祝福擬きで行く先を決めたのは間違っていただろうか   作:刈刈シテキタ刈

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第38話【Tarnished】

 

 

 

 

 これは一体どういう状況だ。

 

 褪せた瞳で周囲を見渡しながら、状況の変化に追い付こうと試みる。

 視界に映るのは、王都ローデイルのそれとは異なる様式の建築物。

 それどころか、その建物群はこれまで見てきた物と合致しない外観だった。

 

 

 

 先程まで、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 しかし、決着が付く直前。エルデの獣は号哭と共に光を放ち、褪せ人はそれに呑み込まれた。

 次に目を開けると、エルデの獣は忽然と姿を消しており、見知らぬ廃墟の広場に立たされていた。

 

「……⬛︎⬛︎、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎?」

 

 そして、褪せ人の目の前に居るのは、墓所影とは似て非なる黒い影。

 何か喋っているようだが、内容は理解出来ない。分かるのは敵意を持っている事だけ。

 

「………………」

 

 何はともあれ。

 

 エルデの獣が最後に放った光は、攻撃ではなく転送だった。それ以上の疑問を解消する必要は無い。

 何故ならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 つまり、此処は狭間の地であり、あそこを目指せばエルデの獣と再戦出来るという事なのだから。

 

 状況の整理が終わったならば、為すべき事は一つだけ。

 行き止まりにぶつかるまで、此処が何処であっても進み続けよう。

 行く手を阻んでくるなら、それが如何なる者であっても鏖殺しよう。

 

 

 

 どうせ死ぬから、どうせ殺すから。

 

 

 

 そんな、ある種の吝嗇(りんしょく)によって、褪せ人は現状の把握に一つ区切りを付けた。

 そうして、褪せ人は敵性存在に照準を合わせ(ロックオンし)、抹殺すべく駆け出した。

 

「⬛︎⬛︎⬛︎!」

 

 駆け出した勢いのまま、褪せ人は持ち替えた【炎術の騎士大剣】を振り下ろす。

 敵は両手で構えた剣で受け流し、すかさず返しの刃を繰り出してくる。

 

「──────」

 

 その挙動(モーション)に、褪せ人は【踏み込み】からの【回転薙ぎ】を合わせた。

 地面を踏み締め、反撃をその身で受け止め、大剣を思い切り振り抜く。

 

「⬛︎⬛︎⬛︎……!?」

 

 直撃。遠心力の乗った薙ぎ払いが、敵の開いた胴体を抉り、軽々と吹き飛ばす。

 対して、こちらの損傷は軽微。咄嗟に持ち込んだダメージトレードは、こちらが得する結果となった。

 

 転がりながらも受け身を取って立ち上がった敵目掛けて、褪せ人は【雷の槍】で追撃。

 しかし、稲妻が迸る穂先は、対象へ着弾するよりも先に断ち切られた。

 

「………………」

 

 触れずして切るとは便利な剣だ。

 

 殺して奪えば戦技として使えるだろうか。

 

 水面の上を泳ぎ回るエルデの獣も、距離を無視するあの剣があれば容易く切り刻めそうだ。

 

 そんな皮算用の傍ら、拡張された斬撃を【カイトシールド】によって防ぎ、褪せ人は前進。

【炎術の黄銅短刀】に内蔵された【猟犬のステップ】で、一気に詰め寄る。

 

「⬛︎⬛︎⬛︎、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎!」

 

 敵は血反吐を吐きながら雑音を溢し、褪せ人の攻勢を真っ向から迎え撃つ。

 長剣と短刀。異なる刃渡りによって形作られた殺意と殺意の応酬が、火花を散らして繰り広げられる。

 

「………………」

 

 交錯を繰り返す中で、褪せ人は敵の不明瞭な輪郭の中に垣間見た。

 

 素早く軽快な剣士。

 

 強靭で重厚な戦士。

 

 そのどちらも兼ね備えた騎士。

 

 その輪郭の中にあったのは、かつて褪せ人が倒した敵達の影だった。

 

 一連の挙動(モーション)の中で、その輪郭は目まぐるしく流転し、褪せ人へと襲い掛かってくる。

 さながら、この壊れかけた世界で戦い、死んでいった者達を継いで剥いで仕上げた人形。

 まさに、この遥かなる旅路の総決算。最終盤に立ちはだかる番人として相応しい。

 

