個性「メ化」   作:カフェイン中毒

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58話

 ままならないものだなあ。とベッドに寝転びながら考えている。私が目覚めてから1日、もう点滴は要らないということで鎖骨から体内の静脈に挿入されていたカテーテルが抜かれて、幾本もの点滴やら輸血パックやらのチューブとはおさらばになった。これに関しては喜ばしいんだけど、自由に寝がえりがうてるようになったし。私は横向きで寝るから実に寝やすくなった。

 

 ままならないことというのはそれ以外のお話。具体的には左目のことだ。どうしても直せない。新しく作ることができない。開き直ってそのままでもいいかなと思わなくもないんだけどヒーローを目指すのに片目ってやばいハンデだよ。直す手段があるのに直さずにそのままにするのはあまりよろしくない。飯田くんの手のように戒めにしようというものでもないし。

 

 「うーん、どうしたものかなあ」

 

 「慌てる必要はないよ。というか焦りすぎさね。普通は時間をかけて飲み込んでいくものさ」

 

 「それは知ってるんですけど、でもですねリカバリーガール。ないと困るんですよ左目。何回か距離感掴めずに転びましたし。階段転げ落ちて壁に穴開けちゃいましたし」

 

 「私はいまそれ初めて聞いたよ?」

 

 「今言いましたからね」

 

 「そういう問題じゃないんだよ!」

 

 壁に穴をあけた件については病院の方にすいませんでした弁償させてくださいって言ったら事故だし個性で部屋が壊れることとかままあるので気にしないでいいと言われた。壁に顔面から突っ込んだので実に左目が痛かったことを覚えている。左目~~私の左目~~……ないと困るよぅ。でもなんでこんなに拒否感があるんだろうか。

 

 疑問に思った私は人生経験豊富そうなおばあさんヒーローのリカバリーガールに一回右目を失くした時に通った道なのにどうして今回こんなに梃子摺ってしまっているのか意見を賜ったら、「アンタ、それ本気で言ってるのかい?」と頭がおかしいやつみたいな扱いをされてしまった。まあ大事に大事にしてたよ、左目。でも実際なくなっちゃったんです。いつまでも引きずってたら辛いだけなんです。宝物でした、本当に。

 

 わかんない。確かに大事なものだった。あの蒼い左目は私にみんなと同じものを同じように見せてくれる、私をみんなと同じ人間だって証明してくれるものだったと思う。私がただの機械の塊じゃなくて人だっていう分かりやすい目印。けど、そこはもう割り切った。別に左目がないから私が私じゃなくなるって話じゃない。私は、私なのだ。全身、機械を含めた楪希械なのだ。一部欠損が出たごときで揺らぐものじゃないはずだ。

 

 左目がなくなったことは確かに身を引き裂かれるほどの痛みだし実際引き裂かれた。私が思っている以上に私の中の重要なところに左目があったことは違いない。昨日はそのショックで両親を前に大泣きしてしまった。けど一夜開けて冷静に考えてみればみるほど、直せないのが不思議だ。だって、早く元に戻りたいんだから。力で無理やり引き抜かれた左目、仮に目玉があったとしても移植することは不可能、分かってるのに。どうしてこんなに焦がれてしまっているのか、それが分からない。

 

 直そうとすればオールフォーワンの酸素マスク越しの歪んだ笑顔と弄られる左目の感触と痛みが脳裏をよぎって個性の制御を失う。それで結局直すのを失敗する。引き出しの中の再構成に失敗して目から零れ落ちた目が増えるばかり。首をかしげて不思議がる私にリカバリーガールは答えを教えてくれることなくため息をついて今日の診察は終わり、と出て行ってしまった。

 

 

 

 コンコン、とノックの音が聞こえたのでどうぞ、と声をかける。両親だろうか?いやでも両親は私が攫われてから無理を言って仕事に穴をあけまくったのでそれを埋め合わせる為に働いてるはず。それなりのポジションにいる二人なので二人の所で決済やら仕事が止まって会社が麻痺しかけたらしい。反省。両親じゃないなら相澤先生?有言実行すぎない?忙しいだろうに。

 

 「ゆ、楪さん!目が覚めたって……!」

 

 「デクくん!?……とそちら様は……?」

 

 「あ、そうだよね!えっと、僕のお母さんなんだ」

 

 「緑谷引子と言います。前々から、どうしても一度お話したいと思ってたの。出久の個性で怪我をしない方法を考えてくれたんでしょう?どうしても会ってお礼を言いたかったんです」

 

 「え、え、デクくんの、いや出久くんのお母さん!?いやその私は別に何も特別なことは……!」

 

 なんと入って来たのはデクくんだ。それと優しそうでふくよかな女の人……デクくんのお母さん!?思わずデクくんと言ってしまって慌てて訂正する。これ元々爆豪くんが悪い意味で付けたあだ名らしいし!ふ、ふへえ失礼なことしちゃった!恥ずかしい!穴があったら入りたい!いや掘るか!私ならすぐ、じゃなくて!

