円環の勇者   作:まんじゅう卍

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第六話 二輪の花

 須美と園子、銀。三人の勇者は大橋にて神樹様から授かった神の力を宿す装備に身を固め、敵を迎え撃つ準備を整えていた。視界にはまだ敵の姿は映らない。

 銀は背中を伸ばしたり屈伸したりするなどしている。須美はその背中を見つめながら自分の心臓へと手を伸ばす。先程から鼓動がうるさい。その今にも口から飛び出してきてしまいそうな心臓を須美は強く胸元を握りしめることで押さえ込む。

 今までも過去三回、この日を迎えるたびに緊張していたのは事実だ。しかし、今回はそれまでの比ではない。須美は単独であの遠距離攻撃を放つバーテックスを相手取る必要がある。それは自分が死ぬ確率すらも倍以上に跳ね上がる事を意味し、園子と銀の死ぬ確率を引き上げる事になる諸刃の剣の作戦だ。

 須美の中では今回この一か八かの作戦を取らざるを得ないほどにはこの数奇な運命と奇跡に決着をつけたい気持ちが支配している。

 須美は何度目かわからないくらいの深呼吸をした。そして力強い目で銀の背中の向こう側を睨みつけ、口を堅く結ぶ。

 ひたすらに待つ。待って待って待ってーーーーー。

  

「来ないな」

 

 銀の一言は三人の心境をあまりにも簡潔に代弁していた。

 しかし、そんな須美の覚悟とは裏腹に敵は一向にその姿を見せることはない。予定と違う。それだけで須美の目には不安と焦りが生まれた。

 はたまたあの園子でさえも引き締めた気持ちが段々と弛緩してきてしまい、構えていた槍を下ろしてしまった。

 

「どう言うことかな〜。もしかして誤報〜?」

「神様もヤマカンで物事判断するのかね」

「いや、誤報だとしても神樹様が樹海化という結界を発生させた時点で何か起きているはずよ」

 

 ここまで武器を下ろしていなかった須美もこの理解し難い状況におかれ、思わず武器を下ろしてしまう。奥に光る閃光に近いものが一瞬、須美の目に映る。

 

「わっしー!ミノさん!」

 

 油断した須美の耳に園子の声が聞こえた。次の瞬間、須美の目の前に赤い花が咲いた。銀が大きく後ろへと倒れ込んでいるのを視界に捉えつつ、自分の横腹の辺りを何かが凄い速度で通過していくのを感じた。

 

「っ!?」

 

 視界がブレる。小さく息が漏れでたと思ったら口の中に鉄の味が広がった。同時に脳を焼き切るのではないかと言う激痛が須美を襲う。声を上げる事すら許されない。

 視界がどんどんズレていく。焦点が合わない。しかし、激痛が襲おうが、視界の焦点がずれようが、足の力が段々と抜けていこうが、須美の脳は冷静に事を分析していた。それに、まだ完全に力尽きた訳ではない。

 園子は負傷した銀と須美を抱えると大きく後ろへと飛んだ。先程までいた地点で再び樹海が砕け散る悲痛な音が響き渡った。

 園子は大橋から離れた地点に着地すると物陰で須美を離し、銀もその場に横たわらせる。

 須美は今現在、唯一現状を把握できていそうな園子に何とか声を張り上げて問いただした。

 

「そのっち、敵は!?」

「三体同時に来たよ!今、ミノさんは樹海の蔓の裏に隠したからとりあえずは大丈夫だと思う。だけどわっしーは!?動けるの!?」

 

 園子にそう言われて自分の現状を須美は確認してみる。猶予がないから動けるか動けないかだけで事を判断した。まだ弓を引く手はある。まだ敵に立ち向かう足はある。

 

「行けるわ」

 

 横腹の辺りにべっとりとした血の感覚があるが須美はそれすらも自分の意識外に放置した。戦う上でそんなもの邪魔だったから。

 次第に痛みにもなれてしまったのか須美のブレていた視界は多少は改善された。

 須美と園子は物陰から飛び出すと、その目にはこちらに向かってくる三体のバーテックスが飛び込んできた。須美は弓の弦に手を掛ける。園子も槍の束を力強く握った。

 

