See you in Reichenbach 作:マザリーニ枢機卿
その目が捉えているのは銃口ではなく、僕の目だった。
目前に迫った死を前にその少女はただ恐怖の色を目に映す。彼女の着ているそれはベージュ色、ファーストやセカンドより重要度が劣るサードリコリス。殺したところで大した影響は無いだろう。だから引き金を引くのにどうしても躊躇いが出る。それに彼女は部署の違いはあれど僕たちと同じ境遇で育ち、共に日本を良くしたいと思って働いてきた同志だ。
だがリリベルにはそのような甘えも、命令に疑問を抱くことも許されていない。脱走したリコリスを処分するのはリリベルの仕事の一つだ。命令されたなら命令通りに対象を消すのが僕たちの役目であり、存在意義なのだ。
いつまでもそのリコリスを殺さない僕に痺れを切らしたのか、他のリリベルたちが僕の周りに集まってきた。万に一つも僕を心配してのものではない。僕が変な気を起こした時にはこのリコリスと同様に僕も殺処分するためだろう。
僕は一歩前へ出る。せめて苦しまないよう、即死できるように脳幹を撃ち抜くため、彼女の眉間の少し下を狙う。
「悪い」
引き金を絞る。これが僕の初めての殺し。
・・・・・・
夢の中の銃声と共に、質素で殺風景な部屋で寝ているという現実がその領域を徐々に広げていく。悪夢を見てもすぐに起きれる方ではない。寧ろ寝起きは甚だ悪い。
過去の出来事を夢に見るのは一回や二回ではないが、このことが夢に出てきたのは今日がその日だからに違いない。今の僕はDAに所属していない、はずだった。昨日まではそうだったのだが、2週間ほど前に出た内示で僕はDAに舞い戻る羽目となった。そして今日がその初日であった。
クローゼットにはハンガーにかかったいくつもの純白のワイシャツ。この光景を見るたびに、これから仕事に行かなければならないという憂鬱が溢れ出てくる。全て同じメーカー、同じサイズだ。職業柄これさえ着ていけばなんとかなんとかなるのだ。
『おはようございます。昨日の東京の最高気温は13℃と、3月中旬並みとなり例年に比べて肌寒さを感じ──』
テレビがタイマーによって自動的に点いたのを横目に、歯を磨きながらコーヒーメーカーにお湯を注ぐ。どうせ後からガムシロップなり、フレッシュなりをドバドバと入れるので虫歯予防という意味での歯磨きとしての意味は成してないようにも思うが、口がベタベタなのは嫌というのと時間短縮のためである。ちなみに苦味も何も消え去ったコーヒーを飲むのは外せない。これを飲まないと1日やる気が保たない。
『続いてのニュースです。パンダの赤ちゃんが──』
テレビを消す。今日も平和なニュースばかりで良いことだ。不自然なくらいに。
ネクタイを締め、スーツに袖を通す。必要なものを鞄へ放り込み、昨夜のうちに磨いたばかりの革靴を履いて部屋を出る。
さっきのニュースで言ってた通り、朝の早い時間とはいえ4月であるにも関わらずかなり肌寒い。車通りも歩行者も全く見受けられないため、この世界が自分だけになってしまったのではないかと錯覚する。
大きな街が動き出す前の静けさが苦手だ。得体の知れない巨大な化け物が動き出すような恐怖に似たものを感じる。
「平和で安全、綺麗な東京」
「日本人は規範意識が高くて、優しくて温厚」
「法治国家日本、首都東京には危険などない」
「社会を乱す者の存在を許してはならない」
「存在していたことも許さない」
「消して消して消して、綺麗にする」
「危険は元々なかった」
「平和は私達日本人の器質によって成り立っている」
「そう思えることが一番の幸せ」
「それを作るのが私達リリベルの役目」
これを思い出してしまうのも苦手な理由の一つだ。
━
「仕事の話だ。ミカに代われ。・・・・・・ハワイ? パスポートはどうしたんだ? 偽造したんじゃないだろうな。・・・・・・切られたか」
国会議事堂や東京駅のような、明治時代の文明開化に合わせて作られた洋風の司令官室には、楠木司令の他にもう一人の姿があった。どう転んでも堅気の人間には見えない楠木とは対照的に、そのスーツの若い男はどこからどう見ても一般人であった。
しかしこの場所はDAの司令官のための場所であり、当然ながらただの一般人は入るどころか、この場所の存在自体知るところではない。
「どなたへのお電話です?」
「こちらの話です。貴方には関係ない」
