祝福擬きで行く先を決めたのは間違っていただろうか   作:刈刈シテキタ刈

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第34話【Hip drop】

 

 

 

 ベル・クラネルは新米冒険者である。

 

 今から一ヶ月ほど前にオラリオを訪れ、ヘスティアという女神に拾われる形で唯一の眷属となった。

 

「脇が甘い」

 

「ぐぇっ……!?」

 

「踏み込みが浅い」

 

「あだっ……!?」

 

 ある日、ミノタウロスが上層に進出するという異常事態に見舞われ、窮地に陥ったところをアイズ・ヴァレンシュタインに救われた。

 そこで、ベルは分不相応にも彼女に憧れを抱き、あわよくば彼女とお近づきになりたいと思っていた。

 

 だが、そんな少年の願望は粉々に打ち砕かれる事となる。

 

 ───雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねえ。

 

 豊饒の女主人にて、酒の肴とばかりに発せられた狼人(ウェアウルフ)の言葉によって。

 

「思い切りが足りない」

 

「ぐぬっ……!」

 

「判断が遅い」

 

「くうっ……!」

 

 あの日の悔しさを経て、ベル・クラネルは夢見る少年から夢を追う冒険者となった。

 アイズ・ヴァレンシュタインに釣り合う男となるべく、強くなるという決意を固めた。

 

「動きが鈍い」

 

「ううっ……!?」

 

「頭が悪い」

 

「ちょっ……!?」

 

 以後、ベルの周囲では様々な出来事が目まぐるしく起こり続けている。

 怪物祭(モンスターフィリア)にて、脱走した格上のシルバーバックを相手に大立ち回りをしたり。

 リリルカ・アーデという小人族(パルゥム)の少女と出会い、彼女や彼女を取り巻く輩の厄介事に巻き込まれたり。

 

「弱い」

 

「ちょっとずつ口悪くなってません!?」

 

「だが、リムグレイブのネズミよりは強い」

 

「それ、よく分からないけど励ましなんですかね!?」

 

 そして、現在。深夜の市壁の上にて、ベルは模擬戦を繰り広げていた。

 偶然再会したアイズから訓練の話を持ちかけられ、逡巡しながらも了承した結果である。

 ただし相手はアイズではなく、フェイド・ストレンジアと名乗る黒装束の男だったのだが。

 

 木製の棍棒が唸りを上げて、ベルの身体に続々と殴打を見舞う。

 鈍い音と悲鳴、時折金属音が、夜更けの市壁に響き渡る。

 

 だが、日が経つにつれて、奏でられる音の割合は金属音の方に傾いていった。

 Lv.1に合わせて加減されているとはいえ、少しずつベルは攻撃に対処し始めたのだ。

 もっと、強くなりたい。もっと、強く在りたい。そんな直向きな思いで、ベルは必死に食らい付いていた。

 

「──────」

 

 そんな折、フェイドが突如として攻勢に打って出る。地を蹴ってベルへと肉薄し、【クラブ】を右から左へ振り抜く。

 

「あっ───」

 

 そのまま、ベルが手に持つナイフを打ち据え、弾き飛ばしてから。

 

「───へぶ!?」

 

 左から右へ【クラブ】を振るい、ナイフに気を取られたベルの頬を殴り飛ばした。

 そうして、ド派手な錐揉み回転を披露したのち、ベルは地面に沈んだ。

 

 

 

━━━━━━────────────

 

 

 

 アイズの独断によって勃発した一悶着から数日後。フェイドは同じ場所で模擬戦に付き合い続けていた。

 

「………………」

 

 アイズではなく、アイズが連れてきたベルという新米冒険者と。

 地面に倒れ伏す少年を、フェイドは無感動な眼差しで眺める。

 

「う、うぐぐ……」

 

 しかし、武器は手放したが、意識を手放すような無様は晒さなかった。

 ここ数日間で耐久力が向上しており、一撃食らった程度では気絶しなくなったようだ。

 尚且つ、戦闘中であってもフェイドの指摘に反応を返せる余裕もある。

 

 強くなるのがとっても早い。そんなアイズの話は、あながち間違いではなかったらしい。

 彼女の言葉に違わず、ベルはフェイドとの訓練を経て大きな成長を見せていた。

 

「簡単に武器を落とすな」

 

「は、い……」

 

「落としたとしても余所見するな」

 

「わ、分かりました……っ」

 

 どうにか立ち上がろうとするベルに歩み寄り、フェイドは淡々とした声色で改善点を指摘する。

 そのまま、【回復】を発動してベルの傷を癒す。ここまでが、模擬戦の大まかな流れだった。

 

