カッコいい女に愛されるシチュ   作:もぐら王国

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師匠に愛される

男は盗人であった。だが自分の欲望のままに物を盗む悪党かと言えば、そうではない。彼が盗むのは魔道具のみである。

魔道具。それは神が作り世界にばら撒いたとされる特殊な魔力の込められた道具で、使い手によっては多くの人々に幸せと絶望を与えた。

男の故郷には不幸がもたらされた。攻めてきた敵国が兵器として使用していたのは魔力をビームとして吐き出す殺戮魔道具であり、家族も友も街も燃え、男は全てを失った。それ故に男は、魔道具が悪用される状況を心底憎み、悪事に利用される魔道具を見つけ出しては盗み出し、然るべき専門家に流すことで、破壊や封印をしてもらっていた。

だが今回は相手が悪かった。盗みに入ったのはガルダ王国の宮殿で、ここはとある魔導士が魔力を何倍にも増長する水晶の魔道具を使って国民全員に強力な催眠をかけ、王国を都合の良いように支配していた。

男は、その水晶を盗み出した。すると魔導士は激昂し、沢山の追手を送り込んできた。兵士や殺し屋、さらには訓練された動物までもが追ってきた。男は逃げて逃げて逃げ続けた。そうしてボロボロになりながらなんとか地下アジトへと辿り着く。幸運でしかなかった。

彼は身体を抱くようにして眠った。

 

それからは引き篭った生活を送っていた。かの魔導士は探知魔法に優れているようで、アジトの外に一歩でも出ると気づかれる恐れがあった。よって気配を漏らさぬようにただひっそりと毎日怯えながら生きていた。

だがその安寧はある日、突然に崩れた。侵入者がやってきたのである。1つ目の対侵入者用防御結界が崩されすぐにそれと知れた。彼を襲ったのは絶望だった。アジトは広範囲に展開することの難しい目隠しの結界を張っている都合上、出入口が一つしかなかった。見破られたら逃げることはまず不可能なのである。かといって正面からやり合ったところで撃退できるほどの戦闘力は有していない。彼が得意なのは逃げることと隠れる事だけであった。

絶体絶命。

彼はガタガタと震えた。恐怖に怯えた。自分の行いを後悔した。ガルダ王国になど行かなければ、水晶を諦めていれば。しかし第二、第三と破られていく防御結界が無常にも非常な現実を知らせていた。

やがて足音が聞こえるまでになった。男はすっかり過呼吸となり冷や汗が止まらなくなった。暴れる心臓と血流の音が足音をかき消し、恐怖が倍増した。

そしてとうとう侵入者が姿を見せる。

 

「やあ」

「……え」

 

男は目を丸くする。

立っていたのは、眼鏡をかけてへらへらと笑っている背の低い見覚えのある女性。

彼女は、男に盗みの技術を授けた師匠であった。

 

 

 

 

「どうして、ここに?」

「さて、どうしてでしょう?」

 

質問に対して質問で返す。彼女は昔から変わらない。いつだってふざけた人間なのだ。

そんな師匠が何の用があってこの場にやってきたのか。

男は随分前に師匠から独立し、以来長らく連絡を交わしていない。アジトの場所も知る筈が無かった。そんな彼の疑念を察したかのように彼女が口を開く。

 

「このアジトは随分うまく隠せていたと思うよ。立地も隠蔽も完璧だ。でも僕は、君の癖も性格も趣味嗜好も、君の事をぜーんぶ知り尽くした師匠だからね。すぐに分かっちゃった」

 

彼女はさも当然とばかりにカラカラと笑った。

そう言われたら男も納得するしかない。

しかし、ならば俄然気になるのは彼女がアジトに訪れた意図であった。お得意の気まぐれ、だろうか。久々に弟子の顔が見たくなったとかそういう事なのだろうか。だとしたら伝えなければならない。いま自分がガルダの魔導士に命を狙われている危機的状況であり、この瞬間にも追手がアジトに攻めてくる可能性が高い事を。再開を喜べるほど悠長な場ではない事を。

彼はそう思って口を開きかけたが、

 

「大丈夫だよん」

 

彼女は安心させるようなしっとりとした口調でそう言った。

 

「さっきも言った通り僕は君の事を全部知ってるんだ。だから今、君が置かれているヤバい状況も知っている。でも大丈夫」

 

