「入りなよ、切島」
「……ああ」
三奈ちゃんがえーくんを病室の中へ促し、お互いの顔を見つめ合っていた状態から私たちは解放される。自分には病室の中に入る権利もないという感じだったえーくんは躊躇いながらも病室の中に入ってきた。それでも入り口で止まったままのえーくんを三奈ちゃんが話すことあるんでしょ?と背中を押して私が寝ているベッドの前まで押してきてくれる。
「じゃ、私は帰るよ。前途ある若者を邪魔するわけにはいかないからね~」
「もう、誰視点なの。ありがと、三奈ちゃん。またね」
三奈ちゃんは多分、えーくんが来るって分かっててそれまで待ってたんだ。多分普段の三奈ちゃんならえーくんを引っ張ってでもつれてきただろうけど、今回はえーくんが自分から来るって分かってたからあえてそのまま放置してたんだね。ひらひらと手を振ってごゆっくり~なんて言いながら帰っていく三奈ちゃんを見送る。
ベッドの傍まで来たえーくんだけど、椅子に座ることはなくまた無言で私の目に視線をやっている。今までよりも見えすぎる右目の視界がえーくんの眼球の運動までも解析しようとするので意識してそれを抑えた。それでもえーくんの顔はまるで罪を犯して裁かれるのを待つ囚人のよう。いつも明るく笑顔なえーくんの面影はそこにはなかった。
「えーくん、ありがとうね。救急車の中で輸血してくれて。おかげで助かりました」
「……そんだけしかできなかった。考えたこともなかった、お前が死ぬかもしれねえだなんて」
「そのそれだけのおかげで私は助かったんだよ?それに、私だって自分が死ぬかもしれないだなんて本気で考えたこと、なかったよ」
えーくんの声はいつになく沈んでいた。えーくんは少々、その……自罰的な面がある。いつもは明るく振舞って、周囲のムードメーカーをやっているえーくんだけど少々自分に自信を持てなくなってしまっているんだ。雄英に入る前、中学時代の時のある事件を契機に、これまでの自主トレを一層厳しくして絶対に倒れない男になろうとしてたえーくんが育てていた自負と自信はこの夏合宿の事件で崩れ去ってしまった。
「なあ、覚えてるか?中学時代、芦戸とお前がヴィランに話しかけられた時……」
「うん、覚えてるよ。三奈ちゃんが私を庇ってくれた。殴られるギリギリで、えーくんが三奈ちゃんを守ってくれたね」
中学2年生になりたてのころだった。三奈ちゃんと買い食いをして帰るところで、私たちは私並みに大きくて太い、聖書を片手に持った男に話しかけられた。道を尋ねる男だったけど、あまりの威圧感のある風体と帽子の影から覗く狂気に侵された目は、私たちを凍り付かせるには十分だった。私は、その時固まってしまって声すら出せなかった。動けば殺されるという恐怖をそこで始めて味わったからだ。
対して三奈ちゃんは、目に涙を浮かべつつも、私の前に出た。そして尋ねられた道を教えたのだ。それで去ってくれればよかったのだけど、男はブツブツと何かを言ったかと思うと「主の御許に返す」と言ってグローブのような大きな手を振るって三奈ちゃんを殴ろうとした。私は咄嗟に三奈ちゃんを引っぱって、近くにいて騒ぎを見てたえーくんが割り込んでくれたおかげで三奈ちゃんは助かった。
そのあとは、騒ぎを見ていた別の人が通報してくれたおかげでヒーローが到着し、その男は逮捕された。わんわんと泣いてしまった三奈ちゃんにつられて彼女を抱きしめつつ私も泣いたのを覚えている。えーくんが言っているのとはそのことだろう。
「強いやつは、一歩目が速ぇ……芦戸が踏み出した一歩は俺よりも速かった。俺はいつも誰かの2歩目だ。今回も、そうだ」
「……私は、その一歩すら踏めなかったよ。だから、私とえーくんはそうなれるように頑張ってきたんじゃない」
「そう、だよな。でも結局、届かなかった。一撃だ、一撃。頭に血昇って冷静さ失って、焦って突撃して、そんで言い訳のしようもなく負けた……そのせいで、お前が攫われたんだ……!」
ぎゅっと手を握りしめたえーくんは顔を俯かせて絞り出すようにそういう。震える声で吐き出される悔恨はそんなことない!という否定をさせてもらえないほど重くて、辛そうで……その原因が私だということに、申し訳がなくなってしまう。ちがうの、違うんだよえーくん。えーくんは全然悪くないんだよ。
「……あの夜、お前の髪をあげて、見ちまった時……幼稚園でのアレを思い出した。なんで忘れてたんだって自分を殴りたくなった……てめぇで守るって決めたもんを俺は2回も守れなかったんだ。何が男だよ、笑っちまうぜ……」
「えーくん、思いだして……?」