 そうして、訓練を続行しようとしたところで。

 

「じ〜〜〜〜っ…………」

 

 奇妙な擬音と共に注がれる視線を受け、フェイドは振り返った。

 声の方向に焦点を合わせると、そこに映るのは半目でこちらを見据えるアイズ。

 不機嫌そうな面持ちを浮かべながら、市壁の縁に座り込んでいる。

 

「なんだ」

 

「私より、この子の方が教え甲斐がありますか」

 

 への字に曲げられた口から、妙な質問が飛んでくる。そもそも、この少年を連れてきたのは彼女だというのに。

 

 だが、肯定か否定か選ぶとすれば。

 

「ああ」

 

 肯定がフェイドの答えである。

 

「………………!」

 

 首肯と共に返答すると、アイズはあからさまに目を見開いて絶句した。

 実際のところ、ベルとの訓練は順調そのものなのだが、それと打って変わってアイズの進捗は芳しくない。

 

【嵐の刃】程度、フェイドはおろかストームヴィルの流刑兵でも容易く行使可能な戦技である。

 風の魔法を扱う第一級冒険者であれば、容易く習得出来るというのがフェイドの所感だった。

 

 だというのに、どれだけ手本を見せても、アイズはこの戦技を再現出来なかったのだ。

 ある程度の指向性は持たせられたが、飛ぶ斬撃には程遠い。対象に直撃したとて、吹き飛ばすのが関の山といったところである。

「お前は、物覚えが悪い」

 

「む、むううううぅぅぅぅ…………!!!!」

 

 という旨を直球で伝えると、アイズは頬を膨らませて唸った。

 彼女の唸り声に呼応するかのように、風の勢いが強くなり始める。

 

「フェ、フェイドさん……そんなはっきり言っちゃ……!」

 

 つい先日の空中回遊がトラウマとなっているのか、ベルが慌てた様子でその返答を咎めてきた。

 いつ市壁から射出されても良いように、ちゃっかりフェイドの肩を掴みながら影に隠れている。

 他力本願である事は否めないが、目の前の脅威(アイズ)への対処法としては及第点である。

 

「………………」

 

 それはさておき、どうしたものか。吹き荒ぶ風に外套をはためかせながら、フェイドは顎に手を当てて耽る。

 このまま、アイズの機嫌が悪化してしまっては、ベルが怯えて訓練に集中出来ない。

 それ以前に、戦技の伝授が上手くいかなければ、アイズを強くするという依頼も達成出来ない。

 

「そうか」

 

 そうして、あれこれと思考を巡らせたところで、フェイドはふとした拍子に思い出した。

 

 リムグレイブにて、ゴドリック兵やトロルが立ちはだかる関門を抜けた先。今と似たような暴風が吹き荒ぶ嵐の丘を。

 そこから、東に進んだ先にあるボロ家の屋根の下で佇んでいた、とある騎士(ベルナール)の事を。

 彼が如何にして、訪れて来たフェイドに戦技を伝授したのかを。

 

「おい」

 

「………………?」

 

「使え」

 

「………………はい」

 

 やがて、フェイドは虚空から直剣を取り出し、アイズへと差し出す。

 怪訝そうにこちらを見上げる少女に、この武器で戦技の行使を試みるよう促す。

 

 フェイドが手渡した物は、【戦鷹の爪剣】。これまで何度も手本として見せた【嵐の刃】が内蔵された直剣である。

 

「………………」

 

 フェイドは仏頂面を顔に貼り付け、【戦鷹の爪剣】を構えたアイズの様子を見守る。

 

「っ………………」

 

 ベルは固唾を飲んで縮こまり、これから待ち受けているであろう空中回遊に備える。

 

「……【目覚めよ(テンペスト)】」

 

 そして、彼女が自らの魔法を発動し、袈裟斬りを繰り出した瞬間。

 

「──────」

 

 これまでの悪戦苦闘が嘘だったかのように、その刀身からあっさりと【嵐の刃】が放たれた。

 フェイドが繰り出したものと同じ螺旋状の旋風が、凄まじい速度で市壁の上を通り抜けた。

 

「すっ……凄いじゃないですか、アイズさん!」

 

 やがて、その様子を恐る恐る眺めていたベルが、アイズに向けて拍手する。

 これまでの苦労を横で見ていたからか、彼は我が事のように喜んでいた。

 吹き飛ばされなかった事に対する安堵も含まれているようだが。

 

 アイズの横では、幼女(小さなアイズ)がラッパでファンファーレを鳴らして盛大に祝福している。

 もしかすると、あの幻影はアイズという自我から独立した思念体なのかもしれない。

 

