円環の勇者   作:まんじゅう卍

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第五話 暗闇の先

「お嬢様。お身体の方はどうですか?」

「朝よりは楽になったわ。ありがとうございます」

「それは良かったです。何かあればいつでもお呼びください」

 

 お昼ご飯を食べ終わった須美の食器を片付けに来た鷲尾家に仕えてくれているお手伝いさんは須美に礼をすると、流れるような美しい所作で須美の自室を出て行った。須美も礼儀作法にはそれなりに通ずるものがあるがあの領域に至るまではかなりの時間を要しそうだ。

 再び一人になった須美は横になり、ボーッと天井を見つめる。先日は嘲笑されたように感じた天井も今日はどこか心配気に須美を見下ろしていた。

 

「学校まで休む事になるなんて…。情けないわ」

 

 実を言うと須美は両親に隠して学校へと出向こうとしたのだが、途中でバレて速攻部屋へと押し戻されたのだ。今思えばクラスメイトにも風邪を移す可能性があったと言うのに自分は何を考えていたのかと首を傾げたくなった。

 

「……暇ね」

 

 何せ会話できるのが壁もしくは天井だ。少し前までの須美ならば一人でいることも苦ではなかっただろう。しかし、今では園子と銀の存在が大きくなりすぎて寂しいことこの上なかった。

 それにこんなふうに寝ているわけにもいかない。自分は銀を助けるために強くならなければならない。一人でバーテックスを倒せるくらいには。

 そんな焦りの混じった事を考えていると熱に浮かされた脳は更にぐつぐつと煮えられたような気がして、視界がぐるんと一回転する。

 耐えられなくなった須美は大人しく目を閉じた。無意識に須美の目から一筋の涙がそっとこぼれ落ちる。

 その理由を須美は考えながら意識を手放した。

 

 

 あれからどのくらいの時間が経ったのだろうか。窓からは一筋の斜陽が入り込み、須美を淡いオレンジ色に染め上げる。目を細めながら須美は身体を持ち上げた。未だに身体はとても重たい。身体も全体がベタベタしていてかなり沢山の汗をかいていた事を窺わせた。

 

「……着替えよ」

 

 まだ完全に開かない目を擦りながら須美は着ていた衣服に手をかける。胸元まで服を捲った所で須美は部屋の隅から自分に向けられる視線に気がつき、自然と視線はそちらに向いた。

 

「!?」

 

 視線の先には苦笑いを浮かべながら須美の透き通るような白い肌を見つめる少女が一人。少女が一人………。

 須美は思わず顔を顔張らせ、言葉にならぬ悲鳴をあげかけた。先程から体にまとわりついている汗とはまた別種の汗がブワッと吹き出た。

 

「ひぃっ!?」

「何でそんな反応する!?」

「それはこっちのセリフよ!」

 

 何故か須美の部屋には銀が目覚めを待っていたかのようにそこにいたのだった。

 

◇ ◇ ◇

 

 遡る事30分ほど前………。

 

 銀と園子は全ての授業が終わったあと、教室で荷物を整理しながら今日の放課後について膝を突き合わせて話をしていた。そこにいつものいるもう一人の姿はない。園子はどこか寂しそうだ。そんな園子に銀は一つの提案を持ちかけた。

 

「園子。今日、須美のお見舞い行く?」

 

 魅力的な提案ではあった。しかし、園子もすでにその提案は自分の中で行い、その結論を導き出していた。

 園子は銀に対して首を横に振る。

 

「今日はいいかな。わっしーは心配だけど学校休むくらいだからね〜。そっとしておいた方がいいよ〜」

 

 私はそう思うかな〜。と最後に付け加え、ニコッと笑ってから立って園子はカバンを背負う。その行動は全てわかっているよ。と言わんばかりだった。

 多分何もわかっていないだろうけど。そう思ったが銀は口には出さずにおいた。なんていったって、いくらなんでも今の銀を園子が理解できるとは思えなかった。いや、園子ですら。と言うのが正しいだろう。

 きっと園子は銀が須美の事を心配しているが素直に口に出せないとでも思っているかもしれない。心配は心配だが、園子が思っているほど今の銀には須美を思いやる気持ちは少ない。友達に対して向けていい感情ではないのは知っている。銀だって今も葛藤している。

 目まぐるしく変化する銀の気持ちなどいざ知らず、そのまま長い髪を翻して園子は教室を出ていく。

 

「いひゃい!」

「………おおう」

 

 去り際に教室の扉にぶつかりさえしなければカッコ良かったのになあ。と思わなくもない銀だった。

 その危なかっしい背中を見送り教室に一人残された銀も数分して、ようやく席を立つ。教室には夕暮れの光が窓から差し込み、一面オレンジ色でどこか儚い雰囲気を灯している。

 何故だか銀は不思議とこの雰囲気が嫌いではない。いずれ自分はここに似た景色を見続けるだろうな。と漠然と思った。

 

「アタシも行きますか」

 

