祝福擬きで行く先を決めたのは間違っていただろうか 作:刈刈シテキタ刈
切り立った断崖に聳え立つ城塞、ストームヴィル。
「………………」
破砕戦争による爪痕。そして、黒斑と茨に蝕まれた城塞の崖側を、一人歩く黒装束の褪せ人が居た。
城壁を迂回するようにして続くのは、詰め所の
立ち塞がる戦鷹や流刑兵を【ブロードソード】によって退け、褪せ人は城塞の内部へと侵入してゆく。
やがて、頭上から投げ放たれる火炎壺や、火薬の詰まった樽という罠を掻い潜った先。
施錠された扉の鍵を探すべく、真っ暗な部屋を探索していたところで。
「きひひひひひひっ……」
背後から発せられた笑い声と共に、部屋の扉が閉められた。
「──────」
そして、振り返る間もなく暴風が駆け抜け、褪せ人の外套を揺さぶる。
不明瞭な視界の中、褪せ人は迫り来る剣の切先を転がって躱す。
暗闇の向こう側に居たのは、失地騎士。
兜の鬣を荒ぶらせ、風を巧みに操る一騎当千の猛者の攻勢は、閉所の暗闇という状況も相まって褪せ人を大いに苦しめた。
だが、その色褪せた双眸は、敵の抹殺と己の生存を諦めない。
大剣に切り刻まれ、嵐に吹き飛ばされて尚、敵の隙を探し続ける。
そして、失地騎士が砲弾の如くこちらへと突進した瞬間。褪せ人は避けもせず前へと躍り出た。
「──────」
戦技、【構え】。
霞の構えから繰り出された刺突と、失地騎士の突進が真正面からぶつかり合う。
「………………」
先に対象に届いたのは、褪せ人の【ブロードソード】だった。
その剣尖が貫いたのは、失地騎士の鎧の隙間にある喉笛だった。
凄まじい速度の突進、その勢いを逆手に取って反撃を見舞ったのだ。
そのまま、褪せ人は突き立てた【ブロードソード】を捻りながら引き抜く。
致命傷を負った失地騎士は、鮮やかな血を吹き出しながら倒れ伏した。
生き絶えた敵を無感動に見下ろしながら、褪せ人は【緋雫の聖杯瓶】で
そして、目当ての探し物である【錆びた鍵】を発見したのち、探索を再開する。
「………………」
やがて、梯子を登って進んだ先にある、外壁の両扉から外に出る。
内部へ侵入した時点で夕方だったからか、外は夜になっていた。
海側に目を向ければ、そこに見えるのは断崖絶壁の教会。城塞と繋がる橋は崩落しており、向こう側に渡る事は出来ない。
あそこで褪せ人は目覚め、傍にあった死体が遺した
そんな教会を一瞥したのちに、先へと進もうとしたところで褪せ人は何者かの視線を感じた。
「──────」
そして、夜空を覆い隠すほど、濃密な曇天の先に見る。
燦然と輝く、無垢金の星を。
───戻りなさい、旧律の王たる者よ。貴方の居るべき場所は、此処ではありません。
それは、何もかもを包み込むかのような、優しい声で囁いた。
「───あ、あの」
そこで、遠慮がちに声を掛けられた褪せ人。もとい、フェイドは瞼を開けた。
それに伴って、周囲の光景がストームヴィルの外壁から切り替わる。
「………………」
声がした方向に目を向けると視界に映るのは、金髪金眼の少女。流刑兵や失地騎士といった敵の類ではない。
ましてや、未だ正体の知れぬ、あの神人でも。
後ろ手に隠した【黒き刃】を、こっそり
「おはよう、ございます?」
「ああ」
やがて、アイズが疑問符を浮かべながら目覚めの挨拶をしてくる。
空返事をしながら、フェイドは寄りかかっていた壁から背を離して立ち上がった。
此処は、都市を囲う市壁の北西部。
頭上には闇に包まれた空が広がっており、東の空から夜明けが始まるどころか、西も北も南も真っ暗。
日付が変わってから時間が経ったとはいえ、おやすみなさいと言うのが適切な刻限。
そのような時間帯に、フェイドは都市を囲う巨大壁の上へと来ていた。
目的は、先日約束したアイズとの訓練。もとい、フェイドが知る戦技の伝授にある。
ちなみに、フィルヴィスには何も告げていない。他所の派閥の幹部に戦技を教えるなど、あの少女が同意するとは到底思えなかったから。
「始めるぞ」
何はともあれ。フェイドは
「………………」
しかし、前回の態度とは打って変わり、アイズは何か言いたげな様子で俯いた。
「その、実は、もう一人───」
そして、話を切り出そうと口を開いた瞬間。
「───す、すみません、遅れました!」
