祝福擬きで行く先を決めたのは間違っていただろうか   作:刈刈シテキタ刈

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第36話【Remembrance】

 

 

 

 黄金樹の麓に聳える、王都ローデイル。砕け散った金色の破片と、色褪せた落ち葉が散らばる玉座の広間。

 

 ───王の座を、呪いで穢すなど……。

 

 女王の閨を抜けた先に広がるそこは、今や穢らわしい呪いの泥沼と化していた。

 

 ───耐えがたい恥よ……。

 

 褪せ人が相対するは、身体中に角を生やした異形の忌み王、モーゴット。

 

 ───許さんぞ、お前だけは……。

 

 その手に携えた刃に呪いの炎が灯った瞬間、忌み王は褪せ人に目掛けて疾駆。

 その矮小な身体を両断せんと、通り過ぎると同時に燃える呪剣を横薙ぎに一閃。

 

 切先が腹を裂き、炎が臓腑を焦がす。

 

 常人ならば激痛にのたうち回る重傷だが、褪せ人は表情一つ変えずに続く斬撃を回避した。

 そうして、ローデイルの玉座の間を舞台とした戦いは、更なる段階へと移行する。

 

 短剣、直剣、大槍、大槌。祈祷によって形成された多種多様な得物を使い熟すその様は、まさしく武芸百般。

 その怒涛の攻勢をもってして、相対する褪せ人を切り刻み、突き穿ち、叩き潰す。

 それは、人間離れした異形の姿に似つかわしくない、卓越した武人の技術だった。

 

 だが、それらを受けて尚、褪せ人は斃れない。致命傷だけは紙一重で回避し続け、忌み王を抹殺せんと食らいついてゆく。

 

 やがて、忌み王が呼び出した剣の雨を掻い潜ったところで、死闘は佳境へと至る。

 呪剣に血の炎を付与し、こちらへ斬りかかろうとした瞬間に合わせ、褪せ人は【坩堝の諸相・角】を発動。

 突貫と共に繰り出された雄々しい角が、カウンターとして忌み王の鳩尾に直撃する。

 

 続け様、褪せ人は【炎術の長牙】を鞘へ納刀し、仰け反った相手に目掛けて疾走。

 その強大な身体を両断せんと、通り過ぎると同時に戦技【居合】を横薙ぎに一閃。

 

 鋭い軌跡が通り過ぎ、血飛沫が舞う。

 

 しかし、致命傷を負って尚も倒れ伏す事をしなかったのは、最後の王としての矜持か。

 

 そんな忌み王に背を向けたまま、褪せ人は【炎術の長牙】を逆手に持ち変える。

 そして、脇から通した刃で背後に刺突。刀の切先で忌み王の心臓を貫いた。

 

 そうして、間欠泉のように噴き出た鮮血が、赤い雨を降らせたのち。

 

 

 

 忌み王は斃れた(DEMI GOD FELLED)

 

 

 

 仰向けに倒れた忌み王を無感動に見下ろしてから、褪せ人は目を閉じる。

 それに伴い、自らの意識を過去(褪せ人)から現在(フェイド)に戻す。

 次に目を開けると、周囲の景色はローデイルからオラリオへと切り替わっていた。

 

「………………」

 

 そうして、追憶の忌み王(モーゴット)との戦闘を終えたところで、フェイドは徐に立ち上がる。

 

 しかし、現実に戻ってきたフェイドを待ち受けていたのは。

 

「すぅ……すぅ……」

 

「ご、ごくり……」

 

 安らかな寝息を立てているアイズと、そんな彼女を食い入るように凝視するベルだった。

 フェイドの視線には気付いていないようで、ベルは喉を鳴らしながら徐々にアイズに接近してゆく。

 

「………………」

 

 一体、あの少年は何をするつもりなのか。声も掛けず、フェイドは一部始終を傍観する。

 

「待っ……て」

 

 やがて、鼻と鼻が触れ合いそうな距離まで近づいたところで、アイズが微かな声を発した。

 

「!!」

 

 それに伴い、ベルは【黒王の斥力波】を食らったかのような様相で飛び退いた。

 そのまま、呻き声と共に悶え始める。結局、彼が何をしたかったのかよく分からない。

 

「お前は何がしたい」

 

 意図せず、思ったことが口からそのまま飛び出てくる。

 

「〜〜〜〜〜〜っっっっっっ!!!???」

 