「ああ、思いだした。お前の目に石が当たった後に動いた……同じだ。神野と。結局俺は、お前が傷ついてからしか動けねえ……!」
ぽたり、ぽたりとえーくんが握りしめた手から血が滴って床に落ちていく。私の左目が失われたことが契機となってえーくんが封じていた幼稚園の……私の右目がなくなってしまった事故の件を完全に思いだしてしまったらしい。私は、彼にどんな言葉をかければいいんだろう。私のせいでここまで彼を追い詰めてしまった、原因の私は彼にどうしてあげればいいんだろうか。
「ねえ、えーくん」
「……悪ぃ、変な話聞かせた。帰って頭冷やす、うわっ!?」
「私はさ、えーくんに負けたくないって思ってたの。知ってる?幼稚園の時も中学校の時も、私は自分で動けなかったんだよ?」
踵を返して部屋を出て行こうとするえーくんの手を掴み、体を持ち上げて私が寝てるベッドの上に無理やり引き込んで、抱きしめる。どうしても言いたかったから、話したかったから。逃がさないために。血のにじんだ彼の拳を私の手でゆっくりほどいていく。はじめは驚いたのか慌ててるえーくんだったけど、私と目が合ってから、体の力を抜いてくれた。
「何時もね、私の前にはえーくんがいたの。幼稚園の時の痛かった時も、小学校の寂しかった時も、中学校の怖かった時も。いつもえーくんが私の前にいて、引っ張ってくれた。三奈ちゃんにも助けられて、私も変わりたいって、えーくんたちの隣に居たいって思ったの」
「別に、俺はそんなことは……」
「そうだよ。私はえーくんが『当たり前』にやってくれてることにずっと助けられてたの。ずっとえーくんに守られてた。だから今度は私も守りたいって思ったんだ。自分を責めないで。えーくんはいつだって、私のヒーローなんだから」
「俺が、ヒーロー?」
「うん。マスキュラーと戦った時。えーくん覚えてる?ずっと、誰よりも先にマスキュラーの攻撃に立ち向かってたでしょ?一歩遅れてなんかない。ずっと私たちの一歩先で、攻撃を受け止めてくれてたじゃない」
マスキュラーとの戦闘で、えーくんは常に最前線に立ってた。攻撃を受けた回数は誰よりも多くて、後ろを守り切っていた。私の言葉に少し目を丸くしたえーくんの手を取って、眼帯の上、私のなくなった左目の上に重ねる。少しびくっとしたえーくんだったけど、今なら多分、行けそうな気がする。やっぱり、私を助けてくれるのはいつだって彼なんだ。
「正直、えーくんの辛さって私が変わってあげられるものじゃない。でも、一緒に立ち上がって前に進むことはできると思うの」
「……まだ、俺がヒーローになれるって思ってくれるのか?」
「もう、言ったでしょ?えーくんは私のヒーローなの。なれるじゃなくてもうなってるの!それに、洸汰くんから手紙、貰ったでしょ?」
「……あ……」
か細い声がえーくんから漏れる。洸汰くんは、私たちが助けた後落ち着いてから手紙を書いてくれて、送ってくれていた。目覚めた時に枕元にあったそれを読んで、助けられたんだと誇らしくなった。デクくんも受け取っていたし、えーくんにも送ったということはひらがなだらけの手紙にしたためられていたから、彼にも送られたということは分かっている。
「プロヒーローじゃないけど、私たちは誰かを助けられた。後悔をしないっていうのは難しいけど、しないように努力しようよ。負けっぱなしじゃ悔しいよ、私。リベンジするとき、えーくんが隣にいてくれれば、負けないから」
「……見舞いに来て、俺が励まされてちゃあ世話ないな」
「うん、その調子。ヒーロー、諦めないでよ。今度は勝とうよ、みんなで」
えーくんの手を解放して、医療用眼帯を外す。閉じっぱなしだった瞼を開けば、一瞬のホワイトアウトののちに一気に視界が広がった。左目も追加された視界に、目から涙をこぼすえーくんの顔が映る。新しく嵌まった左目で彼を見つめる。不思議とフラッシュバックは起きなかった。
「何色?私の今の左目」
「……真っ赤」
「そっか。あーあ、轟くんとお揃いじゃなくなっちゃった。さてえーくん、もう少し抱っこしててもいい?」
「え?いやそれはいろんな意味で待った方が」
「答えは聞いてなーい!」
むぎゅうううう!と思いっきりえーくんを抱きしめる。私の左にまた光をともしてくれたお礼を込めて、思いっきり、苦しいくらいに。なくなってしまった左目は、戻らない。だけど新しく作り直して、また大事にしていける。それでいい、それがいい。私が左を直せなかったのは、思い出がなくなってしまう気がしたからだ。左で見つめてきた全てがなくなってしまうと思ったからなんだ。