「絶望的だね〜。でもーーーーー」

「ええ。やる事は変わらないわよね」

「そうだね。行こう、わっしー!」

 

 頷きあって二人の少女は圧倒的不利な戦況に身を投じた。

 須美は状況を必死に確認する。自分に園子ほどの頭の回転の速さはない。それでもやらないよりかはマシだと思った。攻撃を自身に受けたからか、不思議と迷いは消え、頭は冴え切っている。全てがスローモーションの世界に行ってしまったかのような感覚に須美は身を置く。

 即座に二人は互いに担当する敵を定めた。

 鋏を持った異形と大きな針と毒々しい液体をその身に持つ異形が同時に園子に遅いかかる。敵も知性があるからか先に園子を潰そうと定めたようだ。須美はひとまず針を持った敵の特徴だけを園子に伝えた。

 

「そのっち!あの針は毒を持っているから気をつけて!」

「了解だよわっしー!二体同時に来たって負けるわけにはいかないんだから!」

 

 何度でも言うが圧倒的に不利な状況だがそこは流石、ここぞでの爆発力が大きい園子。二体の同時の攻撃すらいなし、はたまた攻撃まで喰らわせてしまったのだ。負担の大きさを決して見せない大活躍の様相を見せている。

 須美はその恐ろしいまでの技量と屈することのない精神に頼もしさを感じながら二体の攻撃の隙間を縫い、光速の矢を放つ異形に近づく。

 ここに来て初めての一騎打ち。須美が矢をつがえるのと同時に、敵の口が矢を放たんと大きく開かれた。普通ならばここで回避行動を取るべきだが、須美は構わず敵に突貫した。

 

(不思議ね…。今なら何が来ても避けられる気がする)

 

 一歩二歩前に踏み出し、敵に近づくたびに避けられると言う確信があっても死とは隣り合わせにあるのだと全身が感じとっている。

 怖くない?そう自分に誰かが聞く。

 須美はふっと普段浮かべないような不敵な笑みを浮かべた。

 

「そんなの、怖くないわけないじゃない!」

 

 目の前で須美を殺すためだけに一本の巨大な矢が放たれた。須美はそれをこれまでにないくらいに大きく前へと跳躍して回避する。狙いを失った矢は樹海へと大きなダメージを残す。その証拠に須美の背後で轟音がした。

 須美はそれを気に留めることなく、開かれた口に回避すると同時に矢を放った。射出口に須美の矢が飛び込み、その僅か数秒後に敵は口を閉じた。だが既に時は遅い。次の瞬間、射出口が大爆発を起こした。

 

「以前、似たような敵に使った手法だけど案外役に立つものね」

 

 怯んだ敵の姿を確認しつつ、須美は矢を一気に5本手に宿すと樹海と大橋を利用して自分の身長の何十倍もある巨体へと接近し、直接矢を突き立てる。数秒後、その巨体は大きく後ろへと弾き出される形で後退した。

 少しではあるが爆発に巻き込まれた須美は空中に投げ出される。しかし、今の須美にはそれすらも計算のうちだった。今ならば自分の一挙手一投足全てで有りとあらゆる動きを発想させ、実現させることができるかもしれない。そう須美が思うほどには今の自分は過去の自分とは何処かかけ離れていた。

 須美は続いて再び弓を具現化させると園子に迫っていた鋏と針のうち、針の先端目掛けて矢を放った。放たれた矢は真っ直ぐに突き進み、巨大な針に吸い込まれた。命中した矢は再び爆発を起こし、針を吹き飛ばした。

