あっという間に10月になった。いろいろ吹き飛んだと思うんだけど、忙しすぎてそれどころじゃなかったの……休校の分訓練は過密になったし、勉強はフルスロットルだし、エリちゃんはかわいいし、研究は楽しいし。とにかく毎日がエブリデイだった。エリちゃんのことについては休校明けの全校集会で校長先生が話してくれて、まあ物珍しそうに見る人もいるけど表立ってやっかみを言ってくる人はいなかった。
エリちゃんはもともとが大人しい気質の子だったので、雄英の難しい授業を一緒に受けてる状態でも首を傾げるだけで静かにしていて、無声状態の白ハロと一緒にお絵かきしたり、骨伝導のイヤホンで子供用の教育番組を見てたりしてとってもいい子だった。それと、白ハロをプレゼントした日から少しづつ私が離れても大丈夫なようになってきたの。
ただ、それも白ハロが一緒な場合だけで、私と白ハロ両方いなくなってしまうとちょっとまずい。発作とかが起こるまでタイムラグはあるけど不安神経症の兆候が見えたりする。ただ、それもかなり落ち着いてきている。栄養的にも安定してきたおかげかちょっとだけふっくらしてきて、子供らしい丸みを帯びてきたように感じるかな。
そして、私に甘えるときかなり素直になってきた。来た当初は甘えたくても我慢するし、私含めみんなにできるだけ触れないように過ごしてたエリちゃんだけど今は自分から触れることはないにしろ、触れられることについてはかなり慣れてきたように思える。デクくんと手を繋いでお散歩に行ったり、えーくんの筋トレに付き合って腕立て伏せの上に座ったり……。みんなに可愛がられて過ごしているうちに、ここを安心できるところと捉えてくれたんだと思う。
「えっと……お、……あぅ」
「ん?エリちゃんどうしたの?抱っこ?」
「……ん」
俯いたエリちゃんがこくりと頷いた。ヒーロー基礎学前の移動時間、ヒーロースーツに着替えた私たちはTDLに向かって移動中。必殺技開発の続きである。私も必殺技に磨きをかけたい、というか新技術実証を頑張りたいのでやる気がみなぎりまくっております。ただ、TDLは危ないので相澤先生にエリちゃんを預けるのだけどね。
そういえば、エリちゃん……私の事名前で呼んでくれないなあ。他の人にはデクさん、えーじろーさん、お茶子さん、梅雨ちゃん……みんな名前で呼んでくれるのに、私だけは違う。私に声をかけようとするエリちゃんは必ず口ごもってしまって、結局言葉にできずに私の服を引くことで伝えようとする。
……ホントは分かってる。エリちゃんが私を何て呼びたいかだなんて。けど、それは違う、違うんだ。たかが呼び方ひとつ、じゃない。これは私にとってもエリちゃんにとっても大きな意味を持つ。戻れなくなってしまうし、私は年齢的にも精神的にもその選択肢に責任を持つことができないもの。それはエリちゃんがいつか出会う優しい大人の人に向けて呼びかける言葉だ、私がなっていいものじゃない。
おかあさん、と呼びたい。エリちゃんのその気持ちは嬉しい、と思っちゃいけないものだ。似ているだけだ、容姿が。きっとエリちゃんの本当のお母さんは私みたいに背は大きくないし、手足は機械じゃない。ただ単に髪の毛の色と目の色が同じなだけだろう。顔だって、全然違う。重なってしまっているだけだ。私は彼女に優しくすることができても、母親のように愛を注いであげることはできない。それはエリちゃんを不幸にする。
ごめんね、と心の中で謝りつつ私はエリちゃんを抱っこしなおして、TDLに向かう。追いついてきた三奈ちゃんが私の背中にぶら下がってエリちゃんのほっぺをもにもにとしだす。エリちゃんはちょっとむずがゆっているけど、いやな感じではないね。ありがと、三奈ちゃん。
「なんか最近、デクくんと青山くん仲いいよね~」
「え、そうかな?まあ最近ちょっと色々あったんだけど」
「えー、いいな。私なんか青山くんに避けられ気味でさ。ちょっと寂しいの」
「そうなんだ……」
数日後、朝のホームルーム前の教室にて私は膝にエリちゃんを乗せて髪の毛を梳かしてあげながら雑談をしていた。ハロより少し小さなサイズの白ハロを抱っこしたエリちゃんは大人しく私にされるがままになっている。それはそうと、なんだか最近青山くんとデクくんが仲良くなってるの。私が話しかけてもすぐに用事かなんかでどっか行っちゃうのに。クラスメイトとして仲良くしたいだけなのになあ。
