カッコいい女に愛されるシチュ   作:もぐら王国

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グリーンパグ


搭乗者に愛される

不規則に点在する恒星達の輝きが美しい暗黒の宇宙を見事に再現したバーチャル仮想空間で、その機体は猛威を振るっている。闇夜を思わせる漆黒を基色として光沢を帯びた金色の装飾が施され重厚感のある威容を纏う人型機動兵器。それがたった一機で次々と襲い来る敵機を撃破していく。

青いエネルギーを噴射して急接近してきた白い機体が流れに乗せて振りかぶってきた青いビームソードに対してまるで臆する事無く、握っていた金色のビームソードを掲げて、最も力の伝わる斜め前の位置で刀身の先の一点で的確に受けて勢いを殺し、敵機が反動に苦しんでいる間にビームソードを右に跳ね飛ばし、丸腰になった眼前の機体を容赦なく袈裟切り。その隙を狙って背後から斬り掛かってきた新たな敵機の急襲に対してもまるで予見していたかように、機体を捻って軽やかに避けてそのまま身体を回転させて勢いのままにビームソードを振るって胴体部を真一文字に斬り払う。息つく間もなく暗闇を切り裂いて遠方から真っ直ぐ伸びてきた赤い輝きのエネルギー砲は機体の背後を狙った死角からの刺客であった筈だが、これにも顔を向けるよりも先に空いた腕を伸ばして即座にバリアを展開することで無力化。さらにお返しとばかりに左肩に搭載されたビームライフルよりエネルギー砲を瞬時に発射し、これを敵機が右に避けるとそこには既に右肩搭載のビームライフルから発射された大本命の充填済みの高火力エネルギー砲が向かっており、敵機は為す術無く赤い輝きに呑み込まれ塵となった。

 

常に敵の一歩先を行き、撃滅を重ねる黒と金の機体。

その搭乗者がまさか可愛らしい少女であると、一体誰が思うだろうか。

 

(凄まじいな……)

 

待機所の壁に掛けられた特大の液晶パネルに映る映像を観て、パネルの前に立っていた男は思わず唸った。そろそろおじさんと呼ばれても文句の言えない歳に差し掛かってしまう、無精髭を生やした、やたら体格の良い男であった。

男はこれでも、人型機動兵器に乗ってかれこれ20年以上最前線で戦い付けてきたベテラン搭乗員であり、映像に映る薄明光線を思わせる色合いの機体がその美しき見た目に反し如何に化け物じみた戦闘力を有しているか、判断することは容易であった。

 

「流石、カイラスさんの教え子だけあってお強いですね~」

 

天井の照明を反射する素晴らしい丸い禿げ頭を持つ青い作業服を着た年配のおっちゃんが、男の隣に立って言った。彼は訓練を目的として搭乗者がヴァーチャル空間に接続する際に乗り込む巨大な卵形の機械及び脳波接続プラグの点検・運用を行う管理者で、男とも古い知り合いであった。

 

「いや、そんな大したことは教えて無いが」

「まーたご謙遜を。シャラちゃん言ってましたよ?“予め敵の行動を予測しておけば勝てる、と先生から教わりました。私はそれを実践しているに過ぎません”って」

 

お茶目なおっちゃんは搭乗者である少女の口調を真似ながら言った。

言った、確かに男はかつて少女にそんな風な事を言った。

予め相手の取りうる行動を全て予測し、それに対処する選択肢を用意しておけば負けることは無い、と。

だがそんなのは所詮、戦場に向かう上で精神を落ち着かせるための心構えに過ぎない。新米の彼女の心のお守りにでもなれば良いと思っての発言だ。実践するなど、不可能だ。

そもそも相手の行動が全て自分の予測の範疇に収まるなどあり得ない。行動を細分化する上で相手の実力・嗜好・癖・状況・その他不確定要素が無限の選択肢を生み出してしまう。だが彼女にはどうやら敵機の行動の全てが視えている。意味が分からない。それに仮に敵の行動が予想の範囲内だったとして、コンマ数秒の判断が要求される戦場で何度も効果的な対処法を選択するというのは困難を極める。考えてる暇など無い。ビーム砲が飛んできたら死に物狂いで避ける。それだけだ。だが彼女は違う。ビーム砲が来たら最小の動きで避けて更には背後の敵機にぶち当てて仲間同士の自滅を誘う。そこまでやるしそれ以上もやる。恐らくぶっ飛んだ反射神経と鋭すぎる本能が最適解を叩き出している。幾多の戦闘を経験した男でもそれは無理だ。限界がある。でも彼女に限界は無い。

