カッコいい女に愛されるシチュ   作:もぐら王国

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ヒーローに愛される

青年の妻はヒーローであった。ヒーローは稀に生まれた。生物学的に言えば突然変異、もしくは病気。未だ詳しいことは不明。彼らは、生まれつき常人の何十倍もの力を発揮する事が出来る能力者で、どこからともなく街に現れる巨大な怪獣をやっつけて住民を危険から守っていた。

必需品はヒーロースーツだった。

これを着ないと自らの力に身体が耐え切れなくて、骨折はもちろん、最悪身体が破裂する恐れがあった。そのためヒーローは特定の企業と契約して特製スーツを作ってもらい、企業側もヒーローにスーツを着てもらうことで自社の宣伝を行った。ヒーローと怪獣の戦いはテレビで中継され、多くの人間が見ていた。派手に建物が壊れたり、ヒーローがかっこよく怪獣を倒す様は画面を通す事で興行へと早変わりし、人々を興奮させた。

そう、エンタメの認識なのだ。電車がぺしゃんこになっても、ガソリンスタンドが爆発しても、ヒーローが劣勢で怪獣に殺されかけていたとしても、それらは全て、愉快なイベント。もちろんプロレスなどとは違う。ヒーローと怪獣の、人と巨大生物の、生き死にが掛かったこの世で最も過酷で壮絶な現場である。だが人々は楽しめてしまった。

このエンタメの構造は、如何にも好奇心の純朴な奴隷たる人間たち好みの異常な仕組みであり、だから大きな勘違いを犯す輩も当然に現れた。

避難警告を無視して野次馬する人間である。

あの時もそうだった。

青年の妻は、いつものように命を賭して怪獣と戦い、追い詰め、トドメの一撃として必殺のパンチを、その岩のように太くゴツゴツした胴体にお見舞いした。怪獣は派手に吹っ飛んだ。飛んで、背中から落ちて、沢山の建物を下敷きにして、とある人物も潰して、絶命した。

それが、国民的人気を誇る俳優であった。

冷静に平等な目で見つめれば、どう考えても不慮の事故であった。強いて言えば間近で戦闘を見たいという欲求に負けて避難勧告を無視して命知らずにも戦闘区域に残っていた彼の失態であり、それ以外の誰かに責任がある筈もなかった。しかし人間は時に感情で生きる生き物だった。

彼女を、責めた。

激しく非難した。

連日メディアはこの出来事に対して、感情に支配された人々が彼女に向けた合理性のない怒りを嬉々として取り上げることで、さも世論はこうであるとでも言いたげに広め、テレビでは何処ぞの馬の骨とも知らない自称専門家が彼女にどんな落ち度があったのか、どうするべきだったかを雄弁に語り、彼女の家にはーつまり、青年と彼女の二人に安らぎをもたらす筈の家にはー恨み辛みを込めた熱烈なファンレターやプレゼントが届けられた。

それでも彼女は取り乱すことをしなかった。

どれだけ非難されても毅然として振る舞い、やがて企業と共に謝罪会見を開き、何も悪いことをしていないのに、沢山のカメラマンと記者の前で深く頭を下げて謝った。

 

「誠に申し訳ございませんでした」

 

と。

 

 

 

 

「ただいま〜」

 

謝罪会見の諸々が終わった後、見慣れぬ社会人のよく着る黒スーツを着た彼女は間延びした声と共に帰宅した。青年が出迎える。

 

「おかえり」

「ただいま……おや、良い匂いがする?」

「カレーが出来てるよ。あとお風呂も湧いてる」

「おぉ〜、さっすが気が効くぅ」

「どういたしまして」

 

おどけた風に彼女が笑って、青年も笑う。青年が彼女にしてあげられる出来る限りの気遣いだった。全ては彼女にくつろいで貰うため。

 

「コートとスーツもらう」

「さんきゅ」

 

彼女はいつも通りだった。いつも通りモリモリ夕食を食べ、鼻歌混じりで風呂に浸かり、リラックスした雰囲気でソファに座った。まるで謝罪会見があったことなど忘れているかのようだった。

 

「コーヒー飲む?」

「飲む!」

 

彼は、コーヒーを注いだカップを二つ持って彼女の隣に座った。

彼女は、面白い番組を求めてテレビのリモコンを操作した。チャンネルが変わって、ニュース番組になった。

謝罪会見の映像が流れていた。

 

「お、やってるね〜」

 