 狭間を象る者、とでも呼称すべき敵だった。

 

「──────」

 

 しかし、如何に変幻自在であろうとも、褪せ人はこれまでに戦った敵の挙動(モーション)を例外なく網羅している。

 此処に至るまでに積み上げてきた、自らの屍の山。もとい、経験という土俵で戦うのであれば。

 

 

 

 斯様な相手に敗れる道理など無かった。

 

 

 

━━━━━━────────────

 

 

 

 鋭く唸る不可視の斬撃と、目にも留まらぬ残像が、もぬけの殻となった廃墟を舞台に絶えず入り乱れる。

 だが、その攻防の中で傷を負い続けているのはヘグニだけ。彼の剣技の悉くは、【彷徨う者(ストレイド)】に掠りもしない。

 今まさに、フレイヤ・ファミリア屈指の剣士たるヘグニは、為す術も無く圧倒されていた。

 

「………………」

 

 その光景を、フレイヤはバベルの最上階から見下ろしていた。惜しみながらも、最も見たかった少年を差し置いて。

 

 もとより、フレイヤの目当ては【彷徨う者(ストレイド)】ではなく、ベル・クラネル。

 あの少年に纏わりつく少女(アイズ)を追い払うべく、自らの眷属を送り出したのだ。

 無論、多少の小競り合いは承知の上。この襲撃は、ベルがどれだけ成長したかの確認も兼ねていた。

 

 しかし、【彷徨う者(ストレイド)】が自らに暗示を施した瞬間、全てが覆った。

 

 小競り合いは、殺し合いに変わった。

 

「………………」

 

 フレイヤは目を細め、【彷徨う者(ストレイド)】に焦点を合わせる。

 何故、あれ程までに凄まじき戦士へと変貌したのか。その理由を紐解くために。

 

 まず、ヘグニと真っ向から打ち合う一連の動作。それは、何処までも無機質で、糸に操られた傀儡を彷彿とさせた。

 

 次に、前髪の隙間から覗く双眸。それは、純然たる抹殺の意志に染まりながらも、何処か茫洋とした光を放っていた。

 

 そして、彼が有する魂。それは、一切の輝きも見せず、酷く色褪せていた。今から一年前、初めて彼の魂を見つけた時以上に。

 

「……凄まじいわね」

 

 そうして、一頻り彼らの戦いを眺めたのち、フレイヤはそんな呟きをこぼす。

 神々の中でも卓越した彼女の観察眼は、幾つかの推察を導き出した。

 

 今、彼が見据えている戦場は、オラリオの廃墟ではない。かつて居た何処か(狭間の地)である。

 今、彼が対峙している相手は、ヘグニではない。過去に戦った敵である。

 

 ヘグニの行使するものが、自身の人格を塗り替える暗示だとするならば。

彷徨う者(ストレイド)】の編み出したものは、自身の認識(世界)を塗り替える暗示。

 

 彼の戦いに、読み合いや駆け引きは介在しない。

 

 そこにあるのは、経験に基づいた条件反射のみ。

 

 コンマ一秒にも満たない無駄を排した最適解の繰り返し。それこそが、眼下の蹂躙を構成していたのだ。

 

「──────」

 

 そして、フレイヤの銀の瞳は、彼の色褪せた魂の影に垣間見る。

 かつて、彼に殺された魑魅魍魎たちが、犇めいて蠢く様を。

 

 

 

━━━━━━━━━─────────

 

 

 

 避ける。その突き下ろしは失地騎士で見た。

 

 防ぐ。その袈裟斬りは黒き刃の刺客で見た。

 

 躱す。その薙ぎ払いはノクス僧で見た。

 

 受け流す。その回転斬りは獅子の混種で見た。

 

 弾く。その遠隔斬りは鈴玉狩りで見た。

 

 切り返す。その突進突きは坩堝の騎士で見た。

 

「──────」

 

 褪せ人は迫り来る攻撃の悉くを紙一重で見切り、着々と追い詰めてゆく。

 戦技や祈祷を絶えず行使し、敵の生命(HP)を絶やすために攻略してゆく。

 