理論上は負けない、を地で行く女。

それは……およそ人知を超えた所業である。どこかの国の“夜狼”とか呼ばれる機体は動きが余りに獣じみていて出鱈目で不規則でこれも人外だと謳われるが、それともまた違う。彼女はただただ相手の一歩先を行く。奇抜な行動で不意を突くことなど無く、単純に的確に敵の行動に合わせて対処する。

最適解の暴力。

そんな芸当が出来るのはエスパーかスーパーコンピューターか、さもなくば。

 

――モンスターだ。

 

 

 

男が彼女と初めて出会ったのは、現在も尚戦争中であるお隣の惑星国家『エイデーン』との間の宇宙空間に張られた長い防衛線の巡回を終えて、母国の超巨大宇宙居住施設たるスペースコロニーへと帰還した時だった。愛機の搭乗口からふわりと飛び降りて格納庫の床を踏んだ男を待っていたのは、学生の頃から付き合いのある研究班配属の白衣が私服な男・キースとその隣に立つ黒髪の可愛らしい少女だった。陽気なキースが声にわざとらしい抑揚を付けて調子良く喋り掛けてくる。

 

「やあ、同士カイラス。元気そうで何よりだ」

「飲みの誘いならお断りだ、キース。任務終わりで疲れてる。とっとと寝たい」

「歳かい?」

「馬鹿言え。まだ20代だ」

「ギリ20代ね」

「お前もだろ」

「僕は元気な20代。君は疲れた20代」

「なるほど。俺の代わりに戦場に出てこい。疲れた俺よりよっぽど向いてるだろうからな、死体になるのが」

「ところが残念。僕は研究班なので君たちに守って貰いながら今日もぬくぬくと研究の日々です」

「実験に失敗して死ねばいいのにな」

「ハッピーな言葉をありがとう」

 

疲弊した身体に脳天気なキースとの会話は正直鬱陶しい。

少女は所在なさげに二人を交互に見つめている。

 

「それで何の用だ。ガキなんか連れて。妻を作る前に子供を作ったのか」

「まさか。僕の子じゃ無いさ」

「じゃあ親戚の子か」

「薄い仲間という意味ではそうだね」

「……」

「捕虜の子供さ」

「だと思った」

 

男は少女を一目見たときからある程度見当が付いていた。最近領土拡大を目的として一つの小惑星を植民地化する事に成功していた。男はその戦争で散々暴れ散らしたが、その際に捕らえた捕虜の容貌は眼前の少女と同じく黒髪が多かった。

 

「で、なんでここに連れてきた。将来に備えて子守の練習か?」

「子守をするのは君だ」

「は?」

「捕虜として捕まえた子供には、この人型機動兵器『ソフィウム』に対して搭乗適正があるか調べるのがお決まりなのは君も知っての通りだ」

「9割方は使えない」

「その通り。そしてこの子は残った1割。しかも飛び切り上澄みの超高適正を持った子供だ」

「そうか。めでたいな。砂利の中からようやく見つけた宝石を自慢したくなる気持ちは分からないでもない」

「そうだ。そして、君が磨く」

「ご指名ありがとう。拒否する」

「育てるんだ」

「嫌だ」

「君の手で立派な兵士を作ろうじゃないか!」

「断る」

「断るを断る」

「断るを断るを断る」

「断るを断るを断るを断る」

 

口角を上げた表情を一切崩さぬまま淡々と言ってくるキースに男は無性に苛立ちを覚える。キースはポジティブ人間であり徹底的な合理主義者でもあるから、この手の対話で感情を出すといつも旗色が悪くなるのだ。

 

「何故嫌がるんだい? 君は将来有望な搭乗者の指導者という立場を手に入れる。名誉なことじゃ無いか」

「生憎敵機をぶっ壊すのが趣味でね。名誉な勲章なら沢山貰ってる」

「そうだね君は有能だ。精鋭部隊『メビウス』の25機を指揮する隊長さん。一人ぐらい増えたってどうって事無いだろう?」

「出来上がってる兵士を使うのと、一から鍛えるのじゃ訳が違う。俺は騎手であって調教師じゃない」

「と言いつつ君は調教師の才能もある。今まで12人の弟子を鍛えて、その誰もが素晴らしい戦績を残している」

「ついでに早死にさせる才能もある。中途半端に技術と自信を持つから皆馬鹿みたいに若くして死ぬ」

「うん、おっけい。久しぶりに君と楽しい雑談が出来て僕はもうすっかり満足だ。ありがとう。良い気晴らしになったよ。ということで、これをプレゼントしよう!」

 

