村を抜けたすぐ先で野宿をした翌日、今日は帰離原を進んでいく。
昨日は登り、今日は下り。
進むとはいっても、今日一日は天衡山峠からの下山で終わるだろう。
なお昨夜は、背中の治療を忘れていたことをナヒーダに叱られた。
璃月港側である南斜面と比べ、北斜面はだいぶ緩やかとなっていて歩きやすく、おやつ時となる頃には帰離原の中央付近にまで到着した。
街道のすぐ脇には頑丈そうな岩で造られていただろう遺跡があり、塀は崩れてしまっているものの、その門構えは残っている。
「道沿いに遺跡があるのかあ。まあ元々は都だったと言うんだし、交通に便利な場所に昔の建物があるのは当たり前か」
「ここだけではなく、帰離原の至るところに遺跡が残っているわ。……ねぇ、ちょっと見ていきましょう?」
ナヒーダはその丸く大きな瞳を輝かせていた。
「今の街道が昔と同じ位置だと仮定するなら、きっとここが正門なんだろうな」
苔むした石橋を渡ってすぐ。目につく中でもひときわ大きな遺跡。
その分厚い石でできた門をくぐった先には、広大な敷地と、分厚い石壁でできていただろう建物跡がそびえている。
「立派な壁が何重にも聳え立っているが、この位置は帰離原の中央付近であるはずだし、これはお城だったのか?」
「ええ、その可能性は大いにあるわね」
「……しっかし、やけに盗賊が多い」
「彼らは財宝の収集を目的とした盗賊組織だもの。それこそ水に魚が居るようなものよ」
盗賊を蹴散らしながら、遺構の四隅にある石碑などを探索し、そのまま遺跡で野宿した。
そして翌日も、モンド方面へ向かいつつ、遺跡を見て回る。
今日は帰離原を抜けて、中間目的地である望舒旅館まで行く予定だ。
深そうな円形の池へ差し掛かったとき、それを興味深げに見ていたナヒーダが何かに気づいた。
「水中に幾つか宝箱があるわね。ひとつ引き上げてみましょ」
そう言うと、植物のツタで何か大きなものを引っ張り上げる。
「なんか豪華な宝箱だな。本物の宝箱なんて初めて見た」
「開けてみていいかしら」
ナヒーダが目を輝かせて言う。
重厚で重苦しい音を奏でて宝箱の蓋が開く。
「結構お金が入ってるのか。これならしばらくは楽ができそうだ」
「わたくしはもっと歴史的な遺物を期待していたのだけれど」
「たしかに昔の書籍だとか刀剣だとかも浪漫溢れてて嬉しいよな。でも水に沈んでいたわけだし、痛んでしまうことを考えればお金でよかったんじゃないか?」
「そうかもしれないけれども、水辺に水キノコンが居なければ拍子抜けよ! ……あら?」
「どうしたんだ?」
「これをみて」
ドーム状の円盤が地面に埋め込まれている。
「どうも、あの宝箱は謎解きの報酬として用意されたみたいね。帰終と呼ばれる魔神の残した四つの忠言、『知で教え、徳で約束し、骨を固く、心を一つ』。それを刻んだ四つの遺跡を巡り、ここへ集うように書かれているの」
「そうなのか。ちょっと悪いことをした」
「でもいいんじゃないかしら。もうこれを残した人は亡くなっているはずだもの」
「まあ、完全に滅び去ってしまっているからなぁ」
せめてもと、残りの宝箱には手を付けなかった。
その後は路肩の花畑、ナヒーダの身長ほどの高さがある、に彼女が飛び込んだせいで姿を見失いかけたぐらいで、無事に旅館へと辿り着く。
大きな岩盤、および大きな樹木と一体化するようにそびえ立つ旅館。
その根本とでも言うべき最下層部はウッドデッキとなっていて、オープンテラス式の食事処が営業している。
「先に部屋を確保してから食事にしよう」
俺はそう言って食事を見送った。しかし。
「せっかくなのだから歩いて登りましょう」
この一言により、とんでもない高さを歩いて登ることとなった。
「これは……登山では?」
巨大水車の横を通り、まだ辿り着かぬ頭上を眺める。
距離はないが斜度がキツイ。
そうやって無駄に辛い思いをしながら登り切った先は大きな展望台となっていた。
北西に広がる水面。仙人が居ると言われても納得できるような山々。
ナヒーダが『わぁ!』と子供っぽい歓声をあげているが、俺も同じ声を出しそうなほど美しい風景だった。
宿泊の受付を済ませて階段を登ると、今度は逆側の展望台、南東に開けた場所からの景色を楽しむ。
「あれが孤雲閣よ。特徴的な針状の崖は、モラクスが魔神オセルと戦った際に使用した武器そのものと言われているわ」
ナヒーダはひと際楽し気に目を輝かせて解説してくれる。
日が暮れるまで周囲を眺めてから、最後に最上階、空へ触れられそうなほどの高所にある、小さな広場へと上がった。
しかし突如、俺たちの前に、夜叉のごとき異様な気迫をまとった少年が立ち塞がる。