 すると、彼は声も発さずに絶叫するという妙技をやってのけた。

 

「フェ……フェイドさん……! い、いいいいつから、起きて……?」

 

「お前があいつに顔を近づけていた辺りからだ」

 

「うぐあっ……」

 

 質問に質問を返された事はさておいて、フェイドが正直に答えると、左腕を切断した接ぎ木の君主(ゴドリック)のような表情をベルは浮かべる。

 

「気にせず続ければいい」

 

「気にしますし続けませんよ!?」

 

 とりあえず続行を促してみたが、ベルは狼狽しながら首を横に振った。

 依然として、彼があのような奇行を起こした理由は分からない。

 

「そうか」

 

 やがて、何をしようがどうでも良いかと思考を放棄し、フェイドは再び石畳の床に座り込んだ。

 

「……あ、あれ、訓練は再開しないんですか?」

 

 いつもの言葉(構えろ)を言ってこないフェイドに、ベルは困惑する。

 彼の手にある黒いナイフは、既に準備万端である事を示していた。

 

「起こしてもいいならそうするが」

 

 そんな彼に対して、フェイドは端的に述べた。この状況で訓練を始めてしまえば、剣戟の音でアイズが起きるかもしれないと。

 

「あっ……そっか、そうですよね」

 

 そうして、その言葉に納得したベルも、おずおずと腰を下ろした。

 遠慮がちに、フェイドの隣と呼ぶには、若干離れた位置で。

 

「………………」

 

「………………」

 

 遮る物が何も無い市壁の上は、風がよく通る。同様に、フェイドの外套とベルの白髪もよく揺れる。

 喧騒から遠く離れたその場所に、交わされる会話は皆無。風の通り過ぎる音だけが断続的に発せられていた。

 

「……あの、フェイドさん」

 

 やがて、ベルの一声によって沈黙が打ち破られる。その声色には、何処か居た堪れないものが含まれていた。

 

「なんだ」

 

「少し、僕の話を聞いてもらえませんか?」

 

 沈黙に耐えられなかったというわけではなく、なにかしら聞きたい事があるようだが。

 

「ああ」

 

 アイズの起床を待つだけなので断る理由も無い。フェイドが頷くと、ベルは徐に語り出す。

 

「フェイドさんは、何かを怖いって思った事はありませんか」

 

「無い」

 

「……え?」

 

「質問の意図も分からない」

 

「うっ……」

 

 会話の流れを一刀両断する無愛想な返事に、ベルは仰け反って怯む。

 しかし、気合いを入れ直すように深呼吸して、フェイドに向き直った。

 

「この前、アイズさんが訓練に付き合ってくれてた時に言われたんです」

 

 君は、臆病だねって。君は、何かに怯えてるって。その時が来たら、君は逃げ出すことしかできないって。

 

「それがどうした」

 

「僕は、そう言われて何も言い返せなかった……」

 

 悔しげに歪んだ横顔から察するに、何処かしらのタイミングでベルはアイズと模擬戦をしており、その際に色々と言われたのだろう。

 

 それはそれとして、アイズを至近距離から凝視した理由は何だったのか。彼女に臆病者と謗られ、その仕返しでもしたかったのだろうか。

 

「だから僕、知りたいんです。どうすれば、何が起きても動揺せずに戦えるのか。どうすれば、フェイドさんみたいになれるのか」

 

 思考が脇道に逸れたところで、ベルからそんな言葉が飛んでくる。

 

「………………」

 

 少し前に、ダンジョンでアイズから質問攻めに遭っていた時の事を思い出す。

 彼が目当てとするのは、この身が持つ不死性ではなく精神性のようだが。

 

「不可能だ」

 

「っ………………」

 

 とはいえ、まず初めに言うべき事は同じ。フェイドは淡々とした面持ちで否定をベルに突き付ける。

 

「そして、その必要もない」

 

 しかし、アイズの時とは異なり、その言葉には続きがあった。

 肩を落として項垂れそうになったベルが、咄嗟に動きを止める。

 

「それは、どうして?」

 

「あいつがお前を紹介する時、言っていた。お前は怪物祭(モンスターフィリア)で脱走したシルバーバックを倒したと」

 

 相違がないか確認する意味合いで見やれば、ベルは肯定するように小さく頷いた。

 