 その空間に服の裾を引っ張り続けられているような感覚に囚われながらも須美の家に向かうために教室を後にした。

 外に出るとまだ青空が顔を覗かせており、淡い水色と夕暮れがいいコントラストを描き出している。

 校門を抜け、イネスに寄りたくなる気持ちを我慢しながら真っ直ぐに鷲尾家への道をゆく。分かれ道の神社をいつもとは逆の方へと曲がる。銀としてもなかなかに新鮮な感覚だった。この時期に鷲尾家に行くことになるのは。

 

「なんだか今日は呆気なく着いた気が……」

 

 数分歩くとすでに銀は鷲尾家の前へと到着していた。普段なら何かに巻き込まれていてもおかしくないというのに。

 調子が狂うなあ。と若干ズレたことを気にしつつ、銀は鷲尾家のインターホンに手を伸ばした。

 銀は気づいていない。自分が前しか見ていなかったと言うことに。きっと、そんな些細な変化は園子か須美ですらも見抜くことはないのではないか。

 しばらくして銀は出迎えてくれた鷲尾家のお手伝いさんに敷地内に通された。三ノ輪家自体は格式は高いがどうにも鷲尾家と乃木家には劣る。

 

(まあ、うちにはお手伝いさんすらいないけどね)

 

 両親からするといなくて不便なこともあるみたいだが、逆に銀からすれば弟たちの世話をできるのは利点と言えた。

 今もこうして鷲尾家にいるが須美に会いたい気持ちと弟たちに会いたい気持ちが互いにぶつかり合っている。せっかくなのでしばらく脳内で戦わせてみることにした。案の定、軍配は須美の方に上がった。

 そんな事を考えていたが、お手伝いさんの声で銀は現実へと戻される。

 

「お嬢様はまだお眠りになられていますがどうしますか?」

「あー、待たせてもらっても大丈夫……ですか?」

「はい。構いませんよ。こちらへどうぞ」

 

 お手伝いさんの言葉遣いに引っ張られ、丁寧な言葉遣いになり微妙な違和感を感じつつもその後にお手伝いさんが見せた柔和な笑みでどこかに吹っ飛んでいってしまった。

 鷲尾家の廊下を渡り、銀は須美の部屋の前へと案内された。その場でお手伝いさんはいなくなってしまい、これまた妙な緊張感を孕んだ銀の手は迷いながらもドアノブに手をかける。

 ガチャリ。という音がやけに耳に残るのを感じつつ、銀は須美の部屋へと足を踏み入れた。その部屋は質素でいつか見た通りと同じ景色をしている。

 

「そう変わられても困るか」

 

 口から漏れ出た言葉はどうにも空虚なものだ。自分の言葉だと言う実感が湧かない。

 難しい事をとやかく考えるのが苦手だった自分はどうしてこうなったのか。考えても答えの見つからない問いを、またいつかその答えが見つかるはずだと銀は意識の隅へと追いやった。自分らしくもない。

 そんな時だった。眠っていたはずの須美が突然その身体を起こし、何やら呟いてから自分の服の裾に手をかけた。

 思わず凝視してしまった銀の視線はその視線に気がついた須美と交差し、形容し難い空気を作り出した。

 あとは知っての通りである。

 

◇ ◇ ◇

 

 一度須美は銀に部屋の外に出てもらい、着替えてから横になった状態で銀と再び相対した。

 

「来るのなら言って欲しかったわ」

「言うも何も急に決めた事だし。寧ろこうして話せるとは思ってなかったよ」

 

 そう言って肩をすくめる銀に須美は思わず笑みが漏れ出た。須美が小さく笑ったところで銀は頷く。

 

「そんなふうに笑えるならもう元気だな」

「ふふっ。そうね。銀が来てくれて元気になったかも。……どうしてそのっちは来てくれないのかしら」

「園子は須美に気をつかって来なかっただけで凄く心配してたぞ?それに、そ、そんな事言われると照れるな」

 

 僅かに銀の頬が朱に染まる。目も若干泳いでいた。面白くなって須美は追い打ちをかけてみる。すると、更に銀の目は須美の視線とは交差せず宙を彷徨い続けている。

 

「照れるも何も事実よ」

「尚更照れるからやめてくれえ!」

 

 ぐあーっ!と頭を抱える銀にまた須美の口角が自然と吊り上がる。銀も須美に釣られる形で弧を描きだした。

 一通り笑い終えると銀が須美より先に口を開く。須美に向けられる視線はどこか慈愛を伴っていた。

 

「最近の須美、結構無茶してるから見てて危なっかしいよ」

「これまでの戦いで私、あまりいいところなかったからその分これからは頑張ろうと思って…」

 

 実際は違う。本当は貴女を助けるため。とは須美も到底言えるわけもなく、あながち嘘とも言えない理由を適当に取り繕う。

 そんな適当な理由に銀はカラカラと軽く笑う。

 

「どうして笑うのよ」

 

 何だか笑われて揶揄われたような気がして須美は頬を膨らませる。何が面白いのか銀はまた軽く笑う。

 