「ねーねー、見てて!」
そんな声に後ろを振り返ると教室の一番後ろに陣取った三奈ちゃんがステップを踏み出して、そのままブレイクダンスを始めた。派手なパワームーヴを前に後ろに集まっている皆は大盛り上がりだ。三奈ちゃんはダンスが趣味だからね、私もたまに引き込まれてダンスやったりするけど、三奈ちゃんが一番上手。私はその……大きくて迫力あるねって感想が出るくらいの腕前です。
「芦戸さんは体の使い方がダンス由来なんだよね?何というか動き全てに全身が連動してる感じで力強いって思ってたんだ」
「下履くならスカート脱げよなあ……つーか下も脱げへぶっ!?」
「ごめん峰田くん、何か言ってた……?」
「な、何でもないです……」
三奈ちゃんにセクハラをしようとしていた教育に悪いでお馴染峰田くんをエリちゃんの目を隠して踏みつぶす。地面にめり込んだ峰田くんは私の問いかけに息も絶え絶えな様子で返して、砂藤くんに頭陀袋にいれられて天井から吊るされる。まったくもう、峰田くんは油断も隙も無いんだから。
「ヘイ希械ちゃん!レッツダンス!」
「え、私も?しょうがないなあ……」
「え、楪さんもできるの!?」
「まあ、出来なくはないけど」
エリちゃんを机の上に座らせてから教室の後ろに、三奈ちゃんに合わせてステップ踏んで、まあみられる程度には踊れるんじゃないかな?何せ師匠は三奈ちゃんだからね。盛り上がってきました、上鳴くんがかけてくれた音楽に合わせて三奈ちゃんと踊る私。最後の1音でビシッとポーズを決めるとクラスの皆は拍手喝采、口笛も飛ぶ始末。エリちゃんも、楽しそうかな。まだ笑顔は見えないけど、雰囲気だけで何となくわかる様になってきた。嬉しいとか、楽しいとかそういう正の感情が。
「いやー、砂藤のスイーツとか楪のアレソレとかもそうだけどさ。ヒーロー活動にそのままつながる趣味はいいよな、強い!」
「私の場合は趣味っていえるのかなあ?あくまで強くなるためだし」
「趣味といえば耳郎もすげえよな。あの楽器の数々!楽器屋みてーでさ、趣味の域超えてるぜありゃ」
「ちょ、やめてよ。部屋王のことは忘れてくんない!?」
一通り拍手をし終わった上鳴くんが携帯をスリープに落としてそんなことを言う。確かに響香ちゃんの部屋凄いよね。ギターにベース、ドラムにシンセサイザー!しかも性能がよさそうなアンプにヘッドホンとかまさにロッキンガールって感じの部屋だ。何回かお邪魔させてもらったり、エリちゃんも楽器を触らせてもらったりとお世話になっています。けど、響香ちゃんはそれを褒められるのは恥ずかしいようで顔を赤くしながら否定をしている。
「いや、ありゃプロの部屋だね!なんつーかさ、おっ!?」
「もう、やめてよ!マジで!」
ビシッとイヤホンジャックを上鳴くんの眼前に突き出してちょっと怒った様子で自分の席に戻る響香ちゃん、上鳴くんは褒めてるつもりだったからか結構戸惑っている。んー、まあ恥ずかしいのかな?けどなんかそういう感じじゃないんだよなあ響香ちゃん。好きなんだから趣味にしてて、その趣味を褒められたんだから嬉しくなってもいいと思うんだけどね。まあ、響香ちゃんなりに考えがあるのでしょう。チャイムの音が鳴り響く、私は相澤先生が入ってくる前に自分の席に戻る。膝の上にエリちゃんを乗っけて、今日の授業は何だろうなあと思いをはせるのだった。
「文化祭があります」
「「「「「「ガッポォォォォイ!!!」」」」」
学校っぽいって略すとそういう風になるんだ……と相澤先生のホームルーム中に私は他人事のように感想を抱いた。文化祭、文化祭かあ……中学校にはなかったよね文化祭って。高校生活の一大イベントというやつじゃないかな!?やだ、なんか私もテンション上がってきたぞ!?
「ぶんかさい?」
「学校でやるお祭りだよ。みんなでいろんなことするの。屋台出したりね」
きょとり、と首を傾げるエリちゃんに文化祭のことを教える。周りの皆は大盛り上がりで学校っぽいのなんだの大盛り上がりだ。何やるか決めよう、とかそういう楽しい騒がしさが教室中に伝播していく。うーん、そうなんだけどなんだかちょっとなあ。この状況で文化祭ってやっていいのかな?