 シルバーバックが出現する階層は、ダンジョンの11階層。そして、現時点でのベルの到達階層は10階層。

 尚且つ、祭が開催されたのは何日も前の出来事。それを加味すれば、ベルは格上のモンスターに初見で打ち勝った事となる。

 

「それが事実なら、お前は俺になる必要は無い」

 

 であれば、意図がなんであれアイズの言った事など気にしなければいい。

 

 たとえ偶然だったとしても、臆病だったとしても。

 

 絶対に負けられない戦いで、勝機を手繰り寄せる力があるのだから。

 今のフェイドが求めてやまない力を、彼は既に有しているのだから。

 

「お前には、勝ちたい時に勝てる力がある」

 

「っ………………!」

 

 その言葉を聞いたベルが息を呑む。何も言わずに、ただ目を見開いて深紅の瞳でフェイドを見つめてくる。

 

「だからお前は、()()()()()()()()()()

 

 そんな彼に、フェイドは言い切った。あれこれ悩む暇があれば、愚直でも研鑽を重ね続けろと。

 そうしていれば、この少年は一年以内に第一級冒険者に到達する。というのが、フェイドの所感だった。

 

「………………」

 

「………………」

 

 そのまま、黙り込んだベルに目もくれず、前に向き直って待機姿勢に移行する。

 持たざる者であるフェイドには、彼の悩みに共感できる要素は皆無。故に、これ以上重ねる言葉も無かった。

 

「なんだか、アイズさんが貴方を慕ってる理由、分かったような気がします」

 

「どういう事だ」

 

「最初は少し怖い人だと思ったけど……フェイドさんって、()()()()()()()じゃないですか」

 

「………………?」

 

 とっても優しい。間を置いて紡がれた言葉に、フェイドは疑問符を浮かべる。

 これまで出会った誰に対しても、優しくした記憶などなかったから。

 

「……僕が初めてオラリオに来て舞い上がってる最中にぶつかった時も、嫌な顔一つせず手を差し伸べてくれましたし」

 

「………………」

 

 その出来事は覚えている。あの時は考え事をしている最中に衝突して、フェイドはベルを転ばせた。

 彼がいつまで経っても立ちあがろうとしないので、なんとなく手を伸ばしただけ。

 

 あれは、優しさなどでは断じて無い。

 

「それに、お二人の訓練に割り込んできた僕なんかの面倒も見てくれて、今だって励ましてくれて……」

 

「………………」

 

 その解釈には相違がある。前者はアイズからの頼みを聞き入れただけであり、後者は思った事をそのまま言っただけ。

 

 これも、優しさなどでは断じて無い。

 

 よりにもよって、散々他者から奪い、殺してきた自分が優しいなどと。ベルの勘違いを訂正しようと、フェイドは口を開く。

 

「俺は───」

 

 

 

 ───貴方は、いつも優しく……とても厳しい人です。

 

 

 

 その直前、遠い昔の言葉が脳裏をよぎった。

 

 それはかつて、狭間の地を旅していた頃。とある火山館の招き手が囁いた言葉だった。

 己の出生に打ちひしがれる彼女を生かしたのも、【忘却の秘薬】を渡さなかったのも単なる気まぐれ。

 命や記憶を奪っても得る物は無いと判断したが故に、ただ放っておいただけだというのに。

 

「………………」

 

 あの行動の何処に、彼女は優しさと厳しさを見出したのか。それを知る術は、もう存在しない。

 

「俺には、厳しい側面もあるらしいぞ」

 

 それでも、彼女が最後に告げた言葉を否定する気は、すっかり無くなっていた。

 

「あはは……それ、自分で言っちゃうんですね」

 

 フェイドの返答に思い当たる節があるのか、ベルは自分の頬を労わるように撫でつつ笑う。

 しかし、先程までの気後れのようなものは、すっかり無くなっていた。

 

「でも、()()()というと……誰にそんな事言われたんですか?」

 

「ゾラーヤスという蛇人だ」

 

「へ、蛇人……? 猫人(キャットピープル)とか犬人(シアンスロープ)とかではなく?」

 

「ああ」

 

 薄々察していたが、この世界には爬虫類に近似した人類は存在しないらしい。

 犬を始めとした獣の混種ばかりだったのは、オラリオに限った話ではなかったようだ。

 

「そ、そうですか。ちなみに、蛇人っていうのはどんな外見なんでしょうか」

 

