祝福擬きで行く先を決めたのは間違っていただろうか   作:刈刈シテキタ刈

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第37話【Nihil】

 

 

 

 ベル達と昼食を食べに市街地へ降りてからも、色々あった。

 

 というのも、ジャガ丸くんの屋台へ向かったところ、ベルのファミリアの主神であるヘスティアという女神と遭遇。

 働いている最中であるにも拘らず、アイズの姿を見た途端に接客を放棄し、状況の説明を求めてきた。

 

 どうやら、ベルは彼女に黙ってフェイド達と訓練をしていたらしい。

 そして、懇意でもない派閥の人間と関わるとは何事かと、直々に訓練の中止を言い渡されたようだ。

 

 結局、ベルによる必死の懇願と説得のもと、ヘスティアも訓練の見物するという条件付きで許しを得たようだが。

 結果的に訓練は継続となったので、フェイドは女神からのありがたい野次を受けつつ彼らに付き合った。

 

 

 

 そして、夜になって帰る途中。

 

 

 

 彼らは、黒ずくめの集団による襲撃を受けていた。

 

 

 

「………………」

 

 無表情の裏でこれまでの出来事を振り返りながら、フェイドはベルやアイズが戦う様子を突っ立って眺める。

 

「ふ、太客くん!」

 

「なんだ」

 

「なんだじゃない! 黙って見てないでベルくんたちに加勢してくれ!」

 

「………………」

 

 すると、大慌てで駆け寄ってきたヘスティアが、あの戦いに加勢するよう呼び掛けてきた。

 太客というのは、先ほどジャガ丸くんを一気に100個買った事からヘスティアに付けられた渾名である。

 

「断る」

 

「ど、どうしてさ!」

 

「………………」

 

 しかし、ヘスティアからの要請を聞いて尚、フェイドは動こうとせず傍観者に徹した。

 

 まず、最初にフェイドが見やったのは、アイズが対処している相手。

 夜闇に溶け込むような装備の猫人(キャットピープル)と四人組の小人族(パルゥム)

 

 フレイヤ・ファミリア。

 

 変装しているが、あれはロキ・ファミリアと双璧を成す派閥の幹部達だ。

 第一級冒険者のアイズと渡り合える冒険者の種族。という観点から、特定は容易だった。

 

 次に、ベルを取り囲む四名の冒険者。その外見はフェイドの記憶に存在しなかったので、おそらくは同じファミリアの構成員と思われる。

 

「待っていればそのうち終わる」

 

「む、むぐぐぐぐっ……このままだと終わるのはベルくんの人生だろう……!」

 

 あのような乱戦に割って入った所で、彼らを祈祷の巻き添えにしかねない。逆もまた然り。

 今のフェイドが出来るのは、襲撃が終わった後に怪我を治療することぐらい。つまり、手持ち無沙汰だった。

 

「………………」

 

 なので、虚空(インベントリ)から先程購入したジャガ丸くんを取り出し、頬張る。

 中身はチョコミント味だった。一般的な感性でいうところの、ハズレである。

 

 アイズは喜んで食べていたが。

 

「ちょっ……ちょいちょいちょい! うちのジャガ丸くんを愛好してくれるのは嬉しいが、こんな状況で食べるんじゃない!」

 

「お前も食べるか」

 

「食べない!」

 

「…………ク、クククッ」

 

 間食を咎めてくるヘスティアとあれこれ喋っていると、奇妙な笑い声が聞こえてきた。

 振り返れば、そこに居たのは襲撃者の一派と同じ装いのダークエルフ。

 

「揚げた芋を屠りし傍観者よ。女神の怒りに触れた者共の剣とならないのは何故(なにゆえ)か?」

 

「……え? なんて?」

 

「あいつらに殺意が無いからだ」

 

 疑問符を浮かながら聞き返すヘスティアは放置して、フェイドは返答する。

 目の前の状況を看過する理由。それは、襲撃者達が本気で殺すつもりではなかったから。

 

 同じ第一級冒険者による五対一。状況だけ見れば、絶望的な戦力差。

 だというのに、アイズは未だ傷の一つも負わずに対抗している。

 それも、自らの代名詞たる風の付与魔法(エンチャント)を温存したうえで。

 

 そもそも、襲撃者がフェイドの想像通りならばアイズは兎も角、ベルなど戦いが成立するまでもなく制圧できる。

 