 空中でしかも逆さまという狙いを定める上で高すぎる難易度の攻撃を須美は見事に成功させる。

 園子もその隙を逃さず、鋏を持った敵に連撃を与えた。二人の怒涛の攻撃に怯んだ敵は次第に後ろへ後ろへと後退していった。

 行ける!須美はここに来て初めて希望を持った。

 ここで攻撃を止めてはダメだ。園子もその事をわかっているからか細心の注意を払いながらも鋭い攻撃を繰り返す。須美も弦の引きすぎで指の皮が裂けても、敵の攻撃がかすったとしても矢を放つのをやめなかった。

 敵に傷が増えるのと同等に二人の身体にも傷が増えていく。

 痛いから嫌だなんて言えない。だってこんな自分以上に銀はーーーーー。

 こんな時でも須美の脳裏に蘇るのはあの光景だ。身体中に傷を負い、その命が尽きるまで敵を追い詰め続けたあの背中。自分はもう二度と、あんな姿を見たくない。見たくなければ進め。歯を食いしばれ。痛みに負けるな!!自分を鼓舞し続けろ!!

 消し去ったはずの横腹に空いた大きな傷跡の痛みをかき消すように歯を強く食いしばり、須美は銀ならどうするかを考えた。その結果、口から出たのはこの言葉だった。

 

「これが!人の根性ってやつよー!!」

「わっしー!行けるよ!あと少し!!」

 

 隣に並ぶ園子も自身と須美を鼓舞するために声を張り上げる。彼女も額に大きな傷を負い、腕や足にも酷い傷跡が見て取れた。

 壁が近づいてくる。あと少し、本当にあと少し。

 須美と園子の怒涛の連撃は鬼神の如きものに変化した。これが人の持つ力だと言わんばかりに二人は攻める。

 この攻撃に遂に堪えきれなくなったのか、大きな針を持つ敵が壁の外へと消えていった。

 勝ち筋が見えたのか園子の動きが更に苛烈になる。それはこれまで須美が見てきた園子の動きの中で最も凄まじいものだった。

 矢を放つ敵の広域攻撃にも樹海を利用して避ける。回避できそうになければ園子の槍を展開させ、盾の代わりとし、その隙をついて襲ってくる針の攻撃を全て須美が迎え撃った。

 次第に針を持った巨体もその身体を揺らしながらゆっくりと壁の外へと消えていった。

 ここまで来れたのは奇跡と言っても過言ではない。最初の奇襲以外、全てが不思議と上手くハマっている。

 しかし、奇跡はそこまでだった。

 

「やった!」

「あと一体だよ、わっ、しー……」

 

 これでようやく終わらせられる。その確信を持って、矢を放つ敵に再度接敵しようとした時、園子が突然倒れ込んだ。

 

「そのっち!」

 

 倒れた園子を見て、須美は思わずその足を止めてしまった。園子は顔を真っ青にし、ガクガクとその身体を痙攣させた。同時に口から多量の血を吐き出す。須美は既に園子の身体が針を持つ敵の毒に侵されていることを察した。よくよく見ると園子の皮膚は焼け爛れたようになってしまっている。ヒッと須美の喉が無意識に鳴った。

 須美はすぐさま考える。自分がどうするのが正しいのかと。

 このまま園子を放置して、敵を倒す。もしくは園子を一旦助け、単独でも再起を図り敵一体を撃滅せんとすることだ。放置を選択した場合、現状見る限り園子の命は限りなくないものと思わなければならない。

 

「私は何を考えているのよ」

 

 考えるまでもない。須美に親友を見捨てるなどというそんな選択できるわけもなかった。だが、須美は園子を何とかして物陰に移動させようとするが園子の身体は酷く震えており、もはや触れることすら危ういのではないかと思わされるほどだった。

 結局須美に迷いが生じてしまう。その迷いが命取りになると満身創痍の須美は気づかなかった。

 

「しまった!」

 

 敵も敵で須美達が見せてしまった隙を見逃すつもりはなかった。大きく破損させたはずの口が大きく開き、光の束が集約していく。その光は徐々に膨れ上がり、小さな子供二人など容易く粉々にできるほどの矢を形成した。

