円環の勇者   作:まんじゅう卍

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第二話 変化

『渦』34ページ

 

 僕はいまだに親友が亡くなった事を信じられないでいる。信じてしまったら、自分の心の中でまだ生きている親友が本当にいなくなってしまう気がしたから。

 まだ一緒にいたかった。一緒に分かち合いたかった時があった。感情があった。

 だからこそ強く願った。あと一度でいい。あと一度でいいから会わせてほしい。その祈りは僕が時を戻ると言う奇跡で奇しくも叶い、運命は覆せるかもしれないと言う淡い期待を抱き、僕は彼を助けるために奔走した。結局結末は以前と変わらない。

 戻るのはたった一度と決めていた。だと言うのに、僕は諦めが悪かった。一度会ってしまったらもう一度、また更にもう一度と欲望がおさまらなかった。

 僕は今、いまだに淡い期待を抱きながら二周目を生きているーーーーー。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 須美は閉じたまぶたの裏に光の粒が漂っているのを感じ、そっとその目を開けた。眼前に広がるのは見覚えのある自宅の天井。

 眠っていた脳を叩き起こすかのように先程みた悪夢が須美の脳裏に一気に広がった。鼓動がグングン大きくなっていくのがわかる。

 そしてーーーーー。

 

「わああああああああああああああ!」

 

 思い出した瞬間、須美は絶叫しながら目覚めると言う体験を今この時初めてした。心臓が大きな音を立てて先程から暴れている。熱くなった身体を冷却しようと身体のありとあらゆる場所から汗が吹き出していた。呼吸も荒い。

 

「はあっ。はあっ。あれ、樹海じゃ、ない」

 

 一度、奇跡によって時間を遡った須美は先程まで間違いなく樹海にいた。そして、例のバーテックスと戦闘になり、銀を失って自分と園子はその背中を見て崩れ落ちた。そこまでは覚えていた。だと言うのに今、目を覚ましたのは自宅の自室。

 ああ、そうか。今日は銀の葬儀だ。きっと自分は疲れ果てて、その事実を認めたくなくて今の今まで眠っていたのだろう。そうやって須美は自分の現状を分析した。

 須美は一旦落ち着こうと普段からしている行動をそのまま模倣して行った。布団から出てカーテンと窓を開ける。そうすると梅雨独特のベトっとした嫌な空気が部屋に充満し、須美の頬を撫でる。

 

「……梅雨?」

 

 その単語に疑問を持った須美は窓際から壁に立て掛けてあるカレンダーに飛びつく勢いで迫った。

 

「私、また戻ってる……」

 

 六月十一日。その文字は何度見返そうと変わることがない。以前より一日進んではいるがそれでも戻ってきたと言う事実は須美の中で大きな意味を持った。

 

「また、戻ってきた。戻って来れたんだ……」

 

 須美は思わずホッと息を吐いた。まだ神様は自分と銀、園子を見捨てていなかったと少し嬉しくなって須美は自然と握り拳を作った。

 須美はすぐに携帯端末を手に取ると銀に連絡を入れた。すると直ぐに返信が返ってきた。三ノ輪銀。と言う文字を見るだけで須美は涙が出そうなほど嬉く感じた。

 

『おはよう、銀。今日は学校よね』

『そうだけど?須美がそんなこと言うの、珍しい』

『気にしないで。ありがとう。また後で』

『おう!今日は何するか後で園子とも決めようぜ』

 

 男勝りな銀の文に笑いつつ、須美はそのやり取りの中で今日もイネスに行くことになるのだろうな。と漠然と思った。

 今回こそ銀を助ける方法は学校に行く途中で考えればいい。そう考えて、問題を短い間だけ棚上げにし、須美は毎朝の日課にしている水浴び用の服に着替え、庭に出た。

 水浴び場に着くとその場に正座し、桶に水をたっぷりと入れ一気に自身に浴びせる。水の冷たさは身を引き締めると共に、思考回路を冷却して落ち着かせるには良い役割を果たした。しかし、須美の熱く燃える魂はむしろたぎるばかりだ。

 

「今度こそ、助けてみせるわ」

 

 須美は再度水を自分に浴びせ、静かにその決意を固めていった。

 

 学校に着いた須美はクラスメイトに挨拶をして自分の席につく。隣の席では園子が気持ちよさそうにその背中を上下させている。少し前までの須美ならばだらしがない。と一喝していたところだが今はそんな姿すらも愛おしく思えた。

