この教室には玉葱が足りていない!   作:夢泉

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4玉目!:情報屋少年

 

 改めて振り返ると、ここ数日は随分と特殊な日々だった。

 初めての後輩が出来た事から始まったドタバタとした数日。珠木根は常にグイグイと絡んできたし、放課後は母親が礼をしたいと呼んでいるとかで家に連れて行こうとさえした。

 ほぼ毎日バイトがあって助かった。彼女との時間は不慣れ過ぎて疲れてしまうのも事実。少しずつ慣れていきたいと考えているが、彼女は全く容赦してくれそうもない。

 そこまで考えて、自然と口角が上がってしまっている事に気付く。

 

「葵せんぱーい! おっはよーございまーす!」

「おう。おはよう、珠木根」

 

 今日も珠木根と出会い、共に学校へと向かう。

 ……あぁ、やはり。この特殊で疲れる日々が、どうしようもなく楽しい。

 

「いやー、やっぱり葵先輩と一緒にいると注目されますねー。なんだか有名人になった気分です」

「実際、珠木根はかなり有名になってるぞ」

「え、マジですか!? 因みにどんな感じにです!? 可愛い! とか美しい! とか言われちゃってるんですかね!?」

「なんでそんな乗り気なの……? 正直、気色悪い感じのもあるから知らない方が……」

 

 下品な感じの噂もあるので、出来るだけ彼女の耳には入れたくない。

 そう考えていたのだが、珠木根は真剣な顔つきになって言うのだ。

 

「いえ、それでも私は知りたいんです。お気遣い頂いて嬉しいですが、私は私自身の噂を……私の事を知りたいんです。知らなければ、否定も反論も出来ませんから」

 

 そう。そうだとも。珠木根はこういう少女なのだ。

 道理を外れた事柄を嫌い、真正面からぶつかって粉砕する。

 例えるならば、世界を新しい季節へと変えていく春一番。そんな自由な風を縛り付けることなど誰にも出来るわけもない。

 

「全くその通りだにゃ~? いや~良いこと言うね、珠木根ちゃんは? にゃあ、アオちゃん?」

 

 すると、タイミングを見計らったかのように一人の男子生徒が背後から現れる。

馴れ馴れしく肩を組むようにして、俺と珠木根の間に割り込んできた。

 灰色の髪を目元まで伸ばし、長身を猫背で丸めた青年。一見ヒョロリとして弱弱しく見えるものの、見る者が見れば腕や足には引き締まった筋肉がついていることが分かる。フレンドリーな口調と笑顔だが、どうしてか薄っぺらい印象をぬぐいきれない。

 どこかチグハグで、そこはかとなく胡散臭い。独特な雰囲気を有する青年。

 

「何しに来やがった。猫藪」

「にゃあ、怖い怖い。そう警戒するにゃって。先ずは自己紹介くらいさせてくれよ」

「えっと? 貴方は……?」

 

 珠木根が戸惑いながらも尋ねれば、彼は待ってましたと言わんばかりに満面の笑みを浮かべ、大仰な仕草と共に口を開く。

 

「初めまして、珠木根 春風さん。俺は文弥(ぶんや)猫藪(ねこやぶ) 文弥。2年5組の生徒の一人で、校内一の情報通と自負している。仲良くしてくれると嬉しい……にゃ♪」

 

 彼は猫藪 文弥。

 両親共にジャーナリストという家庭に生まれ育った少年。

 そして、10年前の事件の真実を暴こうとする1人である。

 

 

◆◆◆

 

 

「意地悪な言い方をすれば、珠木根ちゃんは君と関わる事によって様々な噂が広められてしまっている。彼女はその噂がどういう内容なのか知る権利がある。そうは思わないかにゃ?」

「……それは、そうだが」

 

 相変わらず嫌な所を突いてくる。俺が原因と断言されてしまえば、強く出ることなど出来ようはずもない。

 

「だろう? ということで、珠木根ちゃん。猫の情報屋、使ってみないかにゃ?」

「情報屋? 猫さん?」

 

 そして。こいつが「季子高の情報屋」として認知されているのは伊達ではない。

 校内で生じたイベントで彼が把握していない事柄は無いに等しい……とは普通に考えて言い過ぎだが、そう言われても納得してしまうくらいに彼は多くの情報を握っている。

 

「さて、と。対価はどれくらいにしようかにゃ?」

「え、お金を取るんですか!?」

 

 ただし。情報を入手している手段こそが問題だったりする。

 