 楽な戦いだった。敵の挙動(モーション)入力(インプット)せず、ただこれまでの戦いを出力(アウトプット)すれば良いだけなのだから。

 

「⬛︎⬛︎⬛︎……⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎……!」

 

 しかし、存外しぶとい。あと一手で致命が取れる手応えがあるのだが、その一手に中々届かない。

 尚且つ、闇雲に逃げ回るだけではなく、褪せ人の後隙を狙って斬撃が飛んでくる。

 如何にして自らの命を取らせず、相手の命を取るか。そんな意思が感じ取れた。

 

「………………」

 

 褪せ人は認識を修正する。

 

 あれは、半神(デミゴッド)のような上位種族ではなく、種族の軛を超えた英雄の類でもない。

 あちら側ではなくこちら側。つまり、対人戦の想定で動くべきだと。

 

 そうして、数秒間の思案の後。【炎術の打刀】に得物を変えた褪せ人は、最終工程へと移行。

 跳躍して飛び越え、屈んで潜り抜けては、拡張された斬撃をやり過ごし、敵に接近。

 僅かな予備動作から繰り出された三段斬りを、【剣舞】によって相殺。

 

「【⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎】……!」

 

 直後、敵は剣戟の残響に重ねるように雑音を紡ぐ。

 

 何か話しかけているのかも知れないが、褪せ人には相変わらず意味が読み取れない。

 

 だが、褪せ人がその音の羅列に妙な気配を感じ取った瞬間。

 

「【⬛︎⬛︎⬛︎・⬛︎⬛︎⬛︎】!」

 

 凄まじい熱量の爆炎が、()()()()()()()()()()()()()()()()と共に廃墟を猛然と照らし上げた。

 苔むした石畳の床が赤熱し、原形を留められない程に焼き焦がされてゆく。

 

 しかし、それは反撃の烽火とはならなかった。

 

「──────」

 

 何故ならば、燃え盛る炎を突き破り、五体満足の褪せ人が躍り出てきたから。

 

 炎が炸裂する直前、褪せ人が振り撒いたのは【高揚の香り】。

 至近距離だったが故に回避は間に合わないと即断し、一度限りの障壁を張ったのだ。

 そして、納刀された刀を携えながら、褪せ人は前傾姿勢による全力疾走で敵へと突貫する。

 

「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎!」

 

 爆炎が及ぼした残火を背に、褪せ人と敵の影がすれ違う。

 

 戦技、【居合】。

 

 鋭い軌跡が交差したのち、暗澹とした夜空の下に血飛沫が舞う。

 

「………………」

 

 刀身に付着した鮮血を払い除け、残心。

 

「【⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎】……」

 

 直後、敵の得物が地面に落ちた。

 

「⬛︎⬛︎⬛︎……⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎……」

 

 そして、それを握る右腕も。

 

 交錯する瞬間、褪せ人が【居合】で抜刀したのは【炎術の打刀】ではなく【炎術の長牙】。

 血の指の狩人たるユラが遺した、埒外の刃渡りを有する刀である。

 

 最初に【炎術の打刀】を取り出して切り結んだのは、褪せ人が持つ得物の刃渡りを誤認させるため。

 半神(デミゴッド)のような強大な敵には何の意味もなさない、同じ規格の敵だからこそ刺さる初見殺しである。

 

「──────」

 

 何はともあれ、敵の体幹は崩れた。

 

 そのまま、致命の一撃を見舞うべく、褪せ人は身を翻して【炎術の長牙】を振り上げた。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━──────

 

 

 

「でも、貴方の戦い方は惨い」

 

彷徨う者(ストレイド)】の来歴は、フレイヤの知るところではない。

 だとしても、容易に想像できた。彼がどれだけ理不尽で凄惨な戦いを繰り返してきたのか。

 

「貴方は沢山殺してきたけれど……それ以上に沢山殺されてきたのが、伝わってくるもの」

 

 反撃に要する時間を極限まで切り詰めるため、回避は常に紙一重。

 一歩間違えれば手足が切り飛ばされる薄氷の上で、【彷徨う者(ストレイド)】はヘグニと戦っていたのだ。

 そうでもしなければ到底敵わない戦士達と、彼は殺し合ってきたのだ。

 