 例えるならば、転送罠によって竜に焼かれた廃墟からサリアの結晶坑道に飛ばされ、腐敗の眷属に囲まれる理不尽をフレイヤ・ファミリアは用意できるのだ。

 

 零細のヘスティア・ファミリアと違い、その程度の戦力を用意するなど造作も無い。

 

「砂漠の中の砂金にも等しい我が女神の慈悲を、瞬時に掬い取るとは……愚鈍な態度に見合わぬ慧眼なり」

 

「よく見れば誰でも分かる」

 

「いや、どうして普通に会話が成立してるのさ?」

 

「よく聞けば誰でも分かる」

 

「いやいや、よく聞いても無理だと思う」

 

 そう言って困惑するヘスティアはさておき、フェイドは二つ目のジャガ丸くんを頬張る。

 今度はパイン入り酢豚味。一般的な感性でいうところの、大ハズレである。

 

 アイズは喜んで食べていたが。

 

「よ、よく聞けば誰でも分かる……! フッ……ハハハッ……!」

 

「お前は連中に加わらないのか」

 

 暇だったので、妙に嬉しそうな雰囲気を漂わせるダークエルフに対して、自分達と同じように突っ立っている理由について尋ねてみる。

 

「此度の宴で、女神は我に賜った。女神の視座すらも閉ざす不確定要素(貴様)……すなわち、深淵の監視者たる役目を」

 

「そうか」

 

 どうやら、彼は自分の監視役という事らしい。あの戦いに余計な手出しをすれば、その手に携えられた黒い剣が振るわれる事だろう。

 

「………………」

 

 

 

()()()()()()()()()()

 

 

 

「いい事を思い付いた」

 

 そんな呟きと共に、食べかけのジャガ丸くんを虚空(インベントリ)へ収納。

 入れ替わるように取り出した【さざれ石の聖印】を、左手で握り締める。

 そして、わざわざダークエルフに見せつけるように、フェイドは稲妻を迸らせた。

 

「え……!? ちょ、ちょっと待っ───」

 

 ダークエルフの制止に聞く耳も持たず、形成した【雷の槍】を目の前の集団に向けて投擲。

 

「──────」

 

 する直前で、横合いから放たれた斬撃が、フェイドの手首から先を切り飛ばした。

 

「なっ……」

 

 突然な刃傷沙汰と人体欠損に目を見開いて、絶句するヘスティア。

 

「く、くぅ……せっかく初対面で話せる人だったのにぃ……っ!」

 

 剣を振り抜いて血払いしながら、情けない唸り声を上げるダークエルフ。

 

「───正当防衛を開始する」

 

 それら全てを差し置いて、フェイドは淡々とした口調で宣言する。

 先に手を出したのはあちら。これで、彼と殺し合う為の大義名分が出来たのだから。

 相手は襲撃者に位置する人間なので、当たり屋じみた行為である事は考慮しないものとする。

 

「ご、ごほんっ……貴様……草を喰む野兎かと思いきや、戦に飢えた狂犬の類いだったか……!」

 

「違う」

 

「では、我との闘争を求める意は!?」

 

「欲しいだけだ。勝ちたい時に勝てる力が」

 

 目的はたった一つ。死合いの中で第一級冒険者の術理を学ぶ事。

 予め用意しておいた右手の【黄金樹の聖印】で【性急な回復】を発動しながらそう答える。

 

「勝負に絶対を求めるなどと、この贅沢者め!」

 

 戦闘開始。

 

 接近と同時、袈裟に振るわれた斬撃を転がって回避し、フェイドは【火付け】で反撃する。

 しかし、右手の聖印を翳した途端にダークエルフは飛び退き、距離を取ってきた。

 

 すかさず【雷の槍】を速射するも、寸前で切り払われる。ベートやアイズの例に漏れず、被弾は極力避ける傾向のようだ。

 

「おい」

 

 などと考えていると、ダークエルフがフェイドに呼び掛けてきた。

 

「そこはこちらの間合いだぞ」

 

 彼の発言の内容を聞いた瞬間、咄嗟にしゃがむ。直後、フェイドの背後にあった街灯が切断された。

 

「………………」

 

 続け様に振るわれる攻撃を回避しながら、フェイドは観察する。先程左手を切り飛ばしたのも、この奇妙な斬撃だった。

 斬撃が生じるのは、ダークエルフがその手に携えた長剣を振った瞬間。

 そこには寸分の時間差も無く、切っ先の向いた先と完全に一致している。

 