「でも、どうして突然出来るようになったんですか?」

 

「……多分、この剣のおかげだと思う」

 

 合って、ますよね。そのようなアイズの確認に対して、フェイドは黙って頷く。

 そもそも、戦技という技は、武器に宿る戦いの記憶を読み取って放つもの。

 ベルナールの言葉を借りるならば、戦士たちが武器を掲げ戦い、敗れ、死んでいった証である。

 

「感覚が掴めるまで素振りでもすれば良い」

 

「分かりました」

 

 斯くして、推察は的中した。戦技を授ける師匠として相応しかったのは、フェイドではなく【戦鷹の爪剣】だったようだ。

 

「………………」

 

 そのまま、フェイドは次々と戦技を発動するアイズの後ろ姿を眺める。

 やがて、その挙動(モーション)に一切の淀みが無い事を確認したところで。

 

 

 

 フェイドは家に帰るべく、踵を返して歩き出した。

 

 

 

 師匠と呼ぶべきものは、文字通りアイズの手に委ねられた。あの剣に宿る記憶に従えば、自ずと【嵐の刃】を習得出来るだろう。

 

「本当に、凄いなぁ……」

 

 ベルもベルで、鍛錬するアイズの姿にすっかり夢中になっており、フェイドとの模擬戦を続けるような姿勢には程遠い。

 

 そもそも、初日のやり取りからして、彼の目当てはアイズである。

 模擬戦の途中に彼女からの視線を受けた途端、露骨に動きが良くなった事からもそれは明白。

 合間を縫ってアイズが模擬戦に付き合えば、この少年の成長は更に加速する筈。必ずしもフェイドが相手取る必要は無い。

 

「………………」

 

 以上の点を踏まえて、この場に留まる理由は完全に無くなった。

 あとは、事前に聞かされていた遠征の前日に、こちらが()()()()()()()に出向くだけで用件は済む。

 

 そうして、戦技の指南を【戦鷹の爪剣】に丸投げしつつ、今度こそフェイドはその場から立ち去ろうとする。

 

「──────」

 

 しかし、その途中退出を許さぬかのように、強烈な視線がフェイドを縫い留めた。

 立ち止まりながらそちらへと振り向き、虚空(インベントリ)から音もなく武器を取り出す。

 

 振り返った先は、夜闇に包まれたオラリオ。

 

 見上げた建物は、都市の中心に聳え立つバベル。

 

 捉えた存在は、その最上階に座す女神。

 

「………………」

 

 紛らわしい。警戒対象(無垢金の星)では無いことを確認し、フェイドは武器を収める。

 

 このオラリオ訪れてから一年の月日が流れた。故に、バベルの最上階に住まうあの女神が何者であるかは、調べるまでもなく耳に入っている。

 

 フレイヤ。美の神と呼ばれる神性であり、神々の中でも特段見目麗しい容姿を有すると言われる女神。

 彼女は、ロキ・ファミリアと鎬を削る都市最大派閥の片割れ。フレイヤ・ファミリアの主神である。

 かねてより、フェイドはあのフレイヤから謎の注目を浴びせられていた。

 

 こちらを観察するばかりで、特に接触してくるような真似はしてこなかったので、常に無視していた。

 しかし、今回に関しては普段と様子が違った。この場から立ち去る事を許さないと言わんばかりに、強烈な視線を浴びせてきたのだ。

 

 疑問を解消すべく、フェイドは虚空(インベントリ)から【遠眼鏡】を取り出して覗き込む。

 そして、丸いレンズの内に、こちらを見据えるフレイヤの姿を捉えた。

 

「………………」

 

 その顔を拝むのは初めてだが、あれは移り気な神々すらも魅了にしてしまうほどの美貌らしい。

 生憎と美醜を判別する感覚は持ち合わせていないので、女の顔面という感想以外何も出てこないのだが。

 

 やがて、フレイヤは薄く微笑みながら瑞々しい唇を動かした。

 一体彼女が何を言っているのか、フェイドは読唇術を用いて読み取る。

 

 フレイヤからの要求としては。

 

その子達(ベルとアイズ)を、二人きりにしてはダメ』

 

 といった内容だった。

 

「………………?」

 

 まったくもって、意味が分からない。

 

 フェイドは疑問符を浮かべながら顎に手を当てて、フレイヤの意図について考え込む。

 よもや、この世界に於ける上位存在が、只人である少年と少女に嫉妬しているわけではあるまい。

 嫉妬の矛先がどちらであっても、美の神らしく魅了を用いてその心を漂白してしまえば良いのだから。

 

