円環の勇者   作:まんじゅう卍

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ローグ・ゼロ

 須美の眼前には大きな棺とその棺の中で眠る者を弔うために献花された色鮮やかな花達が映っている。

 少しでも目を上にやればそこには満面な笑みを浮かべる一枚の写真。写真なのだから声など聞こえるわけもない。

 もう二度と彼女の声を、笑顔を、照れた顔を、無邪気な顔を、弟達に向けていた優しいお姉ちゃんとしての顔も。

 先程触れた彼女の手はあまりにも冷たかった。人は死ぬとここまで無機質になるのか。と場違いな感想すらも抱いたほどだ。

 悲しい。今の今まで、何とかそう思わないようにしてきた。だが、一度考えて仕舞えば思いは次々に溢れてくる。

 泣くな。今は泣くな。泣いて、それでその人は。大切な人は戻ってくるのか。須美は自分の中で自問自答を繰り返し、自身に言い聞かせる。

 隣で佇む園子も今は気丈に振る舞ってはいるがその横顔には影が堕ちていた。

 

「そのっち……」

 

 思わず漏れた声は園子にも届いていた。園子は心配しないで。と言うように軽く頷いた。

 無常にも葬儀は滞りなく進んでいく。進んで行くたびに、別れの時は迫ってくる。会場からは啜り泣く声がどこからか聞こえてくるが、今の須美にはそれが誰のものなのかなど考える余裕などない。

 その間にも大赦の神官が彼女の功績を、そして今後は神樹様と共にいられる。名誉なことであるので皆さん悲しまないでください。と言う趣旨の話をした。

 そんな時会場の後ろの方から震える声が須美に届いた。それは間違いでもなんでもなかったようで、園子も後ろを振り向いた。

 須美と園子の眼前に飛び込んで来たのは立ち上がり、目の端に涙を浮かべながら声を上げた彼女の弟。鉄男だった。

 

「なんで!なんで姉ちゃんなんだよ!返してよ!姉ちゃんを返せ!!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、須美は呼吸をすることを忘れた。息がつまり、胸の奥でガラガラと音を立ててここまで自分を保っていたものが崩れていくのがわかった。

 園子も顔を伏せ、唇を噛み、感情を押し殺すのが見えた。

 須美はどうしても目を逸らすことが出来ず、暴れる鉄男を大人たちが押さえて外に連れ出していく様子をジッと見つめ続けた。

 式はその後、何事もなかったように進行していった。

 その間も須美の中で先程の鉄男の言葉に胸がつっかえ、それは些細なことでは溶け切らないほどに須美の深い深いところにまで入り込んだ。

 確かにどうして彼女なのだろう。その疑問は彼女の頑張りを裏切るものだとわかっていながら、須美は辞めることが出来ない。

 なんで。なんでなんでなんでなんでなんで。

 その疑問を繰り返すたびに須美の視界はグラグラと歪んでいった。目眩とはまた異なる感覚。思わず膝をつきそうになるが、ここは壇上。自分は勇者だ。それに、彼女に情け無い所は見せられないと自己を叱咤する。

 園子が心配そうに須美を見つめている。須美は先程のお返しをするかのように「大丈夫よ」と声には出さず、口だけを動かして頷いた。

 式も最終盤に差し掛かった時、この世の全てが沈黙した。

 それは樹海化の合図。敵が攻めてきた証拠。

 まともに奴らは別れすらもさせてくれないのか。そう思った瞬間、悲しみは怒りに変わった。

 

「っ!あああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 須美の叫び声が沈黙した世界に響き渡る。

 そして須美と園子は花嵐に包まれ、樹海化に巻き込まれた。そしてそのまま、怒りを侵略してきた敵に全てぶつけるつもりで敵に突貫したーーーー。

 

 はずだった。

 

 

 目を開いた時、何故か須美は教室にいた。須美は混乱のあまりに思わず立ち上がった。ガタリ。という無機質な音がして椅子が倒れる音がしたがそんなことなど気に留めずに周りを見渡す。

 隣にはいつものように園子が座っており、須美の奇妙な行動に驚き、目を瞬かせている。

 再度教室内を見渡すとそこはいつもの教室。なんの変哲もない。もしかして、既に敵を倒して葬儀も終わり、いつもの生活に戻ったのだろうか。それにしてはここ最近の記憶があまりにも抜け落ちすぎではないか。

 

「あ、れ?」

「鷲尾さん。どうかしましたか?」

「わっしー?大丈夫?」

 

 担任の先生である安芸先生と園子が須美のただならぬ様子を見て、心配気に声をかける。

 しかし、それすらも須美の耳には聞こえることがなかった。自分がどうしてここにいるのか。と言うよりももっと大事な者を見てしまったから。

 須美はフラフラとした足取りで彼女に近づく。彼女は須美の不可解な行動に対して眉を寄せた。そんな彼女の肩を須美は掴んだ。結構な力が入っていたらしく、彼女は「え、ちょっと、痛いぞ。須美」と顔を顰める。そんなのお構いなしに須美は彼女の手を取った。

 暖かい。冷たかったはずの彼女の手が暖かい。

 顔を上げ、間近に迫るその顔を見た瞬間、須美はもう堪え切ることが出来なくなった。目の端に溜まっていた涙が堰を切ったようにポロポロと頬を伝って床にシミを作る。

 

「銀!ぎん!」

「ええ!?ちょっと須美!?なんだあ!?」

 

 どうして生きてるの?ここは本当はどこなの?もしかして夢?そんな疑問も同時に湧き続けるがそんなの今はどうでも良かった。

 銀がいる。目の前にいて、ちゃんと暖かくて、その声を聞くことができる。

 

「うぅ。うわああああああああああああ」

 

 クラスメイトたちが須美に困惑した視線を送る中、須美はなにふりかまわず泣き続けた。

 

 

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