 であれば、この現象から導き出される結論は。

 

 あのダークエルフは斬撃を飛ばしたのではなく、()()()()。という事なのだろう。

 

「……予告したとはいえ、即座に我が愛剣(ヴィクティム・アビス)に対処してくるか。女神の憂いも然もありなん」

 

 その観察眼、やはり驚嘆に値する。剣の軌道を避けるように立ち回るフェイドに対して、ダークエルフは小さく呟く。

 

 種が割れたなら、後はそれに基づいた立ち回りで応戦するだけ。

 小手調べとばかりに、フェイドは持ち替えた【炎術のロングソード】を振るう。

 返しの刃を【カイトシールド】で受け流し、【炎撃】で薙ぎ払う。

 

「──────」

 

「フッ……しかし、貴様の眼は真実を捉えるようだが、肉体はそれを汲み取れていないな」

 

 しかし、依然として有効打は与えられなかった。フェイドの攻撃の悉くは防がれ、漆黒の長剣を打ち据えるだけ。

 

 攻防の折、フェイドは横歩きで適切な間合いを測りながら思案する。

 彼我の能力差は、もはや言うまでもない。相手は卓越した剣士である。

 だからこそ、力及ばず敗れるのではなく、こうも戦況が膠着する現状が不可解だった。

 

「そうか」

 

 だが、ここまでのやり取りを振り返って、フェイドはふと気付く。

 あのダークエルフは、他の連中の戦いの邪魔をさせぬよう足止めに徹しているのだと。

 最初の言葉に違わず、深淵の監視者とやらの役割を全うする為に。

 

 このまま続けていても、ただ時間を稼がれて終わる。それはフェイドの望むところではなかった。

 どうにかして動機を作らなければならない。あのダークエルフが殺しにかかってくるだけの動機を。

 

「………………」

 

 暫しの間の黙考の末、フェイドは横目で周囲を見渡す。ベルやアイズは今も戦闘中であり、ヘスティアも離れた場所に避難していた。

 

「一つ疑問がある」

 

 そうして、誰にも会話が聞かれる可能性は無いと確認したのち。

 

「揚げた芋のみならず、知恵の実をも欲するか。欲深き者は楽園を追放される定め───」

 

「───シル・フローヴァ、だったか」

 

 フェイドはこの状況を打開すべく、手ではなく口を動かした。

 ダークエルフの小言を遮って呟いたのは、豊饒の女主人で働くウェイトレスの名前。

 

「………………え?」

 

「お前の女神は、()()()()()()()()()()()()()()()()あいつを欲しがる」

 

 表情を凍り付かせたダークエルフに対し、フェイドは一方的に質問する。彼が信奉する女神、フレイヤの奇妙な行動について。

 

 かねてより、フェイドは気付いていた。フレイヤという女神が、シルと呼ばれるヒューマンに擬態して働いていた事を。

 そして、いつぞや豊饒の女主人を訪れた際、フェイドは見ていた。ウェイトレスとして接客する彼女が、とある人物に纏わり付く場面を。

 

 そして、フェイドはその人物を指差す。

 

 人差し指の先で戦っていたのは、ベートが酒の肴として貶したトマト野郎。

 もとい、食い逃げ野郎の新米冒険者、ベル・クラネルだった。

 

 つまるところ、フレイヤの嫉妬の矛先はアイズであり、この襲撃は警告なのだとフェイドは推察した。

 

「な、なななな何を、いいいい言ってるんだ……っ!?」

 

 フェイドが言い放った指摘を受け、ダークエルフは目に見えて狼狽し始めた。

 精一杯とぼけているようだが、その様子はフェイドの指摘が真実である事を逆に助長していた。

 

 しかし、殺意を抱かせるには更なる一押しが必要か。

 

「わ、我が女神の思考は、貴様などの理解が及ばぬ遥か高次元にある。如何に考えを巡らせようが───」

 

「───ああ、時間の無駄だ」

 

 動揺するダークエルフの言葉を、フェイドは先取るようにして述べる。

 そして、徐に顔を上げたのち。遥か天高き、バベルの最上階に座すフレイヤへ言い放った。

 

「回りくどい。どうしてもあいつが欲しいのなら、()()の魅了で漂白すればいい」

 

「──────」

 

「愛を求めず、愛を強いる」

 