「あまり気にしなくてもいいのになって。須美はただでさえ頑張り屋さんなんだからさ」

「褒められたのかしら。私」

「褒めてる褒めてる」

「適当ね……」

「まあ、とにかくーーーーーー」

「?」

 

 銀はここで最後まで言い切らずに一息ついた。鈍重な沈黙が部屋を覆っていった。須美は思わず首を傾げる。そして気がついた。先程まで須美に向けられていた慈愛の籠った視線は須美に対してどうして良いかわからないのかと言ったものに変わっていた。

 

「銀?」

 

 思わず須美は銀の手へと自らの手を伸ばす。なんだか遠くに行ってしまう気がしたから。一体、何度須美は彼女を遠くへと置き去りにしてしまっただろうか。今回は。今回こそは……!!これはそう考える須美の反射的な行動だった。須美の手は銀の手を掴む。

 銀も須美の手の温かさを感じ取って何か思い直したのか、ここでようやく銀が先程の続きを言った。先程の迷いなどを全くと言っていいほど見せず、割り切ったような清々しい表情で。

 

「とにかく、須美は無理せずにいればいいよ。無理に変えようたって無理なものは無理なんだから」

「私の性格のこと揶揄してる?」

「あはははは!そうだね。須美は頑固だから」

 

 頑固ではあるがここまで言われて笑われる筋合いもあるまい。と須美は思ったが、そこは自分でもわかっているので下手に言い返す言葉も見つからなかった。なんだか負けた気分だ。

 今まで銀にこういうことで勝ったことがあっただろうか。と記憶を辿る須美に「そう言えば」と銀は話を切り出した。

 

「須美に頼みたいことがあるんだけど。あ、体調が良くなってからでいいから」

「なにかしら。私に出来ること?」

「もちろん。というより須美にしか頼まないかも」

 

 須美にしか頼まない。その複雑な言い方に須美は一体何を頼まれるのかと戦々恐々として身構えた。そんな須美をいつもならば銀は笑っていただろう。しかし、今回はいたって真面目な表情で須美にその内容を告げた。

 

「もしも。もしもだよ。アタシに何かあったら弟たちを少しの間だけ見ててあげて欲しいんだ」

「何かあったらって?」

「何かは何かだよ」

 

 結局銀は『何か』を明かすことなく須美に微笑みをだけを向け誤魔化すと他愛のない会話を交わし、アタシ、帰るね。とだけ言い残して須美の部屋を後にした。銀の進もうとする扉の向こう側は真っ暗で、この世の闇を全部集約したらあんな色になるのかもしれない。と思わされた。銀はその闇を躊躇うことなく進んでいった。

 不吉な予兆が須美によぎる。そんな予兆を振り切ろうと須美は被っていた布団をさらに顔の辺りにまで引き上げた。顔を覆った布は須美の視界を暗闇に包みあげる。須美はなんとなく、園子の持っている小型のプラネタリウムが無性に欲しくなったのだった。

 

 それからまた少し後の七月二日。体調も万全になった須美は訓練へと再び身を投じた。銀に無茶をするな。と言われてもしないわけにもいかず、須美は空いてしまった二日間の空白を埋めるように必死に訓練に取り組んでいる。銀のやれやれ。と言った様子が視界の端に映っても須美は気にも止やしない。止まってしまったらその場で永遠に止まってしまいそうな恐怖に囚われながら須美は一日、一日と運命の日へと足を進める。

 

 そして七月十日がやってきた。須美は遠足を楽しみつつも帰り際の夕方に襲ってくる絶望への対処法を何度も何度も何度もシュミレートした。集中しすぎたおかげで焼きそばが焦げてしまったが銀の命に比べればその程度の損失とたかを括った。ただ、銀と園子。はたまた安芸にまで料理が下手だというレッテルを貼られなのだけはどうにも納得いかないものがあったが。

 時間は刻々と流れていく。そして遂にその時が来た。

 三人の体を違和感が襲う。時間が止まり世界が樹海化する前兆だ。

 

「バーテックスはお呼びじゃないんだよなあ」

「も〜せっかく楽しい遠足だったのに〜。最後の最後で台無しだ〜」

「遠足が終わった後に来ただけマシだよ」

 

 須美の目の前で二人が何回も見た会話をしている。以前、須美はこの銀の一言になんて返したのだったか。ニュアンス的には帰るまでが遠足よ。的な事を言った記憶だ。しかし、緊張感に引き締められた須美にはその言葉がどうしても出てこなかった。

 顔が強張る須美の肩に園子の手が乗せられる。

 

「ほらほらリラックスだよわっしー。いつも通りにやればいいんだよ〜」

 

 ね〜ミノさん。と園子は銀に同意を求めた。銀もそれに頷く。

 

「そうね。ありがとうそのっち。銀」

 

 須美は今一度大きく息を吸った。その心は鉄のように強固な意志で塗り固められている。やるしかない。須美は四回目への戦闘に身を投じたのだった。

 

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