カッコいい女に愛されるシチュ   作:もぐら王国

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うなぎボム


弟子に愛される

 

「ごめんなさい。ごめんなさい」

 

 

洞窟の奥で悲しげな泣き声が響いている。そこにいるのは、エルフの特徴である長い耳と人間の特徴であるはっきりとした目鼻立ちを合わせ持った青髪の少女で、手足に拘束具を嵌められ、それから伸びる鎖で壁に繋がれていた。

 

 

「ごめんなさい。ごめんなさい」

 

 

彼女は顔をくしゃくしゃにして泣いていた。

 

沢山の人を傷つけてしまった。魔力が暴走して家族同然の大好きな村人たちを業火で焼き、氷塊で氷漬けにした。いくら必死に抑えようとしても制御は出来ず、むしろ感情の高ぶりに合わせて魔力の暴走の度合いが酷くなるだけだった。

 

彼女は一夜にして悪魔の子となった。

 

そうして彼女は極度の魔力消費で気を失い、その間に洞窟の奥に繋がれた。

 

 

「どうすればいいの……。止まらない、止まらないよぉ……」

 

 

彼女は声を震わせる。未だに魔力の暴走は続いてた。少女の目の前では巨大な炎の渦が巻き起こっている。

 

これを抑えることが出来なければ村の人たちには会うことが出来ないだろう。いや、傷つけてしまった以上、もはやここから出ることは許されないのかもしれない。

 

そう思った少女は、罪悪感と共に強烈な孤独感にも苛まれる。寒くて暗くて独りぼっちのこの空間は寂しくて仕方が無かった。でも他の人が現れたらまた傷つけてしまう。

 

会いたくない。会いたい。

 

独りぼっちが良い。助けてほしい。

 

 

誰か、救って欲しい。

 

 

感情がぐしゃぐしゃになって、ただ苦しみだけがあって、訳も分からずに涙が零れた。

 

そんな時にふと。

 

少女の元へ近づいて来る足音があった。「ざっざっ」と規則的で自分の嗚咽以外では初めての音だったから少女もすぐに気付いて、顔を向けた。

 

渦巻く炎の向こう側に立っていたのは、黒いとんがり帽子とローブを身に纏った青年だった。青年は少女を見据えると安心させるように微笑を浮かべ、その表情には内面の優しさがにじみ出ていた。

 

青年は炎を恐れることなく、少女の元へ一歩また一歩と歩み寄り始めた。

 

少女は慌てて声を上げる。

 

 

「来ないで下さい! 私に近寄らないで!」

 

 

その叫びにはもう誰も傷つけたくないという少女の悲痛な思いが込められていた。しかし少女の制止の声を聞いても、青年は足を止めようとはしなかった。

 

 

「大丈夫大丈夫。僕は君を助けに来たんだ」

 

 

青年はのんびりした声で言った。

 

たがて、少女の恐れていた事態が起きた。魔法の矛先が青年に向いたのだ。今までただの現象として燃え盛っていた炎が、まるでとぐろを巻いた大蛇そっくりに形を変えて、青年に噛みつくようにして襲い掛かった。

 

 

「やめてぇ!!」

 

 

少女は鎖に引っ張られる手を伸ばしながら洞窟中に悲鳴を響かせた。だが彼女の魔法は主人に逆らうようにして炎に呑み込まれた青年に追い打ちをかける。重力が強引にねじ曲がり、炎の中の青年がいるであろう場所を中心に洞窟中の岩石が飛び掛かり、密集して、巨大な卵状の物体を形成し、青年を炎と共に閉じ込めてしまった。

 

蒸し焼きである。逃げ場もない中で延々灼熱に身を焼かれる苦しさが如何なるものか少女には分からない。ただ自分を救おうとしてくれたお兄さんの命を奪ってしまったという罪の意識が心を埋め尽くした。

 

 

「あぁ……もう嫌だぁ……」

 

 

彼女は地面の上にうずくまって、呻く。

 

 

「全部嫌だよぉ……」

 

 

呻く。

 

 

「消えたいよぉ……」

 

 

 

 

「その必要はないよ」

 

 

明るい声がした。

 

ゆっくりと顔を上げた少女は目を丸くする。殺してしまったと思っていた青年が、目の前に無傷のまま立っていたのだ。

 

 