青年はすかさず横目で彼女の表情を伺う。無理をしていないか。辛そうにしていないか。

変わらず。何も楽しい事もないのに微笑を浮かべているいつものご機嫌そうな表情だった。逆に、彼が深刻な表情をしていたらしい。

彼女と横目で目が合うと、次には吹き出すように笑われた。

 

「なんであなたの方が苦しそうなの?」

「だって」

 

青年は思わず世間への不満を口にした。

君が非難されるなんて可笑しい、と。

君は何も悪くない、と。

一度口にしたら止まらなかった。もはや激昂に近かった。人の悪口を絶対に言わない彼女の代わりに黒い感情を吐き出すかの様に、酷く罵った。彼はあの出来事以来、人が街が国が政府がテレビがメディアが嫌いで嫌いでどうしようもなくて、その妻を傷つけようとする全てに対しての恨みをどういうわけか彼女に言葉で訴えたのだった。

彼は気付けば涙を流していた。結婚してから彼女に初めて見せた涙だった。彼女もつられて泣いていた。彼は苦しそうで、彼女は楽しげだった。

 

「なんで、笑っていられるんだ」

「ごめんごめん。あなたが何かに怒ってるのを初めて見たから、つい」

「僕は、本気なんだ。本気でみんな嫌いだ」

「ありがとう。あなたが怒ってくれるだけで、味方でいてくれるだけで、本当に本当に嬉しい」

「くそ……くそぉ……」

 

彼女が彼を抱きしめ、彼がきつく抱きしめ返した。槍玉に挙げられているのは彼女のはずなのに、彼の方が酷く泣いていて、彼女が優しく背中を撫でてあやしていた。

 

「ごめん……」

 

向かい合う。

落ち着いた彼は、あらためて謝った。彼女はニヤリと笑う。

 

「気にしないで。むしろ珍しいものが見れて得した気分」

 

それから彼は彼女に提案をした。

 

「ヒーローを1週間くらいお休みするのはどうかな」

「その間に怪獣が来たら街がめちゃくちゃになっちゃうからな〜」

「むしろ一か月いや半年休もう」

「そうしたらこの地域が怪獣の巣になって色んな場所に広まっていって、日本は大パニックだねぇ」

「というかやめよう。僕が君を養うから。二人分なら僕の給料でも暮らしていける」

「退屈で死んじゃうかも」

 

青年には分かっていた事だが、彼女はヒーローを辞める意思を全く見せなかった。彼女にとってヒーローとは生まれ持っての使命であり、生き甲斐であり、つまるところ生命活動そのものなのだ。取り上げることなどは誰にも出来ず、彼女自身も限界が来るまで辞めることはない。

でもそれだと、これ以上どうすれば彼女の力になってあげられるか分からない。

 

「ほら〜そんな顔しないでよ。私は大丈夫だから。私はいつも最善を尽くしてる。だから全ての結果に納得出来る。ね、なるほどって感じでしょ?」

 

そうだ。彼女はいつも全力なのだ。だからそこに彼が助力が入り込む隙間など無くて、彼女は自己完結してしまう。

青年は虚しくなる。

自分などなんの役にも立たないと思い込む。自分を卑下する。鬱々とした感情が鬱々とした感情を呼び込んで行く。

夫なのに。

自分が情けなくて、堪らなくなる。

 

「ねぇ」

 

ふと。

彼女が呼んだ。呼ばれて数秒後に彼は気づいた。

 

「何か勘違いしているようだけど」

 

彼女に見つめられる。

 

「私だって辛い時はあるから」

「え」

 

当然でしょ、と彼女は笑った。あまり信じられなかった。少なくとも彼女は弱みを見せないことで、彼の中では有名だった。

 

「今まで何度も助けてもらってるよ。あなたに」

「……そうだっけ」

「そうだよ。まあ、あなたは忘れっぽいし、すぐに人のことを気遣うから無意識というか気にするほどの事でも無いのかもしれないね」

 

言われた通り彼は、性格は、そうだった。

 

「だからさ」

 

彼女は彼の肩に頭を預けた。

 

「本当にギブになったら君に頼るから、その時はよろしくね」

 

彼女の願いが込められた囁きは、確かに彼の鼓膜に届けられた。

よかった。

彼は思う。

どうやら彼にも出来ることはまだ残されていたらしい。

返答は決まっている。

 

「もちろん」

 

彼は彼女の手に自身の手を重ねた。

 

 


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