「いや? 俺ちゃんの情報は基本的に物々交換。知らない情報をくれたら、それに見合った情報を提供する。それだけにゃよ」

「へ?」

「今回は時間さえかけて調べれば誰でも集められる情報だし……ま、珠木根ちゃんのスリーサイ……」

「調子に乗るな」

「ぅにゃあ!」

 

 ついボディアッパーをお見舞いしてしまった。が、何故なのだろう。コイツに対して行う暴力行為は全く良心が痛まない。

 

「葵先輩!? ぼ、暴力は駄目ですよ!」

「全力の1割も出してないから問題ない。猫で言えば甘噛みだし、じゃれつきの範疇だよ」

「甘噛みで人は宙に浮きませんよ!?」

 

 それに、そもそもの話。

 

「……にゃにゃ。じゃれつきは妖精最強ぶつり技にゃんだって事を深く考えて欲しいですにゃ」

「あれ? 意外と平気そう……?」

「宙に浮いたのは、大袈裟な受け身をとったからだ。アイツ自身にはノーダメージだよ」

「にゃにゃにゃ、じゃれつきは命中不安なのが玉に瑕だからにゃ~」

 

 要するに、その場でバク転をしたような状況だ。クルリと宙を舞う動きは自発的なモノで、俺のボディアッパーは見事に躱されている。

 

「にゃにゃあ、驚かせて悪かったにゃあ。これ、俺ちゃんとアオちゃんの間では日常茶飯事のやり取りなんだにゃ。拳で語り合う熱い漢の友情ってヤツにゃあ」

「俺はストーカー猫と友達になった覚えはない」

「ストーカーって酷いにゃ! 取材は立派な仕事にゃ!」

「金でバイトまで雇って24時間体制で監視していたのが?」

「え、マジですか?」

「おう。ちなみに一週間続いたぞ」

「あの時は大変だったにゃあ。16時間は俺ちゃんが対応して、残り8時間はバイトに頼んだのにゃ。けど、時給1100円×8時間×7日間で6万。機材やら何やらも合わせると10万くらい吹っ飛んだからにゃあ……」

「ほら、バカだろ?」

「えぇ。正直引きます。ドン引きです」

「にゃにゃ!?」

 

 さらっと彼が口にした“機材”というワード。

 これは変装用具なんて子供の遊びレベルではない。ドローンや小型カメラは勿論、盗聴器や発信機、果ては合鍵まで。完全アウトなゾーンに到達している。

 

「そこまでして知りたかったのって……」

「にゃ。当然、10年前に起きた『AOI事件』の真実にゃ」

 

 彼が誰より誰よりも尊敬していた祖父もジャーナリストだったが、事件の真実を暴けぬままに世を去ったそうだ。

 あの事件に猫藪が執着するのには、その辺りの事情が絡んでいるのだろう。

 

「葵先輩、もう行きましょう。……猫藪先輩、私はあなたの手は借りません」

「た、珠木根?」

 

 すると。珠木根は俺の手を掴むと、そのまま引っ張って進んで行こうとする。

 しかし、残念ながら小柄な珠木根には俺を牽引する力などある筈も無く、一歩も進むことは出来ていない。

 明らかに怒っているような声音なのだが……一体、何が引き金になった?

 

「……あー。そういうことかにゃ。台詞のセレクト不味ったにゃ」

「なんだ、理由が分かるのか猫藪」

「つまりにゃ、珠木根ちゃんはアオちゃんが“殺人鬼の息子”扱いされるのが嫌にゃんよ。俺ちゃんも他の奴らと同じく、アオちゃんを色眼鏡で見ているって彼女は思ったにゃよ」

 

 ……そうか。そういうことか。

 本当に、珠木根は優しい。

 

「なるほど。……ありがとうな、珠木根。ただ、こいつは別に構わないんだ」

「……どういうことですか?」

 

 けれど、今回に限っては無用の心配と言える。

 何故なら。

 

「10年前の事件の真相を知りたいのは俺も同じってことだ」

「真実ってのは時に全てを覆すにゃ。例えば、アオちゃんの父親、血白 浅葱は誰かに脅されて10年前の犯行に及んだ。例えば、あの動画そのものが編集や捏造された結果のフェイク動画である。そしてそして、大穴どんでん返しで、そもそも血白 浅葱は無実……なんて可能性も0じゃないにゃ」

 