「手足の生えた、やけに頭がでかい蛇だ」

 

「頭がでかい……のはさておき、蛇に手足生えてたら、それはもうトカゲでは?」

 

「トカゲは直立で二足歩行しない」

 

 溶岩土竜はたまにするが、あれは元人間らしいので例外だ。

 

「そ、そうか……確かに……」

 

「それに、溶岩を撒き散らす鞭や曲剣で襲ってくる奴もいる」

 

「なんだか物騒だなあ……」

 

 狭間の地に、物騒ではない種族など存在しない。

 

 それはさておき。そこからは、狭間の地の種族に関する話で盛り上がった。

 とはいえ、フェイドは淡々と話すばかりで、主にリアクションを取っていたのはベルだけだったのだが。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━──────

 

 

 

 

「あっ……そういえば……」

 

 一頻り話し終えたところで。まだ何か聞きたいことがあるのか、ベルは向き直ってくる。

 

「前から気になってたんですが……」

 

「なんだ」

 

「その、アイズさんとは、どういったご関係なんでしょうか……?」

 

 そして、どこか真剣な面持ちで、アイズとの関係性を尋ねてきた。

 

「………………」

 

 どういった関係。その質問に対して、フェイドは顎に手を当てて考える。

 敵ではない。そうであれば、あのように眠っている好機を逃さず、仕留めに行く。

 かといって、味方でもない。必要に迫られたなら、躊躇なく切り伏せるつもりだ。

 

 そして、異なる派閥に所属する以上、それは彼女も同様だろう。

 であれば、アイズという少女に対して最も相応しい関係性とは。

 

「付き合っている」

 

 フェイドがそう述べた瞬間。

 

「──────」

 

 ベルの表情は、凍てついた。

 

 そして、数秒後に再起動したかと思えば、動悸を起こし狼狽し始める。

 まるで、この世の終わりを目の当たりにしたかのような様相だ。

 

「つ、つつつ付き合っているというのは、くくく、訓練にというい、いいい意味でしょうか!!??」

 

「それ以外に何の意味がある」

 

 やがて、しどろもどろに発せられた質問に対して、フェイドは首肯する。

 

「ほ、ほはああああぁぁぁぁ…………」

 

 すると、ベルは肺の空気を全て吐き出す程の安堵の溜め息をついた。

 まるで、この世の始まりを目の当たりにしたかのような様相だ。

 

「ま、紛らわしい言い方しないでくださいよぉ……僕、てっきりお二人がそういった関係なのかと……」

 

「そういった関係とは、どういった関係だ」

 

「それは、その……お互いがお互いを大切に想いあってる……的な?」

 

「俺にそんな奴は居ない」

 

 またもやよく分からない事を言い出すベルに対して、フェイドは首を横に振る。

 

 

 

「……あのエルフの人は、違うんですか?」

 

 

 

 すると、二人の横合いから眠たげな声が飛んできた。

 

「ほわっ!? アイズさん!?」

 

 振り返ると、そこ居たのはいつの間にか起きていたアイズ。欠伸をしながら瞼を擦っている。

 

「何故、あいつ(フィルヴィス)が出てくる」

 

「だって、会うたびにいつも一緒に居たから……」

 

 兎めいた様相で飛び跳ねるベルは気にも留めず、フェイドは再度首を横に振る。

 

「じゃあ、あの人は単なるファミリアの仲間ってこと、ですか?」

 

「ああ」

 

 その通りである。フィルヴィスは成り行きで仲間になった存在だ。彼女との関係には、それ以外に特別なものは含まれていない。

 ただ、今のフェイドにとってのそれ(仲間)は、唯一無二であるということを除けば。

 

「……本当に?」

 

「あいつと俺の関係を、お前が気にする理由は何だ」

 

 尚も続くアイズからの追及に、フェイドは逆に質問を返す。どう考えても戦いに無関係な事柄を、こうも詮索するのは何故か。

 

「だって……私はフェイドさんの事が、気になってるから」

 

 すると、前にも聞いたことのある台詞が返ってくる。以前の任務で散々質問に答えてやったというのに、まだ気になる事があるのか。

 

 そんなアイズの欲深さに、フェイドが内心で億劫になっていると。

 

「ふ、ぐううぅぅっっ……っ!?」

 

【苗床の呪い】を使用した際の糞喰いのような悲鳴が、突如として上がる。

 