 それが美の神の役割であり、本懐だろう。

 

 ()()()()も、そうやって()()したんだろう。

 

 このような茶番に時間を費やす暇があれば、さっさとベルを魅了で拐かせば良いというのに。

 

「………………」

 

 そも、人と神は交わるべきではない。それは、フェイドが旅した狭間の地が、何よりも証明していた。

 

「……フレイヤ様」

 

 などと、フェイドが考えていると。その呟きと共に、ダークエルフの雰囲気が一変する。

 

「貴女の御言葉に反する未熟を、どうかお赦しください」

 

 見返せば、闘争心を色濃く充満させた双眸が、フェイドを真っ直ぐ射抜いていた。

 

「【抜き放て、魔剣の王輝(おう)】」

 

 何はともあれ、やっと釣れた。もとい、地雷を踏めた。

 面倒ではあったが、言葉と相手を選んで罵ってみた甲斐があったようだ。

 

 結局のところ、アイズとの訓練は徒労に終わった。フェイドが求めていたものは手に入らなかった。

 何故ならば、あの少女はこちらを殺す気で来てくれなかったから。

 

「【代償の理性、供物の鮮血。宴終わるその時まで──殺戮せよ】」

 

 だが、目の前の彼は違う。このダークエルフが崇拝する女神を、フェイドは敢えて愚弄した。

 女神の眷属として、フェイドを殺す理由とするには、あまりにも十分過ぎる筈だ。

 

「【ダインスレイヴ】」

 

 やがて、詠唱の完遂を見届けたのち、フェイドは改めて対峙する。

 

 ヘグニ・ラグナール。

 

黒妖の魔剣(ダインスレイヴ)】、フレイヤ・ファミリアが誇る第一級冒険者。

 たった一人の頂点を除けば、ファミリア内で白兵戦最強と評されるダークエルフの剣士へと。

 

「もはや懺悔は要らん。ただ、貴様の臓腑をこの夜闇に撒布し、我が女神へ捧げよう」

 

「そうか」

 

 文字通り目の色が緑から赤に変わり、先程までの芝居がかった言動から豹変したヘグニを見返し、フェイドは淡々と相槌する。

 

 そして、両者は一直線に駆け出し、正真正銘の死合いを開始した。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━──────

 

 

 

 練習ではなく、実戦を経てこそ人は大きく成長する。暇潰しに読んだ本には、そのような記載があった。

 概ね同意である。実戦を繰り返し成長してきたからこそ、フェイドは狭間の地を席巻する列強を打ち倒せたのだから。

 

 しかし、フェイドの成長には、死んでも蘇るという重大な前提があった。

 故に思う。成長する前に死んでしまっては、元も子も無いのではなかろうかと。

 

 つまり、何が言いたいのかというと。

 

「遅い! 温い! 鈍い! その程度の力で我が女神を愚弄するとは片腹痛いわ!」

 

 フェイドは現在、極めて順当な流れでヘグニに追い詰められていた。

 全身の至る所に切創を刻まれながら、無様に転がって攻撃をやり過ごす。

 

「どうした下郎! 【彷徨う者(ストレイド)】の風聞は偽りだったか!」

 

 ついでに、正体もバレていた。

 

 時折り、任務中に何者かの視線を感じていたが、フレイヤ・ファミリアの密偵だったのだろう。

 任務には差し支えが無いからと、構わず無視していたのが良くなかった。

 

「──────」

 

 そんな、余分な思考が通り過ぎた途端。黒剣から繰り出されたのは、地を這うかのような横薙ぎの斬撃。

 

 咄嗟に跳躍するものの、右の足首から下が持っていかれた。

 フェイドは左足で着地しながら、その足で【猟犬のステップ】を発動し、更に回避。

 石畳の床が縦断される様子を横目で眺めつつ、【性急な回復】で右足を瞬時に修復。

 

「……先ほどの雷槍といい、次々と面妖な術が出てくる」

 

 だが、その術よりも先に尽きるのは、貴様の命運だ。ヘグニはそう言い、攻勢を更に強めた。

 対するフェイドは、彼の言葉通り防戦一方。躱し、防ぎ、凌いでは傷を増やすだけ。反撃など望むべくもない。

 

「………………」

 

 暴風雨の如き剣舞に曝されながら、フェイドは淡々と再確認する。

 やはり、Lv.6以上の冒険者に、この身は初見で太刀打ち出来ないと。

 観察と試行を繰り返さなければ、到底攻略は出来ないと。

 

