ?」
「掛け替えのない人よ」
その言葉にどれだけの意味が込められているのか。
共にした経験を思えば決して軽すぎるようなものではないと思うが、時間にしてみれば、ましてや数百年を生きたという彼女にとっては、それは短いものだろうし。
「ふむ」
俺たちの返答を聞いた彼は、目を閉じて少し考え込む。
「お前たちは得難い関係を手にしたのだな」
そして彼は、若者を見守るかのように柔らかい眼差しを向けた。
どこか羨ましいものを見るようで、どこか懐かしいものを見るようで。
神の心を推し量るなど俺にできはしないが、兎角それは人間味のあるものだと感じた。
ナヒーダが注文した皿が来る。
メニューを見て『名前を知らなかったから』という理由で選んだ問題作だ。
どうやら期間限定のオリジナル料理らしい。
「ん? ああ、この料理はお前たちだけで食べるといい」
「えっと、やっぱりわたくしは遠慮しておこうかしら。この子が食べてくれるわ」
「え、俺海鮮ニガテなんだけど」
海鮮料理の前に、海鮮嫌いが三人。
仕方ないので取り皿で三分割して食べる。
「うむ。この種の魚の持つ臭みをここまで完璧に消すとは、まさに職人技だ。よければ俺の分も食べるといい」
「この味はとても繊細で筆舌に尽くし難い見事さね。よければわたくしのも食べていいわよ」
「俺は遠慮しておく。臭みが消えてても見た目と食感で魚の匂いを思い出すんだよなあ」
食後に口直しに茶を飲むと、鍾離さんと別れた。
鍾離さんは店員に「今日の食事は往生堂につけておいてくれ」と一言。
手慣れていて、何をするにしても余裕と落ち着きがある。
「あの人、格好いいな。まさに頼れる年長者という感じだ」
「そうね。彼は責任をもってこの街を治めてみせている。契約を重んじ、見事な秩序を敷いてみせたその手腕はわたくしも見習いたいと思っているの」
腹ごなしに軽く歩きつつ、様々な感想を語り合う。
街へ到着したとはいえ、金などないので当然野宿だ。
『モンドへ進む』という方針は決まったので、明日出発することを考えてモンド方面へ歩きつつ、街を観光する。
日の暮れた街は無数の灯りに彩られ煌びやかであり、行き交う人々の多さもあってとても賑やかだ。
幻想的とも言える造りの街並みもあり、テーマパークに迷い込んだかのように思えてくる。
中心街は高所に通路や橋の張り巡らされた複雑な造りとなっていて、俺たちは特に理由もなく通路を登って、二人で自撮りをする。
歩き回る内に夜も深くなっていくが、街の喧騒はとどまることが無い。
「おっ、あれは港か」
この中心街のさらに中心とおぼしき大きな広場からは、広く開けた道が海へと向かって伸びている。
「夜の海は見通せない深淵そのもの。決して近づいてはいけないわ」
「怖がりだな」
夜の海といっても、港は十分以上の街明かりによって照らされていて、周辺には未だ作業し続けている人たちも多いために例え転落しようともすぐに助けが入るだろう。
その道を通って港へと降りれば、大きな塔が二つ海中からそびえ立ち、海に対する巨大な門となっている。
提灯によって飾られたあれは、港へと帰ってくる船を歓迎するためのものなのだろうか。
海に近づこうとしないナヒーダを説得し、海門を背景に二人で写真を撮る。
そこには不安げにしがみ付く彼女の姿がしっかりと記録されていた。
港のデッキはその下が荷下ろし場となっていて、雨を凌げるそこは人々の溜まり場でもある。
「今日はここで寝よう」
そう言うと、本気で嫌そうな顔をしつつも、夜遅いこともあり彼女は渋々と従った。
巨大な荷物を風よけとして利用し、壁際にもたれ掛かるようにして休む。
ナヒーダは抱きつくようにして腕の中へ潜り込むと、海を見るのも嫌とでも言いたげに顔を埋めてきた。
意外な一面を見てしまったという驚きと、寝床を探すのが面倒だったとはいえ悪いことをしたかな、という後ろめたさから、子供をあやすようにゆっくりと背を撫でてみる。