キースがそう言って白衣のポケットから掴んで意気揚々と見せてきたのは折れ目の付いたA4サイズの紙であり、公文書であり、つまり司令官からの指令書であった。

遙か高みの上官からの指令。

これの意味するところは男には初めから拒否権など存在せず、命令を受け入れざるを得ない未来がずっと前に確定しており、キースはただ暇つぶしを楽しんでいたと言うことだ。

公文書を折るな。

 

「忙しい司令官殿に代わって僕がお届け致しましたとさ」

「くっそ。冗談だろ……」

 

冗談めかして言うキースを無視して、男は暗澹たる思いを吐き捨てた。

 

 

男は次の日から早速訓練を開始することにした。待ち合わせ場所は多くの搭乗者が訓練に利用する件のバーチャル仮想空間接続ルームの待機所で、そこには男に誘われ男と手合わせできると聞いて喜んでやってきたメビウスの一員である精鋭搭乗者の三名と少女が待っていた。少女は唇を引き結んで泣き出しそうな、不安げな表情をしていた。当然の事だろう。彼女の両親は先の戦争で命を落としており、彼女の両親を殺したかも知れない男達との訓練ともなれば、少女の心が穏やかであるはずが無い。

しかし、男が特別それを気に掛けることは無い。

 

「今度のお弟子さんは可愛いお嬢ちゃんなんすね」

「女の搭乗者は珍しいですね」

「お嬢ちゃん、いくつだい?」

 

部下の野郎達が次々に口を開き、最後の質問に対してのみ、

 

「14です」

 

と彼女は短く答えた。やりとりを横目で見ていた男はそこで初めて彼女の年齢を知った。憐れだと思った。それだけだった。

会話も程ほどに男は少女を連れてバーチャル仮想空間接続ルームへと入り、自分が先に接続装置である卵型の機械に入って座り、膝の上を叩いて少女に“座れ”とジェスチャーした。大柄な男の膝の上に小柄な少女がおずおずと座る。それを確認した管理者のおっちゃんが二人の頭にヘッドギアを被せ、スイッチを押し、仮想空間との同期を開始させる。男が次に目を開けたとき、そこは既に人型機動兵器『ソフィウム』の操縦席であり、膝の上には小さな後頭部を見せて少女が座っていた。正面モニターの向こうには暗黒の宇宙空間の中で一定の距離を保って三方向に散らばっている敵機の存在も確認できた。男は少女を見下ろして言う。

 

「そこの左右のレバーを両手でそれぞれ握れ」

 

微かに背後を振り返り視界端でまだ怖い男の顔を微かに捉えて言葉を聞いていた少女は言われた通り細い両手でそれぞれレバーを握った。その上から無骨な男の両手が少女の両手を包み込むようにしてレバーを握る。そして前に倒して、敵の一機に狙いを定めて、急発進。

狙われた敵機は片手に握った黒光りする巨大なビームライフルの長い銃口を接近する機体に向けて2発3発と尾を引く赤いエネルギーの閃光を放つ。流石に男と共に視線を幾度もくぐり抜けてきた兵士とあって狙いは正確だ。だがそれは男も同様で高速の美エネルギー砲が放たれる直前には勘を頼りに機体を逸らしていて、紙一重で直撃を避けている。そうしてあっという間に距離を詰めて両手に握った二本のビームソードを容赦なく振るう。右手のビームソードは敵機が左手に握っていたビームソードで受けられたが、相手の右手はライフルを握っているので容易に腕を切り飛ばす。このタイミングで先ほど避けたビーム砲が追尾ロックの元で放たれたビーム砲であったばかりに、暗黒の彼方から二本の赤い煌めきが折り返して男の機体の両足に向かってくるが、男はそれを知っていたが、あえて避けずに直撃を受ける。二人の乗った操縦席が凄まじい振動で揺れる。

 

機体と搭乗者は一心同体。故にこれは自らの命が削られる衝撃と同義であり、搭乗者には焦燥と恐怖をもたらす。

それは意にも返さず男は少女の手ごとレバーを自在に動かし鬼神の如く両手のビームソードを振るう。敵機のビームソードを握っていた腕部を切り飛ばし、脚部も切断する。その際にレバー越しに伝わるぎりぎりと軋むような激しい衝撃。これは相手の命を削る感覚。

