円環の勇者   作:まんじゅう卍

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第四話 決意の風

『渦』62ページ

 

 僕が親友である彼を助けようとしてから一体どれだけの回数、その死を見届けてきただろうか。もうその数は覚えていない。

 回数を重ねるごとに僕は彼の死がある種、仕方がない事象であると感じ始めていた。彼を助けるためならばその死は必要な犠牲であると。

 

「いつから君はそんな酷い人間になったの?」

 

 僕は暗闇の中を歩きながらそんな言葉をポツリと漏らし、自分自身に聞いてみる。けれどその言葉は暗闇の中を迷うようにして漂った後、何も答えを得られぬまま僕の足に踏み躙られた。

 例え、今自分がやっている事は独善的で矮小な事だとしても彼を救うためにはどんな手段でも取ろう。

 僕のそんな決意を表すかのように、踏み躙られた言葉はその場で散り散りになり、暗闇の中で霧散した。

 

「今度こそ……。今度こそ!!!」

 

 歩き続けた先で僕は暗がりの中、遥か先に見える光に手を伸ばす。その伸ばした手で掴み取った光は僕の身体を包み込んだ。それは再び時を戻る合図。僕の意識は急浮上した。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 既に須美はやり直しを始めて三回目に突入している。三回目の始まりの日は六月十二日。戻るたびに一日ずつ経過していく。この時点で須美は回数に限りがある事に気がついた。そして相変わらず六月十二日以前の記憶は綺麗サッパリと抜け落ちている。

 しかし、須美は前回の反省を生かす形で今回は合宿をギリギリではあるが本来の形で行うことに成功していた。そして今は合宿から四日後の六月二十日。刻々とその時は迫りつつあった。

 須美は自室で来るであろうその日の計画を必死に練っているところだ。ペンを持ちながら須美はうんうん言いながら唸っている。

 

「ほとんどの記憶を次に持ち越せないのはかなり厄介ね。しかも無くなる記憶の範囲があまりにも曖昧だわ」

 

 六月十二日までの記憶は相変わらずの状態だが、その先の日の出来事は克明に覚えている。そのせいで鮮明に過去三回の銀の最期の姿を目に映し出す事ができてしまっていた。おまけにその日にたどり着くまでの約2〜3週間の記憶のせいでいつか脳内の容量が足りなくてパンクするのではないかと内心ビクビクであった。

 

「そう言えば、これが仮に一日ずつ進んでいくとして合宿の日を通り過ぎた場合どうなるのかしら」

 

 須美は唐突に猛烈な不安に襲われた。仮にこの先戻った時、必要な出来事である合宿が行われていなかったら?

 須美は何となく園子にメッセージを送ってみた。十二日以前の銀に関する記憶が曖昧とは言え、もしかしたら園子との方ならば覚えているかもしれない。そんな「もしかしたら」に絶対的な期待を抱いて。

 

『そのっち起きてる?』

『起きてるよ〜?夜遅くに珍しいね』

『ごめんなさい。一つだけ聞きたいことがあって』

『いいよいいよ〜。何のお話かな』

『六月十日、私何してた?』

 

 そこまで送ったところで須美は一度天井を見た。こんな馬鹿げた質問にそう真面目に答えてくれる人がどこにいるというのか。天井に何だか嘲笑されている気分になって須美は天井から目を離した。天井から目を離したと同時に須美の携帯端末が震えた。閉じてしまったメッセージアプリを開いて園子の返信を確認する。

 

『わっしー何だかおかしかった気がするよ〜?ミノさんに泣きながら抱きついてたしね』

 

 その文字列を見た瞬間、須美の中で失われていた十日というパズルのピースが僅かながらに埋まった。その瞬間、須美の中で一つの考察がパッと花開く。

 

「もしかして、戻った当日の出来事が順に確定していくのかしら」

 

 須美は十二日の記憶を思い出す。その日、確か安芸に須美はこう言われたのだった。

 

「危なかったわね、鷲尾さん。大赦もギリギリではあるけれど動き出せるみたいよ。明日なら成立はしなかったかもしれないわね」

 

 安芸は更にその先も何か言っていた気はするがその部分を思い出す前に須美の額に汗がじわっと滲み出てきた。ドクンドクンと強く心臓が波打っている。

 

「本当に、危ないじゃない」

 