撫でられて落ち着いたのか、しがみ付く力は弱くなった。
潮騒の音に混じって遠く聞こえる街の喧騒は、相も変わらず賑やかだ。
うつらうつらと、船を漕ぐ。
「ほら、横になりなさい」
誰かに頭を撫でられる。
「貼り替えるよう言ったのに……」
喧騒は遠くなる。
そしてまた、ノイズ交じりの夢を見た。
翌日、壁にもたれていたはずだが、気づけばナヒーダを抱えたまま横になっていた。
眠気を堪え、欠伸をしながら目を開けると、周囲が煩いからかナヒーダもすぐに目を覚ます。
まだ夜が明けて早いはずだが、港はもう行き交う人々で賑わっている。
昨日の道中でもぎ取っておいたリンゴを朝飯として齧っていると、眠たげなナヒーダが『わたくしにも』と言って口を開けて待っているので、眠気覚まし代わりに彼女にもひとくち齧らせてやる。
「疑念に思うんだが、神に睡眠は必要なのか?」
「睡眠自体は必要としないけれども、眠ることはできるわ。そして一度眠りにつけば、人と同じく、眠ろうとする信号が体を制御するの。だから、習慣づけた睡眠時間より早く起きれば眠気を感じるものなのよ」
欠伸をかみ殺しながらも、そう解説してくれた。
荷下ろし場から港へ上がれば、ひっきりなしに船が行き交う様子が見える。
「これは煩いわけだ」
運び込まれた物品はその場で露天商によって売り出されたり、街へ運ばれていったりと大忙し。
そんな様子を横目に見つつ、俺たちはモンドへ向けて璃月港を出発する。
璃月港の出入口はモンド側にも大きな橋が弓なりに架かっている。
橋の先にある大きな鳥居のようなものをくぐると、もうそこは天衡山の麓。
つまり港町を出た瞬間からずっと、天衡山の峠にまで続く登山が始まる。
峠道なので山頂までは行かない。
ぱっと見だと、天衡山の標高の半分より下の辺りまで登るだけだ。
その道は石畳で綺麗に整備されていて、特に斜度の急な場所には階段まである。
「疲れた! 休憩しよう」
しかしこれは登山であることに違いないので、休みなしで歩くと滅茶苦茶疲れる。
道から外れ大きな岩の上に腰かけて、遠のいた街を見下ろす。
「大丈夫? お水は要るかしら?」
ナヒーダは体力はあるものの筋力自体はさほどなので、水筒などの限られた荷物だけを持ってもらっている。
「おっ、サンキュ!」
小さな水筒を飲み干すと、すぐさま彼女は植物で地下水を汲み上げて補填した。
「もっと要る?」
「いや、大丈夫」
火照った体を冷やすため、片膝を立てて、斜面を吹き上がる海風を浴びる。
補填の終わった彼女も、ちょこちょこと歩いて隣に座った。
日差しの暖かさと風の心地よさにウトウトしていると、気づけば膝にナヒーダの頭が乗っていた。
長い耳を折りたたむように曲げて眠る彼女は、どうやらこの心地よさに負けたらしい。
風の凪ぐ合間に耳を澄ませば、クゥクゥと、可愛らしい寝息が聞こえる。
その姿を写真に残した。
彼女が昼寝から覚めるまでしばらく休憩し、そしてその後も山道を登り続けると、ようやく峠へと辿り着く。
頭上では左右の崖の間にとんでもない大きさの岩が挟まっていて、それが橋のごとく左右を繋いでいた。
峠を越えたすぐ先には、道に面するように、落ち着いた小さな村が広がっている。
「ここから先は帰離原。かつて都として栄えていた場所。石書集録によれば、石門、つまりモンドとの境までずっと町や田園が続いていたらしいわ。
しかしそれほど栄えたこの地も、魔神戦争によって荒廃した。モラクスは残った民を引き連れて天衡山を南へ渡り、今の璃月港を築いたのよ」
「おー、そんな歴史があったのか」
そして妙にワクワクした様子のナヒーダが次のような提案をしてきた。
「雀を捕まえてみましょう。もしかしたら果物の味がするかもしれないわ」
「食べるところが少ないからやめておこうぜ」
きっと変な書物にでも影響されたのだろう。