 少しだけその横顔を眺めた後、須美は以前とは何か違うことがないかを周りを見渡して確認する。

 六月十一日の記憶といえば。いえばーーーーー。

 

 なんだったっけ。

 

 須美は自然と自分の眉間に皺が寄っていくのが自分でもわかった。こう言ってはなんだが、須美は比較的記憶力は良い方だと自負していた。その記憶力が今回のこの不可思議な出来事のキーになるとすら密かに思っていたほどだ。だと言うのに、今の須美は二回繰り返した六月十一日の記憶が何一つとない。

 そして気がついた。気がついてしまった。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことに。主に三ノ輪銀の事となるとその傾向はあまりにも顕著であった。

 ズキッ。と鈍い痛みが須美に走る。それは頭か。はたまた須美を須美たらしめる心か。それを判断するほどの余裕が今の須美にはない。

 だけど自分が戻ってきたと言う記憶は存在した。ある程度は都合が良いようにはできているのかしら。と須美は小首を傾げた。

 須美は隣からのふわあ。という腑抜けた声によって思考の世界から現実の世界へと引き戻された。

 

「わっしーだ。おはよう〜」

「おはよう、そのっち。今日はまた随分と眠たそうね」

「うん〜。とってもねむい〜。むにゃ……」

 

 園子は相変わらずの眠たそうな様子で欠伸を何とか噛み殺したものの、乃木家の御令嬢とは思えないほどの間抜けな顔を須美に晒した。

 これで園子はいざという時、頼りになるので人というのはわからないものだ。須美は自身の思考能力を超える事態が起きると焦ってしまう傾向にあるので園子の力はやっぱり羨ましかった。

 園子が寝ぼけ眼を擦るのを見届けていると、園子は思い出したように彼女が見た夢の話を須美にする。

 

「そうだ、わっしー。今日ね。面白い夢を見たんだ〜」

「今日はどんな夢だったのかしら」

「えっとね〜。わっしーとミノさんがハグする夢〜」

「それのどこが面白いのかしら……」

 

 須美には園子の感性がまだ少し理解するには到底及ばないみたいだ。ただ、園子が言葉にした以上に彼女のみる夢は奇想天外であると言うことは知っているので、とりわけ園子が好む、サンチョという猫のようなキャラクターが関与してることは須美にも想像がついた。

 須美がそう一人で納得していると園子は突然小首を傾げると須美の顔を覗きこんだ。突然のことに須美は一歩、園子から体を引いた。

 

「な、なに。どうしたの?そのっち。私の顔に何かついてる?」

「……本当にわっしー?」

「え」

 

 思わぬ言葉に須美は更にその身を後退させる。その園子の問いは何故だか須美を酷く動揺させた。だというのに須美の視線は園子のその澄んだ金色の目に吸い付いて離れなかった。

 

「わっしーにしては……」

 

 須美の喉が僅かに動く。教室内に響く雑音も今だけはどこか遠くに感じられた。

 

「顔が怖くないような?」

 

 悪気のない園子の一言が須美の眉間を撃ち抜いた。言った当の本人の園子はニコニコと笑いながら須美を見ている。

 須美はこの時、園子を一発くらいは殴ってもよくないだろうか。という勇者あるまじき考えが思い浮かんだのだった。

 それからしばらくして銀が学校に登校してきた。今日は特に何かに巻き込まれると言った事はなかったみたいで、遅刻することもなかった。

 

 時は刻々とすぎていき、放課後になった。放課後、須美は園子と銀と共に図書館で勉強に励んでいる。

 図書館の窓からは磯の匂いを乗せた風が穏やかに流れ込み、時折須美達の髪を揺らした。

 開始早々、銀は音を上げた。

 

「勉強嫌だー!」

 

 あまりにもシンプルに今の気持ちを伝える銀に須美は思わず苦笑いを浮かべる。ちなみに、園子は先程から気持ちよさそうにお昼寝中だ。相変わらず気持ちの良さそうに寝ているものだから二人とも起こすのは躊躇われたのでそのままとなっている。

 

「勉強は大切よ。ちゃんと勉強していないと碌な大人にならないわ」

「なんか価値観古くないすか?」

「教養があるかないかで多少前後するってことよ。というわけで、銀。鉛筆を手に取りなさい」

「嫌だね。アタシはイネスに行くんだ」

「イネスは逃げないわよ」

「イネスに行くための時間はどんどん逃げていくよ?」

「なんだか今日の銀、口が達者ね」

 