「驚いたかい? 僕は防御魔法だけは自信があってね。あの程度じゃかすり傷一つ負わないよ?ほら」

 

 

青年はおどけたようにそう言って両腕を広げて見えた。傷どころか、服には砂汚れ一つ付いていなかった。

 

 

「だから君が罪悪感を感じる必要は無いんだ」

 

 

罪悪感。その単語を聞いて少女は慌てたように口を開いた。

 

 

「あ、あの。さっきのはわざとじゃ無いんです! 私の意思じゃどうにも出来なくて!」

 

「分かっている。村人に聞いた話じゃ、君はエルフと人間の混血なんだってね。恐らくは身体の成長と共に身体のマナ回路が伸びていき、今になってようやく循環回路が完成したんだ。それで一気に魔力が身体を巡るようになったから慣れない君は魔力をコントール出来なくなった。よくある話だよ」

 

 

言うと彼は両腕を広げて、彼女の震えていた小さな体をぎゅっと抱きしめた。

 

 

「あ……」

 

 

久しぶりの人の温もりに少女は思わず声を漏らした。青年の腕の中は、温かくて、優しくて、安心した。

 

 

「もう大丈夫。自分の魔法に怯える必要はない。僕が魔力の正しい制御の仕方を教えてあげる」

 

「それって」

 

「今から君は僕の弟子だ」

 

 

そう宣言した彼は腕を離すと、彼女の手首の枷に手を添えて、一瞬で破壊してしまった。

 

青年は彼女に手を伸ばした。

 

 

「さあ、一緒にここから出ようか」

 

 

 

 

 

━━これは少女が青年に救われた時の記憶。

 

━━少女にとって、何よりも大切な記憶。

 

 

 

 

 

 

 

 

青年と、その弟子で青年よりも身長が高く青髪の美しい女性が並んでとある城下町の通りを宿屋を目指して歩いていた。二人とも膝下まで届く黒いローブを身に纏い如何にも魔法使いらしい装いで、彼女に至っては身長の半分はあろうかという長い丈夫そうな木の杖を持っていた。

 

この城下町は青年がかつて長い間住んでいた町で、顔見知りが多い。

 

露店で野菜を売る男に、宝石を売る女に、道を歩く若者に、話しかけられる。

 

 

「よぉ、腰抜けオースティン。よくのこのこ帰ってこれたな。ビビりの癖に肝は据わってるのか」

 

「あらオースティン。魔王は討伐しないのに女は作るのね。それともその子に守ってもらっているのかしら」

 

「オースティンじゃん。まだ攻撃魔法を一つも使えないなら俺が教えてやろうか?一回10万ジェニーでな。かかかっ」

 

 

その言葉には古い知人の帰還を歓迎する暖かさというよりも、気心が知れているからこその容赦のない嘲りや嫌味が多分に含まれていた。それだけではない。はっきりと言葉にされるならまだましで、青年の方をちらちらと見ては「見ろよ、オースティンだぜ」などと指を指し、陰でヒソヒソと嘲笑のネタにする街の住人も多くいた。

 

先日起きた大雨で川が増水し橋が決壊し目的地に行くためには今まで出来る限り避けてきたこの町を通らなければならないと分かった時から、ある程度予想していた事だった。だから青年は気分は良くないながらも面倒ごとを回避するために、それを表に出すことは決してせず、曖昧な笑みを浮かべて受け流していた。

 

代わりにキレていたのは、隣を歩く彼女の方だった。

 

普段から無表情で感情をあまり表にしない彼女であるが、長く見守ってきた青年には彼女が酷く不機嫌であることが容易に察せた。彼女は僅かに眉を寄せて口元を固く閉じていて、町の人々を出来るだけ視界に入れないためか、ずっと視線を足先の地面に向けていた。

 

途中まではよく堪えていた。

 

街に入る前に事前に青年からされていた言いつけを守る様にどれだけ癪に障る言葉が耳に入ろうと、耐えていた。

 

だが。やがて限界を迎える。

 

 

「アイツが勇者の代わりに死ねば良かったのにな」

 

 

通りの脇に立っている若い男が放ったこの言葉が、彼女の逆鱗に触れたのだ。彼女は顔を上げると傍から見ていてもぞっとするほど冷たい視線で男を睨みつけ、その細い手で杖を力強く握りしめ、男に向けようとした。

 

