カッコいい女に愛されるシチュ   作:もぐら王国

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恥ずかしがり屋に愛される

見晴らしの良い野原を馬が客車を引っ張って歩いていく。馬を操る御者はガイドの女性で、客車の中では、短めの金髪で凛とした雰囲気の若い女性と、同じく金髪ののほほんとした雰囲気を放つ若い男性が隣り合って座っていた。

恋人同士の関係である二人は観光の最中であった。一緒に世界を巡り、色んな景色を見て回っていた。だがそんな二人を包む空気はカップル特有の甘々なものとは少し違っている。

客車の外の景色を眺めている青年が「あれ見て。綺麗だよ!」「あれも面白いね!」と指を指しながら語りかけても、彼女は「そうね」と反応が薄く、彼の示す先を見ることもしない。一見、青年だけが楽しそうなのである。

 

「お二人は恋人の関係でいらっしゃるんですよね?」

 

振り返ったガイドが道中の話題の一つになればという思いからさりげなく訊いたが、心中では、二人の間柄に多少疑問を持ったことも否定はできない。その辺りの意図を感じ取ったのだろう、青年は笑いながら答えた。

 

「ええ、そうですよ。でもよく言われるんですよ~恋人らしくないって」

「あ、いえ。そんなことは」

「いいんですいいんです。実際、そう見えますよね。ケンカしてるんじゃないか、とか」

「そ……そうですね……。他のカップルのお客様と比べると、その……あんまりベタベタっという感じでは無いんですね」

「そうですね。彼女はこんなクールなのに実は恥ずかしがり屋で、人前だとくっついてくれないんですよ~」

「そうですか」

「でも二人っきりの時は甘えてくれたりして、それがまた可愛くて~」

「へぇ……」

「それから……」

 

彼はおっとりした口調でそう惚気話を続けて、喋っている間、隣の彼女は余計なことを言うなとばかりに睨みながら彼の脇腹を肘で突いていた。

この振る舞いからも分かる通り、彼女は確かにシャイなのであった。そして彼に対する愛も無いわけではなかった。むしろ心の中では溢れかえっていた。

先程から客車の外を流れてゆく綺麗な景色を見ないのも、それよりも景色を子供のように無邪気に眺める彼の横顔の方が魅力的で、見惚れていたのが理由であった。彼女は。彼女なりに旅を楽しんでいた。

そうして馬車に暫く揺られているとやがて、

 

「到着でーす」

 

ガイドが陽気にそう言って馬を止めた。客車から彼が先に降りて、彼に手を引かれて彼女も降りる。

 

「おお……」

 

青年が呟いた。二人の目の前に広がっていたのは、頂上を見上げる程には高く、なかなか傾斜が急な丘であった。隣に立っているガイドが口を開く。

 

「この丘の頂上には“神々の戦場”と呼ばれる平原が広がっているのですが、そこは昔、冥府の神と天界の神が争ったと言われておりまして、未だに沢山の戦いの痕跡を見ることが出来るんですよ」

「ほえ~」

「さらに綺麗な花がいっぱい咲いておりまして、花畑が絶景なことでも有名です」

「へえ~。それはいいですね!」

「では説明はこれくらいにして、早速登りましょうか」

 

ガイドの後に続いて二人も丘を上った。やがて頂上が近づいた。

 

「さあこちらが神々の戦場ですよ」

 

もう数歩で見えるというタイミングでガイドが自信満々にそう紹介する。その宣言通り二人の視界に噂の平原が広がり、二人は目を丸くした。……しかしそれは、花畑が綺麗だとかそんな理由からでは決してなかった。

大きな黒い翼と角を生やしオーガのような邪悪な人相をしている冥府の神と白い翼と光輪を頭に浮かべ聖母のような優しい表情をしている天界の神。

目の前で、神々の戦場で、この二体の神が、実際に戦闘を繰り広げていたのである。まるで信じられない光景に皆、呆然と立ち尽くした。

ふと、天界の神が持っていた杖を冥府の神に向けた。すると先端から美しい輝きを放つ光線が飛び出し冥府の神の心臓に向けて一直線に伸びていった。しかしそれが最後まで届くことは無い。冥府の神は勢い良く腕払いをして光線を弾いたのである。そして角度の変わった光線は尚も真っ直ぐ伸びていき、やがて青年の脳天を貫いた。

時間がゆるやかになる。彼女の目の前で、青年は驚いた表情のまま後ろに吹っ飛び、そのまま回転しながら丘の下へと落ちていった。

彼はピクリとも動かなかった。

即死。

遅れて彼女が悲鳴を上げた。

 

「きゃああああああぁぁぁぁ」

 