「いいんですかこのご時世に文化祭って!?お気楽なんじゃ……」
「切島お前……変わっちまったな……」
「いやそーだろ!?ヴィラン連合だってまだいるんだぜ!?警察が襲撃されてんだ!」
「もっともな言葉だ。お前らもニュース見て知ってるだろ、インターン組は特に」
ガタッと立ち上がったえーくんが言った言葉、上鳴くんは茶化すようにえーくんにそんなことを言うけど、こればっかりは私でも頷くしかないよ。相澤先生もそれに頷いてくれている。そう、雄英はヒーロー育成高校であると同時にヒーロー社会の信頼を繋げる役目も担っている。何度も襲撃を許して、夏休みには大事件も起きた。その中での文化祭開催はかなりのリスクを伴うだろう。原因の一端を担っている身としては申し訳なさが勝る。お祭り気分で参加していいものなんだろうか。
「しかし雄英もヒーロー科だけでできているわけではない。体育祭がヒーロー科を主役にしたものならば、文化祭は他科が主役になる」
相澤先生が言うには、体育祭とは注目度が異なるとはいえ、文化祭は普通科、経営科、サポート科が主役になるのだそうだ。つまり、他の科の人たちは自分たちが主役になることができる文化祭を楽しみにしているということ、気合も入るし、やる気もみなぎる。それなのに、中止にしてしまったらどうなるか……悪い方向に転がってくに決まってるよね。
それに、現状……寮生活の発端となったヒーロー科中心の動きは他の科の人たちにとってはストレス以外の何物でもない。実際に私は心操くんを通じて学校の人たちの嫌な空気というものを聞き及んでいる。もちろんそうじゃない人もいるけど、ヒーロー科のことをよく知らない人にとっては事件をよく起こす、巻き込まれる私たちヒーロー科は邪魔なんだろう、悲しいことにね。
ままならないものだね、と私は難しい話を理解しようとうんうん頑張るエリちゃんの頭を撫でる。だからこそ、簡単に自粛するわけにはいかない。もし自粛が決定してしまえばただでさえ悪い学校内の空気がよりひどいものになり、最悪の場合は学校の中で派閥が割れ、ヒーロー科VS他科なんて構図になりかねない。もしそれでエリちゃんに危害が及んだり、誰かが傷つくようなことがあればそんな不幸せなことはないだろう。お互いにね。
「だから、今年は例年と異なった対応を取ることを校長が決定した。上の方は自粛しろって圧をかけてきたらしいが校長が何とかしているわけだ。お前らも感謝しとけ」
校長先生にはお世話になりっぱなしだな……本格的に美味しいチーズとかを差し入れしたほうがいいのかもしれないね。条件っていうのは単純、警備を徹底的に強化したとえ誤報であってもシステムが異常を知らせた場合即座に文化祭は中止、そのまま厳戒態勢に移行するという感じだ。これは……結構厳しいな。シールド博士が忙しそうなのはその警備の強化のためのシステムを作ってるからか……。
「まあ、それで外部の人間は招けない。極々一部を除き学校内だけでの文化祭になる。それで今日は……1クラス一つ、出し物をしなければならないのでその出し物を決めてもらおう」
説明をしながら寝袋にくるまった相澤先生が床に寝転がる。そこで出てくるのは我らが真面目委員長と頼りになる副委員長!飯田くんと百ちゃんのコンビだ、相澤先生から資料を受け取った二人はそれに軽く目を通してから声を張り上げる。
「ここからはA組委員長である飯田天哉がまとめ役を務めさせていただきます!スムーズかつ手際よく纏められるよう頑張る所存です」
「同じく副委員長の八百万百ですわ。まず候補をあげていくことにしましょう。希望のある方は挙手をお願いします」
百ちゃんがそう言った瞬間、クラスのほとんどが手をあげて大声で自己主張を始めた。その楽しい空気に、私の頬が少し緩む。エリちゃんは、自分の頬を引っ張って笑顔の形にしようとしたけど、無理やり笑ってほしいわけじゃないので、赤くなる前にそっと、私は彼女の頬を撫でるのだった。
本格的文化祭編開幕します。エリちゃんは順調に立ち直っていきます、白ハロによるAIセラピーは凄いですねえ。
エリちゃんが楪さんのことをこう呼びたいのは彼女の中で既に楪さんが「絶対的に安心できる人」になっちゃってるからですね。肉親や親としてのそれではなく、安心と信頼の形の結果みたいな。そもそも年齢的に親に甘えたい年頃でしょうし、甘えられなかった時間が長かった分、反動が来てる感じです。
ではでは次回にお会いしましょう。感想評価を下さると喜びます
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必用
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