青年はすかさず杖を握る彼女に手に自分の手を添えた。彼女は弾かれたように振り返った。目が合うと、青年は彼女を宥めるように穏やかな目つきで小さく首を振った。彼女は始め、如何にも不満そうに何かを訴えるように青年をじっと見つめていたが、やがて根負けしたようでゆっくりと上げかけていた腕を降ろした。

 

 

「ありがとう」

 

 

青年が小さな声で言いながら微笑むと、彼女は罰が悪そうに視線を逸らした。

 

気付けば宿屋についていた。

 

 

部屋に案内されて青年以外の誰もにも触れない環境になると、彼女は心に貯めた鬱憤を静かに吐き出し始めた。

 

 

「あの人たちは何なんですか。知り合いだか何だか知りませんが、師匠の事を好き勝手言って散々コケにして」

 

「まぁまぁ」

 

「ああいう人たちの愚かさは死なないと治らないでしょうから、獄炎魔法で燃やして来ても構いませんか」

 

「まぁまぁまぁ」

 

「あぁ……喋ってたらまた苛々してきました……。今から一人づつ消してきますね」

 

「まぁまぁまぁまぁ」

 

 

廊下へ続く扉に向かおうとする彼女を困り顔の青年が前に立ち塞がり押しとどめた。

 

青年は意外に思っていた。

 

冷静な彼女がここまで荒れているのは初めて見た。よほど町の人々の言葉が頭に来たらしかった。その苛立ちの発散を阻害された彼女は、今度は、青年の方へ苛立ちを向ける。

 

 

「そもそも師匠も何でそんなヘラヘラ笑っているんですか」

 

「へ?」

 

 

突然矛先を向けられた青年は間抜けな声を漏らした。エルフの血筋により身長の高い彼女は少し背中を丸めて覗き込むように顔の距離を近づけてくる。

 

一切の笑みの無い不機嫌な顔。

 

青年がのけ反る。

 

彼女がまくしたてる。

 

 

「師匠がそんな態度をとるから、あの人たちがつけ上がるんですよ。臆病者とか言われて悔しくないんですか。もっとはっきりと否定してください。頭の悪い人たちの口を閉じさせてください」

 

 

自惚れでなければ彼女は師匠である自分が罵声を浴びせられたことに怒ってくれているらしかった。それほど彼女が自分の事を想ってくれることは嬉しいことである。

 

しかし青年は首を縦に振ることは出来なかった。

 

 

「ごめん。それは無理なんだ」

 

「何故ですか」

 

 

「町の人たちが言っていることが事実だからさ」

 

 

青年は目を伏せながら言った。

 

 

 

二人は横に置かれた二つのベッドの間に向かい合って座り、青年は過去を語り始めた。

 

彼は元々、異世界からこの世界へとやって来た異世界転生者であった。自分のいた世界と違って異種族や魔物、魔王までもいるというこの世界は酷く恐ろしくて、それ故に彼は自分の身を守る魔法ばかりを鍛えた。気付けば防御魔法だけが突出して得意になっていき、腕を買われて勇者のパーティに迎えられた。

 

役目は前衛であり、防御魔法で盾を張り敵の攻撃を全て受け止める事だった。

 

途中までは順調に進んでいた。青年の防御魔法は敵の物理攻撃を弾き返し、魔法を全て無力化していた。だが旅が進んで魔王城が近くなり魔物が強さを増してきた辺りから彼は不安に駆られ始めた。

 

このままでは受けきれなくなる、と。一回の戦闘で消耗する魔力量が明らかに多くなり、防御結界にはヒビが入るようになっていた。少なくとも今対峙している魔物の数十倍の力を秘めているであろう魔王の攻撃を受け止めるなど到底不可能に思われた。それに勇者をはじめとした仲間たちの攻撃もあまり敵には効いていないようで徐々に手こずる様になり、戦闘時間そのものも長くなっていた。

 

青年はこのまま魔王に挑んでも勝てる未来が見えなかった。

 

死ぬと思った。

 

だから彼は勇者たちを説得しようと試みたがまるで聞き入れられず、結局彼は魔王討伐の前日の夜にひっそりとパーティを抜け出し町から逃亡した。

 

怖気づいたのだ。

 

 

勇者の一行はその後、全滅した。

 

 

 

 

 

「だから僕は臆病者なのさ」

 

 

