カッコいい女に愛されるシチュ   作:もぐら王国

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聖騎士に愛される

全長は3mに達するかと思われる見上げる程に巨大な黒い狼が、街の中心で暴れていた。彼の瞳は真っ赤に輝き、頭を揺れ動かすたびに空気中に赤い残像を残していく。彼は、悪い魔女に催眠魔法を掛けられているのである。それゆえ正気を失い、本来は憎き魔女に向ける筈だった怒りの感情は行き先を見失い、視界に入った全ての物に無差別にぶつけられた。

獣人の家族も大事な友達もその鋭い爪と牙で切り裂き、臓器をまき散らして、命を奪った。彼は誰よりも優しい獣人だったのに。

周囲にあるすべての物を壊し、それに快楽さえ感じる破壊と殺戮の化け物と化してしまった。

そんな彼に救世主が現れる。銀色に輝く長髪が美しい白銀の鎧に身を包んだ神に仕える聖騎士の女性だった。彼女は、狼となった彼の近くに立ち、滅んでいく町並みに悦を浮かべていた悪の魔女をその神の力が宿る聖なる剣で切り裂き、更に彼の首に巻きついていた催眠をかけるための黒い首輪を断ち切った。

たちまち彼は正気を取り戻す。

獣化が解け、亜人としての獣人の姿に戻る。

戻らない。

壊したものは戻らない。

彼はその眼で、周囲に広がる肉塊ばかりの惨たらしい惨状を目の当たりにし、絶望する。家族も友も関係の無い町の人も、殺したのは全て自分だ。

自分が嬉々として命を奪ったのだ。

最低だ。

クズだ。

愚かで弱い醜い生き物だ。

生きてる価値などない死ぬべき生き物だ。

いや、違う。ここで死んでは、殺してしまった者たちに顔向けできない。

せめてもの償いで沢山苦しまなければならない。

出来る限りに苦痛を。

痛みを。

痛みを。

 

……。

……。

……。

 

そうして彼は目を開ける。彼女と共に眠る布団から起き出して、ゆらゆらとした足取りで台所へと向かっていく。目は虚ろだ。耳は何かに怯えるようにペタンと折れているが、口元は口角が斜めに上がっていて怒りを見せている。唾液が床に零れ落ちる。

半覚醒状態と言って良い。身体の支配権は思考ではなく潜在意識に握られ、身体が罰を求めて歩いていく。

台所にあるのはキッチンナイフだ。良く研がれたそのナイフを使って、料理好きな彼女はいつもご飯を作ってくれる。そのナイフの持ち手を握り、服を捲って素肌を露わにした自分の腹へと刃先を向け、一気に振り下ろす。

 

「い゛っ゛‼」

 

腹の肉が裂けて、血が流れた。

眩暈がするような強烈な痛みが同時に安堵をもたらしてくれる。奪ってしまった命に対しての償いをしている気分になれる。深くはしない。死んでは駄目だ。死なないギリギリまで苦しまなければ。

何度も何度も刺す。

振り下ろして。

振り下ろして。

やがて。

そのナイフが、白く、しなやかな手に掴まれて止まる。

聖騎士である彼女の手である。ナイフの刃を掴んでいるから手が切れてひどく出血している。

 

「もういいのですよ」

 

彼女は穏やかな声でそう言ってナイフを取り上げると、部屋の隅に放り投げて捨てた。そしてすぐさま彼を後ろから抱きしめた状態のまま台所に背中を預けるようにして座った。

右手の指は彼の口に当てて、彼が自分の舌を噛もうとしないようにしている。

左手は腹を抑え込んで、抜け出さないように拘束している。

ナイフを失った彼はしばらく自傷の方法を求めた。

だから舌を噛もうとして彼女の細い指を思い切り噛んでしまうし、拘束から抜け出そうとして彼女の腕を何度も鋭利な爪で引っ搔いた。

酷く痛むはずだが彼女は見守る様に微笑を浮かべたまま、全く表情を変えなかった。

彼は獣人の強力な力で暴れた。

それでも鍛えている彼女の方が力は上だ。

彼女は決して離さなかった。

ただ

 

「もういいのです」

 

と、彼を許す言葉を彼の耳元で囁き続けた。

 

 

 

やがて彼は夢うつつからはっきりと現実に意識を取り戻した。自分の身体を見て、腕が回されているのを見て、血の味がする指を舌先で舐めて、全てを察する。

 

「また、ごめん……」

 

彼は申し訳なさそうに首を後ろに回す。傍にある彼女の顔は慈愛に満ちた微笑みを浮かべている。

 

「おはようございます」

「ごめん……ごめん……」

「謝らないでください。私は気にしていませんから」

「ごめん……」

 

彼はそう言って彼女の指を咥え込んで唾液をたっぷりつけるように舐めたり、彼女の傷だらけになってしまった腕に舌を這わせる。獣人の、特に狼の血を受け継ぐ獣人の唾液には、鎮痛作用がある。

 

「本当にごめん……僕の為にこんな……ごめん……」

「大丈夫ですよ」

「痛いのは僕だけでいいのに……」

「貴方も痛い思いをしては駄目です」

「ああ、僕が死ねが良いのに……」

 

彼は罪悪感で涙を流しながら、傷を舐めている。

彼女はそんな彼の顎に手を添えると、キスをする。

 

「っっ」

 

彼の舌を噛んだ。

口を離した彼女は普段の清楚な雰囲気とは少しギャップのある意地悪な笑みを浮かべた。

 

「これで“お相子“という事にしましょう」

 

彼女の慈愛があまりに優しくて申し訳なくて、彼は目を逸らす。

すると両手で彼の頬を掴み、自分に向けさせる。

額を合わせる。

 

「さぁ、一緒にお風呂に入って傷を治しましょうか」

 

ここで言うお風呂は彼女の神への祈りが込められた湯のことであり、傷を治す効力がある。

彼が夢を見て我を忘れて傷だらけになった時は、二人でこの湯に浸かり傷を癒すのである。

心の傷も彼女は癒す。

浴槽では、後ろからずっとぎゅっと抱きしめている。

 

「貴方はもう、苦しまなくていいんですよ」

 

彼女は優しい声でそう囁く。

 

彼はすでに罰を受けている。あの騒動の後で生き残った街の人々によって身体に火を点けられて、それでも死ねなくて、常人の想像を絶する生き地獄を味わった。

 

それでも、彼は自分を責め続けている。

だからその度に彼女は、彼が苦しみから解放されるように、彼自身が自分を愛せるように、彼女の愛で満たす。

 

「ほら、立って?」

 

彼女は立ち上がり、傷だらけの綺麗な手で彼の手を引いた。

 


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