 

 がちゃがちゃぶんぶんと両手を振り回して私は別に何もしてないと言ってみるけど引子さんは私がデクくんをお手伝いしたことについてかなり有難く思ってくれてたみたいで、私の気が収まらないんです。迷惑なおばちゃんの押し売りでごめんなさいねとまで言われてしまえば私もか細くありがとうございますぅ……というしかない。んっん!それよりも!

 

 「お見舞いに来てくれたんだね、出久くん。嬉しいな、でも今朝全体メッセージ送ったのに随分早いね」

 

 「え、とその……うん。凄い重症だって聞いたから、気が気じゃなくて。クラスのみんなで行こうって話も出たんだけど、病み上がりにそれはどうなんだってなってしばらく開けることになったんだ」

 

 「うわー、抜け駆けだ。来てくれてありがとう、嬉しいよ」

 

 「う、うん!その……楪さんは、大丈夫、なの?」

 

 「大丈夫だよ?もう輸液も抜けたからね!まだ内臓がちょっとアレだから固形物はダメなんだけど、ジュースが飲めるようになったのは嬉しいかな」

 

 「そうなんだ、その……」

 

 「あ、左目?こっちはダメだね。なくなっちゃったし。今個性で代替出来るように鋭意試行中なの。うまくいってないけど!」

 

 あははのは~と笑いながらデクくんが聞きたかったであろうことを答える。彼が気にすることは全くないので努めて明るく、私は気にしてないよという風に。引子さんも私の医療用眼帯の下がどうなってるのかを知らなかったのか「なくなった……」とぽそっとつぶやいてくらっときてしまったらしい。気が弱い方なのかな、ってことは体育祭のデクくんを見て血の気引いてただろうなあ。

 

 「ところで出久くん。フルガントレットとフルグリーヴどうだった?参考にするから使用感を教えて欲しいな」

 

 重い空気にするつもりは一切なかったのでちょっと強引ながら話題転換。ぶっつけ本番で投入したに等しいフルグリーヴや、メリッサさんと一緒に設計に手を入れた両手用フルガントレットも含めてこれからずっと使用するであろうデクくんへのヒアリングはとても重要なのです。あ、でもデクくんはまだ雄英に通うのかな?

 

 「……引子さん、出久くんをまだ雄英に通わせますか?私はもう全寮制に同意したので通うことは間違いないんですけど……」

 

 「まだ、出久と話してないの。親としては反対……けど出久は……」

 

 「僕は、まだ通ってたい、かな。まだ雄英で学べることは沢山あるはずなんだ。ここで別の学校に行ったら目をかけてくれてる先生方に申し訳ないし……」

 

 雄英高校の全寮制導入についてはかなり難しい問題だと思う。私はヴィランに狙われた上に片目を奪われてしまったという事実があって、他の学校では私を守れないという両親の判断のおかげで通い続けることができる。世間では雄英へ非難の声が集まっているが、プロヒーローが常に常駐しているヒーロー科は数少ない。雄英はその数も段違いだ、他の場合多くは嘱託のヒーローが非常勤講師という形で教鞭をとっていることの方が多いから……。

 

 「うーん、私としては出久くんとまた学校でいろいろやれたらなあと思ってるから残ってくれた方が嬉しいかな」

 

 こういう気持ちはストレートに伝えるべし、というのがお母さんの教えの一つなのでデクくんに残ってよの思念をぶつけつつ言葉でもお願いしてみる。判断するのは引子さんとデクくんだから何とも言えないんだけどね!ただ、デクくんがワンフォーオールを継いでしまってる以上、もう平和な日常には戻れない。望むと望まざるとにかかわらず、きっと戦いに巻き込まれる。その時私がいなかったら?フルガントレットが無かったら?デクくんは逃げずに立ち向かい自損することだろう。嫌です絶対に。デクくんがコントロールを完璧にするまでは私はお手伝いすると心に決めているのだ、うん。

 

 

 結局あの後私の目に触れることはなくデクくんと引子さんはフルガントレットの使用感を教えてくれたあと当たり障りのない会話を少ししてから帰っていった。気を遣われてるね……まあ私も友達の目がなくなりましたって言われたらどう声をかけていいか分からなくなるからね。デクくんたちが帰ってお昼を挟み、まあ私は重湯だったんだけど。ナイフよりは美味しかったです。通算15回目の眼球再構成チャレンジを失敗して失敗品を引き出しに放り込んだところでまた個室のドアがノックされる。今度は誰だろ?