「………………」

 

 それは、数えきれぬ敗北と死の過程で、ゆっくりと醸成された澱み。或いは、自らの屍の山を踏み台に行き着いた極致。

 正気のまま狂い、かつての死闘という幻覚(演目)の中でたった一人踊る。

 

 そこに居たのは、再演の怪物だった。

 

 現時点でのオラリオの冒険者に、今の彼に勝てる者は居ない。

 都市最大派閥の主神たるフレイヤをして、そう思わせてしまう程の圧力が、この摩天楼の最上階まで届いてくる。

 

 しかし、フレイヤの相貌に焦燥は一切無かった。

 

 何故ならば、フレイヤは見抜いていた。その戦闘能力は、一対一に限定されたものだと。

 そして、何よりもフレイヤは信じていた。自らの眷属()()を。

 

 そうして、ヘグニの右腕が切り飛ばされ、決着が付く瞬間。

 

「今よ、ヘディン」

 

 瑞々しい唇が、その名を呼んだ瞬間。

 

 

 

 一条の雷光が、廃墟に瞬いた。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━───

 

 

 

 目の前の敵は、エルデの獣によって転送された先で、褪せ人を待ち構えていた。

 そして、これまでの敵は、先に進むにつれて段階的に強くなっていった。

 

「………………?」

 

 だというのに、初見でこうも容易く倒せるのは何故なのだろうか。

 致命の一撃を繰り出そうとする褪せ人の手を止めたのは、そんな違和感だった。

 

「──────」

 

 そして、弾けるような雷鳴を聴覚が拾った瞬間、褪せ人は飛び退く。

 直後、頭があった空間を穿つように、鋭い稲妻が通過していった。

 

 第二射、第三射と続く追撃を、転がって回避しながら辺りを見渡せば。

 そこにあったのは、紫電迸る包囲網。無数の雷弾が宙に浮かび、褪せ人へと鏃を向けていた。

 

「………………」

 

 違和感は的中した。

 

 増援として新たに出てきた敵は後衛型。尚且つ、その立ち回りは巧妙だった。

 視界内の雷を敢えて陽動として放ち、死角から狙撃。時には出し惜しみし、時には大胆に投入。

 全方位に展開した雷を盤上の駒のように操り、褪せ人をその場に釘付けにしていた。

 

 まるで、統率の取れた大軍に囲まれているかのような、褪せ人が最も苦手とする状況。

 

「………………」

 

 であれば、更なる物量で薙ぎ払うまで。

 

【黒炎の儀式】。

 

 地面に下ろした手を振り上げ、黒く燃える火の柱を円周状に噴出させる。

 しかし、この黒い炎には防壁としての機能は無い。煙幕代わりの単なる目眩しであり、本命を放つための布石だ。

 

「──────」

 

 そうして、黒炎を突き抜けた雷の弾丸が、我先にと褪せ人へと殺到してくる。

 肩を、側頭部を、脇腹を抉り取り、褪せ人の生命(HP)を削ってゆく。

 それらを甘んじて受け止めながら、褪せ人は両手を広げて膝を折り、構えた。

 

【エルデの流星】。

 

 褪せ人の頭上に顕れた黄金の流星は、無数の光を放ちながら回遊し、滞空する数多の雷弾を撃墜してゆく。

 倒すべき敵(エルデの獣)の技に助けられるとは、なんとも皮肉な話ではあるが今に始まった事ではない。

 

 そして、包囲網から解放された褪せ人は、増援の姿を捕捉。

 二体目は、この戦場を俯瞰できる建物の屋根上に立っていた。

 

「【⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎───】」

 

 褪せ人と目と目が合った瞬間、敵はその口から雑音を紡ぐ。

 相変わらず理解不能な音の羅列だが、攻撃の予備動作である事は一体目が教えてくれた。

 間髪入れずに照準を合わせ、【エルデの流星】が二体目へと向かうように差し向ける。

 

 矛先を変えた黄金の星々は、見境なき破壊を撒き散らしながら直進したのち、炸裂。

 煌びやかな燐光に似つかわしくない衝撃波が、辺り一帯を吹き飛ばす。

 鐘を叩き割ったかのような破砕音が、閑散とした廃墟の一画を震わせる。

 