抵抗の術を持たない敵機の操縦席を直ぐには狙わずに、執拗に残虐にただ痛めつけるように敵機の身体を切り刻み、その行為の重さを小さき搭乗者に教え込む。

そうしていよいよ頭部と胴体だけになった敵機の頭部をビームソードで躊躇無く貫く。

 

「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛っ゛っ゛」

 

ご丁寧に部下は壮絶な断末魔を無線に乗せた。戦場で何度も聞いている為にその再現度は見事な物で、耳から侵入して心を抉る呪いの類である。

とどめに男は敵機の胴体の中央右、エネルギーコアのある部分にエネルギーソードをめり込ませ、離れた。直後に機体は大爆発を起こして木っ端微塵となった。この間、他二機は微動だにせずただ仲間が蹂躙されるのを見守っているだけだった。

……つまりこれは、男なりの慣習なのであった。新人はまず仮想空間に連れて行き、模擬戦を行ってその時の反応を見る。大事なのはひよっこ自身の手でソフィウムを操るレバーを握らせて、敵機を殲滅するという行為の残酷さを自覚させること。それで、ビビってたりめそめそしているようだったら兵士に不要な臆病な心から鍛えなければならず、面倒ごとが増える事になる。

さて、少女はどうか。

男は首を伸ばして横からそっと少女の表情を伺い、そして目を丸くした。

笑っていた。

目を輝かせ、曇りの無い笑顔を浮かべていた。年相応の、自分の心に響く興味深い何かを見つけたときに漏れ出すワクワクとした笑顔。

純真無垢な少女の心ではこの残虐な現実は正しく理解されなかったのだろうか。

男は疑い、思わず尋ねた。

 

「どう感じた?」

 

少女は興奮気味な笑みを浮かべてばっと振り返る。そして初めて遊園地のアトラクションに乗った後の子供のように嬉嬉として語る。

 

「楽しかったです! こう、シュバーって動いてズババーって倒してドカーンってなって! 面白かったです!」

「面白かったか」

「はい! とっても!」

「だが考えてみろ。もしも現実だったらお前はいま一人の命を奪ったことになる。それについてはどうだ」

 

男は言いながら我ながら大人げない事を言っていると内心で自身を嘲笑った。これは多くの搭乗者の心を悩ます問題であり、経験を積んでく過程で感性が麻痺して気にしなくなるか、耐えきれずに逃げ出すかの二択であり、いずれにしたって新人の少女に答えを迫るのは酷な題目である。

だが彼女は、悩むことも無く、悪意の無い笑みと共にはっきりと答えてみせた。

 

「それは仕方が無いことです。戦場は弱肉強食ですから負けた私の両親は殺されましたし、弱い私は捕虜にされました。だから気にしません」

 

その清々しい言葉を聞いて男はようやく理解した。

ああ、この少女は頭が良いんだなと。頭が良いからこの世に理不尽があることをよく理解していて、その現実を冷ややかな目で見つめ、受け止めている。それは大人でもなかなか出来ることでは無い。

こいつは大物になるかもしれない。

男は心の中でそう思った。

 

それから一年間、大きな戦闘が起こることも無く男は部下達に協力を仰いでバーチャル空間での少女の訓練を日常的に行った。少女は凄まじい成長速度を見せ男を驚かせることになる。

少女は三日で複雑なソフィウムのレバー操作をマスターした。ソフィウムは基本的に左右のレバーで操作が完結するような造りになっている代わりに、レバーには細かい切り替えボタン―腕部操作、脚部操作、搭載ビームライフル操作、ターボビーム噴射、バリア操作等―があり新人は大抵慣れるまでに時間が掛かるものだが彼女は三日という短い期間で完全に習熟し、機体を自分の手足のように動かしていた。また、初めの三ヶ月こそ男が彼女の手を握りレバーを動かし戦闘におけるお手本の動きを示していたが、彼女はその動きをめきめき覚えて身体に染み込ませ、6ヶ月目にはときたま男の助言を聞きながらも基本一人で操り、精鋭であるメビウスの一員達とまあまあ戦えるようになった(偉業である)。さらに極度の負けず嫌いだったらしい彼女は模擬戦闘の終わる度に自らの戦闘の映像を見返して、敗因となりうる行動を徹底的に分析、次の戦闘では修正した。訓練10ヶ月が過ぎる頃には恐ろしいことに彼女がメビウスの一員達に敗北を味合わせる機会が散見されるようになり、男の部下達は“少女に代わって隊長が本気を出している”と思っていたようだが、実際は少女一人の成果に過ぎず、男は少女の成長速度に驚愕すると共に部下達のプライドを守るのに苦心した。