 そして、絶え間なく繰り出される斬撃は、決してフェイドの成長を待ってくれない。

 防ぎ損ねた刺突により盾が弾かれ、フェイドは大きく後退り姿勢を崩す。

 

「足掻くな。運命を受け入れろ」

 

 その宣告と共に、女神を貶した不敬者を処断せんと、黒い剣が空を裂いて唸る。

 そして、本来の刃渡りでは届かぬ距離から繰り出された、不可視の二連斬り。

 仰け反った姿勢では回避もままならず。それは、フェイドの胴体を交差状に深々と切り裂いた。

 

「──────」

 

 軌跡をなぞるかのように吹き出た鮮血。傷付いた臓腑から迫り上がって吹き出た血反吐。

 地面に撒き散らされたそれらの上に、フェイドは膝から倒れ込む。それきり、微動だにしなくなった。

 

 

 

 さて、これからどうすべきか。

 

 

 

 自らの血で湿った地面に倒れ伏したまま、フェイドは今後の立ち回りについて考える。

 あの斬撃を受けて尚、生命(HP)はかろうじて残った。現在は、死んだふりで時間を稼いでいる状況である。

 

 だが、ヘグニは警戒を怠らず、とどめを刺すために近づいて来ていた。第一級冒険者の称号に恥じぬ振る舞いである。

 今度こそ、フェイドが殺されるのは時間の問題。かといって、無策のまま起き上がったところでもう一度斬られるのは自明の理。

 

「………………」

 

 しかし、フェイドは思考を続ける。この状況を覆すための解を、残り僅かな猶予の中で探す。

 

 まず、凡百を寄せ付けぬ卓越した剣技。あれに真っ向から接近戦を仕掛けるには、挙動(モーション)の観察が足りない。

 次に、その手に携えられた黒の呪剣。離れて遠距離戦を仕掛けようにも、伸ばされた斬撃の餌食となる。

 

 何よりも、先程ヘグニが唱えた魔法(ダインスレイヴ)。あれが発動してから露骨に動きが変わったが、おそらくは自らの人格や精神に作用する魔法なのだろう。

 

 

 

 人格や精神に作用する魔法。

 

 

 

 フェイドは、そこに一筋の光明を見つけた。

 

 善は急げ。降って湧いた発想が消えてしまう前に、フェイドは飛び起きる。

 直後に飛んでくる不可視の斬撃を紙一重で回避しながら、路地へと逃げ込む。

 

「───この期に及んで逃げるか、死に損ない!」

 

 当然、ヘグニは追ってくる。それを確認したフェイドは指笛によってトレントを召喚。

 飛び乗ると同時に脇を蹴って急発進し、奥へ奥へと駆け抜けて行った。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 トレントを駆り、疾走する。建物の隙間、路地の曲がり角、屋根の上、果ては人が住まう軒先まで。

 ありとあらゆる障害物を駆使して追撃を掻い潜りながら、フェイドは元居た場所から遠ざかってゆく。

 

「………………」

 

 やがて、フェイドが辿り着いたのは、オラリオ北西の封鎖区画。

 七年前、最盛期の闇派閥(イヴィルス)が振り撒いた戦火が、今も尚残った場所だ。

 

「……戦場を変えれば俺に勝てるとでも?」

 

「ああ」

 

 そうして、かつては人々が憩う広場だった廃墟の中心でトレントから降りた。

 然程の間を置かず追い付いてきたヘグニに対して、フェイドは肯定する。

 ヘグニから逃げたわけではなく、ただ戦う場所を移したかっただけなのだと。

 

 此処を移動先に選んだ理由は、封鎖区画であるが故に目撃者が通りがかる心配が無いというのもある。

 しかし、一番の理由は、朽ちた建物が点在するこの光景が、()()()()()()()()()()()からだった。

 

「それに、変えるのは戦場だけではない」

 

「何?」

 

「俺自身もだ」

 

 先程、フェイドが見出した光明とは、精神作用に特化したヘグニの魔法である。

 身をもって体感したそれは、自己暗示を超えた自己改造とすら呼べるものだった。

 つまり、引き起こされる事象とは、理想の具現と同義。最強たる己を召喚する魔法なのだろう。

 