 避けなきゃ。自分が死んだら元も子もない。でもそのっちを見捨ててなんていけない。

 人としての甘さを見せてしまう須美は取るべき判断を知っていてもそれを行動に移せなかった。

 迷いという戦場において最も抱いてはいけない感情を抱えながら唐突に須美も膝から崩れ落ちた。横腹を抑えながら須美も口から激しく吐血してしまう。遂に身体が限界を迎えたのだと理解するのにそう時間はかからない。

 朧げな視界の端に映る自身の純白だった勇者の礼装は気がつけば真っ赤に染まり、何でこんなに出血してるのに自分はまだ生きているのだろう。と他人事のように感じてしまうほどだった。

 あと少しだったのにな……。目の前で光が放たれようとする光景を見て須美は諦めの境地に立った。きっと、自分たちはここで命を落とし、敵も神樹への辿り着き世界も崩壊する。何もかもが徒労だった。そう感じた瞬間、須美の目から一筋の水滴がこぼれ落ちた。

 そう言えば銀は無事なのだろうか。園子は物陰に隠したと言ったが、初手の攻撃で凄まじい損害を被っていたから無事であると無責任な事を言えるはずもない。なにしろ()()()()()()()()()()()のだから。

 これまでの銀の最期も毎回、片手が欠損していた。その事実が須美を更に押し潰した。

 須美と園子に向けられる光も最大に達している。須美はせめて最後までその光から目を逸らさないようにしようと決めた。自分の命が尽きるまで今から一秒後だろうか。はたまた一分。十分だってありえるかもしれない。死の淵に瀕すると自分はこんな冗談を考えるのか。と知りたくもない事実を知ったところで遂にその時が来た。

 案外早かったな。妙に落ち着いている自分を嘲笑するように須美は乾いた笑みを浮かべた。

 須美と園子に向けて光の束が放たれた。目の前が真っ白に染まる。閉じまいと思っていた目も思わず閉じてしまう。しかし、いつまで経っても自分の身体が無くなる感覚がしない。須美は恐る恐る目を開ける。須美は息を呑んだ。その真っ白に染まった世界に一つの大きな影ができていた。

 

「銀!?」

 

 そこには左手を失いながらも残った右手で武器である両斧の片割れを振るい、矢を弾き飛ばした銀の姿があった。

 

◇ ◇ ◇

 

「はぁ…はぁ…。しくったなあ。情けない」

 

 銀は須美と園子が数的不利な状況でありながら善戦する二人の様子を物陰から眺めていた。須美も酷い怪我ではあるがこちらも今に命を落としてもおかしくないレベルの重症だった。

 銀は肩で息をしながら、二の腕より感覚がしない腕を見て苦悶の表情を浮かべた。首筋も酷く損傷したのかとめどなく血が流れている。こんなの大した応急処置にもなるまい。そうわかった上で銀は勇者の礼装の端をちぎり取り、器用に口を使うなどして腕の傷口だけをきつく縛り上げる。首は布を手で押さえるしか方法がないのでその手法を採用した。

 

「ドラマで見た知識って本当に役に立つのな……。ふう…。須美と園子があんなに頑張ってるのにアタシが頑張らない理由なんてないっての。それにーーーーー」

 

 フラフラとした足取りで立ち上がる。今こうしてまだ自分が生きていられるのは()()()()()()()()()()()に向かう為だと銀は既に理解している。ただ、こんな最初にボロボロになるとは思いもよらなかったが。

 銀は斧を引き摺りながら樹海化を織りなす巨大な蔓に寄りかかりながらも一歩ずつ前に進んだ。

 須美達にかなり近づいた頃、銀の耳に須美の声が飛び込んできた。その言葉を聞いた瞬間に、銀の口が弧を描く。

 

「ははっ。根性ね。全く、誰から影響うけたのやら」

 

 その影響の張本人は今にもくたばりそうな雰囲気を醸し出しているのもこの状況を描き出す上でいいアクセントになっているような気がした。

 ゆっくりとした足取りで進む銀の目に倒れ込む園子と須美が見えた。ようやく出番が来た。ここまで良いところがなかったから最期くらい一丁前に格好つけよう。そう思って銀は満身創痍の身体に鞭を打って須美と園子の前に飛び出したのだった。