翌年の六月頃には敵対中で膠着状態でもあった隣の惑星『エイデーン』の一部の過激派が防衛線を越えて領土に侵入してくると言う事態が発生し、男は丁度良いとばかりに少女を実践に初出撃させた。勿論男は訓練同様に少女の座椅子として同乗し少女の一挙一動に目を光らせた。模擬戦闘で成績が良くても実践に望んだ途端にヘタレになるのは珍しくない。そして命が掛かっている以上、少しでも少女が敗北に繋がるような行動をしようものなら背後からレバーを取り上げようと考えていた。

だが。そんな瞬間は一度も訪れなかった。

少女は冷静に敵機の行動を読み続け、思考で相手の2、3歩先を上回り、常に最適解を選択し続けた。数的不利も軽々覆し、数機の敵機を鮮やかに殲滅した。一年と半年しか訓練していない搭乗者が、である。

男は少女を怪物と、認めざるを得なかった。

 

 

 

……しかしそれでもどこか、男には、少女をたかが少女と侮る心があった。

それがきっと良くなかった。

不用意に膝の上に座らせたり手を握ったりと、肉体的な距離が近い事を気に留めなかったから。

自分と似た境遇の彼女に勝手に情が沸いて妹のように思って、頻繁に飯屋に連れて行ったり服を買ったり本を与えたりしていたから。

身の程を弁えずに異国の少女の悪口を言っている下級兵士を過保護にも片っ端から締め上げていたから。そういう一つ一つの行いが、恐らく少女の好意を育てていった。

少女は男に恋をした。

 

 

 

それが発覚するのはある日の哨戒任務の時だった。

異能とも呼ぶべき才能は隠せるものでも無く、一人前と認められた少女に黒色と金色の調和が美しい機体が与えられ、一人で任務に当たるようになって久しかったが、そんな少女は格納庫にて不意に男に声を掛けた。

“久しぶりに自分の操縦を見て欲しい”と。

それならば仮想空間で手合わせをした方が手っ取り早いし哨戒任務で接敵するのは今時期は稀だったので違和感を感じずには居られなかったが、やたら押しの強い彼女に腕を引っ張られ、気付けば男は彼女と同乗していた。当然のように男は少女に椅子にされていた。

星々に照らされた黒い広大な宇宙。敵機の姿は全く見当たらずあくびが出るほどに平和だった。

少女の操作にも当然指摘するところなど無く、手持ち無沙汰な男は少女の後ろ姿に懐かしさを覚えながらも、少し大きくなった背中や重さを増した臀部に若さ故の成長の早さを感じ、感慨を覚えたりしていた。

変わらぬ美しい宇宙。耳慣れたエネルギー音。駆動する機体の心地良い振動。

ぼーっとしていた。

油断していた。

だから何の前触れも無く突然彼女が振り返り唇を奪わんと顔を近づけてきたとき、男は大層驚いた。同時に戦場で磨き上げた反射神経を全力で駆使して彼女の両肩を押さえ、唇同士が触れ合うのを寸前で回避した。目の前に迫った可愛らしい少女の顔が不機嫌そうに歪む。

 

「むっ! なんで邪魔するんですか!」

「当たり前だろ! 何を考えているんだお前は!」

「既成事実を作ろうとしたんです!」

「駄目に決まってるだろ!」

 

とんでもないことを堂々と言い放つ彼女に男は目眩がする。気でも触れたのか。そもそもどうしてそのような思考に至ったのか。男の疑問に答えるように頬を染めた彼女が口を開く。

 

「あのっ、好きです!」

「は?」

「先生のことが好きなんです!」

「何を言ってる」

「先生のおっきな腕とかちょっと疲れた顔とか低い声とか意外と優しいところとか滅茶苦茶強いところとか、全部! 好きです!」

 

彼女は重機関銃の連続射撃のように溢れる好意をぶつけてきた。彼女の目が真っ直ぐ男を見つめていてその言葉が冗談の類では無いことを強く物語っていた。しかしそうなると困るのは男である。15歳年下の教え子のうら若き少女に恋愛感情を持たれるなど冗談であって貰わなければ困る。