 

 「……希械ちゃん……?」

 

 「三奈ちゃん!来てくれたの!?」

 

 遠慮がちに引き戸を開けて顔を少し出してこちらの様子を伺っているのは三奈ちゃんだった。いつもと違ってかなりしおらしい様子の三奈ちゃんは私が来てくれて嬉しい!というとその黒い目からぽろぽろと無言で大粒の涙を流しだしてしまった。そしてその場に荷物を放り出して私の所に倒れ込むように抱き着いてわんわんと大声で泣きだした。

 

 「うわあ~~~ん!よかった、よかったよぉ!希械ちゃんが救急車で運ばれたの見た時、私心臓止まるかと思って……!生きてる、希械ちゃんが生きてる~~!!」

 

 「え?もしかして三奈ちゃんえーくんたちと一緒に神野に……?」

 

 「うん……!切島が行くっていうから私もって……!希械ちゃん助けなきゃって……!」

 

 「そう、なんだ……。ありがとう、三奈ちゃん。助けてくれて」

 

 「いいんだよ~~!うえええええん!!!」

 

 そっか、そうなんだ……三奈ちゃんあの場所に居たんだね。分断されてたから分からないけど轟くんは確実にいただろうし……かなり大人数で動いてくれたんだろう。嬉しい反面、危ないことをしてほしくはなかったなと自分のことを棚上げしてしまう。三奈ちゃんやえーくんが傷つく方が私にとってはずっとつらいから。

 

 暫く私に泣きつく三奈ちゃんを抱きしめて落ち着くまで待った。思いっきり泣いてすっきりしたのか三奈ちゃんは私がきちんと生きていることを確かめるように私の手をにぎにぎしている。あのそこメカだよ?冷たいし硬いでしょ?だからと言って生身の部分をにぎにぎされるのも困るんだけどね……

 

 「ねー聞いてよ希械ちゃん!切島のやつ、誘ったのにお見舞い来ないって言ったの!……合わす顔がないって……」

 

 「えーくんのせいじゃないのに……」

 

 えーくん、責任を感じちゃってるんだ……私としてはえーくんにお礼を言いたい気持ちでいっぱいなんだけど……リカバリーガールが教えてくれた救急車内の輸血のことだってあるし……ぷんすこと最初は勢い良く怒ってた三奈ちゃんも次第に勢いを失って絞り出すような声でえーくんの言葉を伝えてくれる。

 

 「三奈ちゃん、ありがとうね。来てくれて。私とっても寂しくしてたから……ここ、誰も来なかったら凄く静かなの」

 

 「うん……ねぇ、またみんなで笑えるかな?1-Aのみんなで、同じクラス、同じガッコでさ」

 

 私の手を撫でながらそんなことを言う三奈ちゃん。不安だよね、そうだよね。だって、雄英に入ってから普通なら逢わないことばかりに逢ってきた。ヴィランの襲撃もそうだ。三奈ちゃんがあんなに楽しみにしてた合宿だって3日で途中中断、クラスメイトの何人かはガスの被害にあって、私と爆豪くんは拉致。ヒーロー社会そのものの信用が落ちてきている。

 

 「皆次第、としか言えないけど。私は三奈ちゃんの傍にいるから。またカラオケいこ?」

 

 「うん……」

 

 大丈夫だよ、という私の励ましに頷いてくれる三奈ちゃん。私たちはそのあと、退院したらパーティーしよ!という三奈ちゃんの案にのって退院したらお腹いっぱい美味しいものを食べたいなという欲に任せて何を食べるか何をするかという楽しい話を繰り広げるのだった。私を気遣ってか、目の話に一切触れなかった三奈ちゃんの優しさが、ただただ暖かった。

 

 

 もうすぐ面会の時間が終わる、という頃になって本日3度目のノックが私の病室のドアを叩く。はいはい~と三奈ちゃんが返事をしてドアを開けると……

 

 「……切島?」

 

 「えーくん……」

 

 「悪い……やっぱり、来なきゃダメだよなって、思ってよ」

 

 ドアの前に居たのは所在なさげでいつもあげている髪の毛を下ろし、ほとんど部屋着みたいな恰好のえーくんだった。走ってきたのか体は汗ばんでいて、息は乱れている。いつもなら元気よく部屋に入ってくるはずなのに、そうしない。まるでドアが境界線かのように、彼はそこから私の顔……左目を見つめていた。




 緑谷ママ、息子のクラスメイトを元気づけようとお礼を言いに行ったら目を失ったことを知り卒倒しかける。彼女は知らないですけどデクくんが継いだ個性はやべーほど大切なものなんですね、なので雄英に行く以外の選択肢がなかなかない。というかオールマイトがいない場所に行くともっとやばい。そして楪チャンがいない学校に通うと骨折カーニバルが開催される。地獄か?

 では感想評価よろしくお願いします

映画や小説、チームアップミッションの話あった方がいい?

  • 必用
  • 本編だけにしろ

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