 須美は銀を褒めたつもりはなかったのだが、銀はどうだ。と言わんばかりにその胸を張った。少々呆れ気味に須美がため息を吐くと銀はカラカラと軽く笑った。

 

「時間は有限なのは認めるけど、今日やる分だけはやろうってさっき決めたじゃない」

「うっ。それは須美サンの言う通りです。はい」

 

 案外簡単に納得した銀は大人しく再びペンを握り、ノートに色々と書き込んでいく。須美もそれを見届け、自分のノートに目を落とした。銀にとやかく言った割には須美のノートには何も書かれていない。

 須美は今回、銀に自分が銀を助けるために戻ってきたと言うことを伝えるべきかどうかを未だに迷っていた。

 一周目の時は何故失敗したのだったか。それを今になって須美は振り返る。

 

(こう言ってはなんだけど、失敗する要因が見えてこないのよね)

 

 慢心していたわけではない。須美は今自分の身に起きていることを銀と園子にもちゃんと伝えた。その目的も。そして来る一ヶ月後の悲劇を乗り越えるために訓練も、その日の陣形すらも須美は三人で協力した。しかし、結果は知っての通り。だから、今回は自分だけが起きる出来事全てを知っている体で挑もうとしている。前回と少しでも違う行動をとってその確率と抜け道を探すしかないと言うのが須美の考えだ。ただ、やはり共有しておいた方が良いのでは…。と言う気持ちがあるのも否めない。

 須美はなんとなく窓の外を眺める。空は澄んだ水色を薄く塗ったような淡い色合いが広がっていた。自分の瞳に少し似ているな。と変に詩的な事を考えたところで銀からの視線を感じ、須美は視線を戻す。

 

「どうしたの?銀」

「いや?なんだか須美が切なそうな顔してたから」

「私が?」

「うん。なんと言うか、大事にしてたものを無くした時みたいな?」

 

 須美は面食らった。それに、あながち間違いではなかったので須美は上手く誤魔化すことができなかった。そんな須美を見て、銀はまたカラカラと軽く笑う。

 反応がないものだから銀は、本当に須美が何か無くしものをしたのではないかと思ったのだろう。一緒に探してあげようか。という提案をしたが須美はそれを首を横に振ることによって大丈夫だと伝えた。

 須美はいったん気持ちに整理をつけるとペンを手に取ってノートに今日出された分の宿題に取り組み始める。銀もその様子を見て、今はこれ以上この事について何もいう事はなかった。

 銀が須美のノートをチラッと覗き込む。

 

「あ、その漢字間違ってるよ」

 

 指摘された須美は自分の書いた文字を見返すと、間違えられた文字は所在なさげにノート上に佇んでいた。須美は銀を上目遣いに見る。

 彼女は自慢げに笑っていたのだった。

 

 

 時が三日ほど過ぎた六月十四日。須美は何かがおかしいと遂に感じ始めた。本来なら六月十二日に合宿の予定を安芸から言い渡されるはずだった。だと言うのに未だにそれがない。安芸に限って伝え忘れなんてことがあり得るだろうか。

 案の定、今日も何かを伝えられることなく合同訓練は終わりを迎えた。帰り際、思わず須美は安芸に尋ねた。

 

「あの、先生。少しよろしいですか?」

「どうしたの?鷲尾さん」

「……いえ。すみません。勘違いでした」

「そう?それなら気をつけて帰るように。寄り道もいいけど程々にね」

 

 この時の安芸の表情を見て、須美は察した。安芸に留まらず、大赦すらも合宿の予定など考えてもいない事に。

 須美は安芸の背中を見送りながら、ある事を決意した。

 

「なければ自分たちでやるしかないじゃない」

 

 須美は俄然やる気に満ちたのだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

『勇者遺失録』

 

 今更だけど日記をつける事にした。きっと、今回も失敗すれば何処かの日に戻るだろう。日記に書いたところで戻ってしまえばこの日記は残りはしないだろう。なかった事になるのだから。だけど、今この時を生きたと言う事実だけは残る。残したかった。例え、意味がなかったしても。

 だからこれからは毎日日記を書く事にする。

 七月九日までの出来事を。

 

     神世紀298年 6月14日

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