 そう。

 彼は確かに、俺を「殺人鬼の息子」として見ている。それは事実で、珠木根は正しい。

 しかし、それと並行して、「冤罪被害者の息子」かもしれない。そういう視点も有している。

 彼の中には無数の視点が存在し続ける。最後の最後、絶対の真実へと辿り着く、その時まで。

 

「三権のどれとも異なる位置から、自由気まま無遠慮に、好き勝手一方的に、世界そのものを引っ繰り返す可能性を持つのがジャーナリズムにゃ。……少なくとも、俺ちゃんはそう信じてるにゃよ」

 

 彼にとって、「殺人鬼の息子」は事件の謎を解く鍵。それ以上でもそれ以下でもなく、そこに忌避や侮蔑といったマイナスの感情は介在しない。

 彼を警察に突き出したりすること無く、曲がりなりにも関わり続けているのは、きっと俺が――

 

「俺は心のどこかで猫藪が暴いてくれるのを期待している。だから、コイツの行動は多めに見てやってほしい」

 

 それはそれとして。盗聴器や隠しカメラを発見したら容赦なく破壊するし、報復行為としてボディアッパーくらいはする。……そういう奇妙な関係性なのだ、俺たちは。

 

「先輩がそれで良いのなら構わないですけど……」

「ありがとうにゃ、珠木根ちゃん。それじゃ、お詫びも兼ねて完全無料で情報の押し売りをさせて頂くにゃ」

「……分かりました。お願いします。猫藪先輩」

「まいどありにゃ~。んじゃ、歩きながら語るとするかにゃ」

 

 彼自身の言動はともかく、情報は信頼できる。

 そもそもの話。親しい生徒が少なすぎて、俺自身も校内の噂を把握しきれている訳では無い。なので正直、ここで教えて貰えるのは渡りに船と言える。……もっとも、彼はそれを見越してタイミングを見計らっていたのだろうけれど。

 

「まず1つ目は、珠木根ちゃんがアオちゃんの女だって噂だにゃ」

「………………? …………! ……っ!!??」

 

 疑問。次いで理解。最後に驚愕。

 実に見事な百面相。表情だけで全てが伝わってくる。

 

「そ、そそそれって! つ、つまり……!」

「ま、お察しの通りだにゃ。2人が親密なのは肉体関係があるからって下世話極まる憶測だにゃあ」

「に、にく、にくたいかんけい………」

「だから言っただろ気色悪いのもあるって」

 

 ま、この程度は随分と軽い範囲であり、もっとエグイのもあるはずだが。珠木根を慣らせていくべく、程々のジャブからスタートした……のだろう。

 言動はふざけているが、そういった所で妙に気が回る男なのだ。猫藪 文也というのは。

 

「2つ目。アオちゃんが珠木根ちゃんを脅迫してるって噂にゃ」

「な、何ですか! それ!」

「珠木根ちゃんの“家族を助けてもらった”って話が捻じ曲げられて“家族を脅迫のネタにしている”みたいな話になってるにゃあ」

「そんな……私のせい、ですか?」

 

 全く。どこまで人が良いんだ、この少女は。

 その程度なら慣れている。珠木根がそんなに辛そうな顔をする必要は無いんだ。

 

「いいや、違う。誰が何をしても捻じ曲げられただろうさ。俺が悪役になる方向で、な」

「にゃにゃ、それはそうだろうにゃあ。被差別者をつくって集団を維持する、または個人的な安心を得る。人間の本質はずっと変わってないにゃ」

「でも……だからって……」

「断言する。珠木根に責任はない。珠木根が何も言わなかったら、“何も言うなと脅されている”みたいな話になってただろうしな」

「それも間違いないにゃ。この話の中に悪者が居るとすれば、それは噂好きの背景モブ共以外にありえないにゃ」

「そう、ですか……」

 

 珠木根の性格を考慮すれば仕方の無い事ではあるけれど、納得は出来ていない様子だ。

 このままだと、噂を流す生徒へと片っ端から突撃して正論で殴りかねない。

 ……仮にそれを実行しても事態は一向に良くならない。どころか、更に悪くなる。噂話は益々捏造されていくことだろう。

 一言二言付け足して、思いとどまらせる方向に持って行かなくては。

 

「ま、少数でも理解してくれる人がいる。それだけで最高に救われてるんだ、俺は。これ以上は要らないよ。謙遜でも何でもなく、心の底からそう思う」

「にゃにゃ。実際、背景モブの好感度なんか稼いでも面白くも何とも無いにゃ。集めるならアオちゃん筆頭に特殊なキャラの好感度って相場は決まってるにゃ」

 