地上に繋がる階段から、少年の声が聞こえてきた。
そこに居たのは、深紅の瞳のヒューマン。相貌はあどけなく中性的で、顔や体の線は細い。
その純白の髪は、巨人たちの山嶺にある雪景色を想起させる。
「えっ……あ、貴方は……」
彼は、いつぞや南東のメインストリートでフェイドがぶつかった少年だった。
如何にも田舎からやってきたばかりの様子だったが、冒険者となったらしい。
あちらもそれを覚えていたのか、驚いた表情を浮かべている。
「誰だ」
「ぼ、僕はベル・クラネルっていいます」
「所属は」
「へ、ヘスティア・ファミリア、ですけど……」
ベルと名乗った少年の口から出てきたのは、今までに聞いた事の無い名前の主神とファミリア。
彼が此処にやってきた理由やアイズとの関連性が見出せず、彼を招いたと思われる本人を見やる。
「ぴ、ぴゅーぴゅー……」
すると、アイズは奇妙な擬音を出しながら、フェイドから目を逸らした。
口笛を吹こうとしたが、吹けなかったので擬音で誤魔化したのだと思われる。
とはいえ、事情を聞かない事には訓練が始められないので、フェイドは彼女に尋ねる。
「どういう事だ」
「ちょっと、こっちに来て下さい」
やがて、アイズは観念した様子でフェイドを手招きして誘導してきた。
戸惑うベルの耳に、会話が届かない程度の離れた場所まで。
「あの子、強くなるのがとっても早いんです」
アイズ曰く、ベル・クラネルという少年の成長速度は異様らしい。
冒険者となってから一ヶ月程度の期間で、シルバーバックの単独撃破や10階層の踏破を成し遂げたとの事だ。
「それがどうした」
「私も、あの子みたいに早く強くなりたくて」
「どうして俺と引き合わせた」
「……フェイドさんは目がいいから、貴方を会わせたら、何か分かるかなって」
「分かったところでどうなる」
「…………フェイドさんも、あの子の事、気になりませんか?」
「気にならない」
「………………ごめん、なさい」
結論、彼女は二兎を追う者だった。
フェイド・ストレンジアの有する戦技と、ベル・クラネルの成長速度。
それらを一挙両得するため、アイズは態々この場を設けたのだろう。
「何故謝る」
ただ質問を繰り返しただけだというのに、謝罪した理由についてはよく分からないが。
「あ、あの……お邪魔なようなら……僕、帰りましょうか?」
やがて、あれこれ話し合っていると、居た堪れなくなった様子のベルがそのような提案をしてくる。
「お前は何をしに来た」
「ええっと、戦い方を教わりに来ました」
この場に来た理由を聞くと、ベルは遠慮がちにアイズを示して訓練を受けに来た旨を伝えた。
「………………」
正直なところ、彼の提案に頷いて帰ってもらった方が楽である。
戦技という狭間の地の技術。これを目撃されては、互いにとって厄介な事になりかねない。
「構えろ」
「………………え?」
しかし、この少年の有無がアイズのモチベーションに関わってくるのであれば話は別。それが、フェイドの判断だった。
「フェイドさん……!」
「ちょちょちょっ……どうしてヴァレンシュタインさんも目を輝かせてるんですか!?」
嬉しそうな声色で名前を呼んでくるアイズや、慌ただしく混乱するベルを余所に、フェイドは
「構えろ」
「いや……えっ……何処からそんなものを……」
アイズの話によると、ベルの実力はシルバーバックの単独撃破と10階層に到達したLv.1。
殺さないように細心の注意を払う必要はあるが、それらの情報を踏まえれば加減は出来る筈。
「構えろ」
「う、うわああああぁぁぁぁ!?」
そうして、フェイドは殴られると痛そうな棍棒を携え、ベルへと駆け出した。
「ぶべらっ!?」
暫しの間の打ち合いの末。フェイドが振るった【クラブ】が、ベルの顎にクリーンヒット。
間抜けな悲鳴と共に哀れな少年の身体は錐揉み回転し、地面へと叩き付けられた。
「………………」
倒れ伏すベルをつま先で小突き、フェイドは意識の有無を確認する。
全く微動だにしないので、上手い具合に意識を刈り取れたらしい。
「何か分かったか」
「いいえ、特には……でも、戦い方はちょっと拙かったかな……」
ベル・クラネルは天才の類では無い。
それが、ある程度武器を交えたフェイドと、横で見ていたアイズの共通認識だった。