彼は自虐的な笑みを浮かべた。本当は知られたくない過去だった。だからこの町に来るもの極力避けてきた。それでも彼女に過去を語ったのはきっと、罪悪感ゆえの事だった。彼女を拾って自分を師匠として尊敬していくれるようになってからずっと、”自分は尊敬されるのに相応しい人間ではない”という自己否定のモヤモヤした気持ちが心の隅に存在していた。それで衝動的に吐き出してしまった。

 

情けない部分を晒したことで弟子である彼女が自分に失望するのだろうという悲観で頭は埋め尽くされる。

 

彼女の反応をじっと伺う青年の視線の前で、彼女は暫くものを考えるように黙っていたが、やがて口を開いた。

 

 

「はぁーーーーー」

 

 

くそでかため息だった。

 

 

「実にくだらない理由ですね」

 

「そうだね。僕も我ながら弱い人間だと思うよ」

 

「そうではなくて、この話はつまり客観的評価が出来ず冷静な判断力に欠けた師匠の仲間たちが無謀な戦いに挑んで死んだ、という事ですよね」

 

「辛口だね」

 

「……私がくだらないと思ったのはその仲間たちの行いと、冷静な判断をした師匠を碌に戦いもせずに安全な町に住んでいながら批難する町の人たちです」

 

「でも、僕が臆病者であるという事実は変わらない」

 

「事実で言うなら、かつて魔力の暴走によって集落の人々を散々傷つけて洞窟の奥に封印されていた私を師匠が救い出し、”悪魔の子”だと言って殺そうとしてくる輩から私を守り、一流の魔法使いとして育て上げた。これもまた事実です。こんな事出来る人間が臆病なわけありません」

 

「当時は一人になったばかりで自分が盾になっている間に魔物を倒してくれる攻撃の担い手が欲しかったんだ。そのときに魔法の才能が飛び切りありそうなエルフの子の君に出会った。僕は、君がいなければ未だに初級モンスターすら狩れないんだよ」

 

「私が一生傍に居るから問題ないですよ」

 

「素敵な冗談だ」

 

「……冗談じゃないですけど」

 

 

呟いた彼女は青年の事を恨みがましく睨みつけた。

 

 

「結局師匠は”自分が臆病者である”と、そう思い込みたいだけなんですよ」

 

 

彼女のささやかなる反撃は青年を動揺させる。

 

 

「そんなことは」

 

「ない、と言い切れますか」

 

 

問いかける彼女の目。

 

半開きのまま声を発せない青年の口。

 

 

「私には師匠が”そんなことない”と私に否定して欲しがっているようにしか思えません。どうですか」

 

 

青年は目を見開いた。

 

その通りだ、と思ってしまった。

 

言葉にされて初めて自分の欲求を理解した。

 

師匠である青年は弟子である彼女に、無意識のうちに、甘えようとしてしまっていた。

 

 

「あぁ、図星ですか。可愛いですね、師匠は」

 

 

目ざとい彼女は青年の表情の変化に直ぐに気付いてニヤリと笑みを浮かべた。師匠を揶揄うことに甘美なる悦を味わっているようだった。青年は自分自身の不甲斐なさに苦笑した。

 

 

「全く、君には敵わないな」

 

「素直に認めるんですか?」

 

「うん。今更取り繕ったところで師匠としての威厳がますます無くなるだけだからね」

 

「それなら安心してください。私はいつか師匠が立場を全て捨てて私に情けなく甘えてくれることを期待していますから」

 

「恐ろしい弟子だ」

 

 

二人は目を合わせてくつくつと笑った。血も繋がっていないのによく似た両者の笑い方は、二人が共にしてきた時間の長さを示していた。

 

彼女がやがて口を開いた。

 

 

「素直になれた師匠にはご褒美としてお望み通り、師匠が自分に貼り付けたい愚かなレッテルを否定してあげますね」

 

 

青年が口を開きかけるが”ただし”と彼女言葉を遮って、続ける。

 

 

「師匠もその自分の思い込みを否定してください。……まぁ、正直言えば弟子である私だけが師匠を慰めることが出来るという状況も非常に魅力的ですが、同時に腹も立つんですよね。私の好きな人を、たとえ本人であっても下げて欲しくないんです。ですから師匠は、私が今から言う言葉を復唱してください」

 

 

彼女の提案に青年が小首を傾げる。

 

 

「復唱?」

 