彼女は男の元へ歩きながら言う。

 

「僕は君を、助けに来たんだ」

「……え?」

 

余りの予想外な言葉に男は間抜けな声を漏らした。彼が呆気に取られている間に彼女はあっという間に彼の前に辿り着き、少し背伸びをして、彼の頭を抱え込むように抱きしめた。

 

「……師匠?」

「ここまでよく頑張ったね。良く生きていてくれたね」

 

彼女の柔らかな言葉が男の心を包む。

 

「君がガルダ王国の魔導士から水晶を盗んだって情報をとある筋から聞いたときに、嫌な予感がしたんだ。僕も過去にあそこに盗みに入ったことがあったんだけど、とにかくあいつは執心深くてね。親の仇みたくどこまでもどこまでも追っ手が来たんだ。だから君も相当手こずっていると思った」

 

彼女はどうやら心配になって来てくれたようだった。その予測は当然正しかったし、男は救ってくれるのなら誰の力でも借りたかった。だがいざ師匠から手を指し伸ばされると、救いを求める内心とは裏腹になけなしの意地を張ってしまう。

 

「し、心配性ですね師匠は。あの魔導士から逃げるのなんて簡単でしたよ。丁度、そろそろ追っ手が俺を見失って諦めている頃合いでしょうから、そのタイミングでまた次のターゲットを……」

「強がらなくて良いよ。アジトの外にはたくさんの追手がウロウロしていた。ここがバレて襲撃されるのも時間の問題さ」

「それはまあ、あえて泳がせていると言いますか、あとで一網打尽にしてやろうか、みたいな」

「君は嘘を吐くときに早口になる癖がある。それに心拍が平常時よりだいぶ早い。身体が尋常じゃなく震えている。怖かったんだよね?」

 

彼女の前では陳家なプライドなどまるで意味を為さない。彼女は、精一杯意地を張る弟子を愛しく思い、力強く抱きしめた。

 

「もう大丈夫だよ。僕が来たからには何も心配いらない。僕が君の事を全ての脅威から守ってあげるからね」

「あ……ああっ……」

 

彼女の言葉を聞いた男は、張り詰めていた緊張の糸が切れたかのように膝から力が抜けて地面に崩れ落ち、涙も自然とぽろぽろとこぼれ始めた。もはや強がることなど不可能だった。ただ彼女に縋って、救いを求めた。

彼女は「おっと」と呟いて男を抱きとめると、子供をあやすように背中を撫で始めた。

 

「よしよし。よく頑張ったね」

「師゛匠゛っっ……!」

「うんうん。偉い偉い」

 

 

 

 

男が落ち着くと彼女は早速アジトを出ると言って歩き始めた。その際、男は手を引かれていた。

「師匠。これは流石に恥ずかしいのですが」と男は抗議したのだが「今更だろう。私のアジトに帰るまで繋いだままだ」と嬉しそうに言われ、諦めた。

そのまま手を引いて師匠はアジトの出入り口を進んでいく。もしやこのまま丸腰のままアジトを出るのかと男は焦ったが、そんなことは無かった。通路の広くなった地点で立ち止まると、女が懐から取り出したベルを二度ほど鳴らし、直後に、巨大なカエルが煙と共に現れた。

 

「これは魔界の契約ペットを呼び出す魔道具なのだ」

 

と師匠が説明するが、男はそれどころでは無かった。

カエルが大の苦手だったのだ。男は背中を見せ逃走を図ったが、師匠に手を掴まれているので逃げることが出来なかった。

 

「逃がしてください師匠!」

「駄目だ。今から僕たちは彼の口の中に入って運んでもらうんだ」

「は!? 何をおっしゃってるんですか!?」

「バジェット君は魔力を遮断する特殊な表皮を持っていて、いかなる探知魔法も受け付けない。よって彼の中に入れば絶対に見つからないという訳さ」

「いやです!! 絶対嫌です!!」

 

彼は子供さながらに暴れたが、意外にも力の強い師匠の小さな手からは逃れられなかった。

師匠は笑う。

 

「さっき言っただろ。家に帰るまで手を繋いでいるって」

「離してください!嫌です!死んだ方がましです!」

「さあ、いこう」

「いあっ」

 

パクッ

 

二人の姿はカエルの口の中に消えた。

 


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