戦闘開始からの切り替えの遅さだったり、自らの得物をフェイドに向ける際の躊躇だったり。
ステイタスは兎も角、この少年の精神性は新米冒険者の域を抜け出していないのである。
もし仮に彼が狭間の地に放り出されたなら。
漂着墓地前の
現時点でのベル・クラネルは、その程度の実力というのがフェイドの所感だった。
「戦いが上手じゃないんだったら、この子の成長の秘密は何だろう……」
アイズの独り言を聞き流しつつ、フェイドは気絶したベルの所持品を勝手に検める。
盗みさえしなければ、幾らでも漁って良いだろうという判断のもと。
しかし、目ぼしい物は何も持っていなかった。【金のスカラベ】のような物があれば、特定は容易かったのだが。
唯一気になる物を挙げるとするならば、彼の得物である漆黒のナイフ。
構えた際は紫紺の光を帯びていたのだが、今は消え失せている。
担い手を選ぶ武器など、盗難対策以外に使い道は思い付かなかった。
「………………」
とはいえ、この少年の成長に関わる代物は、所持品の中には見当たらない。
やがて、辺りに散らばる品々を元通りの位置に戻したのち、徐に立ち上がる。
「スキルだ」
なので、あれこれ考えるだけ無駄だ。そんな意を言葉尻に乗せながら、フェイドは成長の秘密に関する結論を述べた。
「………………」
しかし、アイズの反応は今ひとつ。口をへの字に曲げて、如何にもご立腹といった様子だった。
「成長速度を上げるスキルなんて、聞いた事ありません」
「聞いた事がないだけで、存在していたんだろう」
スキルとは、所有する者の境遇や経験、意志によって発現するものとされている。
アビリティの補正。魔法の威力の増幅。状態異常に対する耐性など、その種類は枚挙に暇が無い。
故に、成長を促進するスキルが存在したとしても、何ら不思議ではなかった。
「じゃあ、本当にこの子の成長の秘密がスキルだとして……どうして、私には発現しないんですか」
「早く強くなりたいからだろう」
「それは、私も同じです」
「誰よりも早く強くなりたいからだろう」
「それは、私も同じです」
私だけじゃなくて、皆だって同じだと思います。アイズはそう言ってフェイドに食い下がってくる。
「だったら本人に直接聞けば良い」
聞ければの話だが。白目を剥いたベルを見下ろしつつ、アイズからの追及を一蹴した。
「………………むぅ」
すると、アイズは頬を膨らませながらも渋々引き下がった。
さすがの彼女にも、わざわざ彼の意識を奪った意図は汲み取れたらしい。
ベルという目撃者が気絶している間に戦技を伝授してしまえば、全て丸く収まる。
答えの出てこない口論よりも、戦技の習得に時間を充てた方が遥かに有意義なのだ。
「手本を見せる」
そうして紆余曲折ありながらも、フェイドは本来の目的を果たすべく虚空から【戦鷹の爪剣】を取り出した。
「………………」
そのまま、真剣な眼差しで見つめてくるアイズを横目に、剣を構えたのち。
【嵐の刃】を放った。
袈裟に振り抜かれた刀身から巻き起こった旋風が、市壁の上を駆け抜ける。
この戦技は、武器に嵐の刃を纏わせて前方に放ち、刃渡りの外に居る敵を攻撃する技。
祈祷を扱えるフェイドには然程有用ではないのだが、アイズであれば有効活用出来るだろう。
そんな独断と偏見から、フェイドはこの戦技を第一候補として選出した。
そうして、肝心のアイズの反応を確認すると。
「す、すごい……!」
先程までの膨れた面から一変。感嘆の吐息を漏らしながら拍手している。
どうやら、【嵐の刃】という飛ぶ斬撃は、剣士であるアイズのお眼鏡に適ったようだ。
「………………」
そんな彼女の様子を受け、フェイドは跳ねる歓喜のジェスチャーをする
目を擦ると影も形も残さず消え失せたので、幻覚か何かの類だったのだろうが。
「模倣しろ」
「はい……! 【
それはそれとして。何度か繰り返し手本を見せたのち、立ち位置を入れ替えて戦技の実践に移る。
手順としては、上段に構えた武器の刃に嵐を纏わせて袈裟に振り抜くだけ。
風を自由自在に操るアイズであれば、それほど労せず習得出来る筈。
「───ふっ!」
そして、気合いの入った掛け声と共に、アイズは自らの風を解き放った。
前方ではなく、全方位に。
「──────」
至近距離に居たフェイドは突然の暴風に仰け反り、市壁の外側へと吹き飛ばされる。