「どうした」

 

「ベル、大丈夫?」

 

 悲鳴の発生源はベル。息も絶え絶えといった様子で胸を押さえて蹲っている。

 

「い、いや……安心してたところに不意打ちを受けただけなので……」

 

「敵襲か」

 

「人の気配、感じないけど……」

 

「違います……どちらかというと、フェイドさんの方が……恐るべき……いえ、なんでも……ないです……」

 

「「………………?」」

 

 要領を得ないベルの反応に、フェイドとアイズは揃って首を傾げる。

 

「ま、まあ……僕の事は気にしないでください。それよりも……もうこんなに太陽も昇ってますし、皆さんでお昼食べに行きませんか?」

 

「ああ」

 

 だが、幸いな事に彼からの提案によって話題は逸れた。フェイドは内心で感謝しつつ、その提案に頷く。

 

「よかった。じゃあ、何処に行きましょうか」

 

「北のメインストリートにあるジャガ丸くんの屋台に行こう」

 

 フェイドにとって、ジャガ丸くんとはダンジョン探索の片手間に食べられる便利な携行食である。

 以前アイズやヘルメス・ファミリアに振る舞った分で切らしていたので、補充するには丁度良い機会だった。

 

「異論は無い」

 

 そして、フェイドの同意によって昼食の内容が決定すると、ベルとアイズは立ち上がって階段に向かってゆく。

 

「………………」

 

 今頃、フィルヴィスは何をしているのだろうか。

 

 アイズからの質問をきっかけに、ふとそんな事を考えながら、フェイドは二人の後をついて歩いた。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

「へっ……へっ……へくちっ!」

 

 一方その頃、市壁から遠く離れた地下深く。ダンジョンの空洞に、くしゃみの音が響き渡る。

 

「………………」

 

 みっともないので我慢しようとしたのだが、どうにも上手くいかなかった。

 手で鼻を覆い隠しながら、くしゃみの発生源であるフィルヴィスは鼻をすする。

 彼女が居る場所は、いつぞやフェイドとやってきた5階層の西端にある広間だった。

 

「……ふふふっ」

 

 ややあって、フィルヴィスの長い耳は少女の朗らかな笑い声を拾う。

 眉を顰めながらそちらを見やると、そこに居るのはレフィーヤ・ウィリディス。

 

 今朝、フェイドが出かけて行った後。ディオニュソスの付き添いとして外に出た際にフィルヴィスは彼女と出くわした。

 そこで、開口一番に問われた。どうすれば、フィルヴィスのように戦えるのかと。

 

 どうやら、24階層で【彷徨う者(ストレイド)】、改めフェイドと共にオリヴァスを追い詰めた戦いぶりを見て、自分もああなれたらと思ったらしい。

 

 だが、成り行きで共同戦線を張った程度の間柄で、他所の派閥に戦い方を教えてやる義理などない。

 そうして、フィルヴィスはレフィーヤの頼みを断ろうとしたのだが。

 その様子を面白がったディオニュソスに後押しされてしまい、こうして並行詠唱の訓練に付き合わされているのだ。

 

「なんだ、なにが可笑しい?」

 

「いや、フィルヴィスさんって、結構可愛いくしゃみするんだなって……」

 

 笑った理由を問えば、返ってくるのはそんな言葉。訓練の進み具合は順調なので調子に乗っているらしい。

 

「…………減らず口を叩く余裕があるなら、更に負荷を上げるぞ。レフィーヤ・ウィリディス」

 

 そのように解釈したフィルヴィスは、据わった目で睨み付けて短杖で殴り掛かる。

 レフィーヤに揶揄われた羞恥心を、誤魔化そうとしているわけではない。

 

 決してない。

 

「わわっ!? 余裕なんか無いです。もう限界ですっ!?」

 

 慌てて取り繕おうとするレフィーヤだが、時すでに遅し。

 

「わああああぁぁぁぁっ!?」

 

 数秒後、甲高い少女の悲鳴がダンジョンの空洞に響き渡った。

 

 

 





お喋りの時間だ。

もうちょいテンポよく話を進めていきたいのですが、アイズ絡みで翻弄されるベルくんが描きたくて丸ごと一話使ってしまった……

とりあえず、筆者はベルアイ原理主義とだけ言っておきます(隙自語)

読んでいただき、ありがとうございました。
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