鈍い打撃音ばかりが埋め尽くしていた戦場に悲鳴が轟く。それで、初めて神々は人間の存在に気付いたらしい。天界の神は一瞬の内に時空を飛んで姿をくらまし、冥府の神も地面から冥界へと繋がる門を呼び出し帰ろうとした。

しかし、

 

「待ちなさいよっ!!」

 

彼女がそれを制止した。冥府の神が面倒くさそうに振り返れば、彼女が涙を流しながら憤怒の表情で睨んでいた。横のガイドは神に無礼な口を訊き方をしている彼女が消されないか心配で独りでにアワアワ慌てている。

 

「なんだ、人間」

「なんだじゃないわ! そこで待ってなさい!」

「人間如きが私に指図するのか」

「待てって言ってんの!この人殺し!」

 

彼女の神をも畏れぬ剣幕は、誰にでも敬られる冥府の神にとって物珍しく映ったようで、言われた通りその場で立ち止まった。彼女はその間に丘を駆け下りると、悲しみと怒りを力に変えて本来は不可能であろう小柄な成人女性が同じく成人の青年を背負い上げるという無茶をして、丘を一歩一歩登った。そうして冥府の神の前に寝かせた。

 

「彼が死んだのは貴方たちの責任よ! どうにかしなさいよ!」

 

彼女は迫った。

 

「無理だ」

 

冥府の神が無慈悲に返した。

 

「一度失われた命は冥府の神である私であろうと戻せん」

「ふざけたこと言わないで!!」

「ふざけてなどおらん。無理なものは無理だ」

「そんな……」

 

彼女は彼の胸に縋り付くようにして泣いた。彼の心臓は確かに鼓動をやめている。それをよりはっきりと実感させられて彼女は悲しみをより深くした。

冥府の神は暫らく彼女を見下ろしていた。が、憐れに思ったのかやがて口を開く。

 

「戻すことは出来ない。だが、蘇らせることは出来る」

「本当に!?」

 

彼女は勢いよく顔を上げた。その瞳は希望で満ちていた。希望。それは冥府の神が最も嫌いなものであった。

だが、この希望を絶望に変えるのが一番好きな瞬間でもあった。だからあえて希望を持たせたのだ。

神は、あえて無茶な事を言った。

 

「蘇らせる方法。それはお前の……を貰う事だ」

 

しかし、

 

「ええ。構わないわ」

 

彼女はその提案にまるでビビらなかった。

 

「なに?」

「早くやって」

「……ああ」

 

結局、冥府の神は、大人しく彼女の言うとおりにしたのだった。

 

 

 

地面に沢山の穴ぼこがあるが、気持ちのいい風が吹く平原。。そこに生える樹木の木陰で彼女は青年を膝枕していた。やがて青年が目を覚ます。

 

「んん……」

「おはよう」

「おはよう……。あれ、俺生きてる?」

「生きてるって?」

「いやぁ。変なこと言うようだけど。この平原で神同士が喧嘩しててさ……その流れ弾が頭に当たって……多分俺、死んだと思うんだよね……?」

「それは夢よ」

「夢かな?」

「そうよ。だって現実に生きているじゃない」

「……確かに」

「この場所が気持ちよすぎて寝ちゃったのよ」

「そうか……」

 

彼は若干疑いつつも彼女の言葉を信頼したようだった。

優しい風が吹く。

彼は彼女の膝枕を借りたまま目を瞑る。

二人の間に穏やかな時間が流れる。

しかし、ガイドの人が歩み寄ってきたことでその時間は終った。恥ずかしがりやな彼女はすぐさま膝をずらし、草むらが彼の頭を受け止めた。

 

「ほげっ!?」

「お待たせしました。お水です」

「……どうも」

 

驚く彼を横目に彼女はガイドから水を受け取った。彼はゆっくりと体を起こす。ガイドはそんな二人をニコニコした表情で見下ろす。

 

「それにしても彼女様は本当に素敵な方でいらっしゃいますね!」

 

ガイドが嬉しそうに言った。彼女は無表情で、彼は照れくさそうに笑う。

 

「そうですかねぇ~??」

「そうですよ! 神々の戦いに巻き込まれて死んでしまわれた彼氏様を見て、今までのお淑やかな態度から激変して冥府の神にぶちギレなさって」

「え?」

「しかも彼氏様を救うために、自らの寿命を半分削って分け与えるという提案を迷うことなく飲み込んで」

「え??」

「そうそう出来る事じゃありませんよ!」

「???」

 

彼は慌てて確認するように彼女の顔を見た。

彼女は何も言わず、静かに笑った。

 

神も見惚れる美しい笑顔であった。

 


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