 だが、意図が何であれ彼女の要求を断れば、フレイヤ・ファミリアとの諍いが勃発するのは自明の理。

 フェイド自身はそうなっても一向に構わないのだが、被害が周囲(フィルヴィス)に飛び火するのであれば話は別。

 少年と少女の間に挟まるという役割を求められたなら、一先ずは応じるべきであると判断した。

 

「………………」

 

 そうして、白亜の塔の最上階に向かってジェスチャー(リングのポーズ)で了承の意を示したのち。

 

「おい」

 

 未だアイズに見惚れたままのベルへと、フェイドは声を掛けた。

 

「構えろ」

 

「っ───!」

 

 すると、惚けた表情から一転。驚いて肩を震わせながらも、ベルはフェイドに向き直ってナイフを構えた。

 何度もそう言った直後に殴り掛かってきたからか、彼はこの言葉を聞くと条件反射で臨戦態勢に移るようになった。

 

 さながら、パブロフの犬である。

 

 そうして、フェイドはフレイヤからの密命に従い、ベルとの模擬戦を続行した。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━───

 

 

 

「ぜえっ……はあっ……はあっ……」

 

 荒々しい吐息の音が、風の音に混じって発せられる。

 滝のように流れる汗が、ベルの額から頬を伝って滴り落ちる。

 

「もう終わりだ」

 

 疲労困憊といった様子で膝に手をつくベルを眺めたのち、フェイドはこの辺りが潮時であると判断する。

 

 あれから数時間程度、ベルとの模擬戦に付き合ったが、彼は最後まで意識を保ち続けていた。

 どれだけ倒されても立ち上がり、フェイドへ挑み続けていた。

 

「分かり……ました……」

 

 フェイドの言葉を聞くや否や、ベルはもう限界と言わんばかりに座り込む。

 それと同時に、遥か彼方の地平線から太陽が顔を覗かせ始めた。

 

「歩いて帰るだけの体力はあるか」

 

「は……はい……ちょっと、休んだら……大丈夫だと思います……」

 

 額から落ちてくる汗を拭い、途切れ途切れの声でベルは大丈夫であると答えてくる。

 疲労の度合いによっては引き摺って帰るつもりだったので、その手間が省けた。

 

「そうか」

 

 昨日まではどれだけ気絶しようがお構いなしに帰っていた。彼の介抱はアイズに任せきりだった。

 しかし、今はフレイヤからの要求がある。ベルとアイズが二人きりになるような展開は、可能な限り避けるように動く必要があるのだ。

 

「………………」

 

 そうして、ベルの様子を確認したのち、フェイドの足は今度こそ家路へと向かう。

 そろそろホームに帰らなければ、フィルヴィスの起床時間を過ぎてしまう。

 

 この集まりは秘されたものであり、万が一彼女に露見すれば解散を要求してくるだろう。そのような展開は望むところではなかった。

 

「あの……フェイド、さん!」

 

 しかし、階段に足を掛けようとしたところで、ベルに引き留められる。

 まだ息も整っていないというのに、何用か。そんな意を込め、フェイドは視線を向ける。

 

「じ、実は明日、サポーターの子が下宿先の都合でダンジョンへ行けなくなってしまって……だから僕も探索を休もうと思ってるんですけど───」

 

「───分かった」

 

 早く帰りたいので、フェイドは彼のしどろもどろな発言を遮って了承を示す。

 

「まだ内容言ってないのに即答!?」

 

 あまりにも迅速過ぎる言葉の先回りに、ベルは仰天した。

 

「……この子が何が言いたかったのか、本当に分かってますか?」

 

 そのやり取りを見兼ねて、助け舟とばかりにアイズが再確認してくる。

 

「探索を休む代わりに、一日中訓練をしたいんだろう」

 

「そう、なの?」

 

 それに対し、フェイドは仏頂面を貼り付けたまま述べる。彼が伝えたかったであろう用件を。

 

「ええっと、はい。迷惑でなければ、その、アイズさんも……」

 

「うん、いいよ」

 

「ア、アイズさんも即答なんですね……」

 

 そうして、アイズの了承も得たところで、この場は解散の流れとなるかと思いきや。

 

「そういえば……さっき、あそこでフェイドさんが仕掛けてきた時だけど……」

 

 先ほどの模擬戦の内容についての振り返りが始まる。

 

「成程。じゃあその対策として、僕はあのタイミングで……」

 

 対するベルも、これまでに無い乗り気な態度を見せ、矢継ぎ早に助言を乞う始末。

 

「………………」

 

 完全に立ち去る機を逸したフェイドには、彼らの傍で地蔵に徹する以外の選択肢はなかった。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

「………………」

 