 であれば、こちらもヘグニに倣い、この身に降せば良い。かつて、狭間の地に在った自分自身(褪せ人)を。

 そもそも、彼よりも強かった敵など腐るほど居た。フェイドは腐るほど殺されたが、腐るほど殺してきたのだから。

 

「何を言い出すかと思えば、俺の猿真似か」

 

「お前のそれ(魔法)とは、少し違うものになる予定だ」

 

 ヘグニとの戦いを経て、フェイドは思い至った。これまでの戦闘を支えてきた観察眼こそが、最大の瑕疵。

 その観察眼を自己暗示によって排除し、この脳に蓄積されてきた戦闘記録を基に立ち回る。

 それこそが、フェイドが勝ちたい時に勝てる方法なのではないかと。

 

「……もういい、これ以上喋るな。貴様の愚昧と進退は此処に極まった」

 

 フェイドの返答を世迷言と受け取ったのか、ヘグニは会話を打ち切って構える。

 夜闇に溶け込むかのような黒の呪剣の切先が、フェイドへと向けられる。

 

「………………」

 

 もとよりイメージは明瞭。ただ、追憶の中の自分を、この現実に引き摺り出せば良いだけなのだから。

 

 それはそれとして、自己暗示には時間が要る。

 

 そこで、フェイドは【牙鬼インプの遺灰】を使用。鈴の音色と共に現れた二体のインプが、囮となるべくヘグニに応戦する。

 

「小癪!」

 

 尤も、碌に調霊が施されていないので、稼げる時間は十秒程度なのだが。

 奮戦虚しく細切れにされてゆくインプ達の傍ら、フェイドは虚空(インベントリ)からとある物を取り出す。

 

 そうして、手に持ったのは【狂熱の香薬】。その香薬の用途は、攻撃力とスタミナの増加による一時的な戦闘能力の向上。

 

「──────」

 

 などではない。

 

 狂熱が、ほんの一瞬だけもたらす意識の空白。それを自己暗示の導入とするためだった。

 

 そのまま、フェイドは調香瓶の中にある赤黒い液体を嚥下。

 

 そして、真っ赤に煮え滾る思考回路を律するように瞑目。

 

 ───忘却せよ(tres)

 

 数え上げる呪いを唱え、自らに暗示をかける。

 

 此処はオラリオではなく、狭間の地であると。

 

「前衛が消えた直後に詠唱とは、舐めた真似を」

 

 その一節に詠唱の気配を悟ったヘグニは、すかさず呪剣による斬撃を連続で繰り出す。

 

「──────」

 

 しかし、それらの一切はフェイドを切り刻む事は無く、一振りの【炎術のロングソード】によって凌がれた。

 

 ───滅却せよ(duo)

 

 数え上げる呪いを唱え、自らに洗脳を施す。

 

 自分はフェイドではなく、褪せ人であると。

 

「貴様……! 先程までの劣勢は戯れだったか!」

 

 ほんの一瞬驚愕したのち、ヘグニは裂帛しフェイドへ肉薄。己が最も得意とする接近戦を仕掛ける。

 

「──────」

 

 しかし、伸縮自在且つ不可避である筈の斬撃の渦は、フェイドを捉えず。徒に周囲の床や建物を切るばかり。

 

 ───焼却せよ(unus)

 

 数え上げる呪いを唱え、自らに欺瞞を振り撒く。

 

 敵はヘグニではなく、過去の亡霊達であると。

 

「………………っ!」

 

 そして、近づいたが故にヘグニは気付く。

 

 前髪の隙間から除くフェイドの瞳が、固く閉じられていた事に。

 視覚に頼らずとも、無傷でこちらの猛攻を凌いでみせた事に。

 

 先程までの動きとは、まるで別人。

 

 あの言葉は、大言壮語ではない。その尋常ならざる変化を受け、ヘグニは詠唱の阻止を諦めると同時に飛び退き、迎撃体勢に移った。

 

「──────」

 

 そうして、無意識に模倣しながらも、血の君主のそれとは異なる儀式(カウントダウン)を経て。

 

 

 

 ───一掃せよ(nihil)

 

 

 

 ───殲滅せよ(nihil)

 

 

 

 ───抹殺せよ(nihil)

 

 

 

 フェイド・ストレンジアは、名も無き褪せ人に戻った。

 

 

 





\ハザードオン!/

我慢できなかったフレイヤの意向によって、貧乏くじを引かされたヘグニくんの運命や如何に。

読んでいただきありがとうございました。
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