ハチドリが鍵を渡すまで   作:しゃくなげ

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ハチドリが宝具を放つまでのお話。
創作ぐだのため、藤丸立香とは別人。


心臓都市起動までの八十六秒

 テノチティトランが最初に認識したのは、不覚をとったという事実だった。

 思考するころには身体が横殴りに吹き飛ばされて視界が回り、遅れてようやく痛みを感じる。それほどまでに見事な一撃だった。

 サーヴァント同士の戦闘では、派手な宝具の撃ち合いになることは滅多にない。鍛えた技を用いた白兵戦が、いつだって基本となる。

 実のところ、戦士ではなく都市の心の具現であるテノチティトランが、特に苦手とする戦い方であった。

 喀血。赤い血潮が、薄紅色の唇を濡らす。

 霊核に亀裂が入っているのを、鈍く深い痛みで感じた。

 指先に力が入らない、立ちあがろうとしても膝が笑う。もう動けないと、肉体そのものが悲鳴をあげているようだった。

 逆光になる襲撃者を見上げたところで、目の前が暗くなる。

 せめて、一矢。

 どうせこの身は影法師、砕かれようともカルデアで目覚める。

 ならば、今この場で死のうが生きようが関係はない。一つでも多くの敵を殺そう、歩きやすく道を舗装するように。

 鈍る思考をまとめあげるまで、秒もかからなかったはず。

 だから、動くのは自分か敵か、どちらかしかあり得ない。

 ありえない、のに。

 突風めいた黒影が、牙を剥く様をみた。

「ぁ、……トラマカスキ、っ」

 元より高い身体能力を、魔術礼装で増幅しながらの突撃。

 拳を突き立て、そこから一歩を更に踏み込む。派手に吹き飛ばすことはせず、ただ、手首の深さまで陥没する様相が打撃の威力を物語っていた。

 呼吸音。遅れて、苦悶の声。間髪を入れずに、打撃音。

 穿った拳を追うように、対の腕が走る。

 テノチティトランが理解できたのは、そこまでだった。

「ご無事ですか、トラロックさん!」

 マシュ・キリエライトの声が届いたのは、要石の打撃が四手目に入るころ。マスターの護衛を第一に動く彼女が、追従できないほどの突撃であった。

 要石は、拳打の距離から、敵の懐から決して離れない。

 離れれば、敵の剣が首を断つ。故に自らの距離を押し付け、自分が有利な状況で戦う。都市の神にはなし得ない、命を奪い合う戦士の闘い方だ。

 ふと、力ない吐息がテノチティトランの口から漏れた。

 あんなにも冷静な闘い方ができるのに、なぜ、要石は駆けたのか。

 護衛であるマシュに自分を任せて、自ら前に出たのはなぜなのか。

 疑問の答えが浮かんだ時にはもう、頬を伝う熱を感じていた。

 血濡れの手を伸ばしても、届かない。

 四肢を用いて敵を討つ、戦士の姿が霞んでいく。

 遠くなる仲間の声に、もう少しだけと願いながら、テノチティトランは重たくなるまぶたに抗おうと頭を振った。痛みは気にならない。要石の姿を見ずに意識を手放してしまうより、五体が砕け散る方がずっとマシだと感じる。

 守られている。

 サーヴァントとしては、きっと、情けないことだろう。

 だとしても、構わなかった。言葉だけで涙を流してしまうほどに、テノチティトランは歓喜の中にいる。

 守られている。たったひとりの民に、ただひとつの故郷として。

 霊核に宿る熱が、噴き上がる溶岩のように身体を熱くする。肉体損傷による操作の支障は、とっくに消え去っていた。

 民が街を守ろうと戦うのなら、戦士を街が守るのもまた道理。

 要石が故郷への愛を捧ぐからこそ、都市もまた砕けることなく立ち上がる。

 まるでそれを待っていたかのように、白兵戦の最中、要石は跳び退った。

 涼しい顔をしているくせに、珠のような汗が散り、身のこなしにいつもの鋭さはない。どれほど疲労しているのかを見て取れるから、テノチティトランの熱は際限なく増していく。愛しい神官が身を削ってまで、守ろうとしていたの。歓喜と、切なさと、不甲斐なさをない混ぜに、都市の熱は増していく。

「心臓都市、起動。我が祭壇、我が薪、我が愛しき神官──」

 失わない。今度こそ、失わない。

 テノチティトランの叫びは、心臓都市の咆哮となって大気を震わせる。

 勝負は決したと、要石は笑う。

 言葉を紡ぐ体力すら使い尽くしながら、心臓都市の掌に掬われて、遥か頭上から見下ろして。傲岸に、不遜に、傲慢に。敵対者へと吐き捨てる。

「見たことか、僕のサーヴァントの方が、ずっと強い」

 一拍、呼吸をおいたあと。

 息を整えた要石の一言は、どこまでも心地良い響きを宿していた。

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