 俺本人が全く望んでいない以上、“俺のために”という理由で珠木根が突き進もうとすればブレーキがかかる……はずだ。多分。

 しかし、意外なのは猫藪の言葉だ。俺の発言へ援護射撃してくれたことも意外だが……。

 

「にゃ? どうしたにゃ、アオちゃん。鳩が波動砲くらったような顔をして」

「いやそれ120%鳩消滅してるよね。……猫藪って誰とでもそこそこ仲良いって印象だったから、誰かへの悪感情を出すのって珍しいと思ってな」

「取材するのに好都合だから外面取り繕ってるだけにゃよ。仲良い方が口も軽くなるのは当然にゃし。けど、ああいう好き勝手言うだけの行為と俺ちゃんが求めるジャーナリズムは全く異なるにゃ。根本的に相容れないにゃよ」

「猫藪先輩は自分の信念に誇りを持ってるんですね。なんか格好良いです」

「騙されるな、珠木根。こいつは信念とやらのためなら違法ストーキング上等な奴だぞ」

「……あ! 本当だ、あやうく騙されるところでした!」

「にゃにゃ? おかしいにゃ、どう考えても俺ちゃんヨイショの流れだったのに、どうしてこうにゃった?」

 

 それはお前が違法行為に手を染めたりするからだ、と喉元まで出かかっていたけれど、言葉にはしなかった。

 ……この一連の流れが珠木根の心を軽くするためだと分かったから。

 

「随分と話が逸れたけど、3つ目にゃ。3つ目は珠木根ちゃん自身が悪い奴だって噂だにゃあ」

「……どういうことだ?」

「にゃ? これはアオちゃんも知らなかったかにゃ。にゃにゃ、情報屋の面目躍如にゃあ」

 

 よりにもよって、この善人と一般人と天真爛漫を足して3倍した様を絵に描いたような少女を悪と見做すとは何事だ。

 

「にゃにゃあ。アオちゃんの言いたいことは分かるけどにゃ。珠木根ちゃんは入学して数日にゃよ? 中学が同じだったとかでない限り、99.9%の生徒は彼女の人間性なんて知らんにゃ」

「……それもそうか」

「にゃから、珠木根ちゃんが実は超絶ヤバイ女で、裏で隔離クラスの奴らと犯罪行為に手を染めている……的な噂が流れてるにゃ」

 

 ……理解はした。理解はしたが、納得は出来ない。

 

「結構エグイのもあるからにゃ、こっからはノンブレス早口で済ませるとするにゃ」

 

 すると、猫藪は一旦言葉を切り、深く息を吸って――

 

「夾竹会の構成員である。夾竹会に身売りして飼われている。夜の街で身体を売っている売春上等ビッチである。違法薬物の売人をしていて本人もシャブ漬けである……てな感じにゃ」

「お、おう。中々に強烈だな……」

「売春上等……ビッチ……シャブ漬け……」

「見ろ。珠木根がショートしちまったぞ。どうすんだ、コレ」

「にゃにゃあ、珠木根ちゃんには刺激が強いと思ってたけど、やっぱりかにゃあ。……こういう時は、アオ王子のキスで春風姫を目覚めさせるしかないのでは?」

「ツッコミどころしかねぇな。まず俺は王子じゃないし、キスで人は目覚めないし、珠木根は毒林檎で寝てるんじゃなくてテンパってるだけだ」

 

 しかし、シャブ漬けの売春上等ビッチって……そういう発想が出来てしまうヤツの方が俺よりよっぽど問題を抱えている気がするのだが。

 

「はっ」

「あ、お姫様が目覚めたにゃ」

「こうしちゃいられないです! 片っ端からOHANASHIして潰していくしかねぇですよ!」

「待て珠木根! 会話しに行くだけならボールペンを握りしめる必要は無いよな!? その尖ったペン先で何をする気だ!」

「離してください、先輩! これは乙女の沽券に関わる問題です! たとえ何を犠牲にしても払拭せにゃならん風評なんですよ!」

「分かった! 分かったから一旦落ち着け! おい、猫藪! 今度俺の幼少期の話をしてやるから何とかならねえか!?」

「にゃにゃ!? それは幼少期の父親の話、および母親の話も含まれるって認識でOKかにゃ!?」

「くそっ、この小さな体のどこにこんな力が……! 早くしろ猫藪、抑えておくのも限界だ! 父さんの話でも母さんの話でもしてやっから何とかしろ!」

「毎度ありにゃ~!」

 

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