 

 

 あれ?なんでアタシ、須美を助けようとしてるんだっけ。

 

◇ ◇ ◇

 

「ここから早く、出ていけえええええ!!」

 

 須美の眼前で矢を弾き飛ばした銀はトドメとばかりに全力で腕を振って斧を投げる。投げられた斧は敵に命中し、その攻撃が最後の痛手となったのか矢を放つ異形は壁の外へと消えていった。

 銀はその後ろ姿を睨みつけながらその場で須美に背中を見せる形で立ち尽くしている。それが彼女の最期の姿だった。

 

「ぎ、ん……」

 

 須美は機能を失いかけていた身体を無理矢理起こして銀へと手を伸ばす。今回もお見舞いに来てくれた時と同じように手を掴むことができた。しかし、その手は冷たい。もうあの暖かさは消えてしまった。

 瞳が震えた。視界がぐちゃぐちゃに歪む。須美は銀に伸ばした左手とは逆の右手で園子の手を軽く握る。園子の手は既に冷たく、いつもニコニコと笑っていた彼女の最期の表情はとても苦しそうなものだった。

 

「そのっち……。ぎん……ごめんなさい…。ごめんなさい…」

 

 右手は園子。左手は銀。両手から伝わる感触は須美の心の根底を大きく崩させた。ひたすらに須美はごめんなさいの一言を唱え続ける。

 涙でぐちゃぐちゃになり、心も身体も本当に今度こそ限界を迎えたのか、須美は突っ伏すような形でその場に倒れ込んだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ピ、ピ、ピ、ピ、ピ。そんな規則の正しい電子音が聞こえてくる。なんでそんな音が聞こえてくるのか、須美は自分の耳が信じられないでいた。

 あまりにも重たい瞼。まるで接着剤で貼り付けにされているのではないかと思えるほどだった。いや、自らの意思で開けないようにしているのかもしれない。目を開けて仕舞えば、再び須美に襲いかかるのは見たくもない悲惨な現実。須美は更に硬く目を瞑った。

 それでも否応なしに規則の正しい電子音は耳へと飛び込んでくる。このこびりつくような音は須美の心に大きなわだかまりを作り出す。まるで、しっかりと直視しろ。などと機械如きに説教されている気分だ。

 須美は嫌々その目を開けた。目を開けるとその先には見たことのない真っ白な天井。聞こえてくる電子音は須美の心音を測る心電図のものだった。他にも自分につながる無数の管や酸素マスクの存在も確認できた。

 

(私だけ…生き残ったというわけ、ね)

 

 その事実は須美を内側から黒く染め上げる。そして再びどうしようもないくらいの無力感に苛まされたのだった。

 

 

 須美が検査諸々を終え、ようやく退院できたのは園子と銀の葬儀が既に終わったあとだった。結局、須美は親友二人の最期を見届けることができなかったのだ。

 見舞いに来てくれた両親はそんな須美に気を遣ってか、どこかよそよそしく今まで親愛を感じていた二人が心底どうでも良くなってしまった。

 戻ろうと思えばまた時を戻せる。やり直しが効く。そう思っても今の須美にはそうする気力が湧かなかった。

 退院後は自分の部屋に閉じこもり、必要最低限は何も食べることなく一日を過ごしている。一度鏡で自分の顔を見てみたがそれは酷いものだった。目からは光が消え、純粋無垢な少女とは一体何だったのかと鼻で笑い飛ばした程だ。

 こんな事を言っては犠牲になった園子と銀には申し訳ないが、二人の犠牲だけで事が全て終わっていれば須美の心はここまで傷ついていない。

 事は数日前にまで遡る。

 須美は退院後、銀に言われた言葉を思い出し、リハビリも兼ねて銀と園子のお墓参りついでに三ノ輪家へと向かった。

 