「──────」

 

 そうして、辛うじて直撃から逃れた二体目の頭上。建物の倒壊によって生じた土埃に紛れ、褪せ人は奇襲を仕掛ける。

 

「⬛︎⬛︎⬛︎……」

 

 だが、後衛型という印象から一転。二体目は褪せ人の接近戦に対処してきた。

 杖と剣が一体化したかのような武器を振るい、【炎術の長牙】と真っ向から切り結ぶ。

 魔術と剣術の複合型。その立ち回りは、聖樹の騎士ローレッタに似通っている。

 

 だとしても、ローレッタや一体目が有する白兵戦能力には及ばない。距離を取られた時の方が厄介だった。

 

 数度の剣戟によって生じた綻びを穿つように、【居合】を横薙ぎに放つ。

 速度に特化した一刀により、敵の得物の刃を打ち据え、その手から弾き飛ばす。

 

【竜爪】。

 

 そのまま、防ぐ手段を無くした敵に対し、褪せ人は畳み掛ける。

 竜狩りの果実たる心臓。それを喰らいし者に発現する、純粋で圧倒的な力。

 身の丈を大きく超えた巨碗を、褪せ人は矮小な羽虫を叩き潰すかのように振り下ろす。

 

【竜咬】。

 

 そして、竜の腕で二体目を掴み上げながら、褪せ人は更に祈祷を行使。

 己が姿を竜となし、その(あぎと)によって二体目を噛み殺す。

 

 

 

 その直前。

 

 

 

「【⬛︎⬛︎⬛︎……⬛︎⬛︎⬛︎、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎……⬛︎⬛︎⬛︎】……!!!!」

 

 

 

 横合いから聞こえてきた雑音が、褪せ人の意識を逸らした。

 考えるよりも先に、行使する祈祷を【竜炎】に切り替え、音の方向へと吐き出す。

 

「【⬛︎⬛︎⬛︎・⬛︎⬛︎⬛︎】!!!!!!」

 

 竜の口から放たれた灼熱と、翳した掌から放たれた灼熱が、衝突して相殺される。

 

「──────」

 

 飛び散る炎の隙間から見えたのは、先程仕留め損なった一体目の姿。

 全身を切り刻んだうえで右腕を切断したため、残りの生命(HP)は幾許も無い。

 既に程度は知れた。いつどこで割り込んでこようが、その気になればいつでも殺せる。

 

 

 

 そう見做して、後回しにしたのが敗因だろう。

 

 

 

「───【⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎・⬛︎⬛︎⬛︎】」

 

 正面に向き直れば、その褪せた瞳に映るのは、凄まじい勢いで迫り来る雷の巨槍。

 これまでの傾向からして、この連中は呪文のような何かを唱えてから魔術や祈祷を行使してくる。

 その呪文の完遂を、二体目は今の今まで保留していたのだ。たった今、この瞬間の為に。

 

 一体目の介入によって作り出された僅かな時間は、致命的な隙となって褪せ人へ襲い掛かろうとしていた。

 

「…………………」

 

 両手は塞がっている。どう足掻いても直撃は不可避。故に、褪せ人はあっさりと敗北を受け入れる。

 次は、横着せずに確実に数を減らす意識で戦おう。そんな反省を胸に、褪せ人は目を閉じる。

 

 

 

 そうして、褪せ人は極大の雷光に貫かれた(YOU DIED)

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 眩い光が通り過ぎた後に残されたのは、下半身から上を焼失した【彷徨う者(ストレイド)】。

 理外の反応速度を誇る怪物は、視覚の外からの強襲により討ち取られた。

 

 結果としては予想通り。しかし、そこに至るまでの過程はフレイヤの想定外だった。

彷徨う者(ストレイド)】は複数戦に弱いという見立てだったが、その見立て以上に彼は強かった。

 

 ヘグニの奮戦。そして、ヘディンの機転が無ければ、立場は逆だっただろう。

 薮をつついて出てきたのは、蛇を通り越して鬼だった。次の機会があれば、細心の注意を払ってつつこう。

 

「……二人には、随分と無茶をさせてしまったわね」

 