よって男はその甘い幻想をぶち壊すべく懇々と説得を開始した。

 

「いいか。お前のそれは勘違いだ。耐性が無いので父親以外に初めて関係を持った大人の男に対して誤った感情を抱いているだけだ。もしくはお前の16歳という年齢は思春期に含まれ恋に恋をする年頃であって、お前も俺が好きなのでは無く、俺のようなおっさんを好きと言っている自分が好きなだけだ。いずれにせよお前の俺に向ける“好き”は間違っている」

「でも、先生を前にしたときの感情は本物です! 今だって先生の顔を間近で見ていてドキドキが止まりません! キスをしようとして想いを口にして、顔が火を噴くほどに熱いです! 日常でだって頭の中は“今日は会えるのか”“会えたらどんな話をしようか”ばっかりです! 先生のことを考えると、お腹の奥がきゅっと熱くなります! 先生が女の人と話していると嫌な気持ちになります! 本にも書いてありました! これは間違いなく恋です!」

「違う。そんなことはない」

「好きです! お付き合いしてください!」

 

こうして見事に説得に失敗した男はせめてもの抵抗に告白を断ったが、その程度で彼女が諦めるわけも無かった。一度箍が外れて溢れだした恋慕は止まる所を知らず、少女は日常生活において男を見つけると子犬のように寄ってきて好意を伝える言葉をひたすらに口にしてきた。男は初めこそ邪険に扱っていたがそれでも彼女の猛攻は続き、その諦めの悪さが高を結び、着実に旗色が悪くなっていった。

周りの目である。

只でさえ少女に言い寄られるおっさんという構図が大変奇異で目を引くのに加え、彼女が、愛嬌のある可愛い天才搭乗者で有名な少女であるから、二人の噂はあっという間にスペースコロニーに内に広まった。二人のというか、カイラスのというか、“カイラスがロリコンである”と言う噂が、である。

男の世間体が瞬く間に崖っぷちに追いやられた。

賢い少女は恐らくこれも計算済みだったのだろう。

基地内を歩いていてすれ違う人間が、飯屋の店員が、部下達までもが、男のことを興味深そうに見た。母国の英雄としてでは無く幼気な少女を手籠めにする良くない大人として見た。

 

「やあ、ロリコン!」

 

いつぞやに会った笑顔のキースの鳩尾をぶん殴った所で流石に対策を講じなければと想い、男は基地の廊下で少女に出会ったときに告げた。

 

「頼む。もう勘弁してくれ」

「では告白を受けてくれるんですか!」

「受ける。ただし、条件がある。300機だ。一月で300機撃墜しろ。それが出来たらお付き合いでも何でもしてやる」

「やったあっ!!」

 

少女は満面の笑みで歓喜の声を上げた。

男は我ながら良い提案をしたと思った。大隊が平均30機で形成されると考えれば、一月で10大隊分もの敵機を堕とす必要がある。いくら怪物と称される彼女でもそれは無茶である。

だが真面目な彼女はその目標に向かって邁進することだろう。やる気に漲った彼女の手によって沢山の敵機が撃墜され、かつ告白が回避されるとあれば、これ程素晴らしい提案は無い。

男は「頑張ります!」と無邪気に張り切っている彼女を見ながらそう思った。

 

 

 

などと呑気な会話が出来たのは敵国からの目立った敵襲が無かったからに他ならない。

しかしながら。

永遠の平和というものは存在しない。

永遠の勝利というものはあり得ない。

現に、男は死にかけている。

 

 

 

エネルギー砲の赤い閃光があちらこちらで煌めく暗黒の宇宙で、男の操る機体は10機の白い機体に追われていた。腕部は両方とも肩部より先を失っていて、背面に付いている移動用のエネルギー噴射装置も四つの内の一つが大破、一つが破損して居ていて実質二つ分の推進力のみで逃亡を図っていた。今はまだ距離があるが追い付かれるのは時間の問題で、抵抗する手段も無い。

絶体絶命である。

きっかけは隣国『エイデーン』の突然の侵攻であった。スペースコロニー内に鳴り響いた警報を聞いて男は格納庫へ矢のようにすっ飛んでいき、愛機を発進させ、部下達と共に次々と襲い来る敵機の対処にあたった。ビームソードで何体目かを宇宙の塵に還した時だった。不意を突いたエネルギー砲が背後から飛んできて咄嗟に左腕を伸ばしてバリアを展開させた。