だけどえーくんと話して分かった。まだまだ思い出は作っていける。新しい左目で見つめていけるって。泣き笑いの状態でわちゃわちゃとえーくんを抱きしめる私と必死に抵抗するえーくん。入院してからこんなに思いっきり笑ったことはなかった。にっこり笑って彼を見つめると、彼は仕方がなさそうに何時もの快活な笑顔を返してくれるのだった。
そのあと面会時間をブッチしていたことを知らせに来ていた看護師さんに現場を見られて、あらぬ誤解をされかけたけど必死に弁解をすることに成功してから慌ててえーくんは帰っていった。帰る頃には、えーくんの周りにあったよどんだ雰囲気はすっかりなくなっていた。あとはえーくんがどう向き合うか、私はきっと立ち直ってくれるって、信じてる。
「ということで私は元気なんだよ心操くん」
「みたいだね、まあ……安心したよ」
「ごめんね。心操くんは体つきがっちりしてきたね、頑張ってるみたいだし花丸あげよう」
「うわ、それどうなってるの」
翌日の事、律儀に私に連絡をくれた心操くんがお見舞いに来てくれた。どうやら相澤先生に私がどうなったという話を聞いたらしくて面会謝絶が解けたのを教えてもらった翌日にそのままこっち来てくれたみたい。病室のドアを開けた心操くんとバッチリ目が合った私を見て、彼は拍子抜けしたように大きく息を吐いてから、私に許可を取ってベッドの近くにあった椅子に座って、お土産らしいお菓子をくれた。
私もまあ、色々あって今は平気だよ、という話をしたのだけど心操くんはどうやら断片的に私が超重傷でヤバいという話を聞いていたらしく、包帯塗れで身動きすら取れない私を想像してたらしい。何その噂に尾ひれ背びれがついちゃった感じなのは。確かに、包帯塗れではないにしろ手術したし、色々ヤバかったのも事実。だけどヤバかった主な原因は失血なので輸血のおかげでだいぶ回復した。
私の目の色が変わった件については結構驚いたみたいだけど、多分察してくれたのか心操くんは触れない。なので私も自分から触れることはなかった。もしかしたら私の両目が見えてる状態というのは心操くんにとっては珍しいかもしれないね。だって基本的に私は顔の上半分髪の毛で隠しちゃってるし。心操くんとそのまま目を合わせるってのは私としても新鮮だ。あ、目逸らしたな。目を合わせろ~~?
それはともかく、私が一緒に特訓できないでいる間もサボらなかったらしい心操くんは夏休み前に比べて結構体つきががっちりしてきたようで、実際両目の測定でも筋肉量と骨密度が上がっているのが分かる。頑張っている人が好きな私としてはこれは褒める案件なので盛大に褒める為に大きな花丸を投影してファンファーレを鳴らした。
心操くんは猫のようにビクッと驚いた様子だけど、I・アイランドの技術である触れる空間投影映像に興味を示したらしく、つんつんと花丸をつついて、それに合わせて揺れる花丸を不思議がっている。昨日のうちに復活した新しい左目はかなり好調で正直情報量が多すぎて脳みそが疲れてしまって、何とか最低限に機能を落としてるんだけど、慣れるまではしばらくかかるかな。
「心操くんは、まだヒーローを目指す?神野のことは多分中継見てたよね。私の姿も、見えてたでしょ」
「……見てた。オールマイトの戦いも、楪が血塗れで戦ってたのも……正直、怖いと思ったよ。でもさ……憧れちまったものは、しょうがないだろ」
「……そっか。それなら私も頑張らないとね。心操くんが頑張る限り、私は味方だし、お手伝いするよ」
「うん、有難く受け取るよ」
「ふふん、心操くんも素直になってきたね」
「どこかの誰かさんに矯正されてるからね」
「なにを~~?」
心操くんと楽しくお話して、私は入院中の無聊を慰めるのだった。ついでに心操くんにリストバンド型の超圧縮重りをプレゼントしたら結構喜んでくれたので満足です。ふふふ、もしヒーロースーツを作ることになったら頼ってね?そこら辺に関しては私はすでにプロだから!ほら見てサポートアイテムの国際免許あるよ?どんとお任せなさい!
※こいつら付き合ってません
楪ちゃんはメンタルクソツヨ、というかどこか壊れています。自分より周りの方が大事というイッチャッタ精神構造の持ち主です。
なので曇るのは周りだけなのだァッ!えーくん、不憫。
感想評価よろしくお願いします
映画や小説、チームアップミッションの話あった方がいい?
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必用
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本編だけにしろ