 そんな神らしい自省をしたところで、フレイヤは今夜の襲撃で最も苦労をかけた眷属たちを見やる。

 全身傷だらけで息も絶え絶え。しかし、ヘグニの方は五体満足とはいかなかったが、どうにか生き延びてくれた。

 

 お互いがお互いに食ってかかる程度には余力もある。ホームに帰還し次第、満たす煤者達(アンドフリームニル)による治療を施せば、斬られたヘグニの右腕も元通りになるだろう。

 

「………………」

 

 続けて、フレイヤの視線は【彷徨う者(ストレイド)】の死体、その側で漂っている魂に向く。

 

 本来であれば、死んだ者の魂は肉体から切り離されたのち天に還る。

 しかし、彼の魂はその場に留まるようだ。そして、肉体の復元と同時に元鞘に収まるのだろう。

 

「……【彷徨う者(ストレイド)】、貴方は強い」

 

 何度も蘇り、何度も立ち上がり、何度も挑む諦めの悪さが、あの極致を生み出した。

 

「けれど……その強さでは、きっともう何処にも辿り着けない。同じ場所を、ただ回り続けるだけ」

 

 そして、終わりの無い放浪の末、彷徨うだけの亡者となるだけ。フレイヤはそう呟き、目を伏せる。

 あれは、ああいうものだ。殺戮者で在れと望まれたものだ。だから何をしても仕方がない。

 神の視座からそう見做すのは簡単だったが、フレイヤにはどうにもそれが出来なかった。

 

「──────」

 

 何故ならば。

 

 暗示から解放され、不定形に揺らぐ魂が何かを探し求めているかのように見えたから。

 

彷徨う者(ストレイド)】の魂は、依然として色褪せている。人間性と呼べるものは、何も感じられない。

 だとしても、あのエルフの少女(フィルヴィス)に与えられた影響は、彼の中で確かに根付いていた。

 

 後は、それが芽吹くかどうか。ブリキの人形は、人間となれるのか。

 定められた軛から抜け出し、己が意志で道を切り拓いてゆけるのか。

 

 その行く末を見届けたい。

 

 それは、刺激を求める神々にありがちな好奇心。そして、ささやかな感情移入だった。

 

「何にせよ、今夜はこれでお開きなのだけれど……」

 

 人が立ち入る事のない廃墟といえど、ここは地上。遠慮なしに魔法を撃ち合えば、騒ぎとなるのは当然である。

 冒険者と思しき人影が複数、あの場所に近づいて来ている。撤収の頃合いだった。

 

「彼、どうしようかしら」

 

 しかし、ここに来て一つの問題が浮上した。あの死体の処理についてである。

 復活の瞬間を目撃され、【彷徨う者(ストレイド)】の正体が知れ渡るのは、フレイヤとしても望むところではなかった。

 

「……あら?」

 

 どうしたものかと思い視線を戻すと【彷徨う者(ストレイド)】の死体が無くなっていた。

 他にも彼らの戦いを傍観していた者がおり、隙を見て死体を回収したようだ。

 

 懸念が払拭されたのは良いのだが、一体誰が。

 

「………………」

 

 そうして、死体の行方を探そうとしたところで、フレイヤは首を横に張る。

 そもそも、【彷徨う者(ストレイド)】はフレイヤの本命ではない。彼女が今最も執着し、欲しているのはベル・クラネルである。

 

 何にせよ、彼は不死身。何が起ころうが死なないのだから放っておいても良い。

 それに、いつまでも目移りしていては、あの少年の輝きを見逃してしまう。

 そのように自身に言い聞かせ、【彷徨う者(ストレイド)】の観察に区切りを付けた。

 

 ヘグニ達も足早に立ち去り、誰も居なくなった廃墟は本来の静寂を取り戻す。

 

 

 

「ようやく、見つけた。……旧律の王」

 

 

 

 故に、その声を聞き届けた者は居ない。

 

 その人影は、下半身だけの死体を抱え直し、夜の闇へと消えてゆく。

 

 その身には、()()()()()()()()()()が纏われていた。

 

 





緑青の鎧……一体誰ーアなんだ……?

暗示の演出の都合上、台詞の殆どがフレイヤ様の独り言とかいう恐ろしい事態に……地の文ばかりで読みにくくて申し訳ない。

読んでいただきありがとうございました。
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