「はい。続けて言うだけです。出来ますよね?」

 

「あぁ、うん」

 

 

青年としては自分がやる事についてもう少し詳しく訊きたかったのだが、彼女は思考する間を与えなかった。

 

 

「では、私に続いて言ってください」

 

 

言葉を言う。

 

 

「”僕は臆病者ではありません”」

 

「……」

 

「”僕は”」

 

「……僕は」

 

「”臆病者ではありません”」

 

「臆病者ではありません」

 

 

青年が言われた通り繰り返せば、彼女は”良い感じですね”と微笑んだ。

 

青年は表情には出さないが、それだけで嬉しくなってしまう。簡単な自分に呆れる。

 

 

「次は、”僕は勇敢です”」

 

「僕は勇敢です」

 

 

”その調子です”と彼女が笑う。

 

 

「次が最後です」

 

 

彼女は言った。

 

ゆっくりと言った。

 

 

「”僕は君の勇者様です”」

 

「……えっと」

 

 

予想していない台詞だった。

 

青年は戸惑ってしまった。

 

そんな気取った台詞が言えるほど自分に自信が無かったし、うぬ惚れてもいなかった。かつて勇者を隣で見ていた。勇者とは平和のために自分の身を犠牲にして、死ぬかもしれないと分かっていても尚、邪悪に挑むような勇気ある人間の事であり、保身のために逃げ出した自分のような人間が名乗って良いようなものではない。

 

言葉を詰まらせた青年を見て彼女は目を細める。

 

 

「言わないと、先程テキトー言っていた人たちを一人残らず消し炭にしてきます」

 

 

気だるげな声で彼女は言う。

 

それでも、言えない。

 

自分は勇者などではない。彼女が買いかぶっているだけだ。そもそも逃げ出すべきでは無かった。あの時、勇者たちと共に魔王に挑んでいれば深手は負ったとしても仲間たちの命を守ることは出来たかもしれない。ということは僕は彼らを見殺しにしたのか。僕が逃げ出したせいで勇者たちは死んだのか。僕のせいで……。

 

 

「っっ!?」

 

 

青年が鬱々とした感情に呑み込まれて行く最中、不意に布服の襟首を引っ張られた。青年がはっと意識を現実に戻すと、目の前に彼女の怒った顔があった。

 

 

「ごちゃごちゃ余計な事ばっか考えていないで、可愛い可愛い弟子である私の事だけ考えてりゃ良いんですよ」

 

 

いつもよりも随分と乱暴な口調で彼女はそう言った。

 

青年は、息を呑む。

 

彼女の言葉に、救われる。

 

真っ暗な空間に光の道が示されたような感覚を味わう。

 

 

”僕は君の勇者様です”

 

 

もはやどっちが僕でどっちが君か分からない。

 

彼女に無様に頼りたくなってしまう。

 

彼女はそんな青年の心情を知ってか知らずか、青年の脳の奥にまで響かせるようにゆっくりとはっきりと低い声で命じた。

 

 

「言 え」

 

 

この瞬間、立場が逆転した。

 

理解させられた。

 

彼女が上、青年が下。

 

彼女が青年の心に安寧をもたらし、青年はそれにただ身を委ねれば良い。

 

師匠としてのプライドを捨てれば良い。立場を忘れれば良い。彼女の許しのもとで彼女の”勇者様”を名乗って自分の自尊心を慰めてあげればいい。

 

それはひどく情けなく魅力的な選択だった。

 

 

青年はそれを受け入れる。

 

 

「……僕は君の勇者様です」

 

 

青年は縋るような目で彼女の瞳を見ながら言った。”貴方に頼らせてください”と意思表示をした。

 

青年の言葉を聞いた彼女は満足そうに、そしてうっとりとした深い笑みを浮かべて言った。

 

 

「よく言えました」

 

 

失望は無く、溢れんばかりの喜びがそこにあった。

いつも自分を守ってくれるばかりだった師匠に遂に頼ってもらえた。一つ、恩返しができた。

その事実が、彼女にこの上ない幸せをもたらしたのだった。

 

彼女はそのまま師匠である青年の頭を胸に抱き寄せた。

 

 

「これから師匠が自分を卑下する度に、こうやって無理矢理否定させるので覚悟しておいてくださいね」

 

 

青年は彼女に腕に抱かれながらその言葉を聞いていた。

 

 

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