 早朝、白みがかった空の下。目覚めたばかりの小鳥達の囀りが、閑静な大通りに響き渡る。

 通行人がまばらな南東のメインストリートを、フェイドは一人歩く。

 急いで帰らなければならないというのに、あれから随分と立ち話が長引いてしまった。

 

 尚且つ、訓練の場所として選ばれたのは市壁の北西部。ディオニュソス・ファミリアのホームとは真反対の方向である。

 帰宅までの所要時間は、それなり以上。フィルヴィスが起きてくるまで、もう幾許も無い。

 

 行きは大半の人間が寝静まっている時間帯なので、トレントで一気に駆け抜ければ良いのだが。

 流石にこの時間帯になると、ちらほらと出歩く者が居る。故に、フェイドは徒歩で家路を辿っていた。

 

「………………」

 

 やがて、黙々と歩いている内に、フェイドの足はディオニュソス・ファミリアのホームまで至る。

 外庭に人影が無い事を確認し、こっそりと可能な限り音を立てぬように門を開いた。

 

 そのまま、フェイドは自室がある別館まで歩いてゆく。幸いな事に、誰にも目撃される事なく屋敷の離れへと辿り着く事が出来たようだった。

 

 そして、壁をよじ登って、予め開けておいた窓から部屋に入ったところで。

 

「朝帰りとは、随分と忙しそうだな。フェイド」

 

 顰めっ面のフィルヴィスが、フェイドの帰りを出迎えてくれた。

 

「………………」

 

 扉に背中を預け、不機嫌そうに腕を組んでいるエルフの少女を見つめ返す。

 続けて、壁際の時計に視線を向けると、普段の起床時間を過ぎていた。どうやら、時間切れだったらしい。

 

「……私に断りもなく、何処へ出かけていたんだ?」

 

「………………」

 

 アイズやベルとの訓練の件を知られるのは拙い。どうにか誤魔化せないだろうか。

 緩慢と歩み寄ってくるフィルヴィスに対して、フェイドはこの状況から助かる方法を思案する。

 

「おい、なんとか言ったら───」

 

 やがて、妙案を思い付いたフェイドは、虚空(インベントリ)の中からとある物を取り出して頭に被る。

 すると、フェイドの姿は光に包まれ、一瞬にして変貌した。

 

「──────」

 

 部屋の片隅に置かれた木の椅子へと。

 

【擬態のヴェール】。付近の様々な物体に擬態し、敵の目を欺く代物である。隠れるだけでなく、待ち伏せや奇襲などにも使える優れ物だ。

 

 たった今、この身は椅子となった。なので、会話に応じる事は出来ない。

 という【壊れかけの木盾】にも等しい理論武装で、どうにかこの苦境を乗り切ろうと試みる。

 

「………………」

 

 そのようなフェイドの苦し紛れに対して、フィルヴィスが起こした行動は。

 

「……ふんっ!」

 

 椅子に擬態したフェイドへと、跳躍して勢いよく座り込むというものだった。

 極めて適切な対処である。椅子が目の前にあったなら、座るのは当然の行動なのだから。

 

「なんだ、椅子のふりはもうやめたのか?」

 

 擬態が解けたフェイドの上に座ったまま、フィルヴィスは勝ち誇ったかのような笑みで見下ろしてくる。

 

「………………」

 

 まだだ。たった今彼女が起こした行動によって、手札が新たに一枚増えた。腹の上に感じる違和を、フェイドはそのまま口に出す。

 

 

 

「【クレイモア(重量9.0)】……いや、【フランベルジュ(重量10.0)】程度に重量が増えた───」

 

 

 

「───ふんっ!ふんっっ!!ふんっっっ!!!」

 

 

 

 しかし、それは火薬の詰まった赤樽に、【火付け】をぶつけるかの如き愚行だった。

 黄金樹の化身をも凌駕する尻撃三連打を受け、フェイドは己の失策を悟る。

 

「お前はなっ! 自分の立場とっ! 異性に対するデリカシーというものをっ! もっと理解すべきだっ!」

 

 朝帰りの件から話題を逸らそうとしたのだが、フィルヴィスは大剣という武器種が嫌いだったらしい。

 また一つ彼女の趣向について学べた。次にその重量を指摘する機会があれば、今度は特大剣で例えておこう。

 

 そうして、万策が尽きたついでに生命(HP)が尽きかけたフェイドに対して、フィルヴィスによる事情聴取を兼ねた説教が始まる。

 

 

 

 その間、ずっと彼女の尻に敷かれたままだった。

 

 

 





葬儀屋ちゃんのヒップドロップで蘇生してもらいたいだけの人生だった……

読んでいただき、ありがとうございました。
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