展開は、した。

だが肝心の直撃する寸前になって、バリアが消えた。エネルギー切れ。しかし今回の戦闘においてバリアに頼ったのは今春間が初めてであり、詰まるところエネルギーの補充忘れという整備士の人為的ミスであった。男もいつもならば確認してから出陣するところを今回ばかりは気持ちが逸って、そのまま戦地に赴いてしまった。

エネルギー砲が左腕に直撃し、爆発する。爆風に煽られた機体が回転しながら吹き飛ばされる。好機とばかりに周囲に居た敵機が一斉に男の機体に狙いを定めエネルギー砲を撃ち込んだ。一時的に操縦不能となっていた男の機体は為す術無く蜂の巣にされてしまった。

銃撃の嵐が止んだとき、男の操る機体はまだ辛うじて生きていた。だが腕部は左右とも失われていて機体のあちこちが破損し、特に通信機能とエネルギー噴射装置の幾つかが使い物にならなくなっていた。

攻撃手段を持たない機体が戦場に居たところで足手まといにしかならない。男は基地に戻って機体を修理して貰うために戦場からの離脱を図った。直前までのビームソードを振り回す猛牛の如き暴れ具合から要注意人物と認定されていたのだろう、敵も男をそう易々と見逃すことはせず、逃亡の助太刀に来ようとした部下の動きもエネルギー砲で牽制して止め

結果として10機もの敵機が男の機体を追ってきていた。

 

「老兵一人に流石に多過ぎだろ」

 

笑みを引きつらせた男の嘆きは誰にも届かない。

まさか10機もスペースコロニーに招待するわけにはいかず、かといって通信機能が壊れているので受信は出来るが送信は出来ず、他機に助けを求めることも叶わず、男は一人で当てもなく敗走する。

機体の横をエネルギー砲が通り抜けていく度に死を覚悟した。浮遊する岩石の間をくぐり抜け、宇宙を漂っている仲間の機体の亡骸を盾にして必死に逃げる。

逃走ルートを常に探しながら男の頭の中では全く別のことが思い浮かんでいた。

少女だった。

優秀すぎる可愛い教え子。アイツは無事だろうか、男は自分の陥っている危機的状況などすっかり棚に上げて少女の心配をしている。アイツがでかい勲章を貰うところを見たかった、とおっさん臭いことを思っている。

良くない兆候だ、と男は自嘲した。

戦争では戦場から気持ちが離れた奴から死んでいくのだ。この期に及んで笑った少女の顔ばかりが頭に散らついているのは現実逃避をしている証拠であり、気持ちが先に死地へと向かっていることを意味する。だが同時に理解もしていた。これはもう助からないと。長年戦場で生き延びてきた男は、死にゆく兵士も沢山見てきていた。その経験が、最悪な未来を予言していた。

男は、決意した。

どうせ最期ならばせめて、道連れにしてやる、と。

男は視界正面に現れた見上げるほどに巨大な岩石の外周をありったけの燃料を消費して全速力で回り込んでいった。岩石の陰に隠れてみえなくなった男の機体を追っ手達は慌てて追いかける。そうして岩石の真裏の地点でぴたりと静止している男の機体を発見し、とうとうエネルギー切れかと追っ手達は舌なめずりをして、敵将の首を我先にとばかりにビームソードを携えて次々と接近する。

圧倒的窮地であった。

しかしこれこそが、男の仕掛けた罠であった。

男が握り拳を置いているのは透明なケースに覆われた真っ赤なボタン―自爆ボタン―であり、敵機諸共巻き込んであの世へと向かうつもりであった。

迫り来る敵機を見据え男は静かに息を呑む。

タイミングを計る。

そして今だ、と思ったその瞬間

 

「先生から離れろおおおおおおおおっっ」

 

甲高い声と共に黒色と金色の機体が流星の如く頭上の方から猛スピードで降りてきて、今まさに男の機体に斬り掛かろうとしていた敵機をビームソードで

縦一直線に真っ二つにした。

少女が、助けに来たのであった。

そのまま少女の機体は男の機体をかばうように前に立ちはだかり、突然の新手で敵機が動揺している隙に少女は青白く光るカプセルを男の機体に向けて投げた。胴部に触れた瞬間そのカプセルは破裂して、中から途端に青白く発光するネットが現れて男の期待を覆い、ネットの間には膜が張られ、やがて完全なる球となった。バリアネットと呼ばれるその道具は研究班の苦労の元に開発された代物で、中に居る機体はその場から動けなくなる代わりに外部からの一切の攻撃を無力化するという救命道具なのであった。