 そんな事を呟いたあと、自分を落ち着けるために大きく深呼吸してから須美は再び端末に目を向けた。

 

『他に聞きたいこととかあるかな?』

『ありがとうそのっち。助かったわ。もう大丈夫』

『わっしーの役に立てて私も嬉しいんよ〜。また何かあったら私に聞いてくれていいからね〜』

 

 園子は特に須美の変わった質問に疑問を持つことなく、協力できた事を嬉しく思っているようだった。そんな園子に感謝しつつ、須美はメッセージアプリを閉じた。

 

「これで疑念も一つ解消されたわね。次は……」

 

 須美は手元に広げられたノートに目を落とす。そこにはいかにして銀を戦闘に参加させないかの方法がズラリと並べられている。しかし、須美はすぐにそのページを破り捨てた。

 

「三体のバーテックスを二人で相手なんてしたらそれこそ神樹様にたどり着かれて終わりじゃない」

 

 あまりにも非現実的な妄想に須美は取り憑かれていたのだと思い直し、正攻法で攻める方針に切り替えた。自分が仕組んだ変な小細工などきっと上手くいくわけもない。それに、正攻法で攻める。それが自分らしいとも思えた。

 

「三体のうち、あの遠距離攻撃の出来るバーテックスを先に倒すことができれば優位に戦況を進められないかしら」

 

 これまで何回か相手をしてきた中で苦戦を強いられている原因の一つは間違いなくあの遠距離攻撃を繰り返し行ってくるバーテックスだ。

 須美は自分の実力の限界を冷静に分析してみる。自分はあのバーテックスと一対一で対峙した時、互角に渡り合えるだろうか。

 

「いや、渡り合えるだけじゃダメだわ。完全に撤退させないと」

 

 須美は自分の甘えた考えを一蹴した。しかも何より、他の二体と合流する前にあのバーテックスを屠らなければならない。

 

「………」

 

 その前提が須美に重くのしかかる。やるしかない。やるしかないのに、それに絶対的な勝率を見込めない。何故自分がここまでバーテックスと渡り合えてきたのか。それはひとえに園子と銀という存在があったからだ。そんな外すことが出来ないあまりにも最重要なパーツをどうして今更無碍に出来るだろうか。

 考えてもキリがないこの問いを思わず須美は投げ出しそうになった。しかし、今回はそれを何とか堪えた。

 

「やるしかない。やるしかないのよ」

 

 須美はそう自分に言い聞かせる。その決断が吉と出るか凶と出るか。それは今の須美にはわからないーーーー。

 

◇ ◇ ◇

 

 翌日の訓練。銀と園子は須美の鬼気迫る訓練の様子を見て唖然としていた。須美の訓練風景を見ながら銀は園子に問う。

 

「な、何かあったのかな。須美のやつ」

「今日は凄くやる気があるみたいだよね〜。今まで以上だよ〜」

 

 のほほーんとした様子で答える園子に銀は笑みを浮かべる。その笑みはこれまで須美や園子に向けてきたものとは全く異なる何処か無機質なものだった。園子はそんな銀を思わず見つめる。

 しばらく無言で園子に見つめられた銀は視線がむず痒く、思わず身体を震わせた。

 

「何でそんなに見てくるのさ」

「私、ミノさんのそんな表情初めて見たな〜って」

 

 銀と園子の視線が交差する。今度は一方的ではなく、園子と銀の視線が互いを見つめあう。その間を一陣の風が突き抜けていく。その風は須美の矢が巻き起こした、言わば須美の決意を示すようなものであった。

 その風を受け、銀がフッと自嘲的な笑みを浮かべ口を開く。

 

「ーーーーーーーー」

 

 園子は思わず目を見開く。その言葉は巻き起こされた風などでは到底吹き飛ばすことが不可能なほどに園子の心の中に強く深く刻まれたのだった。

 

◇ ◇ ◇

 

 六月三十日。運命の七月十日まで残りわずかとなった頃、これまで以上に必死に訓練に取り組んできた須美はこれまでにない出来事に襲われていた。

 ピピピという電子音が部屋に響く。その音を確認してから須美は自分の胸元へと手を伸ばし、脇に挟んだ『それ』を取り出した。そこに表示された数字を見て、須美から思わず乾いた笑みが漏れ出る。

 

「38.5度……。へくちっ!」

 

 そう。須美は結構酷い風邪を引いたのだった。

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