「ほわっ───!?」
ついでに、アイズの後方で気絶していたベルも。
フェイドと共に射出された哀れな少年は、突風に叩き起こされて狼狽しながら宙を舞う。
生憎と彼の手足は翼ではないので、ジタバタしても重力に逆らう事は出来ない。
このまま自由落下を続けていては、二人仲良く地面の赤い染みとなるだろう。
「………………」
フェイド本人は落下死しても一向に構わないのだが、自分以外の死人を出すと厄介な事になるのは明白。
「うわわわわわわ───」
故に、今優先すべきは、己の秘密よりも他人の命である。
そう判断したフェイドは【嵐の鷹、ディーネ】を召喚し、趾に掴まって急旋回。
そして、落下するベルを横から掻っ攫い、地面に激突する寸前のところで救助した。
「───え?」
素っ頓狂な声を上げるベルを無視しつつ、市壁の上へと降り立つ。
そのまま、彼を脇に抱えてアイズのもとへと歩き出した。
「………………」
抱えられたまま、意味不明な状況に理解が追いつかず、目を白黒とさせる少年。
「………………」
己の過失で二名の命を奪いかけ、真顔の裏でだらだらと冷や汗をかく少女。
「………………」
普段通りの仏頂面を顔に張り付け、突っ立っている男。
三者三様の沈黙が、市壁の上にて展開される。夜の冷たい風が、三人の間を通り抜ける。
「フ、フェイド……さん」
やがて、三人の中で一番最初に口を開いたのはアイズ。
「なんだ」
「いい、ですか?」
「好きにすればいい」
「じ、じゃあ……こほんっ……」
手短な意思疎通の後、アイズはわざとらしい咳払いをする。
フェイドとベルは、それぞれ異なる面持ちで彼女の言葉の続きを待つ。
「……これは、秘密の特訓」
「ひ、秘密の特訓?」
そして、如何なる方法で収拾をつけるのかと思えば。秘密の特訓などという言い訳が飛び出てきた。
その言葉選びからして、アイズはベルを巻き込む方向に舵を切ろうとしているらしい。
「ええっと……詳しい事情はよく分からないんですけど、この人が僕やヴァレンシュタインさんを鍛えてくれるって事でいいんでしょうか……?」
「そう」
「……そ、それで、さっきの大きな鷹の幽霊とか、訓練の内容とかは絶対に口外してはいけない……的な?」
「うん」
しかし、短いやり取りだったにも拘らず、ベルはアイズの発言に対して理解を示した。
「これから、沢山不思議な事が起こると思うけど、誰にも……君のファミリアの神様にも、絶対話しちゃ駄目」
「なるほど……それが、訓練を受ける条件という事ですね……」
「その通り」
アイズは我が意を得たりと言わんばかりに頷くが、ベルの物分かりが妙に良いだけなので、彼女の説明が上手なわけではない。
「……わ、分かりました。よろしく、お願いします」
そうして、こちらを一瞥しながら逡巡したのち。ベルは了承の意を示し、フェイドとアイズに頭を下げた。
黙っているだけで先達からの指導を受けられるのであれば、その方が良いと判断したのだろう。
特段、フェイドが口を挟む事は何も無い。何か不都合があれば、最悪【忘却の秘薬】でも飲ませてしまえば良いだけなのだから。
「それじゃあ……何から始めようか……」
「僕が気を失ってた間に何かやってたなら、その続きをした方が……」
「構えろ」
そうして、フェイドは再び
ベルと実践形式で訓練を行ったのち、アイズに戦技の指南をする。
それが、フェイドの頭の中で組み立てられた訓練の流れだった。
そのまま、ベルの反応を待たず、フェイドは一直線に駆け出す。
惚けた少年の顔面目掛けて、【クラブ】を思い切り振りかぶる。
「えっ───」
かくして、アイズのやらかしによって紆余曲折がありつつも。
「───ぶべらっ!?」
それぞれが異なる派閥同士の冒険者達による、秘密の特訓が始まった。
一年も更新遅れて申し訳ありません……
ナイトレインが予想外に神ゲーすぎて、全く執筆に手が付けられてませんでした……(レートとプレイ時間カンスト済みだが、まだ遊び足りない)
ここからは、我らが主人公のベルくんも交えて訓練する感じの展開となります。
何話か書き溜めは出来てるので、不定期ですが小出しに投稿してこうと思います。
途中でダスクブラッたりしなければ、年単位で間隔が空く事はない……筈です。
読んでいただきありがとうございました。