「アタシに何かあったら弟たちを少しの間だけ見ててあげて欲しいんだ」

 

 まさか本当にこの言葉の通りになるなど須美は考えたくもなかった。それでも銀の最後のお願いだから。と須美は足を進める。ただ、三ノ輪家に行こうとした際、両親からやめておけと何度も釘を刺されたのはどうにも不可解なものであった。その理由もすぐにわかることになる。

 三ノ輪家に須美が到着した時須美は絶句した。開いた口が塞がらないとはこのことか。

 

「そんなはずは……」

 

 須美は眼前の光景を信じられず、一度服の裾で目を強く擦った。しかし、何度見てもその光景は変わらない。

 銀の家があった場所は建物が丸ごと倒壊しており、原型をとどめていなかったのだ。

 須美は思わず近くを通りがかった初老の男性に何故こんな状況なのかを問いただした。

 

「あー、これね。気がついたら突然倒れていてさ。三ノ輪さんの所も気の毒だよ。同じ日にみんな亡くなってしまったのは」

 

 それも運命なのかね。と男性は倒壊した建物を見ながら呟いた。

 須美はハッと息を呑む。この状況に至る上で思い当たる事が一つだけあった。あの戦いの最初、相手の二撃目の矢が樹海の一部を丸ごと破壊したのだった。ダメージを受けた樹海は現実に悪影響をもたらす。それがまさかピンポイントでここだったと言うのか。

 何から何まで全てが最悪の結果だ。須美は言葉が出なかった。

 黙りこくってしまった須美に男性は「君は三ノ輪さんのところの娘さんと友人だったのかな?」と逆に尋ねた。

 須美は声を出して答える事ができず、頷くだけにとどめる。男性はそうかい……。でも大丈夫だから。きっと、魂は神樹様の元で永遠に生き続けるから。とだけ言って須美の下を後にした。

 そんな慰めにもならない言葉を須美は無言で咀嚼し、飲み込んだ。

 その場にいても仕方がない。心が段々と暗くなっていく実感を得ながら須美は来た道を戻った。その道中、あたりを見渡しながら帰ると被害はあの場だけで止まらなかったという事に気がついてしまう。

 神樹館の近くの中学校を通り過ぎると教室の一角が全て吹き飛んでいるのが目に映った。あの中に居た人はどうなったのだろう。

 もしかして須美は取り返しのつかないレベルの被害をあの戦いで生み出してしまったのか。その事実が須美に背後から追いついてくる。

 

「あ、ぁぁ」

 

 結末も良きものに辿り着かず、果てには完敗という結末。そこに至る過程でも凄まじい失敗を犯した。樹海が傷付けば現実にも悪影響を及ぼすという事を知っておきながら、こうなる可能性を最初から排除していた。須美は一つのものを追いすぎるあまり、注意すべき点を無視し、逸脱してしまった。

 心が折れるにはまだ早いわ。たった四回目じゃない。また戻れば良いのよ。それに貴女はまだ銀と園子の死を悲しめてるのだから人の道を踏み外しては居ないわよ。須美の中で自分と同じ形をした影がそう語りかけ、励ます。しかし、須美はその影の方を見ようとはしない。

 勇者とはなんだったのか。自分が本来すべき事はなんだったのか。もしかして銀を救おうとする事自体が大いなる過ちなのではないか。とめどなく自分に対する疑念は湧き出しては須美を捻り潰す。

 たった一人生き残ってしまった自分に向けられる視線も恐怖の対象になった。

 須美の部屋には枯れた二輪の花。

 その日から須美の時は止まったままだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

『勇者遺失録』

 

 徒労。とはまさにこの事を言うのだろう。本人の前では決して口が裂けても言えない。

 

    神世紀298年 ※月※日




長くなってすみません!
やっぱり戦闘描写は難しいですね。どうしても読みにくくなってしまいます。色々と首を捻りたくなるような箇所がたくさんあると思いますが気になった点はどんどん教えてくださると嬉しいです!
また次回お会いしましょ〜
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