彼は困惑の表情を見せながら、ナヒーダに話しかける。
「あなたは一体……」
どうやら彼は彼女が只者ではないと見抜いているらしい。
「今のわたくしはただの旅人よ」
「……ならいい。失礼する」
短く意味深な会話を交わすと、サッと消えていった。
「今のは知り合いか?」
「彼は降魔大聖、璃月を守る仙人の一人よ。わたくしが来たせいで、ちょっと驚かせてしまったみたい」
少し申し訳なさそうな様子で彼女は、『もどりましょ?』と言って手を引く。
部屋へ入ると、高所に備え付けられたその部屋からの景色はやはり素晴らしかった。
「あの大きな山はフィンドニールよ。かつては国として栄えていたけれども、結果として滅びてしまい、その後に黒龍ドゥリンが落ちたことでドラゴンスパインと呼ばれるようになったの」
ナヒーダはすぐさま窓際に吸い込まれ、あれこれと蘊蓄を語り始める。
この宿に食堂はなく、食事は部屋で食べる形式だった。
その後は宿の風呂へと入りに行く。
当然、男女別だ。
彼女は一人で風呂に入れるのだろうかと疑念に思うが、見た目は幼い少女だから、奇行をしたとしても不自然にはならないだろう。
風呂上り、その廊下には降魔大聖が待ち構えていた。
「ついてこい」
ただ一言。
彼についていくと、最初に彼が現れたときと同じ、最上階の小さな広場に辿り着く。
「目的を話せ。嘘や隠し事をすれば容赦はしない」
どこまで話していいのか、そもそも話して大丈夫なのか。
変な情報を漏らせば彼女に迷惑が掛かるかもしれないと考えると、下手なことが言えない。
「……そうか。黙っているというのなら、口を割らせるまで」
彼はどこからか取り出した槍を構え、文字通りの目と鼻の先に突きつけた。
猛獣が首筋にその牙を食い込ませてきたかのような、猛烈な恐怖感。その気迫は、ほんのわずかに彼が力を籠めるだけで俺は死ぬと分からされる。
「それ以上は、わたくしも看過できないわよ?」
槍を突き付けられた直後、声が響くと、ナヒーダが階段を上がってきた。
その姿を見止めた降魔大聖は、舌打ちをして槍を納める。
そして彼女は最初に彼へと謝罪をした。
「ごめんなさい。怖がらせるつもりはなかったの」
「怖がってなどいない。ただ、璃月に問題事を持ち込ませる訳にはいかないだけだ」
その後、ナヒーダは簡単に今までの経緯を語った。
要点以外の情報は隠しているので、鍾離さんに語った内容よりはずっと少ない。
「……賢者とやらは馬鹿の集まりなのか?」
降魔大聖は一言、そう吐き捨てると風となって消えた。
「神というものは難しいわ。まさかわたくしのせいでこんな事が起こるだなんて。やはりわたくしは……」
先ほどまでの凛とした姿が嘘だったかのように、もしくはまるで草が枯れ萎むかのように、ナヒーダは元気を無くす。
「元凶のわたくしが言うべきではないと分かっている。けれど、彼も悪気があるわけではないの」
「たしかに性根まで真っすぐな感じだったな。それはもう槍が如く」
文字通りに全てを射貫くかのような彼の眼差しが思い起こされる。あれが僅かな時間だったとは思えないほどハッキリと。
「まあ実害は無かったし問題ない。むしろ、猛獣ショーを特等席で眺めたみたいで、終わってみればちょっと楽しかった」
「わたくしが間に合わなければ命を失っていたかもしれないのよ?」
「もしあれが本当に俺一人だったとしたら普通に怖かったさ。でも助けてくれただろ? 知恵の神というぐらいだから、気づいてくれてると信じてたよ」
「……そう。わたくしを信じて」
その時、風が不自然に去っていった。
部屋へ戻ると、何をしようとしても『大事を取って安静にしなさい』と妨害され、何もさせてもらえないまま寝かしつけられる。
さらには文句を言おうとしたタイミングで頭を撫でられ、急激な睡魔で有無を言わせず意識を落とされた。
コノウラミハラサデオクベキカ!
見る夢にはやはりノイズが走る。
翌日、宿泊費の支払いをしようとしたが、お金は要らないと言われる。
なぜか降魔大聖が代わりに払ってくれたらしい。
しかも一言、『すまぬ』という伝言を添えて。
なので『こちらこそ申し訳ない、とお伝えください』と、返答を残して出発した。
旅館からの下りは、ナヒーダが『今度はエレベーターを使ってみたい』というので籠で降りる。
俺の体を気遣ってとかではなく、単純に目を輝かせて楽しんでいた。
昨日は自分を責めるようなことを言っていたので、璃月港到着前みたく尾を引くかと思ったが、彼女は少し図太くなったらしい。
……どうせなら見た目ももう少し成長してくれた方が。