 

「シャラ!」

 

壊れた無線では届くことは無いと理解しながらも男はその名を呼ばずにはいられなかった。

その声がまるで届いたかのように少女からの無線が入る。

 

「行ってきます、先生」

 

そう力強い言葉を残し、彼女は敵機をぞろぞろと引き連れて飛び立った。

 

 

 

 

広大な宇宙に浮かぶただ青い丸い無力な球となった男は操縦席で目を閉じてただ少女の無事を祈っていた。もしも自分のようなおっさんの代わりにまだ若い彼女が身代わりになっていたらと思うと、ぞっとする。だがいくら強い彼女といえど、10機を相手にするというのは……。

良くない想像を延々と脳内にかき立てていると随分と時間が過ぎていて、敵勢力の撤退を知らせる無線が入るのと、バリアネットが解けるのはほとんど同じタイミングであった。

男は急いで少女の操る機体が飛び去っていた方向へと向かった。巨大な岩場の上部の広く平らになっている部分。どうやら少女はそこを戦場と定めたらしかった。

一面の景色を見渡して男は目を見開いた。

 

「嘘だろ……」

 

その呟きは無意識に零れたものだった。

辺りには人型機動兵器の残骸が大量に落ちていて墓場の様相を呈していた。そしてその中央で、黒と金の機体が一機、月光を浴びながら堂々と立っており、その肩部には宇宙服を纏った少女が座って足を陽気に揺らしていた。

少女はたった一機で、10機全てを殲滅したのである。

男は少女の機体にゆっくりと近づく。

 

「先生!」

 

少女はそう言って、男の期待に無邪気に手を振った。男が直ぐ隣で機体を止めると、少女は足場を蹴って

ふわりと浮きながらそれでも一直線に男の座る操縦席に向かってきた。男は慌てて操縦席のカプセルを開けて少女を抱き留める。

 

「お前、激突するところだったぞ!」

 

褒めて貰いたくて仕方が無い彼女は男の指摘など聞いておらず、男の顔を見上げ目を輝かせて言う。

 

「先生! 先生! 見てください! これ私がぜーんぶ倒したんですよ! 凄くないですか!」

「あ、ああ。凄い。よくやったな」

「えへへ~~~」

 

男がいつもの癖で撫でると少女は嬉しそうに顔を綻ばせた。

 

「それと、助けてくれてありがとう」

「いえ、間に合って本当に良かったです。先生は私にとって本当に大事な人ですから」

 

そう言ってにこりと笑った少女は月光の輝きを纏っていて美しい。

 

「そういえば見てくださいこれ!」

 

少女が手慣れた様子でボタンを操作して操縦席のカプセルを締め直すと、次には表示切り替えボタンを押してモニター画面にスコア表を表示させた。敵機の撃破数がそれぞれの機体のコード番号の隣に明記されているそれは、上層部が兵士に功績を与える際の考慮材料として使用する目的で導入されているもので、若い兵士達はそこに表示されているスコアを見比べて士気を高め合う。いずれにせよ男にはあまり縁の無いものだ。

だが今回ばかりはそれは重大な意味を持っていた。

 

「303……だぁ……?」

「はい! 今回の戦闘で約150機倒したので、今までの分と合わせてやっと300機超えたんですよ!」

 

何か面白くない冗談を聞いているのかと思ったが、そこに表示されている数字は全く疑いようのないもので、少女の人外の諸行をただ無機質に証明していた。

 

「随分と、その、暴れたんだな」

「はい! 先生との約束を果たそうと思って目一杯暴れちゃいました!」

 

可愛らしく言っているが、やっていることは全く可愛く無い。

 

「約束……」

「せーんせ? 忘れてないですよね?」

 

気付けば少女の顔が目の前にあった。

細めた瞳。

弧を描く口元。

 

「好きです、先生。付き合ってください」

 

頬を染めてそう言った彼女は今まで見たどの彼女の表情よりも大人びて見えた。

見惚れていた男はそのまま気付けば少女に唇を奪われていた。

それは僅かな事で、少女はやがて顔を離した。

そうして“ふふ~♪”と満足そうに笑みを浮かべる少女を見て、

 

ああ、俺の負けか

 

と男は内心、敗北を認めた。

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