「それは失礼しました。なにぶん『パスポートの偽造』という不穏当な会話があったものですから」
「・・・・・・要件は?」
楠木の声からは不満が漏れ出ている。彼女はこの男のことを知っていた。そして彼が来たということが楠木にとって、そしてDAにとっても望ましいことではないということも理解していた。
「本庁からのお達しがありまして、4月1日付を以て私がこのDA本部の監視の任に就くことになりました」
「・・・・・・理由をお聞かせ願いたい」
「十分わかっているはずです。延空木完成セレモニーでのリコリスの公表、都内にばら撒かれた銃器、そしてあの真島という男のこともまだ未解決」
「なぜそれを」
アトラクションの一種として揉み消した延空木完成セレモニーでの一件はともかくとしてDAの内部の人間しか知らないはずの「真島」という名前が出て、思わず聞き返してしまう。
「いくら揉み消そうとしても、真島の言った通りの状況が揃いすぎていました。実際に銃器は不特定多数の一般人に渡り、その一般人によるものだけでなく、リコリスによる発砲での怪我人も確認されています」
「それは私たちDAの方で始末をつけます」
「もっと酷いことになったらどうします?」
「もし、真島やウォールナット以上の脅威が現れたら? もし、リコリスやリリベルの銃口が犯罪者だけでなく善良な市民に向けられることになったら? 今のDAにそれに対処できるだけ能力があるかどうか、甚だ疑問です」
「それは・・・・・・」
隠蔽工作も完璧ではない。いくら国が真実を吹き込もうとしても、目の前で起こった事実の前では意味がないのだ。
真島の手口は巧妙であり、そして彼の思惑通りに国民の中に疑念という種が植え付けられた。この平和の理由は何なのか、自分たちが享受している平和の裏には何が潜んでいるのか。
「法治国家であるにも関わらず、犯罪行為を“しようとしていた”だけで対象を消す、という矛盾はさておき、それをできる権限を行使するに足る能力が今のDAに欠けていると上は考えています。今後は私の監視の下で慎重な行動を心がけて頂きたい」
「・・・・・・よくわかった」
「それではこれで失礼します。ご不明な点は後ほど」
男が司令官室の扉の前で、ちょうど茶髪の女性とすれ違う。男と入れ替わりに司令官室に入ったその女性は楠木司令の助手であった。
彼女は部屋に入るなり男とすれ違った扉の方と楠木の顔とを見比べる。
「来たか。座ってくれ」
「司令、今の方は・・・・・・」
「そのことで呼んだんだ・・・・・・いよいよDAがここまで来てしまったか」
「えっと、あの方はどなたなんでしょうか」
「・・・・・・奴は警察庁警備局、いわゆる公安の人間だ。今後のDAの活動を監視するそうだ」
楠木は先程のやり取りを思い出し、憎々しげに語る。公安、という言葉が出たからか助手の顔も険しくなる。
「公安が、DAにここまで直接的に介入するなんて聞いたことがありません」
「先の一件で信用が落ちているんだろう。奴は色々と知っていた。真島のことまでな」
「内部からの漏洩でしょうか?」
「その可能性も無いとは言い切れないが・・・・・・」
そう言いながら楠木は電話に手を伸ばしダイヤルを押す。つい先程押したのと同じナンバーだった。
その相手は数コールの後、恐る恐ると言った感じで電話に出る。
「千束」
『・・・・・・なんすかぁ〜。仕事は今できないって』
「そっちとは別の案件だ。調べて欲しいことがある」
『えぇ〜面倒ごとはもう嫌なんですけどー』
「そう言うな。日本では奴に勘繰られる。ハワイにいるお前にしかできない」
『日本ではってどういうことですか?』
「DAに公安の監視が入る。監視に当てられた人間は様々なことを知っていた。真島のことも。嗅ぎ回っているのが知れれば面倒だ」
『うーわ公安だって。めんどくせーことになってますねぇ』
「他人事じゃないぞ千束。どうしても必要となればお前を日本に強制送還させることだってわけはない」
『へいへいわかりましたよ。何を調べればいいんですか?』
「その監視につく人間のことが知りたい。公安の人間だということと、元はリリベルだということ、それと恐らく偽名だが一応の名前、これだけしか今はわかっていない。そしてこれは推測だが公安はDAを吸収しようとしている」
『・・・・・・その人の名前は』
「樹月、
ウマ娘の方があまりにも難産なので息抜きに書きました。例のごとく見